リヒテルズ直子さんに聞く、日本の教育の未来。
2019.10.23 UP

リヒテルズ直子さんに聞く、日本の教育の未来。

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リヒテルズさんが活動を続ける理由。

 オランダでは、公・私立校共に授業料が無償で、各地に多くのオルタナティブ・スクールがあり、特別の学校とみなされることはなく、移民や難民の子も含め多くの子が通うことができる。中でも代表的なのが「イエナプラン教育」や「ダルトンプラン教育」「モンテッソーリ教育」だ。およそ20年前より、オランダの教育制度を日本に紹介する書籍を執筆したり、教育関係者の研修コーディネートをし、とりわけ積極的にイエナプラン教育の啓蒙活動を続けてきたリヒテルズ直子さんに、オランダの教育を日本に紹介する理由や、日本の教育への思いを聞いた。

 「最初の本『オランダの教育』を出した時は、オランダの教育のすばらしさ、豊かさにただただ感動して。とにかく教育の自由が印象的でした。すべての学校に自由裁量権があって、学ぶ側もいろいろな学校を無償で選べるのです。まず、そこに感動しました」。自身の子どもが受ける教育を見て、そのよさを痛感し、日本に紹介しなければという使命感に駆られたという。

 「初等教育課程で、うちの子どもたちの学校は一般校でしたが、明らかにイエナプランの影響も受けていました。娘が中学に入り、ドイツ語、フランス語の勉強を始めましたが、2年目にはすでにフランス語の短い小説を読み、3年目には1週間の秋休みにドイツ語でヘルマン・ヘッセの小説を読み上げるという課題に取り組んでいました。また、中学3年の経済学の授業では、国有企業の民営化について、企業、国、消費者それぞれの立場から、メリットと問題点についてレポートする宿題が出ることも。同年代の日本の子どもの学び方や、教育現場の現状を知っていただけに、日本の教育のあり方に焦りを感じました。オランダという『鏡』を見せることで、日本のすばらしさを知っている人たちが刺激を受け、教育の面でももっとよくなるよう、考えてほしかったんです」。故郷・日本への深い愛情。リヒテルズさんの活動の原動力だ。

9月に発刊したばかりのリヒテルズさんの新著『今こそ日本の学校に! イエナプラン実践ガイドブック』(教育開発研究所)。イエナプラン教育への関心が高まる中、押さえておきたい歴史、考え方、情報などがわかりやすくまとめられている。
9月に発刊したばかりのリヒテルズさんの新著『今こそ日本の学校に! イエナプラン実践ガイドブック』(教育開発研究所)。イエナプラン教育への関心が高まる中、押さえておきたい歴史、考え方、情報などがわかりやすくまとめられている。

地域の可能性と、日本の教育の未来。

 リヒテルズさんは日本にオランダの現状やイエナプラン教育を広めるべく、講演などさまざまな活動を続ける。『日本イエナプラン教育協会』の立ち上げにも尽力。それらの取り組みが今年4月の長野県・佐久穂町の『大日向小学校』の開校に結びついたといえよう。

 「イエナプラン教育は、子どもそれぞれの個性を生かした教育です。世界中の教育現場では今、多様性の重要性が認識されています。多様なものが共に協力して生きる社会になることが、産業化によって人類社会に生み出されてきた問題を解決する一つのきっかけになるという考え方です。日本の教育の現状は、そこからあまりにもかけ離れているように感じる一方、長野県を皮切りに、広島県や愛知県でイエナプラン教育を参考にした学校変革を目指す動きがあることに希望を感じます」

今年4月に開校した長野県・佐久穂町の『大日向小学校』。約70名の児童が全国から集まった。校舎は地域にあった建物をリノベーション。清々しい雰囲気の学び舎で、日本初の試みが日々行われている。
今年4月に開校した長野県・佐久穂町の『大日向小学校』。約70名の児童が全国から集まった。校舎は地域にあった建物をリノベーション。清々しい雰囲気の学びで、日本初の試みが日々行われている。

