育児と両立するためフリーランスに。「仕事と遊びの中間」で働く、地域密着デザイナー・久保田ナオさん
2021.04.25 UP

育児と両立するためフリーランスに。「仕事と遊びの中間」で働く、地域密着デザイナー・久保田ナオさん

PEOPLE

「将来、子どもたちが地元を『すてきなところだよ』と、いきいきと話せるようになってほしい」。そう話すのは、埼玉県比企郡滑川町で地域ブランディングに携わる久保田ナオさん。もともと福岡県出身の久保田さんが今、埼玉の“比企”にこだわり活動を続ける理由とは。

地域のなかで働き、遊ぶ。

 埼玉県比企滑川町で、アートディレクターとして活動する久保田さん。都内から滑川町に移り住んで、今年で6年目になります。もともと趣味だったキャンプを気軽に楽しめるよう、自然が豊かな滑川町を移住先に選びました。

 移住してからは、家の近くのキャンプ場で家族とデイキャンプを楽しんだり、ときにはそのままPCを開いて、近くの川の音を聞きながら仕事をすることもあるとか。日々、自然の近くで穏やかに子育てができる幸せを感じているといいます。

キャンプ
一人用のテントを張って、キャンプ場を仕事場に。

 そんなふうに、今では仕事や育児、そして趣味も、自分のペースでバランス良く生活に取り込む久保田さん。しかし、現在の暮らしに至るまでには多くの試行錯誤がありました。移住したばかりの土地で仲間をつくり、地域密着のアートディレクターとして独立するまでの道のりを教えてもらいました。

プロフィール
久保田ナオさん●福岡県出身、埼玉県比企郡滑川町 在住。「やわらかく」代表、「比企クリエイターズHUB」主宰。「子供が将来、比企出身であることを自慢してほしい」との願いから、比企の魅力を伝える地域ブランディング活動をしている。趣味は、家族とキャンプ。二児の母。(©久保田ナオ)

出産を理由に退職。都内で暮らす理由がなくなった

 そもそも移住のきっかけは、一人目の妊娠が発覚し、勤めていた会社を辞めなければならなくなったこと。都内の美術大学卒業後、ずっとデザイナーの仕事を続けてきた久保田さん。当時の職場は海外出張も多く、「育児をしながら今の仕事を続けるのは難しい」という会社側の意向で泣く泣く退職することに。

 「働きたい」という思いはあったものの、会社に通う必要がなくなったことで、都内で暮らす理由もなくなりました。もともと東京の狭い家で子育てすることに窮屈さを感じていたこともあり、「自然の多い場所でのびのび暮らしたい」と引っ越しを検討し始めます。

森林公園
滑川町にある、国営武蔵丘陵森林公園。自然に囲まれながら、子どもたちも広々遊べる。

久保田さん「まずは、会社員の夫が職場に通いやすい路線の駅徒歩圏内を条件に、移住先を探しました。その沿線上で10か所くらい選んで、子育て支援の内容を見比べたり、実際に駅前を車で走って、道の広さやまちの雰囲気を見て回ったり。そのなかで自然が多い滑川の景色を見て、主人と『ここなら子育てするイメージが湧くね』と意見が一致したんです」

 ふたりとも地方のニュータウン育ち。子育てに求める環境も似ていました。滑川町は子育て支援も手厚く、若い世帯に人気のエリア。実際に訪れたふたりも、「子育て世代がいっぱいいて、わいわい楽しそう。ここがいいね」とすんなり決まったそうです。その1年後には家を建て、滑川町に住まいを移しました。

森
すぐに自然と触れ合える、滑川町。

仕事と育児の両立に悩んだ日々

 移住後はしばらくフリーランスのデザイナーとして、東京の広告会社で働く友人から仕事を引き受けていました。しかし二人目のお子さんが生まれると、育児に追われ仕事も手につかない状態に。「保育園へ通わせたい」と思い始めたとき、滑川町にも待機児童がいることを知ります。

久保田さん「『田舎だから待機児童もいないだろう』なんて高をくくってたら、思った以上に子育て世帯が多くて、今のままだと入園できないことがわかりました。本当は子どもを保育園に預けて、在宅で働くのが理想だったのですが、それが難しかった。外へ働きに出る共働き家庭が優先されるので、私も派遣社員のデザイナーとして働くことにしました」

 働きに出たことで、保育園には無事入園できました。しかし、フルタイムの仕事と育児を両立させる難しさを痛感します。仕事が終わって家に帰れば、休む暇なくふたりの子どもたちのお世話。両家の実家も遠く、引っ越してきたばかりで頼れるような知り合いもいません。しばらく派遣社員を続けたものの、自分自身の限界を感じるようになりました。

