つくる邸
2020.01.22 UP

自然に暮らすことから始まる。『つくる邸』がたどり着いた地域づくり。

LOCAL

空き家が目立ち始めた長崎県長崎市の浪の平地区と呼ばれる地域では、若者たちが地域づくりを始めましたが、地域づくりとは何かを問い続けてきました。試行錯誤の末に気づいたのは“地域で暮らす”という価値感。
地域の困りごとや魅力が見えるようになり、関わりを持つことで地域との絆が深まります。

地域の魅力に気づく視点があれば、まちを楽しみ、まちがよくなっていく。

斜面地の魅力発信と、古民家改修で地域づくり。

 江戸時代末期に自由貿易港となった長崎に外国人が住むため、長崎市南山手町に居留地が設けられた。浪の平地区と呼ばれるこの地域には、長崎の観光名所のひとつ「グラバー園」があり、居留地時代からある洋館や遺構をあちらこちらで見かける。今から5年前、同町に築約70年の古民家を改修した『つくる邸』がオープンした。シェアハウスでありながらイベントなどが行われ、地区内外から人が集まる拠点になっている。

 代表の岩本さんが大学生の時、卒業研究の調査のためにこの町に足を運ぶようになったのが『つくる邸』の始まりだった。「都市計画の専攻で、斜面地再生事業の分析をするため、各地区の自治会長8人に話を聞きました。そして誰もが、空き家が増えていると話していたことが心に引っかかりました」。また、2011年の東日本大震災発生後に宮城県石巻市でボランティア活動に参加。その際、津波発生時に避難し、助かることができたのは地域とのつながりがあったから、という被災者の声が耳に残った。「元々私は大分県の人口約5000人の町で育ち、地域コミュニティの大切さを感じていました。震災後にこれまでの暮らしにモヤモヤした気持ちを抱いて、それなら仲間を集めて何かできないかと模索し始めました」。

 知り合いの力も借りて声をかけ、長崎好きな6人のメンバーが集まった。何をするのか決める前に、まずは空き家調査を行った。そのなかで長崎の風景が一望できるこの物件に出合い、地域活動の拠点として貸してもらえるよう大家さんに交渉した。一度断られるも何とか思いが届き、中にあった荷物を大家さんが整理した後、掃除、壁塗りなどの改修を自分たちで手がけて2014年6月に『つくる邸』が完成したのだった。

古民家を自分たちの手で改修した『つくる邸』。シェアハウスでありながら、毎週水曜日はオープンデイ。
古民家を自分たちの手で改修した『つくる邸』。シェアハウスでありながら、毎週水曜日はオープンデイ。

 「ここは港の周りを山々が囲んで擂り鉢状になっていて、円形劇場のよう。船が出入りする様子を眺めていると、こだまする汽笛の音が聞こえてきます。また、夜になると世界新三大夜景に認定された長崎の夜景を毎日堪能できるんです」と話すのは副代表の金氣奈々美さん。この浪の平地区は、斜面地であることがネックとなり、急な坂道の上り下りが大変になってきた高齢者が生活のしやすい場所に引っ越し、空き家となるケースが多い。そこで『つくる邸』では、この地区に人を呼び戻すため、斜面地の魅力を伝えるためのイベントを開催。夏の花火シーズンには斜面地だからこそ実現できる花火と夜景のダブル観賞を楽しんだり、晴れた日にはさらに山の上の方の眺望の良い場所に集まってピクニックをしたりして、“斜面地時間”を楽しんでいる。

『つくる邸』の周辺を歩いていると窓から元気に手を振る子どもに遭遇し、手を振り返すメンバーたち。
『つくる邸』の周辺を歩いていると窓から元気に手を振る子どもに遭遇し、手を振り返すメンバーたち。

 また、空き家対策として改修プロジェクトも実施し、『つくる邸』に続いて築約140年の空き家を改修した。庭の木の伐採から始まり、床の張り替え、壁塗り、玄関に古いレンガを並べる作業、壁の取り付け、ショップの什器づくりといったさまざまな作業を仲間と半年間でやり遂げた。「プロに頼むとかなりの金額になるため、大工さんにアドバイスしてもらいながら自分たちで手を動かしました」と岩本さん。2018年4月には国産紅茶販売と紅茶教室を行う『紅と香』に生まれ変わり、歴史ある建物に再び息が吹き込まれた。

『つくる邸』に続き、メンバーで空き家改修を行って店舗に。
『つくる邸』に続き、メンバーで空き家改修を行って店舗に。

 現在は3軒目として金氣さんの住居となる『つつじの家』を手がけ始めたところだ。これまで金氣さんは海に近いアパートで暮らしていたが、眺望の良い空き家を岩本さんが譲り受け、そこに移り住むことに。引越しを業者に依頼すると高額になってしまうため、台車を使って自分たちで荷物を運び入れた。「2往復し、翌日には筋肉痛になりました(笑)」と重労働であったが、仲間と集まってイベントにすることで、まだ20代のメンバーたちは軽やかにここでの関わりを楽しんでいるようだった。

