福岡県宗像市内を右へ左へ。埋もれた地域資源をデザインの力で輝かせる、谷口竜平さん。
2019.09.24 UP

福岡県宗像市内を右へ左へ。埋もれた地域資源をデザインの力で輝かせる、谷口竜平さん。

LOCAL

病に倒れた祖父母を看取ったことをきっかけに、働き方や生き方を見つめ直したデザイナーの谷口竜平さん。
離島での場づくりや仕事づくりを手伝ってくれる人、受け継いだ里山を活用してくれる人を募集しています!

デザイナーとして、宗像市の離島・大島へ

 デザイナーの谷口竜平さんは、フェリーに乗って大島へ出かける。大島は、福岡県宗像市の神奏港から約6.5キロメートルの玄界灘に浮かぶ離島で、谷口さんは島の花火大会の実行委員会にオブザーバーとして呼ばれたのだ。今年から市の補助金がなくなり開催が危ぶまれるも、花火と盆踊りは先祖を慰霊する大事な行事として続けたいという島民の意が勝り、開催が決定。ただ、人口670人ほどの高齢化した島でどうやって継続させていくか、外部の若者をの意見も取り入れたいと谷口さんに声がかかり、実行委員会に出席することになったのだ。

神奏港から大島行のフェリーに乗り込む谷口さん。大島へ行くのはもう20回以上になる。
神奏港から大島行のフェリーに乗り込む谷口さん。大島へ行くのはもう20回以上になる。

 大島へ向かう目的はもう一つある。谷口さんたちが島に立ち上げた宿泊施設『MINAWA』の様子を見に行くことだ。谷口さんはグラフィックデザインだけでなく、地域や場づくりのデザイナーとしても活動している。「大島は。『神宿る島』宗像・沖ノ島の関連遺産群として世界文化遺産に登録されるほど歴史や文化が色濃く残る地域。ただ、賑わっているかというとそうでもない。島が少しでも元気になればと大島に関わっているのです」と近づく島影に目を向けた。

港や住宅がある島の南側に対して、北側は原野や岸壁が広がる大島。展望台からの眺めは四方を海に囲まれ、圧巻。
港や住宅がある島の南側に対して、北側は原野や岸壁が広がる大島。展望台からの眺めは四方を海に囲まれ、圧巻。

島づくり会社で、アクティビティを企画。

 大島で谷口さんを迎えたのは、『おおしま整骨院』を営む田中誠一さんだ。移住して7年目、今では花火大会の実行委員長も務めるほどに島に馴染んでいる。谷口さんとは1年前に知り合い、『MINAWA』の物件探しに同行して親交を深めるなか、「谷口さんを島の活動に巻き込みたくて」と花火大会の実行委員に誘うなど、事あるごとに島民に谷口さんを紹介。谷口さんは、「島外の僕が挨拶もなく『MINAWA』を勝手に始めたら島の方々はいい顔をされないはず。田中さんのおかげで島の方々とのつながりが築け、いいスタートが切れそうです」と喜ぶ。

大島で谷口さん(右)を迎えてくれた田中さん(左)
大島で谷口さん(右)を迎えてくれた田中さん(左)

 『MINAWA』以外にも、港に近い空き家をゲストハウス『TOKAIYA』としてオープン。谷口さんは、田中さんと東京で不動産投資業を営む糀谷総一郎さんの3人で、島づくり会社『渡海屋』を立ち上げ、2軒の運営を行うそうだが、なぜ縁のない大島に深く関わろうとするのだろう。「初めは、地元宗像の価値を高めることができそうな場所を探していました。田中さんとの出会いがあり、大島にそのポテンシャルを感じたのです。ブランディング上、深い歴史があるのも魅力的ですし」。と、大島の歴史にも魅力を感じたいという。「島民の先祖は宗像海民族と呼ばれ、朝鮮半島へ渡る高度な航海術を持った海の民でした。今も島の主な産業は漁業。けれど、売り上げは芳しくありません。そこで、漁師の方々の複業や島の若い人たちが魅力を感じる仕事を生み出せば、島が元気になり、歴史も伝えていけると考え、関わり始めたのです。」

実行委員会終了後、『TOKAIYA』で飲んだ島民の河辺さん(写真中央)は谷口さんを「宗像の風雲児」と笑顔で呼ぶ。
実行委員会終了後、『TOKAIYA』で飲んだ島民の河辺さん(写真中央)は谷口さんを「宗像の風雲児」と笑顔で呼ぶ。

 島の新たな仕事づくりのために島づくり会社を設立し、『MINAWA』や『TOKAIYA』の宿泊客に島のアクティビティを提供するという。「例えば、漁師に指南してもらいながら船で釣りを楽しんだり、おきゅうという海藻を寒天状に固める郷土料理を島のおばあちゃんと一緒につくったり。宿泊客に島を体感してもらいつつ、島の方々の所得も上がる。そんな仕組みを一緒に考え、実践してくれる方を探しています」と、谷口さんは話す。

