オンラインミーティングやイベントが急増している今年、日本で初めてバスツアーをオンラインで企画・開催した企業が香川県にある。今や多くのメディアから取材依頼が殺到している、話題のオンラインバスツアー。体験記とあわせて、随所に表れる”お客様への想い”についても紹介したい。
既に参加者200人を超える人気ぶり
今回参加したのは、香川県琴平町に本社がある琴平バス株式会社(通称・コトバス)が企画したオンラインバスツアーだ。2020年5月に開始以来多くのメディアで取材され、満席が続いていた話題のツアー。既にリピーターもいる人気ぶりで、6月末時点での延べ参加者数は200人を超えるという。今回はその中でも、「石見神楽鑑賞と現地旅行会社がご案内する地域の魅力ツアー(島根県浜田市)」を取材させてもらった。
現在島根県、徳島県、広島県、岡山県へ運行しているコトバスのオンラインバスツアーは、各回定員は15人で設定されている。普段は四国のお客様を案内することが多いというが、オンラインバスツアーは関東地方をはじめ、全国各地から申し込まれたお客様を案内するという。今回私が参加したツアーも、南は福岡、北は北海道からのお客様が”同乗”していた。
現地・島根県浜田市との中継付き

出発当日は、事前に届いていた旅のしおりやドリップコーヒー、そして現地プランナーが選んだ浜田市の特産品を手元に用意し、出発時間を待つ。特産品の中には浜田市の地酒も含まれており、中には「我慢できずに昨夜飲んでしまった~!」と前日からツアーを楽しんでいた参加者も。もちろんツアー中も、飲食しながら旅行気分を楽しめるように配慮されている。
出発時間になると、添乗員役のさきちゃん(山本紗希さん)の案内で、事前に届いてた”シートベルト”を肩から掛ける。コトバスツアーの出発地である高松市から浜田市への移動は通常3~4時間ほどかかるが、オンラインバスツアーなら30分で移動できる。
コトバスのオンラインバスツアーは、Zoomを使って開催されている。ツアーが始まると、参加者の自己紹介タイムから始まり、道中はクイズ大会も用意されていた。また現地に到着すると、ツアー最大の目的である島根県の伝統芸能・石見神楽を観賞するだけでなく、浜田市の旅行会社・石王観光(せきおうかんこう)が中継でおすすめスポットを紹介するという行程も用意されていた。当日は雲ひとつない晴天だったこともあり、画面越しとは言え、浜田市の景色を家にいながら楽しむことができ、旅行気分を最も味わえた瞬間だった。

そしてツアー後は「交流会」という時間も。それぞれの感想を言い合うこともあれば、参加者からの質問に答える場合もあるそうだ。また場合によっては宿泊施設の紹介など、実際に旅行する際に役立つ情報をお伝えすることもあるという。
約二週間というスピードで始まったツアー
今回のオンラインバスツアーを企画・発案したツアープランナーであり、添乗員役も務めた「さきちゃん」こと山本紗希(やまもと さき)さんに、オンラインバスツアーが出来上がるまでのお話を聞かせてもらった。

さきちゃん 「4/28にオンラインバスツアーの構想を聞き、その三日後の5/1には開催が決定しました。まずは仲良くさせてもらっている旅行会社の社長さんたちにツアーを体験してもらいましたが、当初は旅行地に関するスライドを見せるだけのツアーだったので、皆さんの反応もイマイチで・・・。そこからライブ中継の演出を加えたり、現地の食も楽しんでもらえるよう改善し、体験会の翌週5/8には本番さながらの練習を行いました。そして5/12にはプレスリリースを出し、販売もスタート。企画から約二週間というスピードで、オンラインバスツアーは始まりました。」
ただそうは言っても、もともと動画編集やオンラインイベントに関する知識・経験があったわけではないという。
さきちゃん 「最初はYouTubeの動画を見て、『編集ソフトはこれを使うらしいよ』と調べながらのスタートでした。趣味で動画撮影の経験があるスタッフもいたので教えてもらいながらバスの移動動画を撮影したりはしましたが、編集に関してはみんな初心者。今年の新入社員なんて、『入社してからずっと動画の編集をしている気がするんですけど・・・(笑)』と言っていますが、みんなで協力しながら運営しています。」
コトバスは地方のバス会社でしかないので、もちろん撮影機材も揃っていない。そこでツアーで必要な効果音はスマホで録音するなど、工夫を重ねながらツアーを作り上げていったそうだ。
通信トラブルも楽しんでもらえる工夫を

