加藤智啓『EDING:POST』代表取締役/デザイナー
2019.12.05 UP

連載 | SOTOKOTO mtu 人の森 加藤智啓『EDING:POST』代表取締役/デザイナー

PEOPLE

価値を引き出すおもしろさ。
デザイナーの加藤智啓さんは自身の役割について、価値あるものを埋もれさせず、未来へとつながっていく道を開拓することだと考えている。
依頼主と歩幅を合わせ、共に歩み、相手の思いを拡張させるデザインが特徴だ。
一業種一企業のみで仕事を受ける加藤さんに話を聞いた。

それぞれの歩幅に合わせ、
それぞれが向かうべき道を
デザインで切り開く。

 書道を教えていた祖母の書。同じ道具でも、表現される文字は人それぞれだった。

 そして、フレンチのシェフだった父がたまにつくってくれる手料理。家の冷蔵庫の食材から「レストラン」の料理が生み出された。手がける人によって価値が変容することへの探究心が掻き立てられた。

 地元・名古屋市内の美術科がある県立高校へ進学後、学生美術の祭典「学展」に初応募で大賞に選ばれ、東京・上野の『東京都美術館』に作品が展示された。

 しかし、鑑賞者に同世代の若者がほとんどいないことに気づき、このまま絵画の道に進んでいいのかと自問した。いいものをつくることは前提に置きつつ、価値を生み出せる人への強い憧れが、デザイナー・加藤智啓さんの今につながっていった。

ソトコト(以下S) 16歳の時に絵画作品で評価をされながら、畑違いともいえる服飾・ファッションの専門学校に進学したのはどうしてですか?

加藤智啓(以下加藤) 絵と音楽に夢中だった高校生の時、『コム・デ・ギャルソン』の服に出合ったことがきっかけです。服なのにアートを超える衝撃を受けたのです。服にアートを盛り込めたら、歩く美術館のようになり、美術館に通わない人たちにも無意識に見せることができる。そこで、世界的に活躍するデザイナーを輩出している東京の『文化服装学院』に進学し、服作りを徹底的に学ぶ毎日を送りました。

 でも、プロのファッションデザイナーのアシスタントをした時、「売れ残った在庫は課税されるので廃棄する」という話を聞き、何百年も後世に残る可能性があるアートの世界とは真逆の現実を知り、悲しい気持ちになりました。

 それなら、時代を超えられるものをつくりたいという思いを強めた頃、着なくなった時に、畳むと「ぬいぐるみに変形できる洋服」のアイデアを閃いたのです。服を捨てない仕組みをとことん考えたら、それまでの悩みが吹き飛んで、視界が開けました。

 その流れで、いくつもの新しいアイデアが湧き出て、それぞれを試作してみると、周囲の友達から「売ってほしい」と言われたことも後押しとなり、起業を決意。恵比寿のギャラリーを借りて展示会を開催しました。『国立新美術館』のミュージアムショップやさまざまなセレクトショップから発注を受けることになったので、展示会でのお披露目を手伝ってくれていた中学校からの親友の長谷川哲士くん(現『minna』)をメンバーに迎え、『EDING:POST』の活動を加速させました。これは過去(ED)、現在(ING)、未来(POST)を意味する造語で、過去から未来までを見通した責任のあるものづくりをする思いを込めています。最先端のデザインが集まる「DESIGNTIDE TOKYO」にも出展し、プロの仲間入りを果たせました。

S 学生で起業後、どんな事業展開を?

加藤 起業のきっかけになった「ぬいぐるみに変形できる洋服」の製品化に向けて動き出しました。ただ自作すると1日に1個が限界だったので、持ち込んだデザインを製品化してもらえる『アッシュコンセプト』を知り、プレゼンに行きました。すぐに気に入ってもらい製品化が決定したものの、商標の調査や工場探しなどで販売まで1年ほどかかり、その間のスタッフ3人分の給与が出せなくて、夜にアルバイトもしていました。カフェブームを引き起こした東京・表参道の『LOTUS』で働いたのですが、オーナーの山本宇一さんがデザイン好きな方で、僕が厨房で働いている時間帯でも、店にデザイン関連の方が来店すると、仕事の途中でもプレゼンするよう促してくれたり、店内の一角に自分の作品を置いてくれたりと応援してくれました。そんな毎日を送りながら、新作のアイデアを練り、展示会などで発表を続けていると、バイヤーではないから商品の買い付けはできないけれども、私のために新しくデザインを考えてくれないか、というオーダーメイドの受注仕事が舞い込むようになりました。最初は戸惑いもありましたが、せっかくなので挑戦してみたら、依頼主がすごく喜んでくださって、自分自身もとてもうれしかった。

