憂国呆談 season 2 volume 114
2019.12.05 UP

連載 | 田中康夫と浅田 彰の憂国呆談 season 2 憂国呆談 season 2 volume 114

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1910年の洪水をきっかけにつくられた人工河川・荒川。
その川沿いにある『荒川知水資料館アモア』を訪れた田中氏と浅田氏は、荒川の歴史の展示や、荒川下流の水害のリスクを知る映像を見ながら、台風19号で決壊した千曲川の件をはじめ、日本の治水行政に苦言を呈した。
さらには、東京五輪の札幌開催や大学の英語入試の延期など、ドタバタ劇を繰り広げる東京都や日本の対応に微苦笑を交えて憂慮する。

『荒川知水資料館アモア』から、
台風19号による千曲川の被害、
東京五輪マラソンの札幌開催、
前・広島市長の新著まで。

『荒川知水資料館アモア』を訪れ、台風19号を振り返る。

浅田 今日は荒川の岩淵水門を見ながら川岸を歩いたあと、『荒川知水資料館アモア』を訪れた。一帯は素敵な散歩道だけど、隣接する国土交通省関東地方整備局荒川下流河川事務所によれば、10月12日に台風19号が首都圏を直撃したときは荒川の水量も相当上昇したため、隅田川に水が流れ込まないよう岩淵水門を閉じた、と。

田中 青水門と呼ばれる現在の岩淵水門(1982年竣工)に役目を引き継いだ1924年竣工の旧・岩淵水門(赤水門)の周囲に流れ着いた木やゴミが、うずたかく川岸に積み上げられていたから、相当な水量だったと。

浅田 隅田川下流域は海抜0メートル地帯だし、この水門をはじめとする一連の施設で必死に守ってるんだね。逆に言えば、もしどこかが決壊して浸水したら大変。資料館の展示によると、2週間は水が引かない場所があるっていうから恐ろしい。

 実際、台風19号では長野県の千曲川の堤防が決壊して流域が浸水し、JR北陸新幹線の車両も使いものにならなくなった。長野新幹線車両センターのあたりも遊水池にしとくべき場所だったんだろうね。

田中 八ッ場ダムは守護神だと興奮している「ダム脳」な皆さんは理解不能だと思うけど(苦笑)、河川局を改組して2001年に誕生した国土交通省水管理・国土保全局が「土堤原則」という非科学的な「天動説」に固執しているのが最大の問題。コンクリート壁の隙間から水が浸潤して、土と砂利だけの堤防内は平時でも液状化現象に陥りがち。だから欧米や韓国では過去の決壊箇所に鋼矢板を縦に2枚打ち込んで補強しているのに、土と砂利以外の「不純物」が混じるのは認められないと真顔で語るのが河川官僚。お口アングリだよ。今回の千曲川の決壊地点は長野市の長沼地区大字穂保。浸水した長野新幹線車両センター一帯は大字赤沼。名は体を表すで、水害に直面し続けた地域。だから長野冬季五輪開催1年前の1997年開業が至上命令だった旧・日本鉄道建設公団とJR東日本の突然の計画に、住民は猛反対した。このあたりの田畑は洪水になると1週間は水が引かない赤沼の遊水池として機能してきたんだからと。

浅田 台風15号で成田空港なんかの惨状を見てるんだし、もうちょっと危機感を持てなかったのか。

田中 長野市防災マップは車両センターの浸水を5メートル以上と表示していて、今回はその想定よりも低い4.3メートルでまっている。なのに、羽田空港・成田空港から千歳空港へ機材を移動させた航空各社と異なり、上田駅、高崎駅などの高架駅どころか、センター構内を走る本線の高架部分へも移動させなかった。JR東日本の損害は約120億円らしいけど、毎年の連結純利益が約3000億円。本社の経営陣にとっては屁でもない。鉄オタは怒るべきだよ。不安視する地元住民に対して国と県は、千曲川支流の浅川に治水ダムを造れば問題は解決すると述べて、死者約8000人に及ぶ江戸時代後期の善光寺地震の震央からほど近い活断層の真上に、浅川ダム計画を推進しようとしていた。それが僕の長野県知事への就任前。しかもダム本体工事は未着工なのに、長野冬季五輪のボブスレー・リュージュ会場へのループ橋とトンネル建設に総事業費380億円の半分を“流用”済みだった(苦笑)。

