田中康夫
2020.01.08 UP

連載 | 田中康夫と浅田 彰の憂国呆談 season 2 | 115 憂国呆談 season 2 volume 115

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東京・台東区上野桜木にオープンした『岐阜ホール』。
岐阜市にあるデザイン会社『リトルクリエイティブセンター』が運営し、岐阜の産物を販売したり、イべントを開催したりしている。
そんな『岐阜ホール』を訪れた田中さんと浅田さん。
2019年を振り返りながら、20年がどんな一年となり、日本と世界がどんな時代を迎えるか、その行く末を案じた。

「桜を見る会」から、
公文書の永久保存、
香港情勢の行方、
ローマ教皇の来日まで。

公文書を永久保存するための緊急議員立法を出すべき!

浅田 今日は岐阜を発信するカフェ『岐阜ホール』に来てる。岐阜県産のものをいろいろ売ってて、たまたま僕が使ってる関市のハサミもあった。「岐阜」ってのは難しい漢字だけど、禅僧の提案した中国・陝西省の「岐山」(鳳凰の舞い降りた山)と山東省の「曲阜」(孔子の故郷)を組み合わせて織田信長が命名したって言われる。そういう語源の都道府県名は岐阜だけ。今の岐阜城は近代の建物だけど、あそこから見下ろすと木曽川と長良川の彼方に海が見え、他方で日本アルプスも見えて、信長が天下布武を志した気持ちもわかるような気がするね。

田中 岐阜と言えば、磯崎新が妹島和世に設計を託した県営住宅「ハイタウン北方」を視察したのを思い出す。シャビーすぎて僕的には評価不能だったよ(苦笑)。

浅田 磯崎はあのプロジェクトに内外の女性建築家4人(いまニューヨークで話題のエリザベス・ディラーも含む)を選び、みんなで森田芳光監督の『家族ゲーム』を見ることから始めた。妹島和世のアパートは、各戸に玄関以外にもドアがある。核家族なんて崩壊してるんだから、たとえば子ども部屋から外に出られてもいいだろう、と。核家族イデオロギーにとらわれた公営住宅への批判としてはおもしろい。

田中 その発想自体はよしとして、県営住宅に入居する子育て世代も高齢者も理解可能な「純文学的建築」への糸口になっていないところが痛いんだよね。

浅田 まあ、彼女の設計した大垣の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)もいささかシャビーなのは事実。他方、多治見に磯崎新が建てた美術館『セラミックパークMINO』は巨匠の名に恥じぬものだし、藤森照信の建てた『多治見市モザイクタイルミュージアム』も、前にこの対談で行った滋賀県近江八幡市の和洋菓子の『ラ コリーナ近江八幡』同様、夢があっておもしろい。

 ところで、2019年末に中曽根康弘元・首相が101歳で亡くなった。吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘、そして小泉純一郎ですら、「これをやった」って仕事がひとつやふたつはある。中曽根なら、マーガレット・サッチャー元・英首相やドナルド・レーガン元・米大統領に追随して新自由主義を取り、国鉄や電電公社の民営化を強行したこと。

 ところが、首相在任期間が憲政史上最長になった安倍晋三首相には、それがない。アベノミクスって言ったって、構造改革はできず、「異次元の金融緩和」で一時的に好景気の幻想を演出しただけ。

田中 2012年末の「政権再交代」から丸7年、デフレ脱却・一億総活躍社会・地方創生・地球儀俯瞰外交・国難突破解散・女性活躍推進・待機児童ゼロ・人づくり革命といくつも掲げてきたスローガンの成果が問われている。「政治家は歴史法廷に立つ被告である」と述べた中曽根康弘のりれば、経済も外交も森羅万象を司ると国会で言明した内閣は遅かれ早かれ、PL(プロダクト・ライアビリティ)法に基づく「製造物責任」に直面するんだ。

 それにしても、2007年6月19日に全閣僚が構成員の犯罪対策閣僚会議で「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を決定した第90代首相が、12年半後の2019年12月10日には第98代首相として「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであり、限定的・統一的な定義は困難」と閣議決定したのには驚いた。俺たちは非「反社会的勢力」だと居直られたら手出しもできないと、広域指定暴力団を扱う警視庁組織犯罪対策部の「マル暴」担当者は頭を抱えていると思う。

 「サクラを呼ぶ会」「桜が散る会」とも呼ばれる「桜を見る会」騒動も、首相公邸の料理を交代で担当する3つのホテル(帝国ホテル、ホテルオークラ、ロイヤルパークホテル)の後塵を拝する位置づけに甘んじるホテルニューオータニだから「1人5000円でも可能だ」「いや、大出血サービスとはいえ安すぎるから明細書を出せ」「出せない」と双方が攻め切れず、逃げ切れない千日手を延々と繰り返しているうちに「来年も 破棄と削除と 雲隠れ」と越年した。

