「くじらキャピタル 代表の竹内が日本全国の事業者を訪ね、地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。」
くじらキャピタルの竹内です。
新連載「デジタル地方創世記 くじラボ!」では、わたくし、くじらキャピタル代表の竹内が地方創生や企業活動の最前線で奮闘されている方々の姿、再成長に向けた勇気ある挑戦、デジタル活用の実態などに迫ります。
くじらキャピタルは、デジタルの力で中小企業の業務を変革し、永続的な成長実現をお手伝いするファンドを運営しております。唯一無二の技術、長い歴史をかけて挑むモノづくりなど、並々ならぬ企業努力を重ねた一方、成長や事業承継に課題を抱え、厳しい現実に直面する地方中小企業からの相談も多く、その苦労や課題は人や想いだけで簡単に解決できるものではありません。
我々は、このような課題に「デジタル×資本」という切り口で支援を行い、社員や地域に犠牲を強いることなく継続的に事業を営み、さらにはより良い方向に成長できるよう、お手伝いしています。
ある日、ソトコトの指出編集長に我々のお話をしたところ、
「全国に同じ悩みを抱えている企業が沢山います。それらを掘り下げて、共有していきませんか?」
と仰っていただきました。実際に全国各地に足を運び、その課題に向き合い、私なりの目線で可視化することは、より良いムーブメントを起こすきっかけになるのではと感じ、この連載をスタートすることとなりました。
記念すべき第1回は、三重県尾鷲市と熊野市で定置網漁業における厳しい課題の声に、わたくし竹内が定置網漁業を体験しながら、現地の人々の声に迫ります。まずお話を伺ったのは、株式会社ゲイト 五月女(そうとめ)圭一社長。五月女さんは、都内で「くろきん」「かざくら」など9店舗の居酒屋を営む中で、日本の漁業の危機的な実態を知り、法人としての漁業参入を決断したとのこと。どのような課題や苦労があるのでしょうか。
今回お話を伺った、ゲイトの五月女社長と安福(やすふく)可奈子さん。
「養殖」は「天然」よりも環境負荷が高い!
竹内 (須賀利で取れた魚を頂きながら)このお魚、本当に美味しいですね!特に、スナック感覚で食べられるネンブツダイのパクパク揚げが絶品です。都内で居酒屋チェーンを展開されているゲイト様が、三重県尾鷲市の須賀利(すがり)町で漁業を始められてから1年以上が過ぎました。
五月女 尾鷲では大きめの定置網漁を行っています。また尾鷲の南にある熊野市の二木島(にぎしま)でも、尾鷲の少し後に漁協の組合員となり、小さめの定置網漁を行っています。熊野のメンバーは、全員熊野出身の女性です。地元出身でない株式会社が、地域をまたいで複数の漁協で定置網漁をやるのは、全国初のケースだと思います。
竹内 よくマグロやウナギなどを語る文脈で、乱獲による天然水産資源の減少が強調されます。その点、養殖の方が持続可能性が高いように思うのですが、それはどうなのでしょう?
五月女 それは事実ではありません。養殖の方が、実は環境負荷が高いのです。
竹内 え、そうなんですか?
五月女 養殖の方が持続可能性が高いという人は、養殖に不可欠な「エサ」の問題を見落としています。
たとえば、1キロのマグロの肉を得るためには、14キロのエサが必要になると言われています。畜産業でも、牛肉1キロの生産には約12キロの飼料が必要と言いますよね。あれと同じことが養殖漁業にもある訳です。
しかも今は、天然のブリを取っても、足が早かったり形が悪いため流通に乗らないと、魚粉にされる。それが養殖物のブリの餌になるというブラックジョークのような状況すらあるのです。
14キロの魚粉を作るためにサバやイワシなどの小型魚が乱獲されることで、食物連鎖のプラミッドの土台が崩れ、生態系の上位にいる魚も減ります。養殖のために自然の生態系が壊れてしまう訳です。
さらには、天然の魚粉だけでは賄えないので、チキンミールなどを混ぜた配合飼料を使っている養殖業者も増えてきました。自然界では絶対にありえないエサを与えることによる影響は、誰にも分かりません。
竹内 それは全く知りませんでした・・・。
五月女 さらにエサやりに伴う周辺海域の汚染もあります。であれば無理に養殖をするのではなく、資源量を適切に管理しながら、天然の魚を獲り続ける方がいい。海は、水産資源の「畑」です。しかも、日本の排他的経済水域は世界6位の広さなのですから。
竹内 先日別件で訪問した島根県の浜田市では、漁獲量の減少が深刻で廃業する漁業者が増えているという話を聞きました。底引き網による乱獲の影響があるのかもしれません。
五月女 海は水産資源の「畑」なので、獲りすぎなければ回復してまた収穫できます。問題は、どこまで獲ると獲りすぎなのか、そのための基礎データがないことです。
安福 漁獲高については、水揚げ時に漁港台帳に記録されますが、紙ベースなので港をまたいで共有することが難しいですね。過去の操業の記録からは漁獲高が減っていることは分かりますが、今どれだけの魚が海にいるのか、どれだけ獲るとダメになるのかのデータはないのです。
竹内 漁港台帳は、クラウド化できたら面白そうですね。
今回のKDDI総合研究所様との取り組みである「スマートブイ」構想は、どのようにスタートしたのでしょうか?
海のバランスシートを作りたい
KDDI総合研究所のプレスリリース:「スマート漁業の実現に向けた三重県での実証実験について」
五月女 この取り組みについては、1年以上前から打診を受けていましたが、実現までに時間をかけました。技術的な問題ではなく、地域と一緒に取り組めたらと考えたからです。
竹内 自身が漁業権を持つ漁場についても、承認が必要なのですか?