 さらに驚いたのは、「脱ダム」宣言に猛反発した国土交通省から出向の土木部長ですら、「増水時に千曲川と浅川の合流部一帯は、内水氾濫と呼ばれる千曲川から浅川への逆流現象で、洪水はダムを造っても防げない」と県議会で答弁したのよ。で、その発言を今回、ツイッターで紹介した僕をディスりまくったのが堀江貴文をはじめとする「意識高い系」。トランプ派と反トランプ派で分断される思考停止状態な米国の苦悩と通底するね(苦笑)。

 とまれ、心ある県職員の協力を得て僕は、天井川状態で信越本線の上を流れていた3キロメートル区間の浅川の河床を最大11メートル掘り下げた後、国交省に提案したの。今回も川幅1000メートルの穂保地点で決壊したのは、下流5キロメートルの立ヶ花地点が川幅210メートルと狭窄で“糞詰まり”状態になったのが原因。その立ヶ花よりも下流に浅川から放水路を建設し、車両センター地下には調節池を設置。リンゴ畑を遊水池として活用する農家との事前契約。いずれも国は拒絶し、まずは浅川ダムと主張した。で、総務省出身の現・知事は素直に従って3年前に竣工したけど、水害は防げなかったと。浅川への逆流を防ぐために千曲川との樋門を閉鎖したため、行き場を失った浅川の水が「内水氾濫」を起こして住宅地に流れ込んだ。

浅田 田中さんの先見性が生かされなかったのは残念。読者諸氏には田中さんのHPの治水に関するパートをぜひ読んでもらいたい(http://tanakayasuo.me/river)。特に、川の氾濫や堤防の決壊を防ぐために大切なのが浚渫だってことは、あらためて強調しとくべきだね。なのに、治水予算の項目に浚渫がないってのは驚くべきこと。

田中 地球は生きているから、我々が手足の爪を切るように河道の堆砂をこまめに浚渫する維持修繕こそ、護岸の補強、上流域の森林整備と並んで治水の基本なんだよ。重機を用いて1平方メートル当たり1万円強で実施可能な浚渫は地元の土木建設業者が胸を張って従事できる地域密着型公共事業。なのに、国も大半の自治体も予算を別立てで計上せず、現場の建設事務所の人件費等を「維持修繕費」に一括りしている。

 総事業費5320億円の八ッ場ダムも利根川水系で役割分担するのは全体のわずか1パーセントに過ぎない。その利根川支流の吾妻川に巨大ダムを建造しなければ2000名近い、1947年のカスリーン台風の御霊は報われない、と計画が発表されたのは1952年。1万歩譲って八ッ場ダム建設が「必要悪」だったとして、河道掘削と呼ばれる川底の浚渫に投じた67年あまりの期間の費用はいくらだったのかと河川管理者にしても、該当する記録は見当たらないと言葉を濁すんだから呆れるよ。

浅田 2013年の台風18号で京都の桂川が嵐山周辺で氾濫し、両岸の10ヘクタール近くが浸水した。それを教訓に、近畿地方整備局が浚渫や護岸の補強に加え、渡月橋付近の河道掘削を観光客が減少する冬場の3か月間に実施したおかげで、上流の日吉ダムが1997年の運用開始以来、初めて緊急放水ゲートを全開した去年の西日本豪雨では少しあふれただけでほとんど被害がなかった。

田中 その西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県の肱川は全長103キロメートルなのに、源流から伊予灘まで直線距離だと約18キロメートル。肱のように曲がった川だから河川改修こそ急務なのに、ダムありきだった。しかも「大雨特別警報」発令後、野村ダムと鹿野川ダムからの放水量を何故か減らしてダム湖の貯水量を増やし、満水状態になってから安全基準の6倍もの「緊急放流」を行って9名が犠牲となった。

 業務上過失致死傷罪に問われる列車事故や交通事故と違って日本では、緊急放流の判断ミスや堤防決壊の監理責任を河川管理者に刑事罰で問うた事例は皆無。

浅田 気象庁が国民に危機意識を持たそうとして「生命を守る行動を取ってください」とテレビで繰り返すのもわからなくはないけど、政府全体で普段からやるべきことをやってないのに、急に「自分の命は自分で守れ」ってのは無責任すぎる。

