トカラ列島の民宿掃除でみえた”島暮らしの哲学”

トカラ列島の民宿掃除でみえた”島暮らしの哲学”

片付けの基本は「捨てること」。これまで、そう信じて疑わなかった。まずものを減らす、掃除はそこから始まると。しかし、それがどんなに視野の狭い考え方だったか……。この島には、捨てない哲学があった。島の人は、困った状況に都度対応しながら独自の哲学を築き上げながら生きている。それは「文字」ではなく、「語り」の世界である。頭でっかちの現代人の思考を恥ずかしく思った。天候ひとつでライフラインが絶たれてしまう環境の下、確実に生き抜いてきた人間が発する生の言葉は、どんなメディアを通して触れる言葉よりも重いものだった。なぜ、この島ではものを”捨てない”のだろうか?

黒潮の海に浮かぶ平らな島


平島は、鹿児島本土と奄美大島の間に位置するトカラ列島のひとつ。人口は約60人ほど、コンビニも食堂もない小さな島である。しかし、釣り人やバードウォッチャーには非常に人気のある場所で、さらに古い民俗文化が残り地質も変化に富んでいるため、全国から学者も多く訪れている。加えて、インフラ工事に入る人も多いので、このはるか遠い小さな島は想像以上ににぎやかである。
地図を見ると分かるが、トカラ列島は東アジア文化とヤマト文化、琉球文化が入り混じった地域である。口之島、中之島、諏訪之瀬島、平島、悪石島、小宝島、宝島の7島は、その位置と海流の影響により、各島独自の文化が根付いている。地質も異なり、平島は粘土質なので水が豊富。そのため古くから人が生活しており、棚田の跡が残っている。ほかにも藺草の一種、七島藺が自生するなど、非常にユニークな島なのである。


お掃除力が買われて出稼ぎに


廊下には魚拓がずらり。到着したお客さんは真っ先に自分の魚拓を紹介してくれた
廊下には魚拓がずらり。到着したお客さんは真っ先に自分の魚拓を紹介してくれた


すべては、トカラ列島を研究している知人と一緒に訪れたのがきっかけだった。知人の旧友である民宿のご主人のご好意により、無料で泊めていただいたうえ豪華な料理までご馳走になった。申し訳ないのでお礼に掃除をして帰ったところ、「手伝いに来てくれないか」と声がかかったのである。幸いフリーランスで自由が利いたので、必要としてくれるならばと2週間ほど働かせてもらうことにした。おもな仕事は掃除洗濯、調理補助と配膳である。


民宿は、本当に大変な仕事だった。ご主人は、釣り客を一度船に乗せたら絶対に手ぶらでは帰らせない。もちろん、魚を捌くのも仕事だ。料理に関しては、過去に関東の一流レストランでシェフをしていたほどの腕前である。何より感動したのは、長期滞在のお客さんのために毎日メニューを変えること。島にはコンビニも食堂もないので、3食を民宿で世話しなければならない。特に仕事で来ている人にはせめて食事だけでも楽しんでほしいと、魚が多くなりがちのメニューに、肉や麺類などを取り寄せ、飽きないように工夫している。接客、調理、掃除洗濯、アクティビティ、これら全てを器用にこなす。しかも、お店ひとつない離島で。民宿仕事たるものがこれほど多様性に富み、段取りが必要なものだとは思いもしなかった。



「"捨てる"のが掃除の鉄則」は本当か?

ネジを作ることはできるか?


