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イザベラ・バードのように。軽やかな一羽の鳥のように。
19世紀末、明治初期の日本を訪れた英国人女性旅行作家イザベラ・バードが「東洋のアルカディア(理想郷)」と称賛した山形県置賜(おきたま)地方で、その土地に暮らす人々と交流したように、「現代のバード」と呼びたくなる、新しいライフスタイルを歩む女性たちが訪れ、旅先の出会いから新しい何かが生まれるような「旅のその先」を提案する−−。
そんなコンセプトをもとに、5編の映像が公開されました。白鷹町・飯豊町・長井市・南陽市・小国町を舞台に、それぞれの領域で活躍する女性が置賜地方に暮らす女性たちを訪ね、それぞれ編まれた地域性豊かな旅物語はYouTubeで鑑賞することができます。
第5弾の小国町編から半年が経った2022年10月1日、長井市のタスパークホテルで開催された「ライク・ア・バードokitama フォーラム2022」では、映像に登場した女性たちが一堂に会する交流会が催されました。
映像の登場人物が一気に画面の外に飛び出たような興奮がホールを包み、「久しぶり」「元気にしてた?」とたくさんの笑顔が溢れていました。ゆかりの深い関係者が見守る中、映像の総集編を鑑賞し、旅を振り返る女性たちのトークイベントが行われました。
YouTubeに公開された映像にも登場する四季折々の名場面を凝縮した映像は、会場の大きなスクリーンに映し出されます。映像の総合監修とナビゲーターを務めた弊誌編集長・指出一正の生ナレーションとともに、世界観を彩るお馴染みのBGMも会場の高い天井に心地よく響き渡りました。
皆さん、こんにちは。
久しぶりの置賜は、変わらない穏やかさで私たちを迎えてくれました。
雨が降り、風が吹き、その度に置賜に思いを馳せました。
たくさんの出会いがあり、たくさんの物語を知りました。
そして今、私たちは再びここにいます。
映像の余韻が残る中、女性たちの旅の裏話も交えたトークが始まります。旅を通じての、土地や人の印象、そして、出会いからこれまでの変化など、ひとつの地域につき10分の持ち時間では足りないほど、会話が弾みました。
写真家・中川正子さんと白鷹町の皆さん
映像第一弾の白鷹町編は1年半前に公開されており、女性たちは久々の対面です。中川さんの拠点は岡山県、新幹線を乗り継いで、季節の巡りの違う東北地方への再訪です。「外国人のような気持ちで訪れましたが、皆さまが温かく迎えてくれました」と最初の印象を語りました。手編みのセーターを身につけてロケに臨んだことに触れながら、折よく、ものづくりをする女性たちと話した白鷹の旅について「生まれてはじめてセーターを編んで、1本の糸から形ができる喜びをちょうど知ったところでした」と、当時の心情を振り返ります。県外から移住して織物の職人を目指す髙木さんや、結婚を転機に紙漉きの技術を受け継ぐ髙橋さんの話から、外から来てチャレンジする勇敢さを感じたといいます。
雪解けて春間近、農作業がはじまる前の静けさをたたえ、手作業の音だけが響いてきそうな白鷹町編はこちら。
「ライク・ア・バードokitama」第1弾 写真家・中川正子さんと訪ねる、雪解けを待つ白鷹町
建築家・成瀬友梨さんと飯豊町の皆さん
田植え前の1ヶ月間しか見ることのできない水没林の風景からはじまった飯豊町編の映像を振り返って「衝撃的に美しい風景に出会った」という成瀬さん。はじめてのカヤックに乗る不安が吹き飛ぶほどの絶景だったといいます。「心が洗われる旅でした。そして、ほぼ同世代の皆さんと話ができてパワーをもらえました」
町の自然に寄り添って自分たちの仕事をつくりあげている飯豊町の女性の中には、成瀬さんの建築家としての活動に仕事の面で鼓舞されたという人や、この映像をきっかけにもっと飯豊町を知ってもらいたいと新たな活動をし、それが実を結び始めたと語る人もいました。成瀬さんとは、公私ともに交流が続いています。
