偽物の標本
2019.11.28 UP

連載 | 標本バカ | 65 偽物の標本

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天狗のほうは、頭骨の形態がどう見てもネコの幼獣で、体の部分は鳥類のなにがしかであった。

 古い話だが、2006年に国立科学博物館で行われた小企画展「化け物の文化史展」は大変な人気だった。ここで展示されていたものに、「人魚」と「天狗」のミイラがあったが、趣向としておもしろかったのは、古来の「化け物」を科学の力で同定するというものだった。僕は展示協力者として、これらのミイラのX線画像から、内部の骨を同定する作業をお手伝いした。非常に興味深いことに、天狗のほうは、頭骨の形態がどう見てもネコの幼獣で、体の部分は鳥類のなにがしかであった。いずれのミイラも江戸時代頃に作製したものと見受けられるが、器用な人がいたもので、こういうキメラの作製は日本古来でも行われていたようである。

 これらは実在する生物ではないと信じているから、偽物の標本ということになる。もっとも内部に収められた骨は実在する動物で、本物のネコとニホンザルの頭骨だ。江戸時代に収集された哺乳類標本で現存するものはほとんどない。偽物といえども貴重な本物の頭骨標本を内在するものである。名称が「人魚」や「天狗」となるだけで、それは付加価値のついた偽物ということになる。今の時代となればこういった造作技術は非常に発達しているため、さまざまな偽物が出回るのは悩ましいところ。「珍種」というブランドの付加価値を求めて、普通種の動物素材を使った偽物も出回っている。真偽があればそれを鑑定する人がいてしかるべき。僕のところにくる質問にも標本が本物かどうかというものがよくある。

 しかし、標本の鑑定というのはなかなか難しい。剥製を例にとると、毛皮だけで真偽を鑑定するのは大変困難である。剥製は毛皮を処理して、詰め物をしたものだから、詰め物のいかんによってはどんな形だって作ることができる。起立した姿勢で徳利を持ったタヌキの剥製は有名であるし、米国にはシカの角が生えたウサギの剥製が「ジャッカロープ」という名称で出回っている。また毛皮は染色すれば、作ろうと思えばどんな模様にだって作ることができる。かつて僕が鑑定した毛皮には薄茶色地に黒色のウロコ模様で飾られた美しい毛皮があったが、そんな模様の獣はこの世に存在しない。手足の形状から見てどうやらイヌの毛皮と思われたが、インターネットで調べたところ、中国で同様な染色毛皮を売っている広告が見つかった。そんなわけだから、ホッキョクグマの毛皮からジャイアントパンダの毛皮を作ることだってできるだろう。

 以前「鼻行類」という架空の生物に関する本が流行したことがあった。一見哺乳類と見受けられるこの獣は、長く伸びた鼻を使って歩行するほか、多様な行動をするという奇妙なものだった。その記述は学名も付されて本格的な記載論文さながら。哺乳類に詳しくなかった学生のころは「エッ、こんなのがいるのか?」と思ったこともあった。ところがこの剥製標本がヨーロッパの博物館に現存することを聞いて、さらに驚いた。日本の天狗や人魚と同じく、実在する動物をつぎはぎしたものと思われるが、非常によくできている。ヨーロッパの剥製技術にはいつも驚かされる。

記事は雑誌ソトコト2017年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文●川田伸一郎
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。