移住や観光の枠にとらわれず、自分らしい地域との関わり方を考える講座、「しまコトアカデミー」。2012年から始まった本講座には、これまで200名近くの方々が参加しました。講座修了生の中には、実際に島根に移住する人や、移住には至らなくても定期的に通うようになったり、暮らしの中に島根の要素を取り入れたりするなど、生活がより豊かになるきっかけを得た方が多くいるようです。2020年はその9年目を迎え、「しまコトDIGITAL」として全面オンラインで実施されました。デジタルになったことによって、しまコトにどんな変化があったのでしょうか?
デジタルで広がる、島根の輪
これまでの「しまコト」は、東京・関西・広島・島根と、地域ごとに開催。今年も各地域に分かれて受講生のグループをつくるスタイルは変わらないものの、オンラインの特性を生かして全ての講座を同時開催しました。講座初日の8月2日、zoomに集まったのは約50名の受講生。「これからどんな講座が始まるんだろう!」という期待と、「オンラインで初めての人と関係性をつくれるかな……?」というドキドキ感が入り混じった表情が画面越しに見えるなかでスタートしました。
今回デジタルになって大きく変わったのは、まず居住地に関係なく全国どこからでも受講が可能になったこと、そして地域ごとの講座の垣根を越えて交流ができるようになったことです。これまで講座会場に通うことや、島根での現地実習に参加することが難しかった方も、デジタルであればその壁が取り除かれます。さらには、都市と地域との間だけでなく、ほかの地域と島根、島根県内でも出雲市と離島である隠岐地域との間など、「ローカルtoローカル」の交流が生まれる可能性も見えてきました。
島根を知る講義やワークで、地域と自分自身を深掘り
講座は2020年8月から11月に渡り、全7回の実施。一回の講座は、「レクチャーパート」「整理パート」「コネクトパート」の3つのセッションから構成されています。まずレクチャーパートでは、島根で活躍するまちづくりのキーパーソンからお話を聞きます。そこで受講生が感じたことや得た気づきを地域別講座の仲間と共有・言語化し、それらをどう「自分ゴト化」するかを落とし込んでいくのが整理パート。そして最後のコネクトパートでは、受講生とゲストの方々がよりカジュアルに、そして深く関われる場として交流を深めます。この一連の流れを繰り返しながら、島根という地域やそこに関わる人々、そして自身への理解を深掘りし、最終的には一人一人が「島根との関わり方プラン」を作成します。
ソトコト編集部が密着した東京講座では、首都圏にお住まいの方を中心として、島根出身の方、旅行で島根に行ったことのある方、まだ行ったことはないけれどこれを機に島根を知りたいという方が集まってくれました。それぞれの立場も、お子さんのいるお父さんや大企業でバリバリ働いている女性、就職活動真っ最中の大学院生など実にさまざま。エンターテイメント、旅行の企画、農業、福祉分野など、受講生それぞれに得意分野があり、それをどうやって島根との関わり方に活かせるかを真剣に考えていました。
やっぱり「しまコト」、それぞれの個性が咲き誇ったプラン発表
11月7日に迎えた最終発表会。東京講座、関西講座、広島講座、島根講座の受講生が一人ずつプランを発表していきました。旅行業界の経験を生かして「オリジナル島根ツアー」に連れて行ってくれたり、「オンラインコンサート」を開いてくれたり、島根や講座で出会った人々への思いを伝えてくれたりなど、個性あふれるプレゼンの数々に大いに盛り上がりました。
最後にはそれぞれの発表に対し、約4ヶ月間寄り添った講師やメンター、ほかの受講生から温かいコメントが添えられ、後日「デジタル色紙」としてプレゼントされました。
ここで、発表を終えた受講生から感想を聞いてみましょう!
