もうひとつの「はじまりのことば」
2019.04.05 UP

もうひとつの「はじまりのことば」

SUSTAINABILITY

月刊『ソトコト』は世界初(?)の環境ライフスタイルマガジンとして、
今からおよそ20年前の1999年5月に創刊されました。
「スローライフ」「ロハス」「関係人口」といった言葉が生まれる、もっと前の出来事です。
当時の『ソトコト』はどのように社会と向き合い、どのような未来を夢見ていたのでしょうか?
sotokoto onlineという新しいメディアの誕生を記念して、創刊号の巻頭インタビューをお届けします。

少女はなぜ、樹の上で、1年以上も暮らしているのか。 The Luna Tree Sit

ルナ・ツリー。

そう名づけらせたセコイアが、彼女の宇宙だ。根本の直径が4m90cmほど。1600年ほどの樹齢。パシフィック・ランバー・カンパニーに《所有》され、切り倒されて、木材となり、趣味のいい高級な家具へと変貌する予定だった命。

ルナ。

彼女はルナに登った、その、切り倒されるはずのマークから54m上の部分に。森林を守る要求が通るまで、決して、地面には足を着けない。そうすることで、彼女はルナを守ろうとした。1997年の12月10日のことだ。でもこの樹を守ることだけのためにしているわけじゃない。そのことに、ジュリアはしばらくして気がついた。実際にやってみることでしか、わからないことがある。たくさん、ある。

「ルナが泣いたの。森の他のセコイアが切り倒された時に。冗談じゃないわ、センチメンタルな比喩じゃない。ルナから、樹液が潸々と降り注いだの、それは涙、でも、ただ悲しいだけじゃない、癒すための力のこもった涙。

樹は根を張ってお互いにコミュニケーションしあっている。何が起きているのか、樹はよくわかっている。何をしなくてはいけないのか、わかっている。でも、どうしようもなく、破壊されていく、人が彼らの言葉を聞こうとしないから」

「木々には鳥たちもくる。鳥たちが樹とどうやって共生しているのか。何がその共生を脅かしているのか。環境に優しいと、木材会社が称する、ヘリコプターで切った樹を運ぶやり方が、鳥たちの住む環境をどれだけ破壊しているのか。私はこの目で見ている。樹の上に16か月、住んでみないとわからないことが、いっぱいあるの。」

1974年2月18日生まれのジュリア・バタフライ。25歳になったばかり。1996年の8月18日、交通事故のとばっちりで頭に大怪我を負い、彼女の人生は変わった。1年のリハビリの後、彼女は住んでいたアーカンソー州を出てアメリカを旅した。彼女自身が本当にやるべきことは何かを探すため。そして、西海岸にたどり着き、サンフランシスコの北450kmほどにある、ヘッドウォーターズのセコイアの森に到って、やるべきことに気がついた。

もはや、往古の3%しか生き残っていないセコイアの森林。19世紀から始まったその行き過ぎた伐採が、地滑りの原因となり、1997年の初めには7軒の家を破壊した。でも、そればかりではない。森林を殺すこと、環境を殺すこと、人間の欲望の奴隷となることが、どれほどの絶対的な破壊を生み出すことか。ジュリアは、なにか大きな魂の悲鳴を聞いた。

そしていま、樹の上に住む。護るために。ルナ・ツリーだけではなく、ぼくたちが住むこの世界、この世界のナチュラルなもの、すべてを。いくつかの局地戦に勝ちぬいたとしても、彼女の心は満たされない。

「考えて欲しいの、樹のことを。森のことを。いつでも、考えて欲しいの。家具を使う時、お箸を使う時、日本のあなた、紙を使う時。樹木のことを、動物たちのことを、生命についてを。私たちは樹木と、自然と、心を通わせることもできるのに、あまりに多くの人々が彼らの声を聞くことを忘れている」

ジュリアは今日もルナの上に住む。携帯電話で世界中の人と語り合う。日本人と話したのは今回が初めてだ、と言う。森林の国だったはずの日本、木々の言葉とあまりにも遠い国になってしまったのだろうか。
 

ソトコト創刊号
『ソトコト』創刊号(1999年7月号)の特集は「東京の笛吹き男」。
当時の編集長は小黒一三(現『ソトコト』Supervisor)。

 

text: Yutaka Tsukimoto(インタビュー本文)

本記事は雑誌ソトコト1999年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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