そしてオンラインイベントには避けられない通信トラブル。このトラブル対応が一番大変だったと、さきちゃんは言う。
さきちゃん 「回を重ねる度に反省を繰り返しながら、どうやったらお客様にトラブルを楽しんでもらえるだろうか?と考えながらご案内しています。いかにオンライン感を出さずに楽しいお言葉で返すのかという工夫は、こちらも楽しみながらやっていますね。販売開始直後は通信トラブルも多く、自分が消えてしまうこともあれば、現地のガイドが消えてしまうことも。ツアー中に自分が何度も何度も消えてしまった時は、本当に地獄のようでした・・・。でも当初から添乗員とドライバー二人体制でご案内していたので、何かあってもお互いにカバーできる体制だったのはよかったです。」
毎回反省と改善を繰り返して出来上がった商品だというが、実際のバスツアーでもガイドや添乗員は臨機応変に対応することが求められるはず。そういった経験や対応力が、オンラインバスツアーでもうまく応用されているのだろうと感じた。
「お客様をがっかりさせたくない」

取材中、最も印象的だったのはコトバス全体で共有する「お客様を想う気持ち」だった。お客様の中にはZoomの使い方に慣れていない方も多いことを想定し、不安な方には事前練習サポートも行っている。また”リアルさ”をより感じてもらえるよう、バス車内やバス外観のバーチャル背景も用意。
さらに旅行開始前には、「いいねボタンや拍手ボタンはここにあります」「反応は大きめにしてもらえるとわかりやすいです」など、オンラインコミュニケーションの難しさも配慮した上での事前説明も欠かさない。
さきちゃん 「もともと当社が運行していたバスツアーも『1(添乗員)対40(お客様全員)にならないようにしましょう。1to1でコミュニケーションを取りましょう』という考え方が基本。なので、そこはオンラインバスツアーでも自然と取り入れられました。」
そう語った上で、現在はオンラインバスツアーの特許も出願中だという。
さきちゃん 「地方のバス会社は、どこも今とても苦労しています。そのため私たちのような地方の会社が頑張っている姿が、『自分たちもできるかもしれない』とチャレンジするきっかけになればいいなと思っています。都会と比べて『何もできない』とか『お金がない』と躊躇する会社もあるかもしれませんが、実際今回のオンラインバスツアーはスマホとパソコンがあれば十分運営できます。だから誰でもやればできるし、それが地方の会社にもっと広く伝わるといいなと思っています。なので、実際にお声がけいただいたところには全面的に協力をしています。
ただ一方で、上辺だけをまねられて、質の悪いオンラインバスツアーが増えるのは嫌だなと思っています。そのため現在はビジネスモデルの特許を出願していますが、それは質が悪いものが増えることでお客様が『オンラインバスツアーってこんなものか』とがっかりされるのは私たちも辛いから。そうならないためにも特許を出願しています。」
「一度離れざるを得なかったお客様ともまたご一緒したい」

最後にこれからの展望を聞いてみた。
さきちゃん 「これまで当社は地元のお客様向けにバスツアーを運行していましたが、最近はオンラインバスツアーの影響もあり、四国にお住まいのお客様は全体の1割程度しかいません。今注目してくださっている全国各地のお客様はもちろん、前からひいきにしてくださっていたお客様ともどう繋がり続けるのかはこれからの課題です。」
一方で、期待している面もあるという。
さきちゃん 「当社はバスツアーを始めて、まだ8年なんです。バス会社の中ではバスツアー歴は短い方なのですが、それでも最初の頃に来てくださっていたお客様が、年齢や体調などの理由でツアーに参加できなくなることも増えていました。お客様も残念に思われているかもしれませんが、私たちにとってもずっとご一緒していたお客様にお会いできなくなるのはすごく寂しいんです。だけど今回のようなオンラインバスツアーなら、一度バスツアーから離れてしまった地元のお客様にも旅行気分を味わってもらえるのでは、と期待もしています。
そして今の情勢が落ち着いたら、このオンラインバスツアーが実際に現地へ来ていただくきっかけになればと思っています。今は直接会えないけど、オンライン上でのコミュニケーションが、将来の地域誘客、関係人口づくりの入口になると信じています。」
今回のオンラインバスツアーをただブームだけで終わらせず、よりお客様に旅行を楽しんでもらえるよう、地方からの挑戦は続く。