毎曜日違うお店が立つカウンター型シェアキッチン、『キタナガKITCHEN』。
2019.09.26 UP

毎曜日違うお店が立つカウンター型シェアキッチン、『キタナガKITCHEN』。

LOCAL

「個人が自己実現できる環境に」という想いが込められた長屋の複合施設に、やってみたいことがある人が集まるシェアキッチンがありました。

裏路地にある、訪ねたくなるスポット。

 「さっき、たまごシフォン売り切れちゃって、オレンジならあるんやけど」。お客さんと店主が、カウンター越しに親しげに会話をしている。「それなら今日はそれ2つで」。「いつもありがとうございます」。今日は木曜日。お客さんと親しげに会話を進めているのは、シフォンケーキ専門店『シフォンケーキあれこれ』の店主である木村久美子さんだ。

 大阪メトロ御堂筋線中津駅から、タワーマンションやオフィスビルが立つ大通りから一歩入ると急に静かになる。木造の建物と、軒先に置かれたプランターの植物に挟まれた細い路地を3分ほど行った先に、木造2階立ての8軒長屋をリノベーションした複合施設『キタの北ナガヤ』はある。その中の1軒の1階部分の『キタナガKITCHEN』は、1週間の曜日替わりで小商いを行うお店が集まるシェアキッチンだ。外に貼られた出店カレンダーには、あんこの販売や自家焙煎チョコレート店などいろいろなジャンルの店が並ぶ。

木村久美子さん 『シフォンケーキあれこれ』の店主であり、『キタナガKITCHEN』のリーダー。無類のシフォンケーキ好き。
木村久美子さん 『シフォンケーキあれこれ』の店主であり、『キタナガKITCHEN』のリーダー。無類のシフォンケーキ好き。

ひょんなきっかけで、お店経営者とリーダーを担うことに。

 木村さんは、週に一度この場所でシフォンケーキを焼きながら、対面販売を一人で行う。お店がオープンしている時間は12時から売り切れるまでとしていて、お客さんの7、8割はご近所さんだという。「今日は60個売れた」というシフォンケーキのメニューは、定番1種類と週替わり3、4種類。「リピーターさんに『今日はなに?』と聞かれるので、毎回創作意欲が湧きます」とうれしそうだ。

出入り口から販売窓口カウンターまで、シェアキッチン内部の動線は1本。広さは約2.4坪だ。
出入り口から販売窓口カウンターまで、シェアキッチン内部の動線は1本。広さは約2.4坪だ。

 木村さんが『シフォンケーキあれこれ』を始めたのは、約20年前に遡る。本業の設計業のかたわら、マルシェへの出店などで活動を続けていた。

 そんな木村さんに2016年、古い長屋をリノベーションして商業施設にしようとする『キタの北ナガヤ』のプロジェクトリーダー兼管理人で、『建物再生活動Batonship』代表の小野達哉さんから、シェアキッチンで運営リーダーをしてみないかと声がかかったのだ。「お店を持つことへの憧れはありましたが、本格的なお店を持つのは大変そうだなって。でも、小野さんに声をかけていただいた時、このチャンスを逃したら後悔すると思ったんです」と木村さんは当時を振り返る。「シェアなので、最初から一人ではないという安心感もあったし、とにかく3年はやってみよう!」と彼女はスタートした。

『キタの北ナガヤ』の管理人で『建物再生活動Batonshop』代表の小野達哉さん。今後は人目線・街目線の建物再生を増やしていくのが目標。
『キタの北ナガヤ』の管理人で『建物再生活動Batonshop』代表の小野達哉さん。今後は人目線・街目線の建物再生を増やしていくのが目標。

古いものと新しいものが混在する北区中津の『キタの北ナガヤ』で育つ、自己実現の種。

つながりを支える環境と、思いを加速させる仕掛け。

 こうして、木村さんは出店しながら、場所の維持管理とほかの曜日のメンバーを取りまとめるリーダー業務を掛け持つことになった。ほかのメンバー探しは、知り合いから知り合いへと口コミで広がり、施設の工事中に月曜から日曜までの全レギュラー店舗が決定していった。

 19年7月で1年が経ち、「『キタの北ナガヤ』で開催されるイベント出店者からもここでやってみたい」という申し出が増えている。「レギュラー店舗が休む日に営業してくれるようなスポット出店者を、こちらから探さなくてよいのでありがたい」と木村さんは話す。 

 「僕がやりたかったことは、『キタの北ナガヤ』という古い建物の再生を通して、個人が自己実現できる環境をつくること。木村も僕自身もその個人の一人なんです」と小野さんは話す。オフィス街と住宅街と店舗が交じり合い、新しさと古さが混在している街並みと、大手資本ではない感度の高い個人店が点在しているところが中津らしさだと捉え、この中津の風景そのものを表現した建物にしたいと考えていた。元々の間取りをなるべく活かして解体も最低限に抑え、店舗や事務所、民泊とジャンルの異なる12のスペースが混在した建物が実現。シェアキッチンは、多くの方が関われるため、施設の存在を知り広めていく意味でも一役買っている。

小野さんが運営する民泊施設『BIO(Batonsh ip Inn Osaka)』のレセプション。
小野さんが運営する民泊施設『BIO(Batonship Inn Osaka)』のレセプション。

 『キタナガKITCHEN』の順調な運営状態を見て、小野さんは、19年2月、同施設にキッチン付きレンタルスペース「Shiten」をスタートした。1階のキッチンとその一部の場所では『キタナガKITCHEN』で購入した食べ物であればイートインがOKで、イベントもさまざまに開催できるというスペース。『キタナガKITCHEN』のメンバーも、料理教室や食に関する講座を実施したりと活用することが増えてきている。

「Shiten」の正面玄関。
「Shiten」の正面玄関。

自分の意思で続けたくなる、居心地のいい距離感。

 『キタナガKITCHEN』では、店主が自分が担当する曜日以外にもここを訪れ、自発的に顔を合わせる機会も多い。その理由は「店主のおいしいメニューが食べたいから」。決めごとや連絡事項は Facebook Messengerでやりとりをするが、内容のほとんどは「運営に関係ない些細な話題」。花の水やりや「猫の小径」を横切る猫の話などが交わされつつも、馴れ合いのない距離感での交流が行われている。

長屋の西側の裏庭は、定期イベント「露地庭市」などのメイン会場にもなる。
長屋の西側の裏庭は、定期イベント「露地庭市」などのメイン会場にもなる。

 「ほかの曜日の店主同士が新メニューを開発したり、食や素材の情報交換も盛んです」と木村さん。またほかの店主たちのサポートもあって運営リーダーとして困っていることは「特にない」そうだ。手の届く規模感のため、負担なくできているのだろう。「お店それぞれの将来の目標は異なりますが、どの人にとってもちょうどいい規模の発信拠点になっていると思います」と小野さんも話す。やってみたいことがある人同士が集まり、刺激を与え合える環境が揃っている。楽しみなのは場所のこれから、なによりも店主のこれから。

photographs by Mao Yamamoto
text by Chiaki Ogura

記事は雑誌ソトコト2019年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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