五月女 日本の法律上、海は国有財産ですが、海岸や漁港の管理は県が請け負い、さらに「漁場」の管理は漁協が請け負う形になっています。「漁場」管理の観点から、新しい取り組みには県の水産課や漁協の承認は必要です。
竹内 浮遊物を漁場に設置することについて、何か問題はあったのでしょうか?またスマートブイの狙いは何ですか?
五月女 許可や申請に問題はありません。スマートブイの狙いは、最終的には、海のバランスシート(BS)を作るためです。
竹内 バランスシート!面白い考えですね。漁業は損益計算書(PL)思考、それも単年度のPL思考に陥っている?
五月女 持続可能な漁業のためには、漁場にどれくらいの魚がいて、どれくらい獲っても大丈夫なのかバランスシートを作らなければいけないと考えています。そのための基礎データを取るために、スマートブイが必要だという考えです。
以前「漁師さんの勘や経験を数値化する」という形で記事化いただいたこともありますが、実はそれは本質ではありません。そんなことをするのであれば、スマートブイにする必要はなくて、漁船にGPSを付けて位置情報や操業データを取ったり、漁師さんにカメラやセンサーを付けて動きをキャプチャすればいいわけです。
今回、スマートブイという形にしたのは、そうではなくて、海そのもののデータが取りたいからです。
竹内 一方で、海水温や海流くらいのセンサーデータでどこまで分かるのだろう、という素朴な疑問もありますね。
五月女 確かに、そのデータであれば過去にもやっているよと言われたこともあります。ただ、今の状態はゴールでもなんでもなくて、実証実験の一番最初の段階なんです。
センサーデータに加え、水中カメラを増やしたり、簡易的な魚群探知機も近いうちに実装しようとしています。それでも、既存技術の組み合わせで、1基10数万円でできると見込んでいます。
コストを抑えることで、より広い海域や異なる水深に多くのブイを設置し、継続的に水産資源のモニタリングをしたい。
そうなると、どういう条件のどの海域に、この季節・この時間はこんな魚がいるということがようやく分かるようになってきます。このデータこそが、海のバランスシート作成の基礎資料になると考えています。
安福 私達の定置網では、通信機能を持つカメラブイからの映像を陸地からリアルタイムで、しかもスマホで見ることができるようになっています。
カメラブイを増やせれば、今日はそもそも魚が定置網に入っているのか、どの魚がどれくらい入っているのかが出港前に分かるようになるので、空振りが減ります。かつ、今は、夜明け前に出港して網を上げていますが、もしカメラがあって魚の入り方を常時確認できるようになれば、本当にその時間が1日のうちで一番網上げに適した時間なのか、本当はもっと魚が多い時間があるのではないか、ということも分かると思います。
竹内 もし、ブイや漁船上のカメラからインスタライブやIGTVなどを使って「今、定置網の中で泳いでいる魚です!」と動画配信して、それを見たお客さんが「あ、今日はこのアジが食べたい!」とその場で買ってくれて、漁獲後に本当に御社の居酒屋で食べられるようになれば、すごいことになりますね?
安福 その仕組みが実現できれば、獲る前から魚の行き先が決まることになるので、流通経路が最初から最後までつながることになります。
獲った魚の8割は人が食べていない
五月女 現状は、漁場で収穫した魚の2割しか流通に乗らないといわれています。残りの8割は、「雑魚(ざつぎょ)」として1ヤマいくらでその場で売られるか、そもそも値段がつかずに捨てられます。
魚が流通に乗らないのは、鮮度が落ちやすく小売店に届けるのが難しい魚が多いのと、どんなに美味しくても形や見た目がよい知名度の高い魚でないと消費者が買わない、という問題があるためです。
安福 それでも、やはり漁となると血が騒ぐので(笑)。地元漁師さんも空振りになるかもしれないと思っても海に出ますし、漁でたくさん獲れたらうれしいものです。たとえ2割しか流通に乗らない可能性があっても、毎朝、漁に出ています。
また、「今日は珍しく10万円になった、よかった」というように、水揚げして今日はいくらになったということに注目しがちですが、自分の獲った魚がどのように流通し、どのように食べられているのか、実はあまり知られていません。
竹内 なるほど・・・。だいぶ日本の漁業の問題点が具体的に見えてきました。
第2回に続く。
【竹内の目線】
今回お話を伺うと同時に、定置網漁船にも同乗させていただき漁業を体験させていただきました。尾鷲市の須賀利(すがり)漁港に到着後、早速ライフジャケットとヘルメットを着用し、定置網漁に同行させていただきました。今回乗船した漁船は、ゲイトが自ら保有する「八咫丸(やたまる)」。漁船を持っている居酒屋は、異色です。
午前5時、出港。古来より風待ち港としての歴史を持つ尾鷲・須賀利は、霧が出やすいものの、波は非常に穏やかです。ゲイト社の安福さんがガイドしてくれました。
午前5時30分頃、 定置網を仕掛けている漁場に到着。ゲイトは、2017年に三重外湾漁協に加入し、こちらの海域での漁業権を取得し、2018年から操業しています。
クレーン、キャブスタン、ストッパーを使って定置網を巻き上げるので、通常であれば8人程度の人員を要するところ、3人で操業できる、とのこと。
今日の水揚げは、猛烈な生命力を持つソウダガツオでした。須賀利は魚の品種が多く、普段は多品種の魚が取れるそうです。
残念ながらソウダガツオは市場では二束三文の値しかつかず、魚粉にして養殖魚の餌にするか、自家消費するしかないとのこと。今回は、数匹分けていただき、帰港後すぐに刺身(右側中段)と塩焼き(右下)で実食。これほど美味しい魚が市場に流通しない矛盾に心が痛みました。