ハリネズミとモグラ
2020.01.16 UP

連載 | 標本バカ | 94 ハリネズミとモグラ

DIVERSITY

地下でひっそりと生活するモグラは、とうてい人気度からしてかないっこない。

 妻と年賀状のアイデア探しに、ホームセンターで消しゴム版画の材料や素材本を見て回っていた。2020年の干支は「」で、ネズミのイラストを観賞していたところ、ハリネズミが交じっているのが気になった。勘違いしている人が多いと思うが、ハリネズミはネズミ、すなわち齧歯類ではない。モグラなどに近縁の食虫類と呼ばれるグループの小哺乳類である。食虫類には「モグラ科」「ハリネズミ科」に加えて「トガリネズミ科」という、これまたネズミを称するものがいるので気をつけたほうがよい。みな、昆虫食を主体とした共通の祖先をもつグループで、齧歯類はむしろ我々ヒトを含む霊長類の近縁だ。ネズミのほうがモグラやハリネズミよりも僕らと親戚関係は近い。ネズミに愛情を注ぐべきだ。

 確かにハリネズミは愛らしく、デザインするには理想的な生き物だ。ペットとしても人気で、またハリネズミグッズもモグラよりもたくさんあるようだ。ハリネズミが大衆に人気の理由は、ヨーロッパでは一般的な動物で、さらに地上で生活するために目につきやすいという生態にあるのだろう。地下でひっそりと生活するモグラは、とうてい人気度からしてかないっこない。我々にもっと身近な食虫類をヨーロッパ文化が侵食しようとしているわけである。一方で日本にはハリネズミ類は分布していないが、ペットなどで持ち込まれたヨーロッパ系の種が伊豆半島などに定着している。そこで調査をした友人の話では、果樹園に棲息していて、夜、現地に行くと栗のイガのように、うずくまっているハリネズミが拾えるという。

 僕のところには動物園などで飼育されていたハリネズミの死亡個体が届けられて、これらを一つ一つ仮剥製標本にしているのだが、実は標本作製で一番厄介だなあ、と思うのはこの類だ。彼らの防御機能として進化した針状の毛は鋭く、皮を剥く際に苦痛を伴う。腹部から皮を剥き始めて、後肢を外すあたりまでは大丈夫。短い尾の先端まで切開して皮を剥き、そこから背部に差し掛かるまでにその針がたびたび手に刺さる。これを経験すると、「なるほど、哺乳類の進化とはとても感動的だ。こんな生き物を襲おうなんて、僕ならまず思わない」などと感慨にふけるものだ。皮が胸部あたりまで剥けて頭側にひっくり返せたときに、この苦痛との闘いの勝利を確信する。後はやっかいな毛を気にせず、剥皮を終えることができる。

 完成した標本ということになるとどうだろうか。ハリネズミの剥製標本はその名にあるとおり、棘だらけのイガイガ。敵から身を守る手段として進化したその毛の特徴に感動こそあれ、ずっと触っていたいとは思わない。一方でモグラは、敵からの防御手段として地中で生活をする。地下生活に適応したその毛は非常に柔らかく、フワフワでいつまで撫でていても飽きない。僕のところに来てくれるなら、ぜひ両者を触ってほしい。日本国民に身近な食虫類・モグラのすばらしさに気づくこと請け合いである。なお、僕は決してハリネズミが嫌いなわけではないことも付け加えておく。

記事は雑誌ソトコト2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

文●川田伸一郎
題字・金澤翔子
illustration by Fumihiko Asano

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川田伸一郎

かわだ・しんいちろう
1973年、岡山県生まれ。農学博士。国立科学博物館動物研究部研究員。2019年3月から6月まで同博物館で開催される「大哺乳類展2」の企画も担当。著書に『モグラ博士のモグラの話』『モグラ-見えないものへの探求心-』など。