『ミチコーポレーション』代表・冒険起業家 植田紘栄志 | mtu
2019.04.04 UP

『ミチコーポレーション』代表・冒険起業家 植田紘栄志 | mtu

PEOPLE

ハードな過疎地×「出版」という斜陽産業。
だから、
ボクは出版事業を立ち上げる。

広島県の山間部、島根県との県境に位置する北広島町は、人口減少が進行し、地域によっては小学校の廃校も相次ぐ「ハードな過疎地」だ。東京からこの町へ移住して8年目の植田紘栄志さんは2018年、ここで新たに出版事業を立ち上げた。本が売れない時代になぜ「出版」なのか。植田さんにその思いを聞いた。

志に共感した、
出版関係者による
全面的な支援。

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上/出版事業の第一弾書籍『冒険起業家 ゾウのウンチが世界を変える』。「決断」の大切さも教えてくれる、波瀾万丈のストーリー。下/タイトルや表紙デザインも練りに練った。

 ある日、東京都心の地下鉄構内で、見ず知らずのスリランカ人に「お金を貸してください」と頼まれたのがすべての始まりだった。小額紙幣がなく、1万円を渡した植田紘栄志さんがそのことを忘れた頃、そのスリランカ人から国際電話がかかってきた。スリランカで行う結婚式に、ぜひ来てください、と。
 そして、訪ねたスリランカの田舎町でスピーチをすることになり、通訳に話を間違えて伝えられてしまったせいで、人々の期待を背負い、現地のゴミ環境問題を解決するペットボトルのリサイクル事業を始めるハメに。
 内戦が激しくなるスリランカで、日本、スリランカ両国の政治家や官僚まで巻き込んで、ビジネスは二転三転する。しかし最終的には「野良ゾウ」の襲撃をきっかけにゾウのウンチから紙をつくりだし、「ゾウさんペーパー」として世界で販売、人気を博すことになった。
 植田さんが2018年10月に上梓した本『冒険起業家 ゾウのウンチが世界を変える』は、そんなストーリーだ。
 フィクションの体裁をとっているが、実話だ。また、植田さんはスリランカでの事業も続けながら、東日本大震災を機に11年末、東京の自宅を引き払い、祖父母の出身地である広島県・北広島町の芸北地域に移住。過疎化が急速に進むその芸北で、起業家として新しい拠点となる『芸北ぞうさんカフェ』をオープンさせた。
 本ではそのいきさつも書かれているが、実は、この本自体、植田さんが新たに立ち上げた事業『ミチコーポレーション・ぞうさん出版事業部』(以下『ぞうさん出版』)が発行したものだ。植田さんの新たな挑戦は、「ハードな過疎地」で、「斜陽」とさえいわれる出版社を立ち上げ、世界に打って出ること。その思いと戦略を聞いた。

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『芸北ぞうさんカフェ』を拠点に地域活性化ビジネスを展開。

まさに「冒険」の人生、楽しく本を拝読しました。

 本気で映画化をめざしています。それくらいおもしろさには自信がありますが、無事に出版することができたのは、たくさんの方のお力添えのおかげです。

たくさんの方とは?

 真っ先に挙げたいのは、出版物取次の大手である『日本出版販売』広島支店の岡田充弘支店長です。出版事業の立ち上げ前からバックアップしてくれました。そして新たに立ち上がった出版社の、無名の著者の書籍を全国の書店で大々的に販売できるよう、働きかけてくれました。出版直後から、東京や広島の書店で私の本の特設コーナーができたり、大型書店でトークイベントができたりしたのは、岡田さんのおかげです。ほかにも印刷会社の方、在庫の保管倉庫の方、アドバイスをくれた編集者など、感謝したい方は枚挙にいとまがありません。

なぜそれほどたくさんの方が協力してくれたのでしょうか。

 やはり、志に賛同してくれたからだと思います。

活字が持つ、
「漬物石」のような
重みを生かす。

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取次会社や書店員の応援を受け、都市部の大型書店で特設コーナーを設けてもらうことができた。

志とは、どのような?

 岡田さんとともに目指したのは、「田舎からベストセラーを出すこと」でした。私が家族と暮らす芸北地域は、豪雪地帯の山間部で、この数年で5校あった小学校のうち4校が廃校になった「ハードな過疎地」です。『ぞうさん出版』はまさに、「世界でもっとも田舎にある出版社」です。だからこそ、この過疎地から本当にベストセラーを生み出すことができれば、地方でもできるんだと自信をもて、日本の未来も変わっていくのではないかと本気で考えています。その可能性を信じてくれた方や、おもしろい、と思ってくれた方が力を貸してくれました。

過疎地で新たな事業を起こして成功させ、自信をつける、地方を元気にする、ということはわかりますが、「出版」に目をつけたのはなぜでしょうか?

