沖縄県中部の中城村で、毎月2回行われる「つちのやマルシェ」。会場となるのは建築設計事務所の一角。軒先には地元の農家から仕入れた無農薬野菜が並び、カフェのような空間で手作りの軽食やスイーツを振舞ってくれる。コミュニティナースやフラワーコーディネーター、大学教授、靴磨き職人…県内でも指折りの個性豊かな来場者が入れ替わりで訪れ、笑い声が絶えないこのマルシェの魅力と、そこに集まる人々、そしてそこから生まれるものとは。主催者の「神部聡建築設計事務所」、神部奈緒美さんにお話を聞いた。
マルシェを始めようと思ったきっかけ

もともと私は埼玉の建設会社に勤務しており、夫の設計した住宅の現場監督担当になったことがきっかけで出会い、その後、沖縄へ移住。2019年に現在の「神部聡建築設計事務所」を設立しました。
事務所を地域に開かれたスペースにしたいという思いから、今年の3月末にカフェ&シェアキッチンスペース「つちのや」としてオープンする予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大でなかなか厳しいタイミングに。事務所の外の広いウッドデッキと軒下空間を生かし、段階的に何かできないかと考えたのがきっかけでした。

三密回避や自粛が求められ、人と人との距離感や「場」のあり方が根底からひっくり返っている状況の中、救いだったのは昨年春から始めた畑でした。
もともと山に囲まれた田舎育ち。母が作る無農薬野菜を食べて育ったので、スーパーで買う野菜や、土に全く触れられない生活が物足りなくなり、畑の経験ゼロで腰痛持ちの夫を道連れに。元気に育つ野菜たちに囲まれながらの農作業はとてもすがすがしく、野菜の収穫の様子などをSNSでのほほんと発信していました。

飲食店の営業自粛でスーパーに人が殺到し、息を止めながら買い物をするような状況が続く中で、コミュニティナースの金城有紀さん、移動野菜販売をしている「はたけや」さんと、「スーパーが三密なら、ここの軒先で小さく野菜を売ろう!」という話が持ち上がり、コロナ禍真只中の4月下旬、「ちいさな八百屋さん」というコンセプトでマルシェを開催しました。
人とのつながりを感じつつ、少しでも安全な方法で野菜を手に入れてもらうには、こうした場所があっても良いんじゃないか。
その後マルシェは回数を重ねる中でいろんな方々が関わって下さり、新たな展開を見せることとなりました。

「つちのや」に込められた想いと、空間への落とし込み

子供の頃から土でお団子を作ったり、土にまみれて遊ぶのが大好きでした。大人になった今も、土の中のことを想像するとわくわくします。昨年畑を始めて改めて感じたのは、土の中の世界と人間社会はよく似ているなということ。
土の中の多種多様な微生物たちは、互いに助け合ったり競争したりしながら土のバランスを保ち、日々植物の命を育んでいます。同じ野菜ばかりを植えたり、農薬や化学肥料を大量に使い続けると、多様性やバランスが崩れ、植物は病気になりやすくなります。
微生物本来の力に委ね多様性を保つことは、良い野菜を作る上でとても大切なことなんですね。人間社会も、多様性を許容できなくなってくると窮屈で楽しくないし、そこから新しい発想はなかなか生まれにくいのかなと思います。

人も自然の一部としてシンプルに考えてみると、はっとさせられることがよくあります。「つちのや」は、土の中の微生物たちのように多様な人々が自発的に関わりつながる中で、新しいものを生み出し、それが一過性のものではなく地層のようにじっくり堆積していく場にしたい。そして、完璧でスキのない空間やサービスを提供するのではなく、あえて「間」や余白を作って、集まる方々が思わず手を出したくなるような余地を残すことを意識しています。
「つちのや」の目的は畑と自(地)産地消、料理・お菓子づくり、ハンドメイド、そして建築など、私達の日々の暮らしや好きなことをこの場所で不完全でも人目にさらし、そしてその延長線上で興味を持って関わってくれた方々が、自分だったらこの場所をどう使おうかとか、あるいは持ち帰って自分も何か始めようとか、地域に根差して自ら関わる楽しさを共有することでありたいと思っています。
それらのコンセプトは事務所の内装デザインにも反映させています。
キッチンを囲う腰壁は、琉球石灰岩を「版築」という昔ながらの工法を使って、左官職人さんや友人たちと、地層のように一段一段突き固めて仕上げていきました。