 日本の地域のあり方には教育の未来があるとリヒテルズさんは続ける。

 「日本は自然が豊かだし、郷土の文化が違うし、それを生かしていけば、地方それぞれで学びの場ができるはず。昔ながらの地産品、染色、織物など、日本は土地に結びついた豊かなものにあふれています。そして本当の学びには、『本物の』自然や文化に触れることがなによりも大事。本物からでしか、本当の発見や学びはありません。さらに、自分の土地にある産業や文化を大切にすることができるようになれば、大人になったときに、ほかの土地や国のことも理解し、尊重できるようになると確信しています」。都市部であっても、地域性を実現することは可能で、たとえば外国人居住者の多い地域であれば、保護者たちを学校に招いて、出身国について学び合うことで、国際的な相互理解も進むだろうとリヒテルズさんはいう。

 「自然の豊かさ、郷土愛、連綿と継承されてきたクオリティの高いものを目指す性質などといった日本ならではのものは、オランダよりも多分に優れています。それらを教育と結びつければ、競争するわけじゃないけれど、オランダ以上のことができると私は思っています。日本にイエナプラン教育が根づき、自らの自然と文化に根ざした教育のあり方が広がれば、後発近代化諸国の一つのモデルとなると思います。国や地域の発展とは、高いビル、たくさんの工場が並ぶ風景ではありません。持続可能なエコロジカルな教育が広がっていくことを望んでいます」

学習の一環として、『大日向小学校』近くの「茂来山」へ登った際の様子。地域の人たちと交流しながら、その土地の自然や文化を知ることも大事な学びのひとつだ。
学習の一環として、『大日向小学校』近くの「茂来山」へ登った際の様子。地域の人たちと交流しながら、その土地の自然や文化を知ることも大事な学びのひとつだ。

ブームで終わらせないこと、そして自由な教育とは。

 創設者のペーターゼンも、オランダで広めたフロイデンタールも、それぞれ第一・第二次世界対戦で人々が有無をいわさず戦争に駆り出された時代を知っていた。上の者が右を向けといったら、言われるままに右を向く社会がどれだけ危険かを、身にしみて理解していた。だからこそ、個を尊重し、自立した人に育てるイエナプラン教育は、公教育にこそ広がるべきだと考えたのだ。日本におけるイエナプランも同様で、「すべての学校がそうならなくても、どこかに『なんかやってるらしいね』とか『子どもたち、幸せそうだよね』と気になる存在があるというのが大事だって思うんです」とリヒテルズさん。

 他方で、同教育に注目が集まる今の状況を歓迎しつつも、慎重に動くべき局面でもあると話す。「今、ブームのようになっていることはうれしいのですが、ブームは一時の熱に終わるのが怖いです。本当はじわじわ確実に浸透してほしいなとも思っていて(笑)。あとは、メディアの紹介の仕方による、一般の人の捉え方も心配です。ある番組が『自由すぎる? イエナプラン教育』というコメントを付して紹介したことがあるんですが、そこだけ見ると、『自由すぎる』が独り歩きしてしまう。表面的に見れば、たしかに自由ではあります。たとえば、ペーターゼンは、子どもの行動の自由を認めています。自分がそれを勉強したいと思ったら、その時にやる。ただ、そこにたった一つのルールがあるとも言っています。それは自由に行動していいけれど、すべての人が心地よいと思える関係であること。学校で安心して過ごせることを、みんなで保障し合わないといけないよ、と。日本だと自由というと、『自分勝手』というイメージを持たれがちですが自由とはそういった意味ではありません。本来自由とは、自分が行きたい道があったときにそれを選べること。また自分で選んだことには、責任が伴うということ。それが自由の怖さでもあるんですが、日本の人たちはまだ、本当の意味で自由を経験していないし理解していないと思っています。だから、自由とは何か、教育に自由はなぜ必要なのかを、まずは徹底的に考え、意見交換することが、大変重要だと感じています」。

記事は雑誌ソトコト2019年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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リヒテルズ直子

リヒテルズナオコ
オランダ教育・社会研究家
下関生まれ福岡育ち。九州大学大学院で修士課程(比較教育学)と博士課程(社会学)を修了。約15年間アジア・アフリカ・ラテンアメリカに歴住後、1996年よりオランダ在住。以後、小学校から大学までの育児に関わりつつ、オランダの学校教育と社会制度について自主研究。書籍・論稿・翻訳書・DVDなどを多数発表。