 過疎地にこそ、その地域のよさを自発的に発信でき、ゆくゆくは雇用とブランド力を生み出せる独自のメディアが必要だと考えたからです。そこで、どんなメディアがいいかと思いを巡らせたとき、ウェブや映像などもいいのですが、活字を扱う出版業がいいのではないかと、答えを出しました。

最近は活字離れが進んでいるといわれますが……。

 日本人、とくに長年活字に触れてきた人たちは今も、活字に「漬物石」のような重みと信憑性を感じているし、活字をちゃんとおもしろいと思ってくれます。これを簡単に切り捨ててしまうのはもったいない。とくにお年寄りの多い田舎では、活字は強いです。僕が移住してきて、カフェを開業し、テレビやネットニュースで紹介されても地域の高齢者の反応は薄かったのですが、今回、本を出版したときにはご祝儀をくれたり、泣いて喜んでくれたりしました。

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左/北広島町に移住した、宇宙博士・井筒智彦さんと東京都内で出版記念トークショーを開催。出版界からも注目された。右/自作したプロモーションビデオを店頭で流してくれた書店も。

本の売れ行きは順調ですか?

 正直に言うと、まだ厳しいです。出版前は楽観視していました……。出版後にわかったのは売り方を考えていかなければいけないということ。「本自体に興味があっても買わない」という、「グレーゾーン」にいる人がとても多いことにも気づきました。楽観視していたのは、SNSで「いいね!」を押してくれる人が多かったからということもありますが、彼らがみんな本を買うわけではない。僕自身のことを考えても、ある本に興味をもっても、すぐにその本を買うわけではありません。
 ましてや、僕のことをまったく知らない人は本を手に取りようがない。

今は、どんな対策を?

 ひたすら試行錯誤の日々です。書店で、自分でトークショーのビラを配ったりもしています。

地域の人々の応援は?

 それはもちろんあります。地域の福祉作業所で本のしおりの挟み込みの仕事をお願いしているのですが、売り上げが上がったときの一体感は何物にも替えがたい。この一体感の輪を広げて、地域の経済を潤すことにもつなげていきたいです。

地方から都市、
ではなく、
目指すはアジア。

地方であることが、出版業において、逆に強みとなるようなことはありますか?

 都市にコンテンツとなるものが多いのは当たり前ですが、過疎地にも都会の人が知らない、楽しいネタがたくさんあります! ただ、地元の人が持ったまま眠った状態になっているコンテンツを、地元の人に寄り添って掘り起こせる人がいないんです。自然と共に生きる技だけでも相当なものを持っています。そして、地方から都市だけを目指すのではなく、世界を目指すべく、まずは韓国や中国などのアジアに目を向けています。広島空港を使えば、韓国や中国なんて、近いところです。

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韓国での出版計画も進行しており、印刷会社との打ち合わせの一コマ。空路を使えば、韓国へ行くのも、東京へ行くのも変わらない。

アジアとどんな関係を?

 人と仕事が少ない過疎地では、外貨を獲得することで生き残りを図るべきだと僕は考えています。空路で約1時間と近い韓国や、出版が右肩上がりの産業になっている中国には、翻訳の壁さえ乗り越えれば、出版社にとって魅力的な市場が広がっています。アジアの若者が日本に興味を持ってくれるようなおもしろい出版物を、国境を超えて販売できるようにしたい。僕はこのビジネスモデルを「アジア出版構想」と名づけていて、すでに具体的な行動も始めています。
 「つくる、売る、発信する」の3本の柱を持つことが、過疎地では必要です。アクセスがいいとは言えない「ハード過疎地」だからこそ、発信は遠くまでしなければ。そもそも『ぞうさん出版』は、アジア出版構想を実現させようと立ち上げた側面もあります。

次はどんな本を発行する予定でしょうか。

 僕の志に共感して移住してきてくれた井筒智彦さんの本を、2019年春に出版します。井筒さんは東京大学大学院出身の「宇宙博士」で、NASAで働けたチャンスを捨て、北広島町に移住してきました。今や「宇宙を語れる」博士として、広島県のローカルテレビ局やラジオ局でコメンテーターとしても活躍しています。
 僕の本の装丁も担当してくれたマルチな才能の持ち主ですが、井筒さんの本のテーマは得意分野の「宇宙」です。その次は料理のレシピ本を出します。『ぞうさんカフェ』から車で5分ほど走ったところに、行列のできる「イタリアン精進料理」を出すお寺があり、そこは地域の雇用も生み出しています。レシピ本として読んでもらってもいいし、地域ビジネスの成功例として参考にもしてもらえる内容にします。
 もともと『ゾウのウンチが世界を変える』は、出版社として実績と経験を積むために発行したものでした。多くのことを学んだので、この経験を生かしたいです。

出版事業を通して実現したい夢はありますか?

 僕自身は起業家で、スリランカでも事業を展開してきたことから、出版自体が目的というより、出版という形で地域にひとつのビジネスモデルをつくりたい気持ちが強いです。過疎地域の振興例として真似をしてもらえるよう、事業を大きくしていきたいです。

photographs by Tom Miyagawa Coulton
text by Sumika Hayakawa

本記事は雑誌ソトコト2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

キーワード

植田紘栄志

うえだ・ひさし
1971年岐阜県生まれ。『ミチコーポレーション』代表取締役。スリランカでリサイクル事業やゾウの排泄物の再生紙「ぞうさんペーパー」ビジネスを起こし、2011年、広島県・北広島町に移住。『芸北ぞうさんカフェ』を拠点に地域活性化ビジネスを展開する。