アンダンチ
2020.01.21 UP

介護、就労支援、保育園にレストラン。『アンダンチ』がつくる、風の通り道。

LOCAL

「ここは未来ですね」──そう伝えると、「まだまだこれからです」と少し照れながら答える『アンダンチ』代表の福井大輔さん。
多世代が暮らしを育む、やわらかく優しい空気をまとった空間が、仙台の地にありました!

全く知らなかった介護の世界に足を踏み入れた。

 冬のやわらかな陽射しのなか、よちよち歩きの幼児たちが庭をパタパタと駆け回る。軒下では障害のある人たちが、農作物の仕分け作業に精を出す。子どもたちを眺めながらおしゃべりしているのは車椅子に乗ったおばあさんたち。そして敷地内にいる2頭のヤギはみんなのアイドルだ。

敷地内のヤギに餌をあげる保育園児。「食べたねー、すごいね」と大興奮。
敷地内のヤギに餌をあげる保育園児。「食べたねー、すごいね」と大興奮。

 仙台の方言で「あなたの家」を意味する『アンダンチ』は、医食住と学びの多世代交流複合施設。銀行から約11億円の融資を受けて造られ、日本の未来に必要な先進的事例として注目を集めている。代表の福井大輔さんは元・商社勤めで、仕事にやりがいを感じ始めていた20代後半、開業医である妻の父から介護事業をやらないかと相談を受けた。医療では手の及ばない分野で、人々が安心して暮らせる場をつくりたいという構想だった。「いつかは自分で事業を起こしたいと思っていたのですが、介護!? って。まったく知見のない分野で、しばらく悩んだ末に腹をくくりました。今思えばいいチャンスでした」。福井さんは新たな世界に飛び込んだ。

『アンダンチ』代表の福井大輔さん。福祉に関するNPOの代表理事も務める。
『アンダンチ』代表の福井大輔さん。福祉に関するNPOの代表理事も務める。

多世代交流で成り立つ、“余白”のある暮らしのデザイン。

 通い、訪問、泊まりのサービスを組み合わせて提供する小規模多機能型介護施設として、福井さんは2015年に『福ちゃんの家』を開設した。当初はスタッフが集まらず、施設で寝泊まりする日々が続いた。そこで介護業界では珍しく、SNSで利用者のいきいきとした表情やイベントの様子などを発信すると、徐々に人が集まり事業は軌道に乗った。

 しかし、続けるうちに「利用者が本当に求めているものは何か」という疑問に直面した。在宅介護が難しい利用者の家族から「入れたいと思う介護施設がない」と相談を受けることもあった。このまま介護事業所を展開するのではなく、地域の特色を活かした社会福祉のインフラを構築したいと考えるようになった。

『アンダンチ』のサービス付き高齢者向け住宅のリビング。あえて異なる家具を使い、日常の生活に近づけている。
『アンダンチ』のサービス付き高齢者向け住宅のリビング。あえて異なる家具を使い、日常の生活に近づけている。

 福井さんは語る。「昔、同級生に障害児がいたけど、大人になったらいつの間にか見かけなくなった。これって社会的にどうなんだろうと。たとえば認知症の人は徘徊すると思われている。でも、彼らなりに意味があって歩いているんです。身近なところで彼らと接する機会があれば、偏見はなくなるのではと考えました」。

 当初は、地元の人が訪れやすい場として飲食店を考えた。健康に配慮した食事を提供すれば生活習慣への啓蒙にもなる。そう考えていたところ、紹介されたのが約1000坪の敷地だった。この広さがあれば、ほかの機能を入れ、収支バランスと職員の働きやすさを両立できるかもしれない。

 そんな思いで2018年に立ち上げた『アンダンチ』には、サービス付き高齢者向け住宅、介護事業所、保育園、レストラン、駄菓子屋、地域・多世代交流施設がある。隣接する新興住宅地との間を遮るような門はない。「地域の人が自然に入ってきてほしくて」と福井さん。近所の親子が「ヤギさんいるかな」と訪れる。おじいさんが刈った草をヤギの餌にと持ってくることもある。高齢者向け住宅のリビングは地域の育児サークルに無償で貸し出し、レストランではお母さんたちが庭で遊ぶ子どもを見守りながらくつろぐ。

共有スペースは地域に開放している。この日は地元の育児サークルが利用。
共有スペースは地域に開放している。この日は地元の育児サークルが利用。

 保育園は0歳〜5歳まで19人の子どもが通う。企業主導型であり、園児の親は『アンダンチ』や提携企業で働く人が多い。園児たちは入居している高齢者と一緒に水族館に行き、誕生日会や味噌づくりの会などでも交流する。

かけっこをしたり土管をくぐったりと、庭で自由に遊ぶ保育園児たち。
かけっこをしたり土管をくぐったりと、庭で自由に遊ぶ保育園児たち。

 このような催しで、福井さんは誰かを無理に誘うことはしないという。「強制はしないけど声がけはします。地域の人との間にもルールはありません。そういったゆるさを大切にしています。高齢者向け住宅での生活に、園児の声がある。部屋から出たら誰かがいる距離感など、暮らしに人を感じるような風の通り道を意識しています。“余白”のある暮らしのデザインというか、そこに地域の人もいて、介護や福祉に少しでも関心を持ってもらえたらと思います」。