 こうした中、みなさまのNHKが「時論公論」で放送した内容は秀逸だった。国立公文書館には保存期間「永久」と明記された「桜を見る会」の実施要領や予算額を記した過去のファイルが、僕の生まれ年の昭和31年、浅田さんの生まれ年の昭和32年の名簿まで残っていて、招待者の肩書と実名が、しかも黒塗りでなく確認できたと。60年以上前の記録が永久保存されているんだよ。

浅田 「会が終わって必要性がなくなったので、遅滞なく廃棄した」って内閣府の説明はどう見ても変。だいたい「遅滞なく」ってのは都合の悪い証拠書類の廃棄を命じたボスに子分が言う台詞でしょう。個人情報が書かれてるからって言うけど、首相主催の会に出るのがそれほどの恥なのか(笑)。

田中 「社会的功績」が認められて招待されたのに胸を張れない摩訶不思議(苦笑)。そのうち勲章授与者も「個人情報」保護を理由に匿名報道になったら、叙勲を祝う会の収益が馬鹿にならないホテルニューオータニは泣きっ面に蜂だ(爆笑)。その一方、ネット上で収集した通販やカードの「個人情報」リストがIT企業の大きな収益源となっている問題がスルーなのはねえ。NTT広報部報道担当課長から国会議員に転じ、広報担当の首相補佐官も務めた自民党の世耕弘成参院幹事長は、現在の妻が以前に民主党参院議員を務めていた選挙区の滋賀県で「速やかにデータを消去するのは当たり前だ」と講演した。痛すぎる。

浅田 欧米ではすべての公文書を保存する国が多い。いまや主要なもの以外は電子ファイルでいいんだから場所も取らない。ドナルド・トランプ米大統領の弾劾への手続きが議会で進んでるけど、リチャード・ニクソン元・大統領が弾劾されかけて辞任したときは、ホワイトハウスの秘密録音テープと速記録が議会に提出され、それが決定打になった。日本の首相官邸なら「遅滞なく廃棄」されてたろうに(苦笑)。

田中 当該省庁で使用・保管するのが現用文書。行政事務上必要とされる使用・保管期間を過ぎた非現用文書は公文書館に移管して原則公開するのが国際基準。公文書・公用文書・公的文書・行政文書の違いの定義すらないのが日本。“米国マンセー”な国柄なんだから、トランプが破ったメモ書きもホワイトハウスのスタッフがテープで貼って保管する熱意を見習おうぜ。

 12月2日の参院本会議で内閣総理大臣が「シンクライアント方式だからデータ復元は不可能」とトランプ同様にポスト・トゥルースしたのにも唖然とした。なのに、電子版を含む翌日の新聞でシンクライアント発言を報じたのは『朝日新聞』と『毎日新聞』と『日本経済新聞』のみ。しかも読者のために用語解説した新聞は一紙もない。ユーザー側の端末でデータを保存するのでなく、サーバー側でデータを、しかも複数箇所でバックアップするSAN=Storage Area Network方式が「Thin(薄い)+client(クライアント=ユーザー)」。世界中の複数箇所で未来永劫バックアップされるのだから、南海トラフ巨大地震が発生しても復元可能なんだよ。

 2001年5月に僕が「脱・記者クラブ」宣言してから18年8か月経っても、「晋ちゃんがシンクライアントでオウンゴール」と、“ダメ出しの駄洒落見出し”も付けられない日本の誤送船団・記者クラブはオワコン。脱原発・反安倍派が愛読する『東京新聞』に至っては、1面の大見出しが「復元不可能」で政権擁護。『しんぶん赤旗』の調査報道と連携して衆院予算委員会で斬り込んだ日本共産党の田村智子は実に大したものだけど、ほかの野党議員は御用御用と御用提灯をぶら下げてシュレッダーを社会科見学する精神構造から脱却しないとダメッしょ(苦笑)。モラルハザードなデタラメを根絶する究極の一撃は、2009年6月に国会で成立した「公文書管理法」に「電子媒体で公文書・公用文書・公的文書の永年保存を義務づける」とわずか1行を書き加える緊急議員立法を提出することなのに野党のみなさんは反応ゼロ。その改正は公明党も拒めない。清和政策研究会の先輩に当たる福田康夫第91代首相が心血を注いだ法律を、国際基準へバージョンアップする話だから地球儀俯瞰外交の提唱者も拒めない。ところが立憲民主党、国民民主党は「すでに2年前に公文書記録管理院設置推進法案を我々が提出したのに与党が取り合わなかった」と言ってるらしい。笑っちゃうね。なんで上級国民な役人のポストを増やすために新たなハコモノを設けようとするんだ?  アメリカは2500人、オーストラリアも500人体制の国立公文書館が日本ではわずか49人。そのスタッフの充実で事足りるでしょ。ロジカル、シンプルでインパクトを与える政策提言こそ、望ましき野党の政局づくりだよ。