 それまでは自分主体のものづくりだったけれど、その経験をしてからは、依頼主の思想を伝える翻訳者としてものをつくるようになりました。ロゴマークから始まって、商品、パッケージ、販促ツール、WEBサイトと、気づいたら事業に必要なツール全部をデザインするようになっていましたね。

 ちょうどこの頃から、初めての自社商品を買い付けしてくださったプロのバイヤーである『method』の山田遊さんのもとでも働かせてもらうようになり、店舗開発や商品開発のいろはを徹底的に学べたことも大きな財産となりました。今があるのは、こうして支えてくださった方々のおかげです。

 初めて一からブランディングを手がけた仕事は?

加藤 2011年に事業立ち上げをした東京・表参道の『OMOTESANDO KOFFEE』です。コンセプトを導き出すために、オーナーと話し合いを繰り返す中で、展開する土地に根ざしたコーヒー屋として存在したいという思いと、オーナーの名字である“國友”という漢字の意味(地域の友=國友)とがリンクしていることに気づき、そこから国構え(正方形)をモチーフにしようというアイデアが浮かびました。お菓子からパッケージ、店舗に至るまで、ありとあらゆるところに、アイコンとして落とし込んでいきました。サービスや空間にまでデザインが拡張した瞬間に、自分でも手応えを感じました。

 この店は世界中からお客がやって来る人気店となり、現在は香港、シンガポール、ロンドンにも店を構えています。

 見た目を整えるだけではなく、クライアントや事業自体の潜在能力を最大化する、そういったことがデザインにはできる可能性があるのだと、このプロジェクトをとおして学びました。

 また、自分で起業して経営の怖さを実体験していたので、経営者と同じ目線に立てたことも役立ちました。社員には弱さを見せられない経営者の思いも受け止めながら、パートナーとしてクライアントと共に歩めるのが楽しいです。経済成長のためだけではなく、世の中をよくするために人生を捧げている経営者がいることを実感し、そんな志のある人が増えていったら、世の中の不条理を減らせるのではないかと期待も膨らみます。

ディレクションを担当した10周年記念のポップアップストアにて、『NEONSIGN』の林飛鳥さんと。
ディレクションを担当した10周年記念のポップアップストアにて、『NEONSIGN』の林飛鳥さんと。©OOKI JINGU

 ブランディングを手がける時、大事にしていることは?

加藤 山田遊さんや山本宇一さん(『heads』)のほかにも、近藤ナオさん(『ASOBOT』)、中川政七さん(『中川政七商店』)ら、ブランドづくりの第一人者の仕事を直接的に見させていただく経験をし、みなさんが未来を明確に見てそこから逆算していることに気づきました。自分が描いた未来の実現のためにすべての行動をつなげて、数年後には描いた「未来」を現実化させています。僕も今、仕事でさまざまな業種の経営者と関わりますが、実現させたい未来を描く時間をつくります。得意、不得意を考えることも必要ですが、本当に成し遂げたいことを明らかにすることが大事。どうしたら実現できるのか、根本から見つめ直そうと提案します。

 最近では、大分県・別府温泉の湯の花から生まれた入浴剤「湯躍」のプロジェクトに関わり、創業者を祖父に持つ三代目の社長と共に事業再建を進めています。その社長は、「温泉のめぐみを、誰もが使えるようにしよう」と11年もの研究の末に入浴剤を完成させた祖父のことが大好きで、売り上げが低迷した会社を救うために経営学と薬学を修め、英語も習得したと知りました。そこには、祖父が開発した入浴剤を後世へ残し、世界にも広めていきたい強い思いがありました。3年前から定期的に議論を重ね、日本が誇る温泉・湯治の文化を象徴できる正統派の入浴剤となるようにすべての商品ラインナップを見直し、50年以上続いてきた主力商品を一新しました。初めは社内から「リピーターがいるから変える必要はない」という意見も出ました。ただ、そのリピーターの方々も高齢化し、新規顧客を獲得していかなければ将来がない状況でした。

 ていねいにつくり込み、2019年7月にある展示会に出展した際、来場者の反応がこれまでと異なり、約500社から反響があって、社内の士気も高まり団結できました。

事業改革を請け負ったブランドリニューアル「湯躍」のお披露目。クライアントのみなさんと共に設営から営業まで行った。
事業改革を請け負ったブランドリニューアル「湯躍」のお披露目。クライアントのみなさんと共に設営から営業まで行った。

 加藤さんご自身の未来は?

