一緒に住んでいるから向き合える、自分と家族の一生。ー 田舎と田舎の二拠点生活27
2019.10.08 UP

田舎と田舎の二拠点生活 一緒に住んでいるから向き合える、自分と家族の一生。ー 田舎と田舎の二拠点生活27

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 8月に、父が簡単な手術で2週間入院をした。母は、両家祖父母の介護だけでも大変ななか、海を越えた高松市内の病院にも通うことになった。その間、小豆島にいた私に、「慶子と夏妃(娘)がおってくれてよかった」と、母がしみじみと言った。

父の入院期間中はサポート役に。

 父が入院している期間、母は「夏妃を見られなくなるから幡豆におりな」と言った。しかし、私はその期間はほとんど小豆島にいて、家事をし、介護のフォローをした。それだけでも少しは役に立つことができたと思うが、何より助けになったのは、私と娘の存在そのものらしく、家の中が明るくなって、精神的に救われたそう。私は、家の中に暴れん坊(娘)がいたら負担になるかな? と心配していたけれど、むしろサポート役になったようでホッとした。

父の入院が「生死」に向き合うきっかけになる。

 我が家族は、なぜか長寿で健康。92歳の祖父は、今でも農作業やゲートボール、踊りなどし、アクティブな毎日を過ごしている。93歳の祖母は寝たきりで、92歳の祖母も体力が落ちて介護は必要なものの、内臓はどこも悪くない。こうやって家族が元気だと、つい「ずっと元気」な気がしてしまう。

 しかしそんなことはあるはずがない。実際に祖母らは自身の身の回りの世話もできないし、69歳の父も今までどおりではないのは明らかだ。特に今回手術をしたことで、「歳をとれば、病院にお世話になることが出てくる」と世間でよく言うが、本当だな……と思い、 ”老い“ をドンッと受け止めた。

側にいるからわかる日々の些細な変化。

 お年寄りになり、歳を重ねると、赤ちゃんへと戻っていくとよく聞くが、そのことも実感している。

 幼い頃の私にとっては、両親や祖父母が「頼もしい」存在そのものだった。私は全力で甘え、頼っていた。おいしい手料理に毎日喜んだ。困らせることもたくさんあったけれど、全部受け止め、育てあげてくれた。

 今でもたくさん助けられているが、幼少期と違って、今は私が「できない」「わからない」の手助けをしたり、家族にご飯をつくったりし、家族から「頼もしい」と言われている。

 潜在的に、両親は「できる」「わかる」存在だと思っているため、「できない」「わからない」が増えるたびに、ついげんなりしてしまうが、両親が私の困りごとを温かく解決してくれたように、これからは私が温かくサポートし、恩返しをしていかなければならない。

 まあ、わかっていても、いまだに思わず落胆した声を出しちゃうんだけどね(笑)。

ある日の夫婦
 8月下旬に、夫の仕事道具を横浜まで車で取りに行く用事があり、ついでに、初めて「完全プライベートな家族旅行」を行った。散々日本中あちこち巡っている夫婦だが、すべて「発酵旅」。楽しいが、「仕事」モードの旅であり、気持ちや頭が休まることはなかったし、ハードだった。今回も「発酵旅」にすることもできたが、育児疲れの私を想い、夫が蔵元には行かず、温泉でゆるりと癒すことができる旅をプランしてくれた。ああ、思い出すだけで癒される。

記事は雑誌ソトコト2019年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文 ● 黒島慶子
イラスト ● 宮本貴史

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黒島慶子 

くろしま・けいこ
醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときから小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、様々な人やコトを結びつけ続ける。2017年7月6日に、愛知県の幡豆で無農薬で大豆と米を育て、米・豆・麦の麹を作る『宮本農園・みやもと糀店』の宮本貴史と結婚。高橋万太郎との共著『醤油本』を出版。