「ライク・ア・バードokitama」第1弾 写真家の中川正子さんと訪ねる、雪解けを待つ白鷹町

「ライク・ア・バードokitama」第1弾 写真家の中川正子さんと訪ねる、雪解けを待つ白鷹町

「ライク・ア・バードokitama」旅のその先へ。


イザベラ・バードのように、軽やかな一羽の鳥のように。自分らしい価値観に出会う映像の旅。


 19世紀末、明治初期の日本にひとりの英国人女性探検家が訪れました。 彼女の名前はイザベラ・バード。海外旅行が一般的ではなく、女性の自由が今より遥かに制限された時代にもかかわらず、軽やかにしなやかに世界中を飛び回った女性でした。 その道中を記録した『日本奥地紀行』の中で「東洋のアルカディア(理想郷)」と称賛された山形県・置賜地方を舞台に、「現代のイザベラ・バード」と呼びたくなるような、新しいライフスタイルをあゆむ女性たちが旅します。


やまがたアルカディア観光局presents ライク・ア・バードokitama


バードが訪れるはるか昔からの伝統が生活の中に息づく白鷹町


日本百名山に数えられる朝日山系を中心とした山々に囲まれ、山形県の無形文化財に指定されている深山和紙や白鷹といった伝統工芸が脈々と継承される白鷹町。


なにげない日常を独自の感性で切り取る写真家・中川正子さんが、生活の中に伝統が息づく白鷹町を訪れます。
岡山に拠点を移して日々を丁寧に過ごす中川さん。カメラのレンズを通じて、現地の人・文化・自然と対話していきます。


白鷹町


長い歴史の中で、旅人がある土地を訪れ、文献の中で当時の人々の暮らしを記録に残すということは数々ありました。世界中を旅し、生涯で多くの紀行文を書いた女性探検家イザベラ・バードもそのひとりです。
バードが日本に訪れた目的は「アイヌの民に会う」こと。江戸から入り、通訳の伊藤鶴吉を伴い、北へ北へとルートを進めます。現地の人々とコミュニケーションを取りながら、町の規模や産業、植生などを詳細にメモし、地名などを記すときは響きを大事にして聞き取った音をそのままに書いています。母国に手紙を出すという形で旅行記を残した彼女が、ここ、置賜地方を訪れたのは旅のちょうど中頃です。



… a smiling and plenteous land,an Asiatic Arcadia
(Unbeaten Tracks in Japan  Isabella Lucy Birdより引用)



イザベラ・バードは置賜地方をアジアの理想郷「東洋のアルカディア」と表現しました。


バードはそれまでにも、気候風土が全く異なる世界中のさまざまな土地を巡り、景色に目を奪われたり、興味深い文化に触れたりする機会はたくさんあったことでしょう。しかし、紀行文の大部分は淡々とした事象や現象として語られ、形容詞や感嘆詞を多用してものごとを表現することは、実はとても少ないのです。彼女が理想郷という言葉で表したほどの光景が、置賜には拡がっていたのだろうと、現代の私たちは思いをはせます。


それから約140年。


3月末の白鷹町は、静寂に満ちていた冬がやっと終わる頃です。雪解け水が流れ込む川の音が聞こえてくるようになり、土が現れてようやく太陽の光が届きはじめます。朝日連峰を望めば、まだ初夏まで残る根雪を見ることができますが、地中に隠れていた動植物たちが動き出し、草木はつぼみを膨らませていて、蓄えた力が弾ける瞬間を待っているような、そんな時期です。
ピーンと冷気がはりつめる朝には霜が降りることもありますが、すっきり晴れた日中の気温はぐんぐん上がり、そんな日には風に乗って、生っぽい土の匂いが届きます。
山間部の春は、雪の下にあった生命の営みが、一斉にわきあがってきます。足早に去っていく幻のような春を、雪国の人たちは過ごしています。


「ライク・ア・バードokitama」では
山形県外からやってくる女性が、とまり木を渡る鳥のような旅をします。


白鷹町で出会う人たちは、ふらりと訪れたなら普段は会えないような、地域の奥の方に根っこを張って暮らしている方ばかり。
バードは日本の里山の美しさや、日本人の農作業への勤勉な姿勢にとても興味を示し、民藝品・工藝品など生活用品の隅々にまで行き渡るアーティスティックな感性を、畏敬の念とともに記録に残しています。今回の旅で会いにいく人たちには、その時代から受け継がれる手仕事、アートを生業とする方たちが主です。



今回の旅の主人公は、岡山県にお住まいの、写真家であり文筆家でもある中川正子さん。写真家としての経歴が一番長いとのことですが、海外在住経験があり「外の視点」も持ちながら、美しい日本語で綴る文章にはたくさんのファンがいて、文筆家としても活動されています。


