軽やかに本の世界へと誘う、『読点magazine、』古賀詩穂子さんの挑戦。

特集 | 未来をつくる本 | 軽やかに本の世界へと誘う、『読点magazine、』古賀詩穂子さんの挑戦。

 視野を広げたいとき、モヤモヤした気持ちが整理できないとき、誰にも会いたくないけれど家に帰りたくないとき。そんなときに「本屋に行く」という一つの選択肢をつくってもらいたい。あふれんばかりの本屋愛とともに、フリーマガジン『読点magazine、』を発行する古賀詩穂子さんは、愛知県名古屋市で、まちとともにある本屋の開店準備中。彼女の思いに触れると「本屋っていいねえ」と熱い気持ちになれるはず!


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「人生において本を読むタイミングはいろいろ。でも、必要なときに出合える場所でありたい」という古賀さん。

 1日1軒以上が廃業している計算になる、といわれている本屋の現状を、誰よりも知っているにもかかわらず、「まちの本屋をつくりたい」という夢に向かって、古賀詩穂子さんは今、まさに準備を進めている。多くの人に「新刊書店は無謀だ」といわれながらもその信念は揺らぐことない。「本屋で儲けるって難しいんですよね」と、あっけらかんと笑いながらも、どうしたら経営が成り立つかをシビアな視点で考えている。そのうえで理想とする本屋を語り、「開業するための融資が、先日無事に決まりました。今年の冬を目標に開業できたらと思っています」と瞳を輝かす。


 そういえば、最近、いつ本屋に行っただろう? 自分の行動を振り返って反省しつつ、なぜこれほどまでに古賀さんは、本屋への熱い思いをもっているのかを尋ねてみる。すると、彼女にとって本屋へ行くという行為は、森林浴のようであり、ヨガをしてリフレッシュをしたような感覚があるという答えが返ってきた。「鮮度のいい情報を浴びながら、知らなかったこと、気にも留めてなかったことを教えてくれるとともに、視野が狭くなっていた自分に気づかせてくれる。本屋に行くことで、救われることが多かったんです」。


ネットでは体験できない場の力がある。


 いわゆる「本の虫」や、「文学少女」といった幼少期を送ってはいないが、漫画好きの少女時代を送り、今思えば、人生に迷ったときはいつも本を頼りにしていた。そんな古賀さんだからこそ、ちょっと引いた目線で本と本を取り巻く世界を見ることができるのだろう。


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家中の壁に手作りの本棚があり、所狭しと本が並んでいる。

 本屋好きを自覚したのは、大学を卒業した2014年のこと。出版社と本屋の間で物流を担う「出版取次」に、地元・愛知県名古屋市で就職したときから。「ただ、たくさんの本に関わりたいという気持ちだけで、当時は取次という存在も知らなかったんですけどね(笑)。働き始めて一日に何回も本屋へ通うなかで、それぞれのお店に個性があることがわかり、どんどん本屋という場所に惹かれていきました。それと同時に右肩下がりと言われている出版業界で働いている人が幸せになれる経営の方法はないかと考え始め、だったら自分でやってみよう。本屋をやりたいと、思うようになりました」。


 そのときどきに身をおいた環境のなかで状況と向き合い、知識や経験をアップデートしながら、古賀さんはその先の未来へと進んでいく。取次時代、書店営業をしていると、年々来店客数が減っているのがよくわかった。お店に来る人を増やさないと業界的に厳しい。だったら、普段本を読まない人に対して、本屋へ足を運んでもらえる企画をしたいと考えるようになった、と古賀さんは振り返る。「便利だからネットで本を買うことももちろんある。だけど、お店にはネットでは体験できない場の持つ力がある。行くこと自体に意味がある」ということを伝えたいと、就職して3年目には、本屋のイベントを自主企画した。当時、名古屋にはブックイベントは多くなかったけれども、やってみることで同じ考えの人が見つかるかもしれないという思いもあった。


 同時期、仕事上では書店の改装に伴い、本屋で売れる雑貨や、本以外の商材、仕組みの開発などを行うなど、「売り手の力になれる営業」を増やす取り組みが始まっていた。そのなかで、東京・新宿区神楽坂の『かもめブックス』店主・柳下恭平さんの考え方や、北田博充さんの著書『これからの本屋』に刺激を受ける。古賀さんはその後、自主企画したイベント「文化の日イヴだよ、本屋について語ろう」に柳下さんと北田さんをゲストとして呼んだ。「当日はチケットの受け付けすら考えてなかったほど、オペレーションはグチャグチャ(笑)。でも、40名くらい来てくれて、こういうイベントを待っていたと言ってくれる人もいました」。


