今回紹介するリトルプレスは、2004年から発行され、文学・アート・社会学のエッセイ、インタビューなどが掲載されてきた『歩きながら考える step9』。9号目の特集は、「行きどまり、歩いてその先へ」。
電車に乗っても、カフェに行っても、どこにいても、スマートフォンやSNSを眺めていることが多くなった。
歩きスマホも、乗り物の運転をしながらのスマホも禁止されているにもかかわらず、世界では、「ながらスマホ」が止まらない。
簡単に、いろいろな情報にアクセスできる便利さは、人々の価値観を変え、スマートフォンやSNSに支配されているといっても過言でないほど、巨大な影響力を持つようになった。
140文字で制限された言葉、正方形の映像と説明、省略され表示される文章。吹き出しでの会話。いつでも手元で動くゲーム、繰り返し流れ、挑発する動画。
画面上に現れ、流れていく一過性の言葉や映像は、分かりやすさと、目立つことのうえに成り立ち、無制限にただ、受け入れてしまいそうになる。
そこには、内容を取捨したり、確認し、情報を自分の体験や言葉に変換することもなく、咀嚼もない。
「考える」ことを捨ててしまえば、それはヒトではない。レイ・ブラッドベリの小説『華氏451度』に描かれたような、本が禁止された世界に、テレビとラジオだけで生活し、記憶と考えることを放棄し、為政者の価値観の中、決まった人生を歩み、漠然と死へ進むのと同じことだ。
ただ「歩くこと」、ただ「移動すること」は、周りの世界を再認識し、自分の立ち位置を確認するための手段として、最も身近なものだ。
ヒトは、第三者の視点を持つことによって、コミュニケーションを確立し、自己同一性を持つことができた。自分が感じていること、思っていることを俯瞰し、「歩くこと」が「考えること」のための手段になる。
サルが木から下り、地上を歩きはじめ、集団での狩猟から得たコミュニケーション(言葉)から、ヒトへと進化し、現在につながっていることと無縁ではない。
閉塞感が漂う現在の社会を「行きどまり」とすれば、「その先」の未来の社会へつながる道筋は「考えてみる」ことからしか見えてこない。
『step9』では、作家・滝口悠生さん、翻訳家・柴田元幸さんとイベントを企画・運営する熊谷充紘さん、建築家・中山英之さん、アーティストのエレナ・トゥタッチコワさん、編集者・安東嵩史さん、同じく編集者・後藤繁雄さんらのインタビューやエッセイが掲載されている。
「歩きながら考える」を、彼らの視点で、確認し、咀嚼しながら、何度でも読み、立ち止まり、「考える」ことができる。
今月のおすすめリトルプレス
『歩きながら考える step9』
文学・アート・社会学の記事を中心に2004年から刊行を続けるリトルプレス。
編集:谷口愛・岩村奈実・猿田詠子・服部真吾
装丁:米山菜津子
発行:歩きながら考える編集部
2019年8月発行 182×182ミリ(104ページ)、1080円
『歩きながら考える』編集長から一言
創刊以来初めて、「歩く」ことをじっくり考えた号です。翻訳家の柴田元幸さんへの取材で、「アメリカに住んでいるのに、あえて自動車に乗らない作家たち」の話が出ました。この時代に紙の雑誌を出し続けるという行為も、車に乗らずかたくなに徒歩で旅をすることに似ているかもしれません。写真は今号を作る際に勇気をもらった本です。
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