先端テクノロジー製ノルアドレナリン
2020.01.05 UP

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか | 29 先端テクノロジー製ノルアドレナリン

DIVERSITY

 とある人工知能学者が、「研究をしていると無性に焦るんです。何に対して焦りを感じているのかは判然としないのですが、焦りの総量は増している気がします」と漏らした。聞いてすぐさま合点がいったのは、僕にも自覚があるからだろう。

 テクノロジーによる進化の掛け算に、情報フローの高速化。まだ見ぬ未来に人工知能が与えるインパクトを想像してみると、過去のイノベーションとは異質な何かが待ち受けている。焦りの正体は「先端テクノロジー製ノルアドレナリン」とでも命名すべきものだ。

 焦っているときは、人間の脳内で多くのノルアドレナリンが分泌されている。ノルアドレナリンは神経伝達物質の一種で意欲を高める半面、不安や恐怖の感情にもつながる。適度に分泌されるとやる気のもとになったり、集中力を向上してくれる。焦ることにより過剰に分泌されたノルアドレナリンの量を調整できなくなると、一転して負の側面が露わになる。

 外敵などの脅威に対抗する働きをし、生物の生存本能の源でもあるノルアドレナリン。理知的な人工知能学者を襲う焦りを目の当たりにすると、「もしや先端テクノロジーを外敵と見なして過剰反応しているのですか?」と神経伝達物質へ問いかけたくもなる。ノルアドレナリンはストレスに反応して分泌されるため、ストレス社会はノルアドレナリンが分泌されやすい社会だ。慢性的ストレスにより分泌され続けると減少し、枯渇してしまう恐れすらある。テクノロジーの進化がメリット以上にストレス増加へ加担し、分泌バランスを崩しやすい社会にしてはならない。

 作家のフランツ・カフカが残した、「人間のあらゆる過ちは、すべて焦りからきている。周到さを早々に放棄し、もっともらしい事柄をもっともらしく仕立ててみせる、性急な焦り」という名言がある。焦りによりノイズまでをも吸い取ってしまい、物事を見誤る。焦らず、状況を冷静に判断して行動する必要性を訴えている。加速が加速を生むテクノロジー社会は、カフカが憂慮した焦りとも一味違う焦りをもたらす。一つの発明がほかの発明と結びつくことで新たな発明が誕生する期間が短くなる指数関数的な進歩は、人工知能や量子コンピュータの類いの発明連鎖により高速化する。発明に伴う事象の移り変わりは激しく、人間が兼ね備えている時間軸は狂いやすくなる。時間軸が安定していると突発的なことが起こっても自己調整できるが、狂った時間軸はノルアドレナリンの分泌バランスをも狂わせかねない。迷いや不安が生じるようになり、焦りが焦りを招く。

 テクノロジー社会に体内時計を適応させ、自分なりの時間軸をしっかりと持つことが欠かせない。温故知新で過去を顧みる。遠くを見ることで足元を安定させる。外部環境ありきではなく、自分の心持ちに耳を澄ませる。体内時計をテクノロジー社会に支配されないために、調整の手法を身につける。体験したストレスが脅威ではないことを学習することで、未知のストレスへの耐性も鍛えられる。

 焦りに焦らず、焦りの正体と向き合い分泌バランスを保つ。「先端テクノロジー製ノルアドレナリン」であろうともプラスに作用し、焦りもチャンスに転ずるはずだ。

記事は雑誌ソトコト2018年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文●小川和也

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小川和也

おがわ・かずや
起業家、著作家、研究者、ラジオ番組ナビゲーターとして、ばらばらの点をつなげて未来をつくる活動をしている。起業家として独創的な事業を生み出し続け、2017年、世界的に権威のあるマーケティングアワード「DMA国際エコー賞」を受賞。人間とテクノロジーの未来を説いた著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題に採用され、テクノロジー教育を担っている。北海道大学客員教授として人工知能の研究を行いJ-WAVE『FUTURISM』で番組ナビゲーターとして未来を生きる鍵を声で伝えている。また、実業と学術を往来し多様な表現方法を駆使しながら、未来のグランドデザインを描いている。最新刊は『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)