美しく壮大な自然と楽しいアクティビティ、おいしい食事、快適な滞在を約束された世界屈指のリゾート地ハワイ。しかしそれだけが私たちを惹きつけている理由ではありません。アメリカの州であり、多様な人種を擁しながらも、ポリネシアにルーツを持つことに誇りをもっているハワイの人々。厳しくも恵みのある自然環境と共生してきた歴史と文化を、次の世代に渡していこうとする姿勢、そして彼らの紡いできた言葉に現れる高い精神性に、ルーツは違えども多くの人が共感するからかもしれません。
伝統航海カヌー「ホクレア」は ハワイアンの誇りの象徴
360度、見渡す限り海と空しか見えない海上を、月や太陽の動きや星の明かり、波や風の変化など、自然の変化だけを頼りにした航海術とカヌーで、ハワイを目指してやってきた彼らこそが、ハワイアンの先祖です。しかし長い間、先祖は偶然ハワイに漂流したと考えられてきました。
その後600年以上の歳月が流れ、1970年代の、いわゆるハワイアン・ルネッサンスが胎動し始めたころ、忘れ去られていた古代のポリネシア航海術を復元しようとの動きが起こり、1973年にポリネシア航海協会 (Polynesian Voyaging Society) が設立されました。その当時のカヌーを再現してつくったり、星明かりを頼みに今いる位置を測り進路を決める航海術(スター・ナビゲーション)をポリネシアの航海士から学び直すなど、何度も実験航海と失敗を繰り返して、1976年にハワイ―タヒチ間の約4000kmの航海を成功させました。古代の航法にどれだけ近いものになったのかは誰にもわかりませんが、自分たちの祖先が単に島々に流れ着いたのではなく、自然を熟知した航法を巧みに使い、目的と技術を持ってハワイにたどり着いたことを証明しました。
そのハワイの誇りの象徴が、伝統航海カヌーである「ホクレア」なのです。ホクレアとはハワイ語で「喜びの星」(ホク=星、レア=喜び)という意味で、うしかい座の一等星「アークトゥルス」と呼ばれている星を指します。ハワイの真上を通過する、特別な星です。
ホクレア世界一周の伝統航海術と各地の先住民に共通する叡智
https://www.allhawaii.jp/hokulea/malamahonua/)
ホクレアはその後も、太平洋の島々や日本への旅をし続けています。中でも「マラマホヌア世界航海」(マラマホヌアは地球を慈しむという意味)では、2014年から2017年にかけて地図のようなルートで、世界18 カ国150 以上の港を3年かけて訪れ、およそ約7万5600kmを走破しました。
この世界航海では、現代の技術がなかった時代に航海士たちがどのように航海を成し遂げたのか、また世界を航海したホクレアとその航海士が伝える、今私たちが考えるべき地球環境について、多くの寄港先の人たちと話し合い、深く理解し合いました。
この旅の様子は、『MOANANUIĀKEA(モアナヌイアケア。壮大なる海の意味)』というドキュメンタリー映画になっています。航海士には、ハワイアンだけでなく白人や日本人もいます。ルーツに関わらず、人として明確なアイデンティティを持ち、互いに貢献し合える人物が選ばれました。彼らは自然が教えてくれるサインを受け取るために5感を研ぎ澄まし、太陽や月、星明かりで位置を測るスター・コンパスで方角を読み、経験のない海域を進むなど驚くほどの難航海を成し遂げました。
この壮大な航海は、現代の技術がまったくない時代の、忘れられようとしている知恵が、現代の問題の解決の緒になることを示唆しています。世界各国の寄港地で、彼らは先住民の伝統的な方法で歓迎されていますが、その地域の先住民たちがホクレアが成し遂げてきたことの偉大さを深く理解しているからです。ホクレアの航海士も、先住民も、自然が必ず示してくれるサインを読むことで生かされ、恵みを受けるための技術を持っている、そしてそれは世界共通の深い叡智であることを、この映画では物語っています。
「私たちは地球というカヌーに乗る、一つの海でつながれた民だ」ということを、この壮大な体験を通して多くの人に伝えています。
「マラマハワイ」は カヌーの材料「コアの木」が育つ森を再生することからも来ている
https://www.allhawaii.jp/hokulea/malamahonua/)
ハワイでは、カヌーをつくるためにコアの木を使います。しかしハワイの森からカヌーを作ることができるようなコアの大木は、見つけることはできませんでした。ハワイの森は、林業のための伐採や、放牧地を作るための開拓などにより、すっかり傷んでいたのです。
その話を聞いたアラスカ先住民たちが、アラスカの森の木を寄付したいと申し出てくれました。海外の木を使うことは古代でも例があり、ありがたい申し出でした。しかしポリネシア航海協会の人たちは、アラスカの森を傷つけることになりはしないか、私たちは何か間違っていないだろうかと逡巡します。しばらく考え、その逡巡の理由は、ハワイの森が傷んだままであることの自分たちの痛みに由来していることがわかりました。
カヌーを造るということの前に大切なことは、ハワイの傷んだ森のケアをすること。ハワイの文化は大地をケアすることから繁栄してきました。そこに重きを置くことで、私たちはアラスカから木を受け取ることができる、と悟ったのです。
そうして「ハワイロア」はできましたが、この取り組みをきっかけに、ポリネシア航海協会には「マラマハワイ」(ハワイをいたわるという意味)のプログラムが生まれ、航海を続けていくことの支柱ができました。ホクレアから始まった伝統航海術の再生は、ハワイアンやポリネシアンの誇りを深いレベルで掘り起こしたことに加え、この植樹を始めた例から端を発し、環境を守るために数え切れないほどの新しい習慣を生み出しています。マラマハワイの精神は広く受け継がれ、ハワイ州観光局が推進する「レスポンシブルツーリズム(責任ある観光)」のスローガンにもなっています。
私たちの心に響くハワイの言葉
ハワイの言葉で最も有名なのが「アロハ」でしょう。ご存じの方も多いと思いますが、あいさつの言葉であり、愛情を表す言葉でもあります。ハワイ州法にはアロハスピリットの定義が次のように記されています。ハワイの人たちが朗らかで親切な理由もここにあります。
「アロハスピリットとは、人々の心と精神の調和である。そしてアロハスピリットは人々を自分自身に立ち返らせる。人々は良い感情を考え、他者へ良い感情を表さねばならない」
アルファベットのALOHAのそれぞれの文字にはまたそれぞれ意味があり、とても深い言葉です。ここではその他、これまでご説明した伝統航海術に関係する言葉をいくつかご紹介します。
エ・カウペー・アク・ノ・イ・カ・ホエ・ア・コー・マイ
(オールを前に出したら、最後まで漕ごう)
ヒ・アリイ・カ・アイナ。ヒ・カウワ・ケ・カナカ
(大地を大切にすれば、大地は我々を守ってくれる)