「みかん愛」と「田村愛」の強さで関係人口を増やす。

「みかん愛」と「田村愛」の強さで関係人口を増やす。

※本記事は雑誌ソトコト2017年11月号の内容を掲載しています。記載されている内容は発刊当時の情報です。本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

1年で延べ100名を超える大学生が足を運ぶ場所となったブランド「田村みかん」の産地、和歌山県・湯浅町田地区。その裏には、みかんの全国消費量減に危機感を覚えた樫原正都さんと仲間のみかん農家の活躍がありました。


世帯の半数がみかん農家。田村はブランドみかんの里。


「田村はおいしいみかんの生育に絶好のロケーションなんです」と笑顔で畑を指差す樫原正都さん。温暖な気候に強く吹き付ける潮風、ストレスがかかるほど果実は甘くなるそうだ。恵まれた土壌で育った「田村みかん」のブランドは、一般流通の5倍近くの価格で取引されることもある。人口約1000人、250世帯の有田郡湯浅町田地区(以下、「田村」)。約半数の120軒がみかん農家だ。「幸美農園5代目園主」の肩書で母親と共にみかんづくりに携わる樫原さん。おいしいみかんづくりは母親に任せ、今力を入れているのは農業へのハードルを下げ、田村に関わる人を増やすことだ。


「『田村みかん』のブランドを売るための営業はしていないんです。むしろ生産が追いつかないくらい需要があって。一度、みかんや田村を外から見た僕だからこそ、遊軍となってできることがあると思うんです」


段々畑
みかん特有の段々畑。
みかん畑にて
畑に向かう樫原さんと井上さん。

みかんでつながった、活動を支える心強いパートナー。


2016年9月、樫原さんは新卒から勤めていた映像制作会社を辞め、東京から地元・田村に戻ってきた。「同世代よりも高い給料をもらい管理職に就き、このままじゃ自分が腐っていくんじゃないかと、ふと不安になったんです。一度恵まれた立場を失おうと思い、新しい経験ができる場所はどこだろうかと考えた末、思い浮かんだのが高校卒業と共に出た田村のことでした」と樫原さんはUターンのきっかけを振り返る。


当初、実家の経営を見直し、3か月ほどで田村を出ようと計画していたそうだが、みかんについての知識を持っていなかった樫原さん。たまたまテレビ出演をしていたみかん好きの大学生が集まるサークル『東大みかん愛好会』のメンバーに興味を持ち、連絡をとるように。メンバーと話す中で、みかんの全国消費量が20年前と比較して大幅にダウンしている事実を知った。「みかんの消費量激減は大きな衝撃でした。『田村みかん』は人気のあるブランドですが、10年後にその人気が約束されているわけではありません。9割近くが専業農家の田村がこのまま衰退していったら……と想像すると恐ろしくて。僕、田村が大好きなんです。好きだから何かしなきゃって」。みかんが売れなくなったら地元が衰退していく。今自分がやるべきことは、実家の経営よりもみかん業界全体を底上げすることだと気づいた瞬間だった。


幼馴染みの井上信太郎さんは、樫原さんをよく知る協力者だ。実家のみかん農園『善兵衛農園』を継いだのは、樫原さんが地元に戻る半年前。和歌山大学でグリーンツーリズムを学んだ後、2年間農業コーディネーターとしてのノウハウを積んだ井上さん。就農当初から、みかんづくりに励みながら、県外の大学生をターゲットに田村で農業体験の機会を設けていた。2016年10月、井上さんは『東大みかん愛好会』のメンバーから樫原さんが田村に戻ってきたことを知らされた。間もなくやり取りを始め、二人は再会。田村でやりたいことを語った。幼馴染みとはいえ、中学校を卒業してから話すことがなかった二人が打ち解けたのは、「田村を観光地で終わらせたくない」という共通の思いを持っていたから。「信太郎は僕と比べて人当たりがいいからほんま助かります」と樫原さん。田村を担う遊軍に、参謀役・井上さんの存在は不可欠なのだ。