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2018年11月に開催したイベント「文化の日イブだよ、本屋について語ろう」。2016年にスタートし、毎年11月2日に開催している。チラシのデザインは、我妻未菜さんによるもの。

 イベントでは、柳下さんと北田さんに4つのお題を出して、パネルディスカッションを行った。そのお題とは、「いい本屋ってどんな本屋?」「本屋さんってなにを売る商売ですか?」「本屋さんを開くときに大切な3か条は?」「本屋ってなんですか?」というもの。「とくに2番目にした質問は、柳下さんに『悪意がある質問ですね』と笑われてしまいましたが、私自身が、本だけでは売り上げが立たないと悩んでいた時期だったんです。だから、みなさんがどういう思いでいるのかを聞きたかった。そして自分の本屋を開こうしている今、改めて考えさせられることでもあります」。


まちが本屋を育て、本屋がまちを育てるのが理想。


 取次という立場で、外側から本屋さんにアプローチしたあとは、本屋をプロデュースする側へ。2017年には『かもめブックス』を運営する『鴎来堂』へ転職して、「エディトリアル・ジェットセット」という新たな部署で、いくつもの本屋の立ち上げやイベントを行った。普段本を読まない人に、どうやってお店に来てもらうかという柳下さんのアプローチにすごく共感していたとともに、もっといろいろな本屋を見たい、知りたい、まちと本屋の関係性を知りたいという思いもあった。「チェーン店の本屋では、いかに効率よく品揃えをするかにどうしても重点が置かれてしまいますが、まちの本屋では、より具体的にお客さんの顔を浮かべながら仕入れをしているところが多かったんです」。そこから学んだのは、まちと本屋のちょうどよい関係。「先輩の受け売りですが、まちが本屋を育てて、本屋がまちを育てる、相互の関係性が育まれるのが理想的。そういう感覚を根底にもっておきたいと思っています」。


 そんなさまざまな角度から本に触れてきた中で、2019年11月にフリーマガジン『読点magazine、』を発行。「人生において本を買ったり、読んだりするタイミングは人それぞれだから、そこにあまり関与はしたくないんです。でも、『本屋がある』という選択肢は持っていてもらいたい。読点(、)は文章を整理したり、息つぎしたりするなど文中の切れ目に使う記号なんですが、本屋は生活の中の『読点』のようだと思い、この名前で本屋に行きたくなるフリーマガジンをつくりました」。


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古賀さんの本屋への思いがつまったフリーマガジン『読点magazine、』は2000部印刷したもののほぼ在庫なし。オンライン上で読むことができる。表紙のイラストは、サヌキナオヤさん。

 本屋に行く人やきっかけを増やしたいという思いと、自分で一度雑誌をつくってみたいという思い、さらには自分自身が本の流通や経営などに関する考えを整理し、本屋をやるという次の目標に向かうためでもあった。


まちと人に密着したお店を目指して。


 本屋の開店に向けて独立をすることを決意し、今年4月、結婚を機に名古屋市へ戻った古賀さん。しばらくは開業のための資金を貯めようと思っていたが、「理想的な物件」に出合ってしまった。その物件は、『読点magazine、』の表紙にとてもよく似ているという。


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「ここで本屋をやりたいと思った」という、名古屋市熱田区の沢上商店街内にある建物。現在急ピッチで改装中。

 まちと人に密着したいから路面店であることは絶対条件。そのほか「風通しがよいこと」「ふらっと立ち寄りやすい」など、表紙をお願いするときに伝えた理想の本屋を造るべく、事業計画書を作成し、9月上旬に本屋開業のための融資の審査が無事通過した。店名は、『TOUTEN BOOKSTORE』。現在は、内装や棚の大きさ、配置、平台の高さ、フードの見せ方などの居心地のよい空間づくりを絶賛試行錯誤中だ。


 未来の計画を目を輝かせながら考える古賀さんを見ていると、彼女のつくる本屋にまちの人が集う姿が目に浮かんだ。そこは「このまちに、この場所があってよかった」という本屋になるに違いないという確信とともに。


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新しい店の図面を見ながら、どんな店にしたいか、本棚の幅はどうするか、真ん中の什器の脚は細くしようかなど思いをめぐらす。

 

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