長崎の原爆を忘れない。技術×アートで生まれた「祈りの花瓶」が次世代へ平和の大切さを伝承する

長崎の原爆を忘れない。技術×アートで生まれた「祈りの花瓶」が次世代へ平和の大切さを伝承する

花瓶の形が、平和への祈り


祈る花瓶


歪な形をした一個の花瓶。現代人が好むモダンな部屋に、あるいは昔ながらの日本的な古民家に。存在感を放ちながらも、置かれた空間に馴染んでくれそうである。一輪の花を挿して、間をささやかに彩る情景が目に浮かぶ。そして、側に置いてあるこの花瓶を眺めていれば、思わず手を伸ばして「触ってみたくなる」ような衝動がふと訪れるだろう。


さて、この特徴的な形をした花瓶は、どのようにして作られるのだろうか。ヒントは次の写真だ。


祈りの花瓶、原型
長崎原爆資料館所蔵

こちらは、長崎原爆資料館に保管された被爆資料である瓶。瓶の変形の原因は、今から75年前、長崎に落とされた原子爆弾によるもの。先程の白い花瓶は、CTスキャン技術と3Dプリント技術を駆使して、2000~4000℃の熱風で変形した瓶の形を忠実に再現している。触れることのできなかった展示品にも、この技術と作品化のおかげで誰もがその歪さを手で感じることができるようになったのだ。その名も「祈る花瓶」。


スキャニング風景
形状のスキャニング風景

2020年8月9日を以って、長崎県は被爆から75年を迎える。これまで、被爆体験の伝承や、平和意識の醸成・発信が、市民団体や行政の手によって長年行われてきた。しかし、今となって課題となりつつあるのは、若年層・無関心層へのアプローチや時代に合わせた表現方法、伝え方への転換だ。「祈る花瓶」を創ったのは、当時デザイナーの卵だった毎熊那々恵さん。本業のデザイナーで働く傍ら、現在も続けている「Vase to Pray Project」について話を聞かせてくれた。


長崎から離れて気付いた平和への意識の差


遡るのは、毎熊さんが通っていた桑沢デザイン研究所の卒業作品展。その年では、「新しい価値を創り出すこと」をテーマとなっていたが、何を作品にすべきか決めかねていた。展示会までの道のりの途中、授業の中で、自分は何が好きか?何が得意か?を語り合う時間があっても、これと言って思い当たらずに、話すことができなかったという毎熊さん。


毎熊さん、卒展


と言うのも、毎熊さんは一度社会人を経験してから桑沢デザイン研究所に入学。小さな頃から好きだった物作りや絵を描くことを仕事にしたいという想いを諦め切れず、デザイナーの道に行くことを決断した。働きながら一年間予備校に通い、なんとか入試にも合格、無事に同校への進学・上京のきっかけを手にする。したがって、美術系のコースがある高校に通っていたり、昔から芸術と慣れ親しんできたりする人が大多数の中、自分だけしか持ち合わせていない得意分野があまりピンと来なかった。


他の人にはない自分のアイデンティティとは何か。行き着いたのは「長崎出身」であることだった。学生の自分にも表現できることとは。長崎に関することで、自分が伝えないといけないことって何だろう。このような問いを繰り返すうちに、「原爆」のことが自然と浮かんできた毎熊さん。それは、長崎から東京へやってきて3年間、長崎原爆の日・8月9日への意識の差にギャップを感じていたことが大きく起因していた。


毎熊さんの祖母は、長崎で被爆。お正月やお盆に家族で集まる際に、いつも原爆のことを話してくれた。加えて、小さい頃からの平和学習や、被爆した建物が街中に残っていたりなど、原爆に関することが毎熊さんにとって特別なことではなく、「日常」だったのだ。しかしながら、東京で8月9日になっても原爆のことは話にも出てこない。この違和感が「知るきっかけ」を提供するための卒業作品に繋がっていく。



