クロウサギの大手術
2020.01.05 UP

連載 | 標本バカ | 63 クロウサギの大手術

DIVERSITY

名だたる欧米の博物館でさえ、アマミノクロウサギの標本を5点も持っているところはない。

 ベトナムにモグラ捕りに行ってきた。北部の山にこもってキャンプを張り、悪天候に加えて風呂なしの不潔な滞在で、調査もはかどらない。過酷な状況下で筒状のくくり罠を設置し、捕獲した最初のモグラは後頭部から胴にかけての骨と肉が完全に失われており、破れた皮膚だけの状態。要はペチャンコのズタズタだった。これはしばしばみられる状況で、罠にかかったモグラの後ろからやってきた、トガリネズミ(モグラよりも小型の食虫類)によって食害されたのだろう。トガリネズミは皮膚に穴をあけてモグラの内部に入り込み、肉と骨をくりぬくように食べることができる。アマゾン川にそんな行動をするおっかない魚類がいると聞くが、少し似ている。

 苦労して捕獲した貴重なモグラ。捨てたりはしない。観察すると皮膚の穴は切り取られたわけではなく、破れただけ。腐ってもいない。何とかなる、と判断して肉が残っていた頭部と肩回りの皮を剥き、綿を入れてから7か所ほど縫い合わせて仮剥製標本を作った。それを見ていた周囲の研究者は大絶賛。仕上がったものは普通の仮剥製と遜色ないもので、僕は誇らしげ。布きれだって合わせれば素敵なパッチワークになる、というのは言い過ぎか。

 多くの人はこういった個体をアルコールにつけて保存しておく程度しかしないだろうが、大手術には慣れている。交通事故の死体などをもらうと、さまざまな部位が轢かれて破れている。普通、皮を剥くときには下腹部に切れ目を入れて内部を取り出すのだが、僕の場合は時には背中や首といった破れた個所から骨と肉を取り出し、傷口を縫合するように縫い合わせて標本にできる。皮を剥く前に傷口がどの方向に裂けているのかを確認しておくことが肝要で、縦に裂けた傷口を横に縫合してしまっては、出来上がった標本はいびつなものとなってしまう。

 訓練というのは大切なもので、僕は皮の状態を見れば裂け目の方向を推測することができるし、器用に縫い合わせることができる。能力に磨きがかかったのは、数年来収集しているアマミノクロウサギの標本に負うことが大きい。この日本の貴重な宝ともいえる動物は、鹿児島県の奄美大島と徳之島だけに分布する固有種だ。生息数は多くなく、絶滅の恐れが高い種の一つとされている。捕まえて標本にするわけにはいかないので、奄美大島の野生生物保護センターが収集した斃死体の提供を受けて標本化を進めている。死因は交通事故もあるが、野犬に咬まれたことによるものも多い。結果、皮膚はかなり切り裂かれている。毛皮はあきらめて骨だけ残そうと思うだろうが、僕はそうではない。オペを開始する。

 ところが、容易ではない。ウサギの皮膚は非常に破れやすく、注意して剥かないと小さな穴が開き、そこからどんどん裂けていく。剥皮が終わったころには新しい裂け目が増えることとなる。縫う個所は多くて十数か所。苦労して作製した標本は100点近くある。名だたる欧米の博物館でさえ、アマミノクロウサギの標本を5点も持っているところはない。日本の博物館ならではの、お宝コレクションである。

記事は雑誌ソトコト2017年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文●川田伸一郎
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。