薄焼きか丸型か?食卓におけるパンの役割
2019.12.23 UP

連載 | 発酵文化人類学 | 4 薄焼きか丸型か?食卓におけるパンの役割

FOOD

薄焼きか丸型か?食卓におけるパンの役割

 コメを主食とするか、ムギを主食とするか? 前回ユーラシア大陸東西のパンの起源を辿ったので、今回はパンのスタイルについて掘り下げてみようではないか。

薄焼きと丸型

 パンには、大きく分けて薄焼きと丸型の2つがあります。ピザやナンが薄焼きで、バゲットが丸型。薄焼きは簡易的な鍋などでも焼き上げることができますが、丸型はふっくら焼き上げるために全方位から熱を加えるオーブンが必要。パンの歴史を辿ると、最初は発酵させないフラットブレッドのようなものから始まり、そこから発酵した種を鍋の片面で焼ける薄焼き、そして紀元前10世紀頃には大型のオーブンで組織的に焼く丸型パンが登場します。と書くと、パンは直線的な進化を遂げてきたように見えますが、中東から北アフリカ、南欧〜東欧にかけて薄焼きパンの豊かな文化を垣間見ることができるんだな。ちなみに僕はピデと呼ばれる、舟形の薄焼き生地にチーズやオリーブ、ハーブなどをまぶしたトルコ版ピザが大好き。

 丸型のパンは西欧や北欧のスタンダード。フランス料理のコースのつけ合わせで出てくるヤツですね。バゲットや食パンなど、オーブンでふっくらと焼き上げる、厚みのある固形のパンは「主食としてのパン」を体現する存在!……と言いたくなりますが、ほんとにそんな単純な話なのかしら……?

おかずか食器か?

 薄焼きパンの王道は「おかずをのせるor包む」という食べ方。それに対して丸型パンはおかずとは切り離されたつけ合わせとして食べる。この違いをさらに突き詰めていくと薄焼きパンのメリットが2つ急浮上してきます。まず薄焼きパンは「食べられる皿」であるということ。さらに「おかずが豊富な文化には薄焼きパンのほうがいい」ということ。トルコやイタリア南部のように野菜も肉類も豊富なところでは、たくさんのおかずをパンと合体させて食べる。しかも薄焼きなら大規模なオーブンがなくてもいいし、なんなら食器もいらない(パンで包むから)。なんと合理的なんだ!

 対して丸型パンの発達した北の土地は痩せていておかずに乏しいので、いかにパン自体を美味しく食べるか、という発想になる。つまり「パンのおかず化」が始まるわけです。しかもドイツや北欧になるとふんわりパンが焼ける小麦が育たたず、もっちり感のないライ麦などでパンを焼かなければいけないので、なんとか美味しいパンを焼くためにパン種の発酵のさせ方が超発達する。「食材の乏しさ」が丸型パンの進化を促したんだね。その証拠に最近の日本のパンブームのほとんどが麦をシンプルにこねて焼き上げる丸型パンの系譜ではないか! そして丸型パンの進化にはほかにもいくつかの副産物があった。例えば「飲料とのペアリング」だ。パン単体だけを食べると口がモサモサするので、何かしら水分を取りながら食べ進めなければいけない。この時にワインやビールなどとの食べ合わせが生まれる。つまり丸型パンは酒文化を促進させるんですね。そしてパンが食器ではなく独立した存在になると、料理が何皿にも分かれていく。だからコースという概念が発生する。さらにおかずを満載した薄焼きパンはみんなでシェアして食べるんだけど、丸型パンのつくり出すコース料理は個人それぞれに食事が振り分けられる。そういう意味では、丸型パンこそが西欧的な「個人主義的食卓」を生み出したとも言えるのかも。おかずも食器も合体させてみんなでシェアする薄焼きパンと、おかずと主食を分離させ、さらに皿と個人を分離させた丸型パン。同じパンでも形態の違いが文化のバリエーションを生み出したのであるよ。

記事は雑誌ソトコト2018年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文・イラスト●小倉ヒラク

キーワード

小倉ヒラク

おぐら・ひらく
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』(木楽舎)、最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。