東京講座:長田晃子さん
コロナ禍をきっかけに、これまで働いてきた旅行業界に変革が求められるようになりました。そのヒントとして「関係人口×デジタル」があるのではないかと思い、受講を決めました。プランについては最初、全くイメージがつかず、島根県側のニーズにあったものを提案しなければと思っていました。しかし、事務局の方やメンターの方とお話をする中で、「自身の好きなコト」にフォーカスしようと思えるようになりました。「好きなコトを発信し、好きなコトをやる」が人生を楽しくするエッセンスなのだと気づきました。
しまコトを通じて、島根は沢山の魅力があると知ることができました。それは、単なる観光地だけではなく「会いにいきたくなるひと」も含まれます。その魅力を気軽に共感・体感してもらえるようなオンラインとオフラインのハイブリッド型ツアーをこのしまコトで出会った人たちと一緒に楽しく実施したいです。
関西講座:鈴木利弘さん
しまコトは以前から知っていたのですが、名古屋に住んでいるため参加を見送っていました。今回オンラインでの開催と知り、「今しかない!」と思って参加しました。関わり方プランは、自分ができること、したいことから考えながらイメージを掴んでいきました。最終的には、「三方幸の関係性をあつらえる」というプランになりました。島根に行きたい人と、彼らを現地で受け入れる人、そして自分の三者が、お互いに「参加してよかった」と思う関係性をつくれるようなオーダーメイドのツアーをしたいと思っています。
気になるけど遠い存在だった島根ですが、講座でいろんな人と出会えたことで心の距離は近づいた気がします。心の距離が縮まったからこそ、リアルに会えていないこともあり、今は余計に会いたい気持ちが高まっていて、“沸騰寸前のお鍋” のような状態です。講座が終わってからも、週一回ペースでzoomミーティングを通して同じ受講生とゆるくつながっていて、それをきっかけに今後島根でより面白いつながりがつくれるのではないかと楽しみにしています。
広島講座:菖蒲田優麻さん
島根出身の父に勧められ、受講を決めました。転勤族の家庭に育った私にとって、帰ることのできる「ふるさと」といえば、祖母が住む島根でした。その祖母を亡くしたことで島根とのつながりがなくなってしまう気がして、島根との関わり方を改めて考えたいと思っていました。講座では、島根からの講師やゲストが、地域や暮らしについて “自分ゴト” として話している姿が印象的で、初めて知る島根がたくさんありました。
関わり方プランは、家族のルーツがある島根を見つめ直したかったので、「島根と私と家族」という軸をブラさずに考えました。今後は、島根の風景を見ながら家族や親戚の物語を聞き、私自身が語り部になることで、島根の文化を残していきたいです。今回しまコトで出会った仲間や、さらに期の垣根を超えた仲間との交流も通して、島根との新たな物語も紡いでいきたいと思っています。
島根講座:高橋泰臣さん
私は松江市の出身で、学生の頃から東京に住んでいました。その後島根に戻り、県内で何度か転勤をしたのち、現在は隠岐の島で暮らしています。他地域との関係性はもちろんですが、島根県内の横のつながりも考えたいと思い、受講を決めました。これまで仕事を通して、県内のさまざまな地域とつながりができて今でも交流が続いているのですが、今回しまコトで知り合った方々とも関係性を築けたことがうれしかったです。実際に彼らに会いに奥出雲町や松江市へ行ってオペラコンサートを開催するなどもしました。
そうしたことを経て、自身の役割は島根全体をフィールドに、コンサートをして周りながら地域をつなぐことなんだと思えるようになりました。最終プランでもある、2021年9月4日に開催予定の「ダイエット成功コンサート」を目指して、手の届く範囲で活動を続けていきたいです。
最後に、講座の運営に関わってきた方々からもお話を伺います!