 いずれにせよ、関西では去年の台風21号、関東では今度の19号が、温暖化した地球の新常態を示したとすれば、台風や洪水に対して危機意識を持って考え直さなきゃ。

 逆に、乾燥地帯も大変だよ。2019年10月に起こった米カリフォルニア州北部の山火事で、太平洋ガス・電力会社(PG&E)が電線からの漏電や火花による山火事の拡大を恐れて大規模な計画停電を実施した。実は2018年の山火事の責任を問われ、賠償金ですでに経営破綻してたから、慎重にならざるを得なかったんだろうね。それでも山火事の拡大は止まらず、停電はいまや100万世帯に迫る勢い。ビヴァリー・ヒルズに住むアーノルド・シュワルツェネッガー元・州知事も午前3時に避難してた。「高級ワイン産地やシリコン・ヴァレーに近い地域でこんなことが起こるのは電力会社の利益至上主義による長年のミスマネージメントの結果だ」とギャヴィン・ニューサム知事が憤るのも当然。一方で量子計算機が実用化されようかってときに、他方で電気が止まっちゃうってのは、現代社会の縮図と言うべきかも。

 国連気候行動サミットで危機感を表明した16歳のグレタ・トゥーンベリは、COP25がチリじゃなくスペインで開かれることになったので、オーストラリア人の持つ太陽光・水力発電の帆船でスペインに向かうことに。他方、若者だけに任せとくわけにはいかないってんで、81歳のジェーン・フォンダが毎週ワシントンで無許可デモを敢行、11月1日に4度目に逮捕されたときは拘置所で一夜を過ごした。

 確かにこれは全人類の直面する問題だからね。日本人ももっと危機感を持つべきじゃないかな。

東京五輪の札幌開催と、英語民間試験延期のドタバタ。

浅田 この期に及んで、国際オリンピック委員会(IOC)が東京五輪のマラソンと競歩を札幌で開催すると決定した。虚を突かれた小池百合子東京都知事も打つ手なし。

田中 「#Tokyoインパール2020」のハッシュタグで知名度を高めた東京五輪の「製造物責任」は誰にあるかと言ったら、「この時期の天候は晴れることが多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」と猪瀬直樹が知事時代の立候補ファイルに臆面もなく「ポスト・トゥルース」を書いた日本の招致委員会でしょ。幻の1940年東京五輪も扱った“意欲作”のドラマ「いだてん」に古今亭志ん生役で出ているビートたけしも、「(1984年の)ロサンゼルス五輪のときから怪しいと思ってた」と商業主義を批判し、「五輪はやめたほうがいい。返上!」と毒づく展開に。

浅田 われわれは最初からそう言ってたんだけどね。IOCも、9月から10月にかけてカタールのドーハで開催された世界陸上競技選手権大会で選手や観客がバタバタ倒れたのを見て危機感を持ち、今回の決定に至ったんでしょう。そもそも、暑い国でも金があれば招致できる、真夏でも放送枠が空いてるからいいっていう金権体質を根本的に改革しないと。

田中 米国4大スポーツ(アメフト、バスケ、野球、アイスホッケー)、欧州のサッカーが「ヴァカンス」の真夏に五輪放映権料で銭ゲバ商法の欧米に嬉々として応じた「名誉白人」ニッポンでの迷走は皮肉にも、五輪や万博という地球規模での「ハコモノ行政」ビジネスモデルが終わりを告げる潮目の変化かもね。

浅田 しかし、ドタバタって言えば、2021年度からの大学入試の英語民間試験活用が急遽24年度まで先送りされたドタバタにも呆れた(苦笑)。試験成績を大学に伝えるための共通IDの受け付けが始まる予定になってた11月1日早朝に、「身の丈に合わせて頑張ってもらえば」って失言で国民の怒りを買った萩生田光一文部科学相が発表したんだからね。すでに申請や料金払い込みを済ませてた生徒もいるってのに。民間試験の活用を強行したのが安倍官邸なら、萩生田発言への反発を受けて急遽先送りを強行したのも安倍官邸。無責任にもほどがある! もちろん、制度としては中止したほうがいいんだけど、それなら、記述式問題を増やすとか、そのために民間への丸投げを進め、大学生のアルバイトが採点してもいいことにするとか、問題だらけの「入試改革」全体を見直さないと。しかし実際は、2024年度からの「改革」がますますひどいものになる可能性が強い。

 前から言うように、『大学入試センター』って独立行政法人があるんだから、そこが責任をもって試験を改善する、それで評価できない部分は各大学が独自の基準で評価するってことでいいんじゃないの?

