山を登るベトナム、下っていく我が日本。ー 田中佑典の現在、アジア微住中vol.12
2019.11.17 UP

田中佑典の現在、アジア微住中 山を登るベトナム、下っていく我が日本。ー 田中佑典の現在、アジア微住中vol.12

SUSTAINABILITY

経済成長する国が求める“豊かさ”とのギャップ。

 ベトナム南部最大の都市・ホーチミン 。

 この地名は、ベトナムの革命家であり国父であるホー・チ・ミン氏の名によって、もともとは「サイゴン」という名から改名されたことはご存じだろうか。かつてフランスの植民地であったベトナムは1945年に独立。その後もアメリカとのベトナム戦争と、過酷な歴史を歩んできた。

 近年、急激な経済成長を遂げ、2018年のGDP成長率は世界で7位と、ここ10年失速を知らず伸び続けている。ちなみに日本は167位だ(IMF調べ)。さらに平均年齢も31歳と非常に若い。

 縦に長いベトナムは、首都・ハノイとは約1800キロ離れ、文化や人の雰囲気、話すベトナム語も違うそうだ。

 ハノイの人が話す言葉はホーチミンの人からすると堅苦しいみたいで、そのあたりは東京と大阪との関係性と近い気がする。

 ホーチミンの市街地は12区で分けられ、1区を中心にフランス植民地時代の名残ある美しい街並みは「東洋のパリ」と称される。

 現在のホーチミンはいたるところで新しい建物や道の工事ラッシュで、ついに2021年には地下鉄が開通する予定。代表的な繁華街のブイビエン通りの賑わいなんて、もはや東京の比ではない。

ベトナム人が、なぜ日本語を勉強するのか。

 今回のホーチミン微住中、仲よくなったベトナム人の龍くん。

 彼は日本語学校の教師として働くかたわら、自身も日本での就職に向けて日々勉強中だ。ビザが無事に取れたら、群馬県の温泉旅館で働き、その後ベトナムに戻り、社長になることが夢だそうだ。

 彼のように日本で働きたいベトナム人は大勢いて、街には日本語学校が多い。龍くんから「ぜひ、学校で日本語を教えてもらえないか?」と言われ、日本語学校の教壇に立つことになった。

日本語学校の近くで朝食。北部のフォーに対して、南部はフーティウが定番。
日本語学校の近くで朝食。北部のフォーに対して、南部はフーティウが定番。

 突然の日本からの“微住先生”を生徒のみんなは歓迎してくれた。期間中は生徒の下宿先で泊まることになり、生活を共にした。授業のない時は一緒にサッカーをしたり、夜ご飯を食べたりや飲みに行ったりもした。毎晩のように消灯後、何人かの生徒はベッドの灯りで遅くまで勉強しているのが印象的だった。

ベトナムのサッカー熱は日本以上。ベトナム代表戦となると国民全員がテレビに釘付け。
ベトナムのサッカー熱は日本以上。ベトナム代表戦となると国民全員がテレビに釘付け。

 授業中、生徒のみんなにどうして日本語を勉強しているのか? と聞くと、口を揃えて「日本で働きたいからです」と答える。

 今後の日本での就職に向けて、面接の練習にも熱が入る。

 好きなアニメや漫画を聞くと、「ドラえもん」と答える子ばかりで、意外にも最近のことやカルチャーについて、あまり知らないみたいだ。というか、興味はそこではないからなのかもしれない。求めているのは、かつて高度経済成長期の日本人も求めた“豊かな”暮らしだ。

 平均月収が約2万5000円のベトナム。日本で働くことは、その豊かさを手に入れる最短ルートの一つなのだ。

 山登りをイメージしてみてほしい。かつて、登りきった頂上から下山をする我々に対して、下から登ってくるベトナムの彼らが「頂上はどうだった? よかったか?」と聞かれている感じだ。僕はこの微住で、お金や経済の豊かさを超えた何かを探している中、彼らに何と答えていいのかわからなかった。

 頂上は雲で隠れている。だからこそ彼らはがむしゃらに上を目指している。高度経済成長の時の日本も、きっと同じように見えない“豊かさ”を求め、僕らの上の世代は頂上を目指したはずだ。

上級者コースの生徒たち。後ろにいるのが龍くん。日本食の一番人気は「寿司」。
上級者コースの生徒たち。後ろにいるのが龍くん。日本食の一番人気は「寿司」。

ベトナムの“むら社会”とは?

 微住中、日本語学校の生徒たち同士の団結力や仲間意識、目上の人たちへの礼儀を重んじることに驚いた。ベトナムのことわざで「王の法律も村の垣根まで」というのがある。つまりは「王が定めた法も村落の秩序には及ばない」という意味である。

 ベトナムは現在、社会主義国だけど、その社会は“むら社会”だといわれている。“むら社会”と聞くとなんだかネガティブなイメージがあるが、実際はどういうものだろうか。

 ベトナムの“むら社会”をさらに実感すべく、大都市・ホーチミンからバイクで2時間、次なる田舎町へ僕は向かった。

記事は雑誌ソトコト2019年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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田中佑典

たなか・ゆうすけ
1986年生まれ。福井市出身。アウトサイダーの視点で、台湾と日本をつなぐ「台日系カルチャー」の発信を続けてきたが、その足場をアジア全体に拡大。自ら提唱する「微住(びじゅう)」とは一つの場所で2週間以上滞在してみること。観光以上、移住未満でアジアを俯瞰する。