みかん箱
『田村出荷組合』はブランドを守るために欠かせない、田村独自の仕組みだ。「組合内では、各農家のみかんの価値が一目でわかり、評価がダイレクトに伝わる。プレッシャーでもあり、高め合いにもなる」と樫原さん。

まずは田村を知って。農業との関わり方に選択肢を。

まずは田村を知って。農業との関わり方に選択肢を。


田村に戻った樫原さんは、井上さんと共に大学生の受け入れに力を入れた。農業を手伝ってもらう代わりに、寝る場所と食事を提供するワーキングホリデーだ。拠点は、親戚の空き家を借り、井上さんが地元の友人とつくった「紀地わくわく」。農業体験に訪れた大学生が交流を持てる場として機能しているが、内輪感が出ないよう、誰かが住み込むことはしない。近隣住民も集まって交流が生まれるような、公民館的なコミュニティスペースを目指している。『東大みかん愛好会』のメンバーを筆頭に、口コミで田村を訪れた大学生は1年で延べ100人を超えた。


1度で終わらず2度、3度、目的が農業体験から田村に来ることに変わっていく学生もいる。井上さんは「彼らは来るたびに田村をもっと知りたいという。田村での気づきを僕じゃなくて、大学生の言葉で友達にボイスチェンジして伝えてもらいたいです。同じ言葉で言うより生々しくて説得力があるから」と話す。1000人の地区に多くの大学生がいる状況は、住民にとって馴染みがなく初めは不思議がられたという。しかし次第に、「今年はあの子ら畑手伝ってくれないのか」と樫原さんたちに尋ねるようになった。


2017年9月には、湯浅町で開催された「日本みかんサミット」の運営を支え、『東大みかん愛好会』と『静大みかんクラブ』の合同夏合宿の受け入れと、立て続けに大きな企画を行った。二人は田村を担う次世代も見据えていた。合宿で田村小学校の児童に向け大学生がみかんの授業を行う場を設けたのだ。「子どもたちにとって、みかんは当たり前の存在。みかん好きな大学生がそのよさを改めて伝えることで、子どもたちは田村に誇りを持てます」と樫原さん。


次の一手として、樫原さんは2つの団体を立ち上げた。『CHARLL''S(チャールズ)』は、Uターン当初から構想を練っていた団体だ。名前の由来は、和歌山の方言で「〜をやる」という意味の「〜ちゃーる」に「〜のもの」を意味する「''s」。全国のゲストハウスの共有スペースにみかんを設置し、みかんを手に取ってもらう機会を創出する「みかんいちえ」など、一次産業を中心とした和歌山の「もの」を盛り上げるための企画・デザインを行い、樫原さんと和歌山県出身のデザイナー・クボリチサさんが中心となって運営している。


もう一つは、主にクリエイターやデジタルネイティブ世代をターゲットとしたサービスを提供する『CITRUSIST(シトラシスト)』。「3C(クリエイティブ・チャレンジ・ちょうどいい)」を掲げるこの団体は、柑橘業界に関わる人を増やすことを目的としている。クリエイティブな人材が不足している柑橘業界と、地方のプロジェクトに興味を持っているクリエイターとをつなぎ、人々の興味を柑橘業界に向けるための情報発信を行っていく。


「みかん農家を含むクリエイターへの憧れと敬意が強くて。彼らを照らす役割を担えたらと今は思っています」。農業への関わり方はグラデーションがあっていい。樫原さんの掲げる「ちょうどいい」は、彼自身の働き方も表しているようだ。


北風が冷たくなり、山を彩るみかんの鮮やかさが美しい今、田村みかんは最盛期を迎えている。「あー、今人生で一番楽しいかもしれない」とうれしそうに漏らした樫原さん。みかんの未来が明るいことを予感させる笑顔だった。


井上さんと
樫原さん(右)と幼なじみの井上信太郎さん(左)。

 

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