拠点としている岡山県から新幹線を乗り継いで東北の地に降り立った彼女の目に、季節がどんどん逆行してきた景色はどのように映ったでしょうか。


人間が季節すら巻き戻せるスピードで移動できるようになったのは、たった数十年の間の話。新幹線や飛行機で自在にどこにでも行くことができる現代ですが、地方で根を張って生活している人たちの生き方は、バードの時代と大きく変わることはありません。


写真と文章という多面的な表現方法を持つ中川さんが、白鷹町で出会う人たちとどんな会話をかわすのか、雄大に広がる白鷹町の情景から、旅は始まります。


白鷹町に立つ中川正子さん


長時間の移動をしてきた疲れを感じさせずに、ふわりと現れた中川さんの第一印象は“柔らかい風が入ってきた”です。淡いベージュのセーターを身に纏い、カメラ1台のみを手にした彼女は、動きも軽やかに、撮影クルーを含めた白鷹町の風景に、すっと溶け込んでしまいました。
彼女は手になじんだ様子のカメラで、まだ少し肌寒かった白鷹町の山並みを一望し、自然な所作でシャッターを切りました。朝日連峰の山の稜線、それはバードが旅をした当時に見たものと同じ形をしています。



 


2021年3月25日


やさい畑 i-make(アイ-メイク) 土屋明美さん


土屋明美さんと中川正子さん


トマトの栽培から加工までを手がける土屋さん。


土屋さんは結婚がきっかけで白鷹町に住むことになり、地域の人にいただいたトマトの美味しさに感動したのを機に、農家の道を歩みはじめました。
「嫁」としてやってきた自分が生活の中でできることを考え、実践してきたことを、丁寧に語ります。中川さんは「“嫁いだ”という感覚が新鮮」と、価値観の多様性を会話の中から引き出します。
「白鷹町の土と、水と、空気があるから、私はただ育てているだけ。だんだん”I-make”が“We-make”になっているかもしれません」と、中川さんと語る中で、土屋さんは自分の中に生まれた新しい気持ちの輪郭を確かめていました。


蔟にて土屋明美さん、中川正子さん、遠藤真弓さん、茅野唯さん


土屋さんとのお話の場は民泊カフェ「」さん(右のおふたりは店主の茅野唯さん、遠藤真弓さん)。おふたりとも人と話すのは苦手といいますが、料理を通じて人と関わり続けている、自然体で飾らない雰囲気の方たちです。


紅花音羽屋 石井美由紀さん


石井美由紀さんと中川正子さん


「日本のを作る町」と銘打っている白鷹町。


石井さんは「紅花音羽屋」という屋号で、特産物である紅花を育て、紅餅を作るところから、染色、紅花を使った商品開発までを一貫して手がけています。
中川さんは染めの手ほどきを受けながら、この地域に残ってきた文化の一端に触れます。


蔵高院 三浦信高さん


三浦信高さんと中川正子さん


白鷹町の北東の山間部にある蔵高院には、光明海上人即身仏が祀られています。


現在全国で約16体の即身仏が確認され、そのうち10体が山形県の出羽三山にあり、即身仏信仰が盛んな地域として知られています。
蔵高院の当代ご住職である三浦さんは、光明海の墳墓が昭和53年に発掘された経緯などを語ります。


よみがえる 光明海の やすらぎは 世を嗣ぐ人の 幸としれかし


江戸時代、東北を襲った大飢饉の際に、人々を救うため祈りを捧げ、自ら断食し入滅した行者の姿は、どれほど希望になったでしょうか。


白鷹町文化交流センター「あゆーむ」 吉川明紀さん


中川正子さんと吉川明紀さん


白鷹町のアートを牽引する吉川さん。


「あゆーむ」には音響設備の整ったホールや、大きなギャラリースペースがあります。
「世にあるキュレーター的な学芸員の仕事は少ない」とのことですが、吉川さんが地域とアートの関係性について考え、これまで打ち出してきた「あゆーむ」のイベントや展示を通じて「逆になんでもできる」「表現したいことを実現しやすい場所」と次第に感じるようになったといいます。言葉の隅々に感じ取れるポジティブさでアートを捉え、白鷹町のポテンシャルをどう活かせるかを常に意識しています。
「やっている人の純粋な楽しさが結局一番強くて、それが波及して、空間を包んでみんなを巻き込んでいくんですね」と中川さん。


