免疫系の働き | 101 | 生命浮遊
2019.03.20 UP

免疫系の働き | 101 | 生命浮遊

DIVERSITY

 私たちの身体に備わっている免疫系は、外敵から身を守ってくれる最大の生命システムといえる。進化のプロセスで、魚が脊椎を獲得して以来、脊椎の内部で、免疫細胞をつくる仕組みが立ち上がった。だから背骨は体重を支えてくれる柱としてあるだけでなく、防衛の中核をも支えてくれている柱なのだ。免疫システムは、チームプレーでできている。外敵が侵入してくるとそれを察知し、外敵を食べてしまうような免疫細胞(正確には周りを取り囲んで、細胞内に取り込み、細胞内の消化酵素で分解してしまう。細菌やウイルスは、ヒトの細胞に比べて小さい)。
 また、怪我をしたり、風邪をひいたりすると、傷口が赤く腫れたり、がたまったり、発熱したり、くしゃみ、せき、鼻水が出るのはすべて免疫系ががんばってくれている証拠である。くしゃみ、せき、鼻水は、分泌液によって、できるだけ外敵をはやく体外に洗い流そうとする反応だし、傷口が腫れるのは、そこに免疫細胞が集結し、外から侵入しようとする細菌と闘ってくれているからだ。
 膿はその闘いで死んだ免疫細胞(白血球の遺体である)。発熱もウイルスの増殖を抑制するための免疫系の防衛反応である。ウイルスの増殖には適温があり、温度が高くなるとうまく増殖できなくなるからだ。だから発熱したとき、むやみに解熱剤を飲んで体温を下げることは、自然の防衛反応の邪魔をすることになるから、必ずしも好ましくない。
 花粉症で、くしゃみ、鼻水、涙が出るのも、異物をできるだけ早く体外に排除するための免疫システムの反応である。ただ、花粉のように毒もなく、増殖もしない異物は、外敵としてはそれほど凶悪犯とは言えないので、放っておけばよいはずなのだが、こんな花粉に免疫系が反応しすぎてしまう。つまり免疫系の過敏反応が花粉症だ。だから花粉症は「症」と言いながら、本当は病気ではない。免疫系の調節の乱れであるといえる。しかもここ何十年かのあいだに急速に増加してきた現代人特有の問題である。
 なぜこんなことが起きるのかといえば、ひとつの仮説として、現代社会が清潔になりすぎたせいではないか、との考えがある。都市の上水道・下水道が整備され、住まいの高断熱・高気密化が進み、食の安全性も向上、普段の生活では、私たちはそれほど多くの病原体に出合うことがなくなった。泥だらけになって遊んだり、傷みかけの食材を食べたりすることもない。なので、免疫系がちょっと力を持て余しすぎている。こんなところに急に花粉が際限なく降り注いでくると、免疫系がびっくりして、外敵襲来! と過剰反応してしまうのではないか、と考えうるのだ。とはいえ、同じ都市環境に花粉症になる人とならない人がいるわけだから、そこにはまた別の要因や個人差が絡んでいるはずだが、それはまだきちんとは解明できていない。成育歴や腸内細菌との関係なども指摘されている。
 免疫システムの一番の武器は抗体である。抗体とは、いわば免疫細胞が発射するミサイルである。ただし、人間が戦争で使うミサイルとは違って爆薬は搭載していない。もっとピンポイントで外敵をやっつけられるよう、インテリジェントな方法でつくられる。抗体はタンパク質でできている。そして少なくとも100万種類くらいもある。
 外敵はそれが細菌であれ、ウイルスであれ、表面には特別なタンパク質の鎧を着て、自らを守っている。これら特別なタンパク質は抗原と呼ばれる。細菌やウイルスは多種多様なので、抗原にも多種多様なタンパク質が使われている。
 一方、抗体のほうも100万種類以上の準備があるので、どんな抗原がやってきても必ず、その抗原に対抗できる抗体が存在する。対抗というのは、その抗原に抗体がぴったりと結合して、抗原側の動きや機能を封じてしまうということだ。これは鍵と鍵穴の関係に似ている。細菌やウイルスの鎧は同じ抗原の反復構造でできていることが多い。なので、1個の細菌もしくはウイルスの表面のあらゆる場所に(こちらを鎧のくぼみにある鍵穴とする)、多数の抗体(こちらが鍵)が突き刺さることになる。表面を抗体に覆われた細菌やウイルスを見つけると、これまた免疫細胞がやってきて、丸呑みして処理してくれる。この免疫システムが、内なる敵であるガンに対してどれくらい有効なのか、という問題はかなり前から研究者が注目してきた課題だった。

text by Shin-Ichi Fukuoka
collage by Koji Takeshima

本記事は雑誌ソトコト2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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福岡伸一

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授。2013年4月よりロックフェラー大学客員教授としてNYに赴任。サントリー学芸賞を受賞し、ベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)ほか、「生命とは何か」をわかりやすく解説した著書多数。ほかに『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命と食』(岩波ブックレット)、『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)など。