田中 1979年1月に当時の文部省が共通一次(大学共通第1次学力試験)を実施するまで、1次試験の問題だって各大学が独自に作成していたんだぜ。意味不明な霞が関コモンゲートと命名された一廓に陣取る文部科学省の建物に、英文・和文で「基本に戻れ(バック・トゥ・ザ・ベーシックス)」の垂れ幕をぶら下げるべきだよ。

浅田 昔の文部科学省がよかったなんて口が裂けても言わないけど、これほどのドタバタはありえなかった。萩生田は実は慎重派だったみたいだけど、発言は慎重じゃなかった。「身の丈に合わせて頑張って」って、「地方の貧民はそれなりに頑張れ」って言ってるようなもの。自分こそ、文部科学相の地位が身の丈に合ってるか、考えろっての(苦笑)。

田中 偏差値が高くても官僚やMBA出身で人の心がわからない国会議員が多いなか、萩生田は党人派だから話すと人間味がある。だけど、メディア出演時の表現力とセンスがなかった。このトンデモ制度は、慶應義塾の塾長や中央教育審議会の会長を務めた安西祐一郎が言い出して、現場を知らない机上の空論が暴走した感じだね。

浅田 あと、三木谷浩史がTOEFLの活用を主張した。それが途中からベネッセ主導になった。一貫性がないんだよ。とにかく、安倍官邸が思いつきで「改革」を乱発するのが問題なんで、官僚にも同情の余地はあるにせよ、あまりに杜撰すぎるよ。

田中 東大名誉教授で日本経済史家の武田晴人が「誰のための英語力か」と題して、スキルだけが優れた、考えることができない人間を量産しようとする国に未来はないと寄稿していた。英語力とはコミュニケーションの単なるスキルに過ぎず、自分で考えて語る力がなければ新しい知識も身につかないのに、本末転倒な「聞く力」「話す力」を大学入試に持ち込もうとしていると。母国語の日本語で表現する以上の内容は伝えられないんだからね。

浅田 そういう意味でも、政治の劣化と官僚制の劣化が同時進行する現状は嘆かわしいね。

秋葉忠利前・広島市長の著書、『数学書として憲法を読む』。

浅田 2001年に建築家のダニエル・リベスキンドがヒロシマ賞を受賞したときシンポジウムに参加したんだけど、当時の秋葉忠利市長と話し込んでたリベスキンドが後で僕に「市長と位相幾何学の話をした、あんな市長がいるとは日本はすごいな」と。その秋葉の出した『数学書として憲法を読む』は、憲法を取り巻く「解釈」のヴェールを剥ぎ取り、あくまで論理的に読もうとする、興味深い試みだね。

田中 天皇や内閣は「この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と99条で課せられているのに、単なる「道徳的な要請」に過ぎぬと解釈する判決まで存在する「呆痴国家」。数学者としてニューヨーク州立大学、タフツ大学で教鞭を執った秋葉は、義務を道徳的要請だと捉えるなら、30条の「納税の義務」も税金を納めなくてノー・プロブレムになると鋭く看破する。それは空理空論の数学的読み方では断じてなく、コンプライアンスだの法令遵守だのと企業の不祥事の際に神妙な面持ちで繰り返す経営者と一緒だろ、って話にもつながる。

浅田 リベスキンドって言えば、別の機会に東京の草月会館でイヤニス・クセナキスの現代音楽を高橋悠治なんかが演奏するコンサートを彼と聴いてたら、後ろから筑紫哲也が僕の肩を叩いて「よう!」と。で、リベスキンドに筑紫のことを「テッド・コッペルみたいなテレビニュースのアンカーだ」って言ったら、「アメリカでコッペルが現代音楽を聴きに来るなんて考えられない、日本はすごいな」と。いろいろ見て歩いたあと放送直前にスタジオに入ってたから、よくトチッてたけど、古き良き時代ではあったのかも……。

田中 秋葉が衆議院議員から市長に転身した広島の平和記念公園に、南半球から初めて選ばれた第266代ローマ教皇フランシスコが11月24日に訪れて、非戦と核兵器廃絶を訴えた。その彼の来日に関しては次号で話すとしよう。

記事は雑誌ソトコト2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kentaro Matsui

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田中康夫

たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。