漁師の三浦尚子さんは、編集者。
2021.05.12 UP

漁師の三浦尚子さんは、編集者。

PEOPLE

海の仕事をもっと身近に感じてもらうために、「漁師」と「編集者」の“二つの顔”を持っている三浦さん。三浦さんが考える編集とは何なのか。お話を伺いました。

海の仕事の魅力をきちんと伝えたい。

 岩手県沿岸部の最南端にある陸前高田市。牡蠣の養殖が盛んなこの町で、三浦尚子さんは漁師として働いている。神奈川県で生まれ育った三浦さんが陸前高田に移住したのは、大学を卒業した直後の2014年、春。当時、三浦さんは就職先を決めておらず、やりたかった編集やライティングの仕事を手伝っていた。しかし、地に足が着いていない感覚があり、焦りを感じていた。そんな中、大学のゼミの先生から「知り合いの漁師さんがわかめの収穫の人手が足りてないそうなんだけど、行ってみないか」と電話がかかってきた。それをきっかけに、陸前高田で1か月間、わかめの刈り取り作業のアルバイトをすることが決まった。漁船に乗った感覚、海から見る朝日の美しさ、わかめの色が茶色いこと、何もかも初めての体験だった。アルバイトが終わる頃には、すっかり海の仕事に魅せられていた。神奈川に帰ってからも陸前高田で過ごした日々を忘れられなかった三浦さんは、「引き続き手伝わせてほしいです」と連絡。とんとん拍子に話が進み、三浦さんは陸前高田に移住して漁師になった。

 それから7年。三浦さんは経験を積んで立派な漁師になっていた。これまで一番若手だった三浦さんには2人の後輩ができて、「教えられる側」から「教える側」になった。海の上での三浦さんの動きはしなやかで無駄がない。船からいかだへ軽々と飛び乗り、脛や足の甲を丸太に添わせてバランスをとりながら作業する姿から、神経を研ぎ澄ませているのが伝わってくる。「風がどの方向から吹いているか、波は今どのくらいか、そういうことを五感で感じて感覚で捉えて動いています。漁師モードの時は、体に力を入れず、流れるようなイメージで仕事をしています」。

 
海の上の三浦さん。成育用のネットに入れた牡蠣を養殖いかだに括り付ける。

 2020年の秋には、今の仕事と並行させながら、個人でわかめ生産者として養殖を始めた。道具や資金の準備は簡単なものではなかったが、上司たちがほかの漁業者に声をかけて余っている漁業資材を集めてくれるなど、全面的にサポートしてくれた。「私は本当に人に恵まれていると思いますし、心から感謝しています。今はまだできないこともたくさんあるけど、いろんな出来事を楽しんだり悔しがったりしてやっていきたいです」と三浦さんは前向きだ。

 三浦さんはこれまで、「漁業に興味を持つきっかけをつくりたい」という思いから、文章や写真を通して海での仕事の様子を紹介してきた。三浦さんがSNSで発信する情報を見て、友達が職場見学や漁業体験をしにきてくれるようになった。「三浦さんが育てた牡蠣を食べたい」と毎年楽しみにしているファンもたくさんいる。

 一方で、漁師として発信を続けるうちに、「つくり手の思いや手間は外から見えづらい」ということを実感するようになった。「地元の人には『当たり前』のことでも、少し視点をずらして伝え方を変えることで魅力的な価値になると感じていたので、その役割を担いたいと思ったんです」。そこにある価値をきちんと伝えるために、三浦さんは、2020年秋に「編集者」になることを決めた。三浦さんは編集を「コミュニケーションを編むこと」と考えている。「人と人、人と自然、今と未来。その間にあるコミュニケーションを私が編むことで、つくり手と食べる人との思いが通じあったり、豊かな自然を未来に残すことにつながったり、海の仕事に関わりたい人が増えたりしたらいいなと考えています」。

見方を変えて、新たな価値を生む。

 三浦さんが編集者として最初に着目したのは、生産過程で生じる廃棄物。それを活かして自然由来のプロダクトをつくり、ライフスタイルブランドを立ち上げる予定だ。まずは、わかめの根元の茎を使ったプロダクトの開発を進めている。「これまで価値がないとされてきたものも、見方を変えたら価値あるものになるということを証明したいなって。みんなが欲しいと思えるプロダクトを通して、つくり手や自然の循環について考えるきっかけが生まれたら」。海と向き合ってきた三浦さんだからこそ、できる編集術だ。

 
普段持ち歩いているもの。名刺には三浦さんの屋号である「ura」のロゴが入っている。

 さらに、「育てる人」と「食べる人」をつなぐ場をつくっていきたいという三浦さん。「以前、漁師仲間と一緒に自分たちが育てたものを振る舞うイベントを開催した時、おいしそうに食べてくれる人たちの姿が今も印象に残っています。生産者は、自分が育てたものをおいしく食べてもらうことが原動力になり、食べる人は、つくり手の思いや手間を感じながら味わうことができる。このイベントから、つくり手と食べる人のお互いの顔が見える場があれば、お互いを大切にできると気づきました。今後も、ゆるっと集まってご飯を食べる会をやりたいです」。

 やりたいことはたくさんあるが、三浦さんが編集者として動く時間は限られている。そこで、取り組みを一緒におもしろがってくれる仲間を集めて、その都度チームを組んで活動していくことにした。同世代のデザイナーやライター、第一次産業に従事する仲間たちが協力してくれる予定だ。協力者の得意分野を組み合わせて、プロジェクトを前に進めていく。

ホテル『箱根山テラス』のカフェは執筆や考え事をする時によく利用する。

 三浦さんが編集をするうえで大切にしているのは「水の流れのような柔軟さ」だ。流れる水が形をめないように、ひとつの視点に凝り固まることなく、柔軟に物事を捉えたい。そしてひとりひとりが持つ多様な価値観を尊重したい。その柔軟でフラットな視点が、三浦さんが起こすアクションの土台にある。

 漁師は「大変そう」、「キツそう」といったネガティブな見られ方をすることもあるという。しかし、三浦さんは胸を張って海の仕事が好きだと答える。「『若くして移住して漁師をしている女性』という自分の存在が、漁師に対する固定観念を柔軟に変化させると信じています。私が行動することで漁師のイメージがポジティブになって、海の仕事をもっと身近に感じてもらえたらうれしいです」。

 
作業の間に挟む「おやつタイム」。海の上では真剣な分、この時間はお茶を飲みながらゆったり雑談する。上司に仕事の相談をすることも。

 海の仕事のオフシーズンに入る5月からは、同県遠野市との二拠点生活を始める。漁師としてのあり方の可能性を広げたいという。「まずは自分が楽しいと思うことをやっていきます。自分の直感と感覚を信じて、必要なものを選び取りたいです」。三浦さんの編集者としての挑戦は、まだ始まったばかりだ。

▶︎ 漁師・三浦尚子さんが選ぶ「地域を編集する本5冊」はこちら

photographs by Asami Iizuka text by Fumika Sato

記事は雑誌ソトコト2021年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。