浅田 ハリケーン・ドリアンのとき、トランプがアラバマ州も危ないって言ってアラバマ州民から国立気象局に電話が殺到し、気象局がアラバマ州は安全だって発表、それで逆上したトランプが自らハリケーン進路予想図にマジックで加筆してアラバマ州を含む形に変えた、あのテロップなんかは置いといたら価値が出るかも(笑)。

中国の「一国二制度」は、大英帝国に製造物責任がある。

浅田 2020年の世界の問題のひとつは、やはり中国。香港で2019年11月に行われた区議会議員選挙は、部分的に過激化した民主化運動への反発もあり、中国との商売が経済の柱だってこともあって、民主派が苦戦するかと思いきや、約8割が民主派に投票したのには感心した。むろん、中国がこれで妥協するはずがないってことを誰もが知ってる。それでも自由のために闘うってんだから大したもんだ。

田中 おっしゃるとおり。法治国家が“放置国家”となって今や“呆痴国家”の道を歩んでいるのに民度が“眠度”と化している日本とは大違い。中華人民共和国全土の6分の1の面積を占める新疆ウイグル自治区での再教育キャンプという名の「収容所」をはじめ、中国の問題点は数限りない。軍部と握り合って武装ゲリラ以外のロヒンギャの一般市民への弾圧も黙認し続ける“自分ファースト”なノーベル平和賞受賞者アウン・サン・スー・チーのミャンマーに対する弱腰外交と並んで、「民族浄化」に対して日本は毅然とした姿勢を示すべきだけど、香港に関しては、イギリスの製造物責任を問うたうえでの対応が求められるから悩ましい。アヘン戦争に勝利して1842年の南京条約で香港島、1860年の北京条約で九龍半島南部を植民地にしたイギリスは、1898年の展拓香港界址専条で深圳以南の新界(ニュー・テリトリー)を99年の期限つきで租借する。マーガレット・サッチャーは当初、「中国は共産主義、香港は資本主義で体制が異なる」と新界の租借の継続を求めた。すると鄧小平は資本主義システムを50年間は変えないと言葉巧みに約束して、無論、植民地は忌むべき制度だけど国際法上は返還しなくとも問題なかった香港島と九龍半島南部までイギリスが差し出した。つまり1997年7月1日の香港「返還」は英国から中国に「主権」を戻す意味だったのよ。

浅田 1982年に訪中したサッチャーは何とかなると思ってたんだろうけど、鄧小平が一切の妥協を拒否、さすがの「鉄の女」も帰りに階段から転げ落ちた、と(苦笑)。

田中 蒋介石が率いる国民党が逃げ込んだ台湾は現在も15か国と国交関係を維持し、北京とは異なる独自の政権を台北に構えているから、習近平が台湾に持ちかける「一国二制度」は、「返還」でなく「統一」。全然違う。「もはや社会なんてものは存在しない。自分で自分の面倒を見るのが国民の義務だ」と1979年に自己責任論を掲げて経済的新自由主義に打って出たサッチャーの製造物責任と述べたのはこの点なんだよ。

 法律論的に言えば現在の香港の「一国二制度」は、「主権」を有する中国の内政問題としての裁量行政なんだよ。そうして40年後の昨年末に勝利した三百代言なボリス・ジョンソン英首相がEU離脱で大英帝国の「終わりの終わりの鐘」を鳴らす展開になっちゃった。この点を理解せずに「中国ガー」と激怒したって始まらない。

浅田 台湾についても、ニクソンと補佐官のヘンリー・キッシンジャーは1972年の上海コミュニケ(米中共同宣言)で譲りすぎたと思う。社会主義陣営との戦いっていうイデオロギーに固執せず、ソ連と戦うためソ連と仲違いした中国に接近した。そのため、台湾も含めて中国はひとつと認めちゃったわけ。

 それにしても香港の民主派がイギリスやアメリカの旗を持ってるのを見ると複雑な気分になるね。アヘン戦争を起こしたイギリスすら中国よりましだって市民が言ってるんだから、中国政府・共産党は恥ずかしいと思うべきだよ。しかし、英米の中国への圧力を期待してのこととはいえ、ユニオン・ジャックや星条旗を振り回すとは……。

田中 まったくね。国連の人権理事会がチェックするならともかく、なんで「戦争が最大の公共事業」で白人警官が黒人を射殺しても無罪放免なアメリカが香港の人権をチェックする権利を持てるんだ。国連にその力がないんだったら、人権理事会の権限を強化すればいい。そういう大本の本質の議論をしないと。