今夏、オープンする宿泊施設『MINAWA』。「大島の長い歴史の一瞬に触れてほしくてMINAWA(水沫)と名付けました」と谷口さん。
今夏、オープンする宿泊施設『MINAWA』。「大島の長い歴史の一瞬に触れてほしくてMINAWA(水沫)と名付けました」と谷口さん。

 『渡海屋』の代表になる田中さんも、「島の若者のステータスは、神奏港に近い駅に産物を並べられること。でも、それだけでいいのか。福岡、東京、海外にまで目を向けた仕事に挑戦するためにも、外から来る人に刺激を与えてもらいたいです」と島に関わりたいと思う若者を歓迎する。田中さん曰く、「おばあちゃんが手押し車を買い換えただけで話題になるような、古き良き日本の暮らしが息づく大島」を、『渡海屋』の仲間となって盛り上げてほしい。

一日一組一棟貸しで運営。
一日一組一棟貸しで運営。

故郷の家と里山の、活用法を募集。

 翌日、フェリーで大島を発った谷口さんは、山に囲まれた宗像市の大穂集落へ向かった。「若い人たちが魅力を感じる仕事を地域につくる」という谷口さんの思いの源泉はここ、生まれ育った大穂にある。幼いころに両親を亡くした谷口さんは大穂で祖父母に育てられた「大島の若い人たちと同様、何もない大穂が僕も嫌いでした。都会に憧れ、かっこいい仕事に就きたいと建築やデザインを学び、卒業後は福岡市内のデザイン事務所に勤めました」。

 そんな谷口さんに転機が訪れる。33歳の頃、育ててくれた祖母が病に倒れたのだ。そしてその数年後、祖父母の最期を看取った。実家と約7200坪の里山を相続した谷口さんは、改めて自身の人生を見つめ直し、自分にとって大穂の存在の大切さに気づかされた。空き家となった実家を活用しようと母屋をシェアハウスに、倉庫をシェアオフィスにリノベーションし、大家となって管理した。里山ではSNSで仲間を募ってツリーハウスをつくり、棚田や畑で祖父に教わった農作業も行った。

人口100人ほどの大穂にある谷口さんの実家。右の倉庫はシェアオフィスに、左の母屋はシェアハウスにリノベーション。現在は約7200坪の里山と家の活用のために空室にしている。
人口100人ほどの大穂にある谷口さんの実家。右の倉庫はシェアオフィスに、左の母屋はシェアハウスにリノベーション。現在は約7200坪の里山と家の活用のために空室にしている。

 しかし、管理や運営の難しさに直面したという。「3年間、家と里山の価値ある活用を試みましたが、『仕事』がそこにないと人は根付かないことに気づきました。シェアハウスも、転勤やライフステージによって、1年くらいで退去します。今のやり方だと地に足が着いていないというか、『田舎を消費しているだけでは』と感じたのです。なので」と里山を案内しながら谷口さんはこう続けた。「再始動に向けて新しい活用方法を考え、一緒に実践してくれる方がいたらうれしいなと」。

シェアハウス 共用スペースの座敷には仏壇や谷口家代々の遺影も。今もここで法事が営まれる。居室は4室あり、キッチン、風呂、トイレは共用。車があれば生活に不便は感じない。
シェアハウス 共用スペースの座敷には仏壇や谷口家代々の遺影も。今もここで法事が営まれる。居室は4室あり、キッチン、風呂、トイレは共用。車があれば生活に不便は感じない。

 理想の活用方法は、再現性があること。「今後、高齢化で農家は減り、里山も代替わりの時期を迎え、若くして山を相続する人も現れるかも。僕と同じ悩みを持つ人や、地域のモデルとなるような、持続的で社会に役立つ事業を、採算性も考慮しつつ実現できれば理想です」。

 最後に訪れたのは、古民家が軒を連ねる旧・唐津街道の赤間宿通り。『ジェイワーク』というデザイン事務所や飲食店主、地元の大工さんらとつくったトレーラーハウスのカフェ&バー『LiV KiTCHEN』を見せてくれた。全体のプロデュースを行った谷口さんは、「どんな場づくりでも僕にできることは限られています。できないことは誰かに頼む。そこでいい関係が生まれたら、別の機会にまた一緒に何かできますから」と、地域で仕事やプロジェクトを行ううえで人を巻き込む大切さを強調した。

赤間宿通りの駐車場6台分を借りて営業する『LiV KiTCHEN』。
赤間宿通りの駐車場6台分を借りて営業する『LiV KiTCHEN』。

 人を巻き込み、人に巻き込まれながら宗像や大島をユニークな地域に変えようと活動を続ける谷口さん。あなたも、『渡海屋』や約7200坪の里山活用に巻き込まれてみませんか?

記事は雑誌ソトコト2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Kiyoshi Nakamura
text by Kentaro Matsui

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