瀬戸内海に浮かぶ愛媛県今治市の大三島は、柑橘生産量日本一を誇る愛媛県の中でも、有数の柑橘の産地だ。そして今、ワインづくりで注目をされるようになった。増え続ける耕作放棄地を食い止める一手となるか。農とともに生きてきた人たちの新たな挑戦を追いました。
耕作放棄地を活用した、メイド・イン・大三島のワイン。
瀬戸内海の中央、しまなみ海道に位置する愛媛県今治市の大三島は、人口約6000人の島だ。「日本総鎮守」と称される『大山祇神社』があることから、古くから「御島」と呼ばれ、漁業を忌みし、農耕で生きてきた「神の島」、聖なる島でもある。

柑橘栽培が盛んで、最盛期の昭和50年頃は、島の耕地面積の8割以上を果樹園が占めた。ところが、価格の下落や高齢化に伴い、近年は耕作放棄地が目立つように。そこで、島の地域活性を目的に荒れた畑でブドウを育て、島でワインをつくる取り組みが注目されている。
「島に来たとき、ここならワインがつくれると思いました」と話すのは、『大三島みんなのワイナリー』で栽培・醸造責任者を務める川田佑輔さんだ。契機となったのは2011年、島に『今治市伊東豊雄建築ミュージアム』ができたこと。島の景観を残そうと、建築家の伊東豊雄さんが「日本一美しい島 大三島をつくろうプロジェクト」を主宰。地元有志に都市部の若手建築家や社会人が加わり、さまざまなプランが検討された。川田さんもその一人として、耕作放棄地を活かしたワイン事業を提案。そこから伊東さんを代表としたワイナリーづくりが動き出す。

1年目は約10アールの耕作放棄地を島内の有志で開墾し、100本の苗木を植えた。しかし翌年、イノシシの被害でほぼ全滅。苗木のオーナー制度など工夫を重ね、現在は約200アール、約4000本のブドウを育てている。2017年には、念願の大三島ワイン「島紅」が誕生。川田さん曰く、「大三島らしい、陽気な空気をまとったワイン」だそう。香りが強く、色も鮮やか。海辺で育つせいかほのかな塩味がアクセントだ。

「この島に来て思うのは、農家は土地の守り人だということ。代々受け継いできた土地を、次につなげるために地域がある。共同体の一員として仲間に入れてもらえたことがうれしい」と川田さん。『花澤家族農園』の花澤伸浩さんら、島の柑橘農家にお願いして、ブドウの契約栽培も始まっている。「僕らががんばってブドウ畑を増やせば、そのぶん耕作放棄地が減って、島の景色がよくなる。それが一番の恩返しです」。

自然農法で実現した、理想のミニマム農業。
大三島に移住し、農業を始める人もいる。いち早く自然農法を取り入れた林豊さんの畑を訪ねた。林さんが大三島へ来たのは16年前。柑橘栽培と養蜂、宿の経営で生計を立てている。

山の斜面に林さんが借りた畑の一つがある。慣れていないと畑を移動するだけで一苦労だ。ここは持ち主が耕作をやめる畑だった。平地が少ない大三島では、斜面を利用した小さな耕地が多く、1軒の農家が10か所近くの畑を管理することも珍しくない。若者でも重労働だ。
「この畑は島の人からほぼ賃料なしで借りています。育てられていた、みかんの木もそのままで。初期投資はほぼかからず、収穫ばさみ1本で始められました」。仕組みはこうだ。地主は自分の代わりに畑と果樹が荒れないよう世話をしてもらう。収穫される果実はその手間賃のようなもの。お金を介さない関係が成り立つのは、土地は「共有財産」だというこの島ならではの意識があるからなのだろう。

林さんの畑では、肥料や農薬は一切使わない。一人で畑を管理し、収穫した柑橘はネット通販などで直接お客さんに届けている。生果で出せないものはジュースに加工。皮ごと搾ったジュースは毎年完売の人気商品だ。

畑でもぎたての青いみかんをいただいた。味が濃くて生命力を感じる。「肥料を入れると甘みが増すというけれど、それは肥料の味であって、作物が持つ特徴やその土地の味ではない」と林さん。「この島では柑橘は“適所適作”。本来、手をかけなくても自然と育つはずなんです。人間はそれをほんの少し手伝うだけ。土地に見合った分だけ収穫をいただいて、次の人に渡せるよう手入れをする。それが僕らの役割だと思っています」。

かつては温州みかんの一大産地だった大三島。量産型の農業は多くの利益をもたらしたが、多額の農業資材は農家の経営を圧迫する要因にもなった。一方、林さんのように土地のまま育てる自然農法なら、手間はかかるがコストは省ける。売る知恵さえあれば、稼げる農業も夢ではない。「新しい農業ですね」というと、「昔はみんなこうやった。原点回帰してるだけや」と林さんに笑われてしまった。
獣害を資源に、イノシシで稼ぐ。
大三島の農家にとって、最も深刻なのがイノシシ被害だ。2003年頃から増え、耕作放棄地の増加に拍車をかけている。そこで立ち上がったのが『しまなみイノシシ活用隊』、略して『シシ活隊』だ。現在、大三島で捕獲されるイノシシは年間約800頭、そのうち約200頭を食肉として加工・販売している。

代表の渡邉秀典さんは、自らも代々続く農家の後継ぎだ。大学卒業後に島へ戻り、家業を手伝っていたとき、それまでいなかったイノシシが突如出没するようになった。なんとか罠を仕掛け、8日間で4頭捕獲したが、今度はイノシシの解体作業で本来の仕事が手につかず。苦労して20キロのシシ肉を貰ったが、ご近所に配っても食べきれなかった。この苦い経験が渡邉さんを一念発起させた。駆除するだけでなく、資源として活用する仕組みづくりだ。

「シシ活隊」では、獲れた時期や大きさに応じて肉質を見極め、年間約4トンのシシ肉を生産している。その品質は、東京・大阪の高級フランス料理店からも折り紙付きだ。さらに皮はレザークラフト、骨はラーメンの原料として活用。2016年には農業被害額を上回る売り上げを達成した。「獣害をなくすことはできないけれど、イノシシを資源として活用することで、捕獲・駆除を継続する力になれれば」と手応えを感じている。

ワインの味は、テロワールで決まるといわれる。けれど、気候や地形だけでなく、そこに携わる人だってテロワールの一部。「その土地とどう生きているかが“地域の味”になるんだと思います」。そんな林さんの言葉が頭をよぎった。ワインとみかんとシシ肉。神の島に生まれた新たなマリアージュに期待したい。
川田佑輔さん 『大三島みんなのワイナリー』取締役/栽培・醸造責任者
稼働日のスケジュール
繁忙期
6月、9月初旬〜10月初旬
6月は病気の防除、9月からは収穫とワインの仕込みで多忙に。
収入は?
ワインの売り上げとしては年間500万円ほどです。今後はワイナリーに販売所や試飲スペースを設け、見学ツアーなども予定。
農業で稼ぐには?
農業で失敗しないコツは、欲張らないことです。最初に計画した規模をきちんと守ることが大切だと思います。