自宅_お絵かき
イラストレーターとしても活躍する久保田さん。お子さんとはお絵かきをして遊ぶことも。

仲間づくり、そして再びフリーランスを目指して

 「やっぱりフリーランスに戻りたい」そう思い始めたとき、WEB上でひとつの記事が目に留まります。それは、滑川町を含む比企地域で開講される「比企起業塾」の塾生募集の記事でした。「比企起業塾」とは、子育て世代のミニ起業を支援する社会人講座。比企地域に住む人や移住を検討する人を対象に、講座の第1期生を募集していたところでした。

  当時を振り返って、久保田さんは「このころは、地域の人たちとどういう距離感で接したら良いのかわからなかった」と話します。保育園の送り迎えでは、子どもたちのお父さんお母さんとも挨拶を交わす程度。派遣社員として働いていた企業でも、プライベートで関わるほど仲が深まる人には出会えませんでした。

 そんな心細さもあり、フリーランスとして本格的に独立するため、そして地域の仲間づくりのため、「比企起業塾」への参加を決意します。

引き起業塾
「比企起業塾」の様子。(写真提供:ときがわカンパニー合同会社)

 半年間にわたるプログラムでは、起業へ向けた課題提出や発表に追われながらも、地域での働き方や起業ノウハウを学ぶことができました。ともに濃密な時間を過ごした講師陣や同窓生とは、お互い頼りあえる関係に。今では、毎年増える後輩たちも含めて、仕事もプライベートも関わり合う大切な仲間になっているといいます。

久保田さん「起業塾は『同じ釜の飯を食う』みたいな感覚でした。顔を突き合わせて、お互いに本音で意見交換するうちに、自然と深いつながりができて。起業塾に思い切って参加したら、0だった仲間が5くらいまで増えて、そこから10、20とどんどん広がっていった感じでしたね。起業塾が良いステップになって、地元の仲間がつくれるようになったと思います」

久保田さん
「比企起業塾」のラスト、活動報告会の様子。(撮影:戸井田夏子さん)

デザインの力で、もっと地域を魅力的に

 卒塾したあとは、すぐにフリーランスのデザイナーとして再び独立。そのとき、久保田さんが掲げたビジョンがあります。それは「比企を子どもたちが自慢したくなるまちにする」というもの。そして、比企地域の魅力を伝えるブランディングやデザインをメインの仕事にしていくと決めました。

やわらかく_ロゴ
2019年からは「やわらかく」という屋号で活動。久保田さんのやさしさがあふれるイラスト表現はもちろん、クライアントや関わる相手の心をほぐし、やわらかな人間関係を築きたいという思いが込められている(©久保田ナオ)

 しかし、久保田さん自身は、福岡県宗像市出身。縁もゆかりもなかった土地で、地域に根ざすビジョンを掲げたのはなぜだったのでしょうか。

久保田さん「福岡にいたころは、地元が大好きで『福岡最高』と話す人たちがまわりにたくさんいたんです。でも埼玉に来て、あんまりそういう人に出会ったことがなくて。心の中ではみんな思っているのかもしれないけど、『埼玉が好き』と公言しない人が多いのかなと思ってました。だけど、地元を好きになるのはすごく良いことですよね。私の子どもたちのふるさとは比企郡滑川町。大きくなって、自分の地元を紹介するときに『すごくすてきなところだよ』と、いきいきと話せるようになってほしいと思ったんです」

家族_川
家の近くには散歩できる河原もある。川の水もきれい。

 そう考えるようになったのは、久しぶりに訪れた地元・福岡で「まちが変わった」と感じたことがきっかけになりました。

久保田さん「里帰り出産で福岡に帰ったとき、地元の雰囲気が良いほうに変わっていたんです。今では近県の人が宗像を選んで移住してきてくれることを知って、『こういうふうに選ばれるまちになったんだ』とすごく新鮮な驚きがあったんですね。10年でこれだけ変われるなら、比企も私が関わることで、10年後にはもっと子どもたちが愛したくなるようなまちに変わるかも、という希望を感じました」

 約10年前まで暮らしていた宗像には、洗練されたデザインの新しいお店もたくさんできていました。良いデザインが溢れていたら、地元を「ダサい」なんて思わないはず。子どもたちが育っていく地域のために、デザイナーとしてできるアプローチをしたい。久保田さんは、そんな考えに至りました。

桜

文:Miho Aizaki
写真提供・イラスト:久保田ナオ

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