川がもたらす命 ー 写真で見る日本(1)
2019.08.20 UP

川がもたらす命 ー 写真で見る日本(1)

LOCAL

写真だからこそ、伝えられることがある。
それぞれの写真家にとって、大切に撮り続けている日本のとある地域を、写真と文章で紹介していく連載です。

公文健太郎×岩手県北上市

 ゆらゆらと揺れる川面を漂う鬼胡桃。水中には黒い流線型の影が矢のように走る。秋の北上川を象徴する風景だ。黒い影の正体は産卵期を迎えた鮭たちである。仕掛けられた刺し網を上げると、この時期独特の色彩を纏う大きな魚体が現れる。遡上によりやせ細ってはいるが、大海を旅しこの地に戻った鮭は年輪を重ねた大木のような存在感を放っている。次々に水から上がる鮭で小さな木製の舟はすぐにいっぱいになる。漁師は雌を見分け、舟の上で素早く腹を割き、中から卵を取り出し雄の精子をかける。人工孵化・放流を目的にした漁のため、素早く川べりの小屋に運ばれ稚魚が川に放たれる春まで大切に育てられる。役目を終え横たわる傷だらけの鮭の体は、西日を受け、赤と緑の模様が一層強く輝いて見える。

 ここは岩手県北上市。街のすぐそばを悠々と流れる北上川は東北を代表する河川の一つだ。岩手県・岩手町に湧く一筋の流れから始まるその川は、多くの支流と交わり、大河となって約250キロ先の海へと続く。途中、岩手県盛岡市・花巻市・北上市・奥州市・一関市、宮城県登米市・石巻市とこれだけ多くの文化や歴史の異なる街を抜ける川は珍しい。僕はこの数年、この川を下りながら周囲に暮らす人々の営みを撮ってきた。

 北上市の人たちにとって北上川は欠かすことのできない恵みを与えてくれる存在である。秋、川では鮭が、周囲の畑では実りが迎えられる。一面に実った稲穂は黄金色に輝き、里芋の葉が空に揺れる。刈り取られた稲穂は田んぼに立てられた竿にていねいに重ねられ乾燥させる。「ホニョ」と呼ばれるこの干し方は、伊達藩独特のもので、「ハセ」と呼ばれる横がけの乾燥方法をとる南部藩と異なり、この地の歴史をそんなことからも知ることができる。

本文画像

 里芋の一種である二子芋はこの地を代表する特産品の一つである。粘り気があり、トロッとした食感を特徴とするこの里芋は、全国的に広く知られる名品である。大きな里芋の葉を鎌で刈り取ると、刈った茎からはじわじわと水滴が滲み出てくる。土から芋を掘り起こすと、川がもたらした肥沃な土の香りが漂う。すべてが川と水でつながっていることを感じさせられる。

 北上市の秋は川がもたらす「川を流れる命」と、「川がもたらす命」があふれていた。
 僕は北上川を撮ることを通し、日本人にとっての川の存在について考えてきた。古くから人は川のあるところに暮らしを築き、川で漁をし、命を享受してきた。川が与えてくれる肥沃な大地で作物をつくってきた。流れを利用しものを運び、文化を育んできた。川に憩いを求め、川辺を歩いてきた。川は大切なものを奪うこともあったが人は知恵を絞り、それを御してきた。悠々と流れる大河の存在は生活の中にあり、普段それを意識することはそう多くはないのだが、血液のようにめぐり、この地を潤している。

記事は雑誌ソトコト2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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くもん けんたろう

1981年生まれ。雑誌、書籍、広告でカメラマンとして活動しながら、国内外で作品制作。写真集に『大地の花』(東方出版)、『BANEPA』(青弓社)、『耕す人』(平凡社)、『地が紡ぐ』(冬青社)、フォトエッセイに『ゴマの洋品店』、写真絵本に『だいすきなもの』などがある。今年の9月に、北上川を撮影した写真集『暦川』(平凡社)の発売と同名の写真展を開催予定。