また、ディスプレイ用の左官壁には沖縄でしか取れない「クチャ」という土を使いました。そして設計事務所とお店はスチールのシェルフで緩やかに隔てているだけ。そのシェルフの棚にはなぜかミシンがでんと鎮座し、収まりきらない建築模型の道具や材料がお店の方にはみ出しています(笑)
空間もサービスも、カフェや飲食店としては不完全ですが、ここはいったいどういう場なんだ?!と、来た人の想像力を掻き立てる場所になればと思っています。
建築士がカフェをやるということ
設計をしながらなぜ料理も出すのかと聞かれることも多いのですが、よく言われるように、建築と料理のプロセスはとてもよく似てるんです。
建物が建つ敷地は、料理でいえば盛り付ける器でしょうか。建築は、敷地という限られたスペースの中で周辺環境との調和を考えながら、住む人の生活を思い浮かべながら必要な部屋を決め、材料や工法を選び、デザインや予算を考えて家を作ります。
料理も器の中でどう食材を表現するか、食べる人や季節、栄養バランスを考えながら、最適な材料や調味料、調理法を選び、メニューを決めて作っていきますよね。もちろん盛り付けの美しさやコストも大事。だから料理やお菓子づくりをするときはいつも、建物を建てる感覚で楽しみながらやってます。

あと、好きなものを自分で一から作ってみたくなるのは両親の影響かもしれません。
母は、料理やお菓子・パン、編み物や洋裁、ガーデニング、野菜づくりに至るまで、いったん始めたら自分が満足するまで突き詰める人でした。特に自家製の梅干しは近所の方々に美味しいと好評でした。
マルシェでも野菜の販売と合わせて料理やケーキの提供を始めたのですが、飲食店の実務経験が全くないので、仕入れから仕込み、盛り付けや包装、配膳、会計までの一連の作業を一人でこなす大変さを身に染みて感じています。
あと、来てくれた方との楽しい会話を大切にしているので、それを作業とどう両立するかはこれからの課題ですね。それでも、畑で採れた野菜を届けてくれたり、ケーキの画像をSNSでシェアしてくれたり、「食はひとをつなげる」ということを改めて実感しています。
「集まる人」が「一緒に作っていく人」になり、さらに「人をつなぐ人」になる
「つちのやマルシェ」を支えてくれる人たちも、毎回来てくれる常連さんも個性派揃い。
■金城有紀さん(コミュニティナース)

■金城慶寿さん・大嵩巧さん(移動野菜販売 はたけや)

■與那嶺綾子さん(フラワーコーディネーター、ツアーナース)

■宮城能彦さん(大学教授)

■自然農法塾「モリモリファーム」主催の崎原盛正さんと塾生さん達

この場所で、これから出会う人たちへ
マルシェを始めた当初は、誰も来ない場合の寂しさと、屋外とはいえ集まった時の感染の心配というジレンマの中で、どちらにおいても不安な部分はありました。
それでもどうにか月2回の開催を続け、7回目の開催を終えた今は、この場所をきっかけに来てくれた方同士交流が始まったり、この場所の使い方を提案してもらったり、マルシェを始めてよかったと改めて感じています。そういう意味で、マルシェ自体はきっかけであり、集まり自らつくる多様な人々によって他のどこにもないここだけの場所になっていくための通過点と思っています。そしてその小さなうねりが地域のあちこちに生まれ、互いにつながって、面白いまちをつくって行けたらと思ってます。

プロフィール
神部聡(かんべ さとし)
埼玉県生まれ。都会と田舎のあいだ育ち。大学卒業後、設計事務所にて主にマンションや福祉施設の設計に7年間携わる。次第に人々の暮らしに近いところで設計をしたいと思い始め、大学時代の友人が勤める建設会社の設計部立ち上げを機に沖縄へ移住。その後、株式会社kapok設立を経て、2019年5月、神部聡建築設計事務所を開設。最近は図面に加えコーヒー豆を挽き始めたカレー好き。
神部奈緒美(かんべ なおみ)
大阪府生まれ、埼玉県の山育ち。マスコミ業界に憧れ、大学卒業後都内の出版社に入社するも一年で退職。ものづくりの現場で生きようと、一転建築の道へ。建設会社に入社後14年間、住宅や福祉施設、動物病院などの新築、古民家リノベーションなど、設計デザインから現場監督までトータル的に建築に携わる。2016年沖縄に移住し、2019年春、夫と設計事務所を開設。設計業務の傍ら、週2日は畑で土いじりと野菜作り。愛猫「にはち」のごはん係兼しもべ。