いのちは、ざわめく
2021.04.29 UP

連載 | フィロソフィーとしての「いのち」 | 5 いのちは、ざわめく

DIVERSITY

 わたしが本や文章を書くようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災がきっかけだ。2004年に医師となり医療現場で働き始めた。心臓の治療は1分1秒を争うもので、仕事以外のことを考える余裕がなく、身心は疲労していた。

 2011年3月11日に東日本大震災が起きた。なにが真実か、よく分からなくなった。現場を知りたかったこと、困っている人を手伝いたいと思ったこともあり、週末に福島県の医療ボランティアの手伝いをした。震災直後にも現地の光景を見た。地球そのものを見ているような奇妙な感覚になった。自然界から大規模に人工物だけがもぎ取られた光景に地球の存在を感じたからだろう。自分の意識状態も特殊なものに変容していた。感受性が高まったり失ったり、昂揚と虚無が入り混じっていた。つまり、自分の内部でも巨大な“地殻変動”が起きていた。すると、体内を“小動物のようなもの”が駆け回り、内部から巨大な突き上げが起きた。なにものかが外に出たいと、ざわめいていた。これを“表現衝動”と呼ぶのだろうか。「言葉にならない体験」をどう処理すればいいのか。既存の言葉がうまく当てはまらない。言葉がフィットしない。そもそも、自分が日常的に使っていた言葉は、本当にうまく使えていたのだろうかと、大きな疑問が襲ってきた。これまで言葉を安易に使っていたけれど、自分の深層をも含めた身体感覚とうまくフィットした言葉を発することがいかに難しいことか。「?」「!」という体験は、これまで私の内部でどういうふうに処理されてきたのだろうか。

 そもそも言葉の巨大なシステム自体が、すべて死者から渡されたものだ。言葉は“死者からの贈り物”なのだ。鎮魂の念とともに、言葉を正しく使うことを真剣に考え始めた。自分が抱える違和感の正体を解明するために、人生の謎を解明するために、言葉の力を借りたい、外の世界に飛び出したいと、ドアをノックし続けている内部の「なにものか」のざわめきを野に放つため、言葉とどう向き合えるのか、真剣に考え始めた。

 いまだに言葉は難しいと、痛感する。言葉がぎっしり詰まった本を読むと、言語化の奮闘が本の形へと変換され物体として存在していることに畏敬の念すら感じる。音楽家が音楽をつくること、美術家が美術作品をつくることと、言語化のプロセスは似ているだろう。言葉は日常的にありふれているからこそ、あまり改めて考えないだけだ。自分の内界と外界とを適切につなぐリンクとして、言葉の力を借りたい。

 否定的な言葉を受け取ると、体は硬直し、顔はこわばる。肯定的な言葉を受け取ると、体は和らぎ、顔はほぐれる。体と言葉には、密接な関係性がある。医療の専門家として、身心の本質を学ぶ人生に身を捧げる覚悟があるのならば、言葉と身心や治癒との関係性を探究し続けなければならないのではないか。書き言葉だけではなく、話し言葉や声も同様ではないだろうか。『ソトコト』に文章を紡ぐ理由は、そうした自分の個人的な関心とも“地続き”のものだ。

文・絵・写真 稲葉俊郎

記事は雑誌ソトコト2021年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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稲葉 俊郎

いなば・としろう
1979年熊本県生まれ。医師、医学博士、東京大学医学部付属病院循環器内科助教(2014-2020年)を経て、2020年4月より軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授を兼任(山形ビエンナーレ2020芸術監督就任)。在宅医療、山岳医療にも従事。未来の医療と社会の創発のため、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。単著『いのちを呼びさますもの』(2017年、アノニマ・スタジオ)、『いのちは のちの いのちへ』(2020年、同社)、『ころころするからだ』(2018年、春秋社)、『からだとこころの健康学』(2019年、NHK出版)など。www.toshiroinaba.com