メイン講師『ソトコト』編集長:指出一正
人がデジタルでコミュニケーションをする形は、僕たちがかつて文通でやっていたこととすごく近いです。文通は肉筆で書いていたので、相手の筆跡から人を感じ取って、「この人はどんなことを考えていたんだろう」のように思いを馳せながらやり取りをしていました。手法は変わっても、平面上のやり取りという意味ではこのデジタル講座も文通に似ています。画面上では動いているけれど立体感がない中で、「元気かな」とか「今日はどんな一日を過ごしたのかな」と感じ取れるくらいの情報が入ってくる。受講生のみなさんは、この文通感覚で「人とまだ出会っていないけれど出会っている」という不思議な感覚を、しまコトDIGITALで楽しんでくれたのではとうれしく思っています。
今年のデジタル講座を含め、これまでの受講生がしまコトを受けてくれるのは、偶然というよりはそれぞれに何か理由があるからなんだろうなと感じています。人はその時々にある何か「磁場」のようなものに影響を受けて集まります。このタイミングで、「オンラインだから受講できた」というポジティブな受け止め方で受講生が集まり、島根に出会えたのは大きなことだと思います。
東京講座メンター:三浦大紀さん
しまコトのオンライン開催が決まったのは、「コロナ禍だからつながりづくりはできない」という考え方が広がっているときだったので、「コロナ禍の変化の中だからできるつながりづくりを考えよう」という発想でチャレンジするのはとてもいい方向だと感じました。きめ細かい設計とトライアルを踏まえてスタートしたデジタル講座でしたが、最初は事務局と何度も意見交換しました。そうやっていくうちに後半は一気にドライブがかかって、終わってみればいつものしまコトだったというのが実感です。
関係人口ということでいえば、ローカルの側からみると、デジタルでは物理的な意味も含め、「一緒にやれること」も「地域側でしかできないこと」も、両方明確になる。それは、「地域側でしかできないことに、自分たちはどう向き合うか」という気づきにつながります。これはとても大事なことで、「関係性は相互の努力によってつくられる」という本質的な意味を認識できる機会になったと思います。
ディレクター『シーズ総合政策研究所』:奥崎有汰さん
過去8年間のしまコトで、講座の雰囲気やスタイルが確立されている中で、それをいかにデジタルで受け継ぎ表現するかが、最初はとても難しかったです。場の雰囲気だけで「しまコトスタイル」が確立されるリアル講座に対し、しまコトDIGITALでは多様な表現のアプローチによるコミュニケーションが大切になることを意識して講座を設計しました。具体的には、広報展開や資料のビジュアルクオリティを上げることやオンラインホワイトボード「miro」を使うことで、受講生が楽しめる雰囲気をつくっていきました。また、五感を使ってデジタル講座を楽しんでもらい、一体感をつくりたいという狙いから「しまコト道具箱」などのアイデアも生まれました。
講座を通して常に大事にしていたのは、受講生の視点でした。そこから気づいたのは、ツールや手法の使い勝手だけではなく、デジタルだからこそコミュニケーションの安心感、楽しさを実感してもらうことが大事だということです。同じ時間、同じ体験を積み重ねていくことで、コミュニティへの信頼や安心が深まり、最後には仲間との一体感やつながっていることへの喜び・安心を実感できる場になりました。
主催『ふるさと島根定住財団』:小笠原啓太さん
しまコトDIGITALを実施するにあたり、大事にしてきたことは「挑戦を諦めない・挑戦することを楽しむ」です。これまでの受講生が大切にしてきた「しまコト時間」をデジタルでどう実現させるか、時に悩みながら考え続けてきました。結果的には、単なるデジタルへの置き換えを超えて、しまコトの持つ価値をアップデートできたと感じています。最終発表会で見た受講生お一人お一人の変化が表すとおり、コロナ禍に記されたよい講座になったと思います。それは、受講生同士が思いを寄せ合ってくれたことはもちろん、これまでの修了生が島根やしまコトに対して紡いできた思いを、受講生が受け取ってくれるような積み重ねがあったからこそ実現できたのだと思います。
デジタルでも変わらないもの
「みんなで一つのゴールを目指しません。それが、しまコトのゴールです」
講座の初めに共有されたこの一言に、「しまコトらしさ」が詰まっていました。それぞれの受講生が、その時の立場や状況を踏まえて、自分ならではの島根との関わり方を考えていく。それぞれのプランに、その人しかできないことや思いが込められていて、それを歴代の受講生を含めた「しまコトコミュニティ」全体で受け止める。それがしまコトらしさであり、デジタルでも変わらない価値ではないでしょうか。