2021年3月26日


颯爽と歩く中川正子さん01


颯爽と歩く中川正子さん02


見渡しのいい田園に、風が吹き抜けます。


この日は前日よりも気温が低く、冬の上着が必要な肌寒さ。中川さんは、ジャケットの中に、自分で編んだというグレイのセーターを身につけていました。しかも、その日の朝に宿で完成させたばかりなのだとか。そのセーターを会話のとっかかりにして、会ったばかりの人たちを陽の気で包み込んでしまうのでした。


小松織物工房 織り師 高木翠さん


髙木翠さんと中川正子さん


トン。パタン。トントン。


工房の中には規則正しい音が常に響いていて、鼓動のリズムを感じ、心身が整うような心地よさが空間を包んでいます。
高木さんは、栃木県のご出身。人と食べ物と自然に惹かれ、白鷹町に移り住んだという織り師さんです。
織りという作業は同じ工程を繰り返す淡々としたものに見えますが、「その日の体調や気分の浮き沈みも出てしまう」だそう。完成した布のどの部分が、どんな気持ちで織ったのかがわかるとのことです。「でも、それも面白いと感じます」と、自分をうつす鏡と向き合うように布を見つめて微笑む高木さん。
「完成した布は、糸の一段一段の積み重ねで、人生と一緒だよね」と中川さんは言います。


写真を撮る中川正子さん


深山和紙振興研究センター 和紙漉き職人 高橋恵さん


高橋恵さんと中川正子さん


白鷹町での和紙漉きは、かつては各家庭で行われていた手仕事ですが、現在、その技術を受け継いでいるのは、深山和紙振興研究センターでのみ。


「和紙は触るとあたたかいですよ」
唯一の和紙漉き職人である高橋さんは言います。紙はひんやりとした手触りですが、和紙には温度があります。
中川さんにも和紙漉きを体験してもらいました。「実際やってみるとすごく難しい!」と、笑い、手ほどきを受けながら話をすると、あっという間にふたりの距離は縮まり、会話が弾みます。
和紙だけで生業が成りたちにくいという現実と向き合いながらも、高橋さんは「地域の学校を卒業する子どもたちが手に取る卒業証書に、ずっと和紙を使ってもらえたら」と、母親のような温かさで深山和紙の伝統を守っています。


白鷹町の旅を振り返って。


風のように通りすぎたイザベラ・バードのように、「景色を見にくるのではなく、人に会う旅だった」と今回の人たちとの出会いを振り返る中川さん。
県外を行き来するのでさえ大変なこの時期に、それでも私たちは人と交流したいと願います。マスクをして、距離を取りながらも、誰かと会話したいと考えます。


”通りすぎるままに、感じるままに”「ライク・ア・バードokitama」の旅は、観光マップを見て景勝地を訪れる旅とは違う視点で、鳥が羽を休めながら土地を渡るようにこの地域を見てみたら、どんな表現になるのだろう、と新しい旅のかたちを提案しています。中川さんは、白鷹の人たちとの対話をもってその一つを形づくり「今後も関わっていきたい、また来ます」と締めくくり、白鷹町を後にしました。


出会う人との自然な会話から生まれる偶発的なできごとも内包して、これまで気付かれていなかった新しい魅力を発見するのも、旅の醍醐味のひとつです。中川さんが伝えたこの土地の魅力はその中の一部分で、これから白鷹町を訪れる人たちが、その人の数だけ、自分の旅のカタチを生み出してほしいという願いが、「ライク・ア・バードokitama」にはあります。


ご覧いただく皆さまとともに、よき旅を。



 


中川さんが出会った皆さんは、やまがたアルカディア関係案内所のWebサイトでもご紹介しています。


やまがたアルカディア関係案内所


さいごに。


中川さんと、白鷹町に住む人たちとを旅で引き合わせ、スケジュールや場所の段取りなどの全てを調整してくれたのが、白鷹町観光協会の金田美加さんです。


白鷹町観光協会の金田美加さん


動画に登場していただいた人たちは、ふらりと町を訪れただけでは普段なら会うことができない方たちです。地域の深いところにいて活動を続ける人たちに、限られた時間の中で会いに行けたのは、金田さんの案内があってこそ。
地域を行き来して緩やかにその土地と関わる人たちを、ソトコトでは「関係人口」と表現しています。地域との“関わりしろ“をつくる関係案内人とは、金田さんような方をいいます。


外からやってくるバードのような人を受けとめ、そこに暮らす人を繋げることができる役割の方がいるからこそ、今回のような旅が実現します。


人に会いに行ける旅。
それが「ライク・ア・バードokitama」です。


次回は建築家の成瀬友梨さんが、新緑が芽吹く飯豊町を旅します。
第2弾もお楽しみに。


飯豊町


カヌーを漕ぐ成瀬友梨さん

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