浅田 去年、天安門事件の30年ぶりの再来のような事件が起こらなかっただけで良しとすべきなんだろうけど、今年も際どい状況が続きそうだね。

教皇フランシスコが来日、爆心地公園で核廃絶を訴えた。

田中 2019年11月に第266代ローマ教皇フランシスコが来日した。死刑は許容できぬとヴァチカンの教理書(カテキズム)を改訂した彼は、「冤罪」の可能性が極めて高い世界ボクシング評議会名誉チャンピオンの袴田巌「死刑囚」を招待した東京ドームでのミサの直後に官邸へ出向いた。「核戦争の脅威で威嚇しながら、平和を実現可能なのか」と問いかけるフランシスコに対して、会談直後の共同会見で首相は「日本とヴァチカンは平和と核なき世界の実現、貧困の撲滅と人権、環境を重視するパートナー」だと胸を張り、一方で官房長官は「核抑止力を含めた米国の抑止力の維持・強化こそ日本の防衛」と記者に語った。彼我の違いは絶望的に大きい。「東日本大震災被災者との集い」では、津波で園児を亡くした宮古市の幼稚園長、現在も帰還困難区域が存在する南相馬市小高区の曹洞宗の住職、「3・11」当時は8歳で、いわき市から自主避難した東京でいじめに直面した高校生が登壇し、フランシスコは彼を抱きしめた。長崎では、「核兵器の開発と使用は神と人類に対するテロ行為だ」と核廃絶を訴えた。偶像崇拝を避けるために平和祈念像の平和公園でなく、最初のメッセージを爆心地公園で語ったのも象徴的。

浅田 2016年にバラク・オバマ前・米大統領が米大統領として初めて広島を訪問した。そのこと自体はよくやったと思うよ。ただ、演説は無内容そのもの。そもそも「天から死が落ちてきた」って言うけど、「アメリカが原爆を投下した」んだよ。それに比べると、核抑止論を否定し、核兵器全廃を求める教皇のメッセージは明快だった。

田中 イタリア系移民の子どもで2019年末に83歳を迎えた彼が属するアルゼンチンのイエズス会は軍事政権下で日和った時期もあって、彼も罪に問われかけた。

浅田 フランシスコ・ザビエルもイエズス会士。それもあって日本訪問は長年の希望だったらしい。

田中 言うに事欠いて“エセ保守ウヨ”のみなさんは、香港に関して何も言わない二枚舌な教皇だとディスったみたいだけど、じゃあ、ロヒンギャ迫害を欧米が問題し続ける間もミャンマーに経済支援し続けてきた日本はどうよっていうブーメランだ。

浅田 2代前のヨハネ・パウロ2世は、祖国ポーランドをはじめとする東欧の民主化に貢献したけど、言い換えればアメリカの反共政策に加担したわけね。その点、フランシスコは世界中の弱者の救済を軸としてる。アルゼンチン時代に軍事政権ともっと闘うべきだったって批判もあるけど、それで英雄的に殉教したとしても弱者救済には役に立たないから。

田中 世界最大の「合法的」マネーロンダリング機関はヴァチカン銀行。フリードリッヒ・ニーチェが19世紀に説いたように、あらゆる人間も組織も矛盾に満ちていて、その中でいかに、よりよき一歩を刻み続けるかというのがフランシスコの哲学だと思う。「出かけていく教会」を実践する彼のような南半球出身の教皇でなければアフリカやフィリピンの信者はつなぎ止められないヴァチカンの危機感の現れでもある。

浅田 正統的教義の守護者だった先代のベネディクト16世から見ると、中南米の「解放の神学」に近すぎると映ってたかもしれない。ただ、信徒数の動態から言っても南半球から教皇を出すべき時期にきてた。この二人の関係を描いたフェルナンド・メイレレス監督『2人のローマ教皇』では、ベネディクトはフランシスコの改革思想を認めないにもかかわらず、アルゼンチンでの苦しみに鍛えられた彼の人格を見込んで自分にできなかった改革を託す。カトリック教会のしたたかさだね。

記事は雑誌ソトコト2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kentaro Matsui

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田中康夫

たなか・やすお
1956年東京都生まれ。一橋大学法学部卒業。大学在学中に『なんとなく、クリスタル』で文藝賞受賞。長野県知事、参議院議員、衆議院議員を歴任。最新刊は『33年後のなんとなく、クリスタル』。http://tanakayasuo.me

浅田 彰

あさだ・あきら
1957年兵庫県生まれ。京都大学大学院経済学研究科博士課程中退。京都造形芸術大学教授。83年に出版されたデビュー作『構造と力─記号論を超えて』はベストセラーに。