加藤 これまで飲食、服飾、工芸、農業、神事など、業界・業種を超えて50以上の事業改革に参画し、最近では産科病院のプロジェクトにも関わりました。これからは、日本一の教育を目指す小学校のプロジェクトがスタートします。

 僕自身、子どもが生まれてから、特に次世代を意識するようになりました。これからの世の中をよい方向へシフトさせられる事業や仕組み、そして人材を育てることに深く関与していきたいと思っています。

©OOKI JINGU
©OOKI JINGU

東京のストリートを先導するファッションブランド。

 専門学校の同級生だったデザイナー・林飛鳥さんのブランド「NEONSIGN」。2009年の創業初期からロゴ等のデザインのほかブランディングをサポートし、熱狂的ファンを生むまでに。

©h concept
©h concept

使わない時の機能も持たせ、捨てられないものづくり。

 学生時代に課題で考案した、広げると洋服になる「ぬいぐるみ」を、広げるとエコバッグになる「Picnica」として『アッシュコンセプト』より製品化。使わない時のモノのあり方を提示した初期の代表作。

©OOKI JINGU
©OOKI JINGU

良質な花火と花火の文化を、未来につないでいく。

 家庭用花火のセレクショップ「fireworks」のブランド立ち上げから、都心部でも花火ができるよう花火大会の運営サポートまで。美しさにもこだわった花火を一つ一つ個別のパッケージに。

©HIROKO TSUKADA
©HIROKO TSUKADA

オーナーの嗜好を抽出した、コーヒースタンドの先駆け。

 初めてのブランディング案件となった『OMOTESANDO KOFFEE』。オーナーの嗜好性と真っ正面から向き合う中で、無駄なものが削ぎ落とされ、今までになかった独自のコーヒースタンドが生まれた。

©OOKI JINGU
©OOKI JINGU

神社固有の機能の復活と地域再生への貢献。

 群馬県の安産・子育ての宮『山名八幡宮』の神社再建案件。子育ての悩みを緩和する親子カフェ、食育を促す天然酵母のパン屋の併設など、これからの神社のあり方を27代目宮司と共に模索する。

©YUKI MORISHIMA
©YUKI MORISHIMA

奈良・吉野で育った果物のおいしさを凝縮。

 6代にわたって栽培を行う『堀内果実園』の改革案件。完熟果物を使用し、無添加で加工したドライフルーツやジャムなどのロゴ、パッケージ、各種ツールのディレクションとデザインを担当。

©OOKI JINGU
©OOKI JINGU

湯の花から生まれた入浴剤で、人々の健康を支えていく。

 創業者が11年の歳月をかけて開発した薬用入浴剤を後世に残し、「湯治文化」を世界へ発信するために「湯躍」としてリニューアル。健康寿命を延ばすことをミッションに、企業理念から改革。

©KEISUKE ONO
©KEISUKE ONO

これまでの思い出を、これからの暮らしに活かす。

 思い出の詰まった服をアルバムや傘などに仕立て直す「LOOP CARE」のサービス。ビジネスモデルの開発からプロジェクトメンバーのコーディネートまで関わり、新しい概念を提案。

記事は雑誌ソトコト2020年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Kazuteru Takamoto
text by Mari Kubota

キーワード

加藤 智啓

かとう・ともひろ
1985年、愛知県生まれ。デザイナー。2007年、文化服装学院在学中に、『EDING:POST』を設立。
手がける領域に制限はないが、関わった人を業界のトップランナーにしたいという思いから一業種一企業と関わる姿勢をとる。
今までに、50以上の事業改革に参画。グッドデザイン賞BEST100など受賞多数。