里山の風景をつくる人々の息づかいが聞こえてくる、飯豊町編はこちら。
「ライク・ア・バードokitama」第2弾 建築家・成瀬友梨さんと訪ねる、新緑が芽吹く飯豊町
グランドレベル・田中元子さんと長井市の皆さん
残暑の季節、濃い緑に覆われる長井市を訪れ、市街地を中心に歩いた田中さんは「この旅では私が与えていただくものが多かった。有名な人、すごい人、ではなくて、でもここにしかいない方たちに会えた」と率直な言葉で語ります。迎えた長井市の女性は、「田中さんのインパクトに負けないぞ、と思った」と第一印象を振り返って口を揃えます。再会のこの日は、カメラが回っていない気楽さも手伝ってか、おしゃべりは軽妙に運びます。長井に暮らす女性たち自身が「長井市ってこんなに素敵なところだったのだと、映像を見て思った」と、自分たちが住むところを見直すきっかけにもなったという感想もありました。
豊かな水が育んだ山々と、人々の行き交いで生まれた歴史を感じることのできる長井市編はこちら。
「ライク・ア・バードokitama」第3弾 グランドレベルの田中元子さんと訪ねる、暑さ忘れる長井市
メディアアーティスト・市原えつこさんと南陽市の皆さん
トレードマークの巫女衣装をまとって登壇した市原さんは、旅の印象を「食に関わるクリエイター、アーティストと出会ったという感覚だった」と語ります。秋の収穫物が豊富な11月はじめに撮影された映像にも自然、食の要素がたくさん盛り込まれました。南陽の女性たちは自分らしい姿勢で食に向き合っています。
この日、南陽編から登壇したのは、果樹に語りかけながらりんごを生産している平さん、大好きな音楽のリズムに乗りながらワインのラベルを貼る岩谷さん、大学で地域史を学んで地元の食文化を伝承する活動をはじめた渡部さん。偶然にも市原さんが現在つくっている新作のテーマは食だといいます。「潜在意識に影響を受けたことに、今日気づきました」と市原さんは笑います。
紅葉に彩られ、果樹の実りや食文化の多様さが味わえる、南陽市編はこちら。
「ライク・ア・バードokitama」第4弾 メディアアーティスト市原えつこさんと訪ねる、紅葉舞う南陽市
アウトドアスタイル・クリエイター・四角友里さんと小国町の皆さん
このフォーラムの前日に置賜地方に入り、小国町の温身平セラピーロードと倉手山を山歩きしてから会場入りした、という四角さん。ロケの際に訪れたときの雪化粧をした山々ではなく、朽葉色に覆われた秋の小国を見て、驚いたといいます。「撮影のときは、真っ白の世界でした。雪で見られなかったものを、今回味わうことができて新鮮でしたし、最初の訪問が冬でよかったと思いました」と映像を振り返ります。四角さんのこの感想は、豪雪地に暮らす人々が持ってほしい印象とも重なります。「撮影のときに、いろんな雪景色を見てもらえてよかった。そしてまた、雪のない小国を見てもらえてよかった」と、季節の軸が冬や雪にある小国の女性たちは笑顔でした。
雪山に青空、地面の足跡をあっという間に覆い隠すほどの大粒の雪など、様々に顔を変える雪景色が見られる小国町編はこちら。
「ライク・ア・バードokitama」第5弾 アウトドアスタイル・クリエイター四角友里さんと訪ねる、白い森輝く小国町
それぞれ約1年ぶりの再会とは思えないほど、話が弾んだトークショー。
どのトークにも共通していたのが、旅人として訪れた女性が語る、地域で出会った人々のあたたかさ。ふらりと訪れるだけでは出会えない、地域に根を張り活動する女性たちには、土地に腰を据えて暮らす人間ならではの懐の深さがあることを、旅をした女性たちはそれぞれに感じ取っていました。
訪れた女性と迎えた女性たちは、今回の旅をきっかけに、遠く離れていても共鳴するものが生まれ、ある人は作品で、ある人は仕事で、またSNSなどでも交流が続いています。旅から派生したいくつもの種が芽吹いたことで、後日談トークは盛り上がりました。迎える側として登場した置賜の女性たち同士も、それまで同じ地域に暮らしていたのに出会えなかったそれぞれの土地に根ざした活動をする人たちを、映像を機に知り、横の繋がりもでき、その後一緒に活動するグループも誕生しています。