長崎の原爆をテーマとする卒業作品へ


れる祈りのカタチ


テーマが決まったら、毎熊さんは改めて広島と長崎へと足を運んだ。それぞれの場所からの学びが、作品を具体的に方向付けていくことに。


「平和」や「原爆」というワードに付き纏うのは、どうしても暗い、怖いイメージのネガティブなもの。今までの芸術作品も、そのような傾向の表現方法に偏っていた。一方広島には、原爆の記憶の継承と平和への願いをアートで表現する「ヒロシマ・アピールズ」がある。必ずしもネガティブな印象を受けるものに限らず、毎年デザイナーがそれぞれの視点でポスターのヴィジュアルを制作・発表するのだ。


毎熊さんは、長崎も今までとは異なる表現方法でアピールしていくべきだと感じた。ただでさえ若者の関心は低いのに、さらに遠のいてしまう風潮を作り出してしまうことは避けたい。長崎と広島の平和活動への在り方を俗に「怒りの広島・祈りの長崎」と表現する言葉があるが、長崎らしい見せ方・伝え方とは何だろう?と考えるための比較対象として、広島の柔軟で型にはまらないスタンスを見ていた。


毎熊さんにとって平和や原爆のことは、そこまで遠い存在ではなく、日常のように近いもの。長崎の原爆資料館へ足を運んだ際に、当時の展示物で“れる瓶”があり、子どもたちが積極的に資料に手を伸ばし群がっていた光景を目にする。写真やパネル展示よりも、感覚がダイレクトに伝わってくる“触る”という関わり方には若者への訴求効果も高い。そんな発見を得られた。


毎熊さんは、頭に浮かんできた「触る」と「祈り」を内包する媒体として、花瓶を題材に選ぶ。日常生活にも取り入れやすい花瓶に、宗教の違いに関係なく祈りの場面に多く使用される花を添えて、生まれたのが「祈る花瓶」である。


祈る花瓶、展示風景


日常生活に、そして次世代に、平和の花を贈る


作品展では、東京という地で、かつ様々な作品が展示される場所で「祈る花瓶」があったことで、訪れる多くの人の心に印象付けた。たまたま家族で作品を観に来ていた人が、同行していた祖母から東京で体験した戦争の話を聞くことができたという。戦争の話を聞いたのは、その時が初めてとのことだった。ふらりと訪れた人に、予期せぬタイミングで原爆というテーマを与え、平和や戦争について話すきっかけが自然と生まれるような作品が創り出されていた。


卒展の展示風景、観客と


それから毎熊さんは、「Vase to Pray Project」として、長崎や東京、香港などで作品を展示。また、東京オリンピックが開催される予定だった2020年に展示の機会を創出すべく、クラウドファンディングにも挑戦。80万円以上の寄付金額を募ることができた。
クラウドファンディングページ「長崎の原爆を忘れない。 2020年夏、平和のためのアート展を東京で開きたい


新型コロナウイルスの影響により、大きな規模での開催は叶わなかったが、東京での展示会が予定されている。「ブックカフェ&ギャラリーCOYAMA」にて、2020年8月8日(土)〜8月23日(日)の土日のみ、計6日間の開催だ。さらに、クラウドファンディングのもう一つの目的であった、花瓶を陶器で製作することが実現。今まではナイロン樹脂を使ったレプリカであったが、実際に日常の中で使用できる花瓶へと段階を進めている。長崎県の焼き物の町・波佐見町の企業とのコラボによりメイドインナガサキでの花瓶が実現、この機に名称も「祈りの花瓶」と改めた。期間中、長崎へ原爆が投下された8月9日(日)の11時02分には、会場内で黙祷を捧げる時間を設けるとのこと。
※9日に限り10時30分オープン、黙祷の時間は予約の方のみ来場可能
※予約は会場のCOYAMAまで要問い合わせ
※詳細はプレスリリースより確認可能


東京での展示の様子


戦争に関連するアート作品は、どうしても悲しいイメージを連想してしまう。容易に触れてはいけないような、改まって正面から向き合わなければいけないようなものとして捉えられる。そのような負のイメージを払拭した、希望のある作品が少しずつ世の中に認知され始めている。これからの未来の世代へ継承していくための贈り物とも言える作品だ。毎日の暮らしの中に花を添えて、平和への祈りが持つ温かな手触りを感じて欲しい。

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