バードウォッチングで訪れた、鳥好きの歯医者さんの手作り
バードウォッチングで訪れた、鳥好きの歯医者さんの手作り

特に私に求められたのは、掃除だった。時期は年末。日頃の忙しさで、ここ数年ろくに大掃除ができていないという。「まずは捨てよう」。私の目にゴミと映ったものは片っ端から捨てようとした。例えば、欠けてしまった100均のコップ、お弁当を包んでいた透明フィルム、小指の爪ほどのネジ。ものを減らせば次の片付けが楽になり、無駄な時間を省ける。
ところが、ご主人に引き止められてしまった。島は、まるで状況が違うというのだ。お隣の家のチャンネルが壊れて、たったひとつの小さなネジが役に立ったことがある。洗面所にカーテンを取り付けたい時に、透明フィルムが代わりになった。
「これを捨てるのは簡単だけどね、じゃあこれを作れって言っても、そう簡単にはできないよ」。


もうひとつ、捨てられないものがあった。それは、お客さんからいただいたもの。一度会ったきりのお客さんでも、いつまた来てくれるか分からない。処分してしまえば、その時にきっと寂しい思いをさせる。ご主人がもっとも大事にしてきたのは、人との繋がりである。困難な時に、県外からお客さんが助けに来てくれたことがあった。常連のお客さんからは、日常的に美味しいものが届く。「人の繋がりを甘く見ちゃいけない」。私こそ、その「ご縁」で平島に引き寄せられたのだから。


自然にも人にも「ドライ」ではなく「フェア」


海岸線は、海水に強い美しい苔で覆われていた
海岸線は、海水に強い美しい苔で覆われていた

島のライフラインは船便である。週に1回、鹿児島本土と奄美大島の間を船が往復している。つまり、島を通過する2回の船便に全てがかかっているのである。実は、私が滞在した時は海が時化て、2週間の間一度も船が入らなかった。滅多にないことだが、住民にとっては死活問題である。幸い、民宿に食料の備蓄があったので、皆で助け合いながら危機を乗り越えた。覚悟ができているとはいえ、災害で物資が運ばれなくなった被災地のような状況が、日常的にあるのが島での暮らしなのである。彼らは常に危機と隣り合わせに生きている。


彼らの自然や人に対する姿は勇ましく、憧れとは程遠いものである。例えばこんな話があった。「バードウォッチングの連中はね、鳥を見つけると皆、狂ったように部屋を飛び出して、カメラを向けるんだよ。一体何がいいのかね? われわれ漁師は(鰹の群れに集まる)カツオドリには興味あるけども(笑)」。
これはドライというより、恵みと危険の両方をもたらす自然と対等に生きる人間の、フェアな態度なのだと感じた。
人に対しても同じだ。ある晩、つかみあいの喧嘩になったとしても、翌日には「おはよう」と挨拶を交わし、何かあれば助け合う関係でなければ、小さな島では生きてはいけないという。外の人にとってはありがたく感じる古い民俗文化も、島の人が本当に必要としているかどうかが重要だ。
「神様は人がいるから存在する。人がいなくなれば神様も存在しない。文化とは生活そのもの」。
研究者や専門家さえ知り得ない真実を知るのは、彼ら住民だけではないだろうか。



ものと向き合う、心と向き合う

人間らしさを感じる土地を求めて


「フェリーとしま」で平島を後にする
「フェリーとしま」で平島を後にする

ご主人は、亡くなった大事な人の歯ブラシを捨てるかどうか悩んでいた。気持ちの整理をつけたいと思っていた。どんな豪華な暮らしをしようと、特別な体験をしようと、人は人以上の何者にもなれないし、悲しみは消えない。都会での暮らしの中でうやむやにしてしまいそうな感情も、ここでは裸の状態で迫ってくる。平島は、人間に、人間らしさを取り戻させてくれる場所なのである。


彼は今、この島が無人島にならないようにと一生懸命である。過去に無人島になった島を側で見てきた。失礼を承知で「島に人がいなくなると、悲しむのは誰ですか」と聞いてみた。すると「残された家族。他は痛手はない」とはっきり答えた。この言葉の奥に、いくつの物語が隠れてあることだろう。「語り」に学んだ2週間の滞在を終えた。船の別れは寂しかった。島がずっと見えるからである。平島では、今でも変わらない暮らしが続いている。



 

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