トークセッションの最中も、5市町ごとの出演者が座る各テーブルでも思い出話が咲きました。
会場の廊下には、映像に登場した置賜地方の女性の日々の生業(なりわい)に関わりの深い特産品や作品、市・町の特色があらわれた展示物が一列に整然と並びました。旅人同士の話題も尽きず、それぞれが自分の訪れた地域の紹介者になっていました。
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10月2日。
フォーラムから一夜明け、現代のイザベラ・バードになぞらえられた女性たちは、5人揃って置賜各地の懐かしい大地を踏みしめました。
映像の旅から季節は巡り−。朝晩の空気が冷たく冴え渡り、深緑が色づき始めるこの時期に、置賜地方の秋がはじまります。
小国町
小国町は、米の収穫最盛期を迎えていました。小国編の映像撮影は一番雪深い季節の2月でした。そのとき白一色の世界だったこの町は現在、平地に稲の黄金色が輝いています。
川崎ひかりさんが菓子を焼き、夫のセドリックさんが珈琲を淹れる「Naëbaco」では、川崎さんの家族はもちろん、小国町の方々、そしてヤギや鶏もがゲストを温かく迎え入れてくれ、稲刈り直後の田んぼにテーブルをこしらえたモーニングティーパーティが行われました。のんびりと菓子をつまみながら、ゆったりと流れる時間をおもいおもいに過ごします。
飯豊町
5月には水没林の幻想的な風景が印象的だった白川湖。日中はまだ汗ばむような日差しです。飯豊編の映像冒頭で朝靄の中をカヤックが出発した川縁に、旅人とスタッフが肩を並べ、靴を脱いで冷たい川の水に足をひたします。
湖畔のキャンプ場で、山形名物の芋煮がふるまわれました。山形県では、秋に屋外で芋煮会が盛んに行われます。里芋・牛肉などシンプルな具材を甘めの醤油味でいただく内陸風の芋煮は、各家庭でも作られますが、芋煮会ではBBQと同じく屋外で火を炊き、大鍋で作って大勢で食べて交流を深めるのです。10月はちょうど芋煮会シーズン。締めは鍋にカレー粉を入れ、味を整えたカレーうどんをいただきました。
白鷹町
深山和紙振興研究センターの紙漉き場と、職人の高橋恵さんは、白鷹編の撮影から1年半の時間の経過を全く感じさせない佇まいで旅人を迎え入れてくれました。
そして順番に紙漉き体験。力の入れ具合やスピードなどが変わることで、仕上がりがそれぞれ全く違うことに、5人は驚きながらも、真剣に、伝統工芸に向き合いました。
和紙をちぎり貼り付けていく、ポストカード作り。5人はそれぞれ別分野でのクリエイターたち、作業は真剣そのものです。互いの作品にもしっかり個性があらわれていました。
南陽市
南陽市の、大きな米蔵をリノベーションした「南陽市交流プラザ蔵楽」で、ちょうどこの日開催されていたマルシェに平農園の平さんが出店していました。映像にも登場した、旬のりんごジュースが並べられ、旅人たちは、ほっと一息の、お買い物タイム。
園地に移動してりんご収穫体験。植えられたたくさんの品種の中で、今が旬だというりんごの木から、赤く色づいたりんごを選び、もぎとってコンテナへ。一通り収穫が終わったあと、自分でもいだりんごのひとつをきゅっきゅっと手で拭いて、みんなでそのまま丸かじりです。
山の傾斜地にあるりんご園から一望できる、街と山々の連なり。
傾き始めた太陽が、柔らかく山道を照らします。
今回「ライク・ア・バードokitama」の顔として全国から再び置賜地方に集結した旅人の女性たち。道中を一緒に過ごすことで距離が縮まり、道程には終始ほがらかな笑い声が響いていました。置賜の女性とも近況を報告しあい、再会を約束し、旅が終わっても続く今後のつながりを期待させてくれる、あたたかな空気に包まれたアフターツアーでした。
現代のイザベラ・バードたちと置賜地域とのつながりと、彼女たちの旅は、これからも続いていきますーー。