右/サービス付き高齢者向け住宅にある、入居者に人気のヒノキ風呂。左/駄菓子屋『福のや。』には、地元の小学生がよく訪れる。
右/サービス付き高齢者向け住宅にある、入居者に人気のヒノキ風呂。左/駄菓子屋『福のや。』には、地元の小学生がよく訪れる。

コンセプトを組み合わせ、新しい価値を生む。

 地域・多世代交流施設では、障害を持つ就労者とスタッフが談笑しながら作業を行う。就労者・高齢者・子どもたち、そして地域の人が集まることができる、“孤食”を防ぐための子ども食堂も開催する。「子どもにとって障害者や高齢者と一緒に過ごす原体験があれば、偏見を持たずに成長するだろうと。そのほうが社会的にもいいなと思いました」。

地域・多世代交流施設で、タイルの研磨作業を行う利用者たち。
地域・多世代交流施設で、タイルの研磨作業を行う利用者たち。

 そう話す福井さんの取り組みは、『アンダンチ』内にとどまらない。今年4月には近所に『放課後等デイサービス アスノバ』を設立した。保育園に通う障害児を持つ社員から、小学校にあがると子どもを預けられる場所がないと相談を受けたことがきっかけで、特別支援学校の先生、区長、市役所の担当者に相談して実現させたのだ。

 地域によって課題や環境が違うので、『アンダンチ』と同じモデルはほかの地域では再現できないと福井さんはいう。そして「特別新しいことはしてないんです」と続けた。既存のサービスのコンセプトを組み合わせることで新しい価値ができていく。『アンダンチ』は、子ども、障害者、高齢者、そして地域の人が緩やかにつながることで優しい空気が流れる、まさに「風の通り道」となっていた。

FACILITY INTRODUCTION

多世代が交わることで新たな価値を生む、あなたの家『アンダンチ』。

アンダンチ保育園

アンダンチ保育園

 和食レストラン『いろは』の2階にある企業主導型保育園。定員が19名と少数型で、園児一人ひとりに目の行き届いた保育が特徴。『アンダンチ』や提携企業で働くスタッフの子ども枠と、地域住民の子ども枠がある。園児は敷地内の庭で遊べるのはもちろん、飼われている2頭のヤギと触れ合ったり、入居している高齢者や就労する障害者と交流したりする機会がある。

いろは

いろは

 東京都千代田区にある『結わえる』が運営する和食レストラン『いろは』。特殊な圧力鍋で3〜4日間熟成させた「寝かせ玄米」をはじめ、国産、旬、地元の食材を活かし、健康に配慮した料理が特徴だ。『アンダンチ』内のレジデンスや保育園の食事も提供している。店内ではレトルトパックや調味料なども販売。ランチタイムには地域住民がよく訪れるそう。

HOCカンタキ

HOCカンタキ

 福井さんが介護の世界に入るきっかけとなった、義父が代表を務める『医療法人モクシン』が運営。看護小規模多機能型居宅介護事業所(通称:看多機)として、通い、宿泊、訪問、訪問看護を組み合わせたサービスを提供。24時間体制で看護師、介護士、理学療法士が柔軟に利用者を支援している。訪問看護の事業所としても運営中。利用者のなかには100歳を超える方も。

アスノバ

アスノバ

 地域・多世代交流の生まれる場所であり、福祉事業所や医療介護のよろず相談窓口機能も兼ねる。『都営戸山ハイツ』(東京都新宿区)の『暮らしの保健室』のような、地域の人が気軽に相談ができる場所が欲しかった」という福井さんの思いが形になった。レンタルスペースや小さな図書館があり、ハンドメイド商品の販売なども行う。

福のや。

福のや。

 『アンダンチ─Residence─』の入り口には、近所になくなってしまった懐かしい駄菓子屋『福のや。』がある。スタッフと一緒に就労の障害者が店頭に立つこともある。地域の子どもたちが『アンダンチ』に来るきっかけとしても機能しており、近くに住む小学生男子が学校帰りに訪れ、ここで好きなお菓子を購入し、レジデンスの軒下で友達と携帯型ゲーム機で遊ぶ光景がよく見られるのだとか。

アンダンチ─Residence─

アンダンチ─Residence─

 医・食・住の環境にこだわったサービス付き高齢者向け住宅。隣接する『HOCカンタキ』や医療モールと連携しており、充実した医療サービスや、レストラン『いろは』の健康的な食事が提供され、安心して暮らすことができる。『アンダンチ』を手がけたクリエイティブディレクターの伊藤太一さんは「イメージは施設ではなく家、高齢者のシェアハウス」だという。

記事は雑誌ソトコト2020年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

photographs by Yusuke Abe
text by Yusuke Murayama
illustration by Moemi Okita