『つくる邸』代表の岩本さんと副代表の金氣さん。フリーランスで仕事をしながら地域の活動にのめり込んだ。
『つくる邸』代表の岩本さんと副代表の金氣さん。フリーランスで仕事をしながら地域の活動にのめり込んだ。

 斜面地だから大変に感じることもあれば、斜面地だからこそ生まれる絆や楽しさもある。細い道ですれ違うと自然とあいさつを交わし、人が入って行きにくい場所だからこそ、外から人の声が聞こえると家の窓を開けて話しかけてくれる。物事の捉え方一つで、まちが楽しい場所に変わってくるのだ。

『つくる邸』へと続く階段。山の上まで階段や細い坂道が整備され、歩いていると迷路のような楽しさ。
『つくる邸』へと続く階段。山の上まで階段や細い坂道が整備され、歩いていると迷路のような楽しさ。

「何をやるか」ではなく「どうあるか」。

 「空き家をリノベーションする過程が楽しく、その後どう活用・運用するかまで考えずに始めることが多いように思います」と岩本さん。『つくる邸』の活動を始めた当初は、空き家に若者が住めば課題解決になると考えていた。空き家の改修を終えた後、運営しながらその活用方法を考えていったという。「後に自身のお店『紅と香』を開いた本田さなえさんのように、自分の拠点がないけれどやりたいことがある人がイベントを行っていました」と金氣さん。自身も参加しているうちにさまざまなヒントを得て、斜面地の魅力を伝えるためのピクニックや花火鑑賞会へとつながっていった。

『紅と香』のオーナーの本田さなえさん。国産紅茶の魅力を伝えている。
『紅と香』のオーナーの本田さなえさん。国産紅茶の魅力を伝えている。

 しかし一方で、イベントを開いているだけでは地域になじめていない感覚も持ち合わせていた。岩本さんは、「地域で若い人だけで盛り上がっても意味がなく、多世代が『つくる邸』に関わってほしいと思いました」と当時を振り返る。さらには、『つくる邸』の活動を応援してくれる周囲の人たちからは、何をしたいのか分からないと言われ続け、地域活動を継続していくためにゲストハウス運営などを勧められることもあった。

ここでの暮らしを切り取ったメンバーによる写真を展示。
ここでの暮らしを切り取ったメンバーによる写真を展示。

 悩みながら過ごす時期が続いていたが、地域イベントの手伝いをしたことを機に視界が晴れ始めた。長崎の夏の伝統行事「精霊流し」で自治会が合同で出すの製作の手伝いや、季節ごとに行われる地域の祭りのチラシ作成など、自分たちでできることに積極的に取り組み、さらに岩本さんは、2018年・2019年と夏祭りの実行委員長を務めた。「最初は自治会長さんらに挨拶に行くのに緊張しましたが、これをきっかけに顔を覚えてもらえて、地域との関わりがより強くなりました」。

『つくる邸』の縁側で差し入れを食べながら談笑するメンバーたち。この目の前には、長崎の海と山が広がっている。
『つくる邸』の縁側で差し入れを食べながら談笑するメンバーたち。この目の前には、長崎の海と山が広がっている。

 そして、見えてきたのは、地域づくりに必要なのは「何をやるか」ではなく、「どうあるか」という視点だった。自身も地域の一員として“暮らす感覚”を持つことができたら、どんな場所であっても地域の魅力を発見し、地域を起こしていけると気づいた。暮らしから生まれる取り組みも増え始め、地域住民の畑で採れた七草で七草粥をつくるイベントや、空き地を将来畑に戻していくことを見据えての野菜づくり、さらにはあまり残されていない居留地時代の写真を地域住民から集めてアーカイブする活動なども行っている。

 人口流出率の高い長崎市が、再びにぎやかな地域になっていくために──。『つくる邸』ではかけがえのない日常を送りながら、人と人をつなぐ役割を果たしていく。

長崎県 つくる邸

代表の岩本 諭さんに聞きました!

代表の岩本 諭さんに聞きました!

Q.プロジェクトにはどんな参加方法がありますか?

 毎週水曜日のオープンデイに参加できます。一緒に活動するならメンバーとして。地域活動に参加したいならお手伝いを募集していますし、ここに住んでみたい場合は要相談です。

❶活動団体名
 斜面地・空き家活用団体つくる
❷プロジェクト・スタート年
 2013年
❸ウェブサイトなど
 www.tsukurutei.com
❹スタッフ・メンバーの中心年齢層は?
 20歳代
❺スタッフ・メンバーの募集
 有

記事は雑誌ソトコト2020年2月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Masaya Tanaka
text by Mari Kubota