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多様性

連載 | テクノロジーは、人間をどこへつれていくのか

人間の機械化と機械の人間化

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人間のあくなき探究心は、不老不死へと向かう。一笑に付されて終わり、妄想の世界のお話。果たして、その常識が覆される日は訪れるのだろうか。

人工知能との融合によるサイボーグとして生きる人類初の科学者の自伝『NEO HUMAN:究極の自由を得る未来』(東洋経済新報社刊)。著者のピーター・スコット─モーガン博士は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者となったが、人生を思い切り楽しめるように自らのサイボーグ化を選択した。胃に栄養チューブ、結腸に人工肛門、膀胱にカテーテルを装着し、誤嚥性肺炎を防ぐために喉頭を摘出。声帯を失い、顔の筋肉が動かせなくなることで自分らしさを損なわぬように声と表情のサンプルを可能な限り保存。テクノロジーが進化することを前提に、最先端のアバターと合成ボイスへ常にアップデートを行う。人工知能による高度な予測変換を組み合わせることで、ALSに罹患する前の自分と同じようにコミュニケーションをとれる状態を目指す。

もしかしたら、不老不死にたどり着く未来はあるのかもしれない。少なくとも、そのプロセスに踏み込んだのではないだろうか。そんなインスピレーションを与える挑戦だ。

人間の能力を増強・拡張させる新しいテクノロジーにより、人間の身体や認知能力を拡張する「人間拡張」が注目されるようになった。大袈裟に聞こえるかもしれないが、メガネや望遠鏡、自転車や自動車、パソコンなどは「人間拡張」の道具としてすでに馴染みがある。身体を直接的に補完するものに関しても、人工臓器は人間の生命維持に欠かせない医療技術となっているし、欠損した自分の歯に代わる義歯の歴史は紀元前にまでさかのぼると言われている。平安時代には木製だった有床義歯も、インプラント技術やセラミックなどの素材が登場し、使用における違和感が劇的に減少している。

テクノロジーの進化に伴い、人間と補助的な道具の間の距離感が縮まり、融合の傾向を強めている。バイオテクノロジーやナノテクノロジーが身体の内部から能力を拡張し、それは知的能力にも及ぶ。先端的なセンサーにより知覚を拡張することで、脳で感受できることが増え、人間の行動や価値観に変化をもたらす。人工知能とロボティクスが身体と融合することへの抵抗感がなくなれば、モーガン博士のようにサイボーグとして生きる選択も増える。

意識の機械への移植が、今世紀中に実現するという予測もある。意識とは何か? の解釈も多岐にわたり、明らかになっていないことが多いが、ブレイン・マシン・インターフェイスのようなテクノロジーによる脳と機械の意識の接続をステップに、意識の機械への移植、すなわち人間の脳をコンピューター上に再現することを目指す研究も行われている。脳の複雑さに匹敵する人工神経回路網をコンピューター上に実装することは容易ではないにせよ、意識レベルで人間と機械の融合を成し遂げてしまった場合、倫理や哲学、人間そのものを再定義せざるを得ない。

人間の機械化、機械の人間化。そこにメタバース(仮想空間)のような人工的な社会も加わる。人間と機械が生きる場所としての現実と仮想空間の境界線は揺れ動き、溶け始める未来は始まっている。

おがわ・かずや●アントレプレナー/フューチャリスト。アントレプレナーとしてイノベーションを起こし続ける一方、フューチャリストとしてテクノロジーに多角的な考察を重ねて未来のあり方を提言している。2017年、世界最高峰のマーケティングアワードである「DMA国際エコー賞」(現・ANA国際エコー賞)を受賞。北海道大学客員教授として人工知能の研究、沢井製薬テレビ・ラジオCM「ミライラボ」篇に出演し、薬の未来を提唱するなど、多方面でフューチャリストとして活動。人間とテクノロジーの未来を説いた著書『デジタルは人間を奪うのか』(講談社現代新書)は高等学校「現代文」の教科書をはじめとした多くの教材や入試問題にも採用され、テクノロジー教育を担う代表的論著に。近著『未来のためのあたたかい思考法』(木楽舎)では寓話的に未来の思考法を説く。

文●小川和也

記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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