島根県の人、モノ、コトを学びながら、地域とつながる講座「しまコトアカデミー」。開講から10年という歳月の間で社会の状況が大きく変化する中、多様な人が関わるコミュニティに成長してきた。関わる人たちにとって居心地がいい、持続的なコミュニティのあり方には、どのような秘訣があるのだろうか。
関係人口を生み出す人材育成講座の先駆け
「移住しなくても地域を学びたい、かかわりたい!」をコンセプトにした「しまコトアカデミー」(以下、「しまコト」)。島根県内でソーシャルビジネスや地域に根ざした暮らしを営む人々に出会いながら、座学や現地実習を通して学び、島根と自分自身のこれからを考えていく、約半年間の講座だ。「関係人口」という言葉が定着する以前の2012年より、日本のローカルに興味・関心を持つ人々へ向けた講座として、東京圏在住者を対象にスタート。その後、関西圏や広島県、島根県内在住者と徐々に対象を広げ、2020年度からはデジタル講座として全国どこからでも参加できるようになった。
県外の受講生は、「島根出身で現在は他県に住んでいる」「住んだことはないが家族のルーツが島根にある」「特にゆかりはないが観光から一歩踏み込んだ地域を知りたい」という方まで、島根との関係はさまざま。県内の受講生(島根講座)には、島根で就農した移住者や地域おこし協力隊として活躍する若手プレイヤー、「もともと島根に住んでいて地元にどんな人がいるのか知りたい」という方まで、地域に対するそれぞれの思いを抱きながら参加している。
開講10年目となる2021年度の講座は8月から12月まで、3週間に一度のペースで全7回、オンライン上で行われた。講座全体の構成は大きく4つのフェーズに分かれる。
はじめの2回は、まず島根や「しまコト」という場、半年間一緒に学ぶ講座の仲間たちの人となりを知った上で、受講生自身の好きなもの、興味のあるもの、講座に参加した思いを棚卸しする。島根と自分との関係の現在地を確かめていく時間だ。
続く2回は、「わたしとしまねの接点を探す」をテーマに、地域で活躍する多くの人々と出会いながら島根の現在の動きを学び、自分自身と島根との関わりの接点を見つけるフェーズ。オンラインツアーで島根の人々を巡り、受講生それぞれに関心のあるテーマや同じ思いを持って島根で暮らす人の話を聞き、コミュニケーションを取りながら、島根への理解を深めていく。


後半の2回は、「学びのジブンゴト化」として、それまでの講座でのインプットを経て得た学びや、島根の魅力・気になるポイントを整理・言語化し、これからの島根との関わり方を考えていく時間。受講生たちは、自身の好きなこと、やりたいことと島根をどう掛け合わせることができるのか、悩みながらも仲間とのコミュニケーションを通して楽しく考えている様子だった。


そして最終回は「思いの宣言」として、それぞれの受講生が島根とのこれからの関わり方「しまコトマイプロジェクト」を発表する。
こうして約半年をかけて、島根のこと、自分自身のことをじっくり深掘りしていくのが講座としての「しまコト」の特徴だ。
10年目のテーマは「Fluid Community」
「しまコト」の開講から10年の間に社会の状況は刻々と変化し、それに伴って人々の働き方や暮らし方などに対する価値観も多様になってきた。そして、ローカルのあり方を楽しいものとポジティブに捉え、「地域と関わりたい」と本講座の受講を希望する人は年々増えている。そのような人々の現状に合わせ、「しまコト」もまた開講当初から少しずつ形を変えながら10年目を迎えた。2021度の講座のテーマは「Fluid Community(流動性コミュニティ)」だ。

これまでも、毎回の講座の終了後に「しまコトBAR」と称した任意の懇親会を開催したり、講座OBOGや関係者、これから講座を受けることに関心のある人が語り合える、年に一度のイベント「しまコト・ナイト」を開催したりするなど、関係者がフラットにつながれる場がつくられてきた。さらに近年は、OBOGらが主体的に講座のグッズを開発したり、コミュニティ向けの新聞を発行したり、「しまコトのお家」と称したオンラインで集まる場を設けたりするなど、縦と横のつながりが立体的になるような取り組みが自然と生まれてきた。
そして2021年度からは、講座運営の参画へ意欲的なOBOGが「しまコトガイド」と呼ばれる、現役生と島根をつなぐ役として本講座に参加してもらう仕組みを新たに導入した。講座の中で、島根に移住したガイドが地域を案内したり、県外から参加するガイドも自身の「しまコトマイプロジェクト」の発表をしたり、マイプロジェクトの考え方や当時心配していたことをオープンに話してもらうなど、現役生、OBOG、島根在住者、県外在住者という枠を超えて、みんなで学び合う場ができはじめている。
「しまコト時間」の一言に凝縮される、共通認識
2021年12月、講座最終回を迎えたその日、オンライン上には総勢40名を超える受講生が集まった。一日をかけて、受講生一人ひとりがオリジナルの島根との関わり方「しまコトマイプロジェクト」を発表していく。多くの人が見守る中、自身の現在と未来、純粋に好きなこと、ワクワクすることを語る受講生たち。その表情は、島根を好きだという同じ思いを持つ仲間がいるこの場で、ありのままの自分を表現できることへの喜びで満ち溢れていているようだった。

「やっぱり、しまコトはいいよね」「これが “しまコト時間” だね」。オンライン上に集まった受講生や関係者から口々に聞こえてくる言葉には、この場にいられることへの「安心感」のようなものが伝わってくる。
「何かしたい、変わりたい、地域と関わるきっかけが欲しい」という共通の思いを持ちながら、それぞれができるタイミングで作ってきたもの、共有してきた場の雰囲気、時間の積み重ねによって「しまコト」らしさは育まれてきたのだろう。
講座に関わる人々はどのように感じているのか。今年度の受講生や、初めて参画した関係者、開講当初から伴走する講師、メンターに伺った。

東京講座・長友大晟さん
島根と出会ったのは、しまコト8期生からの紹介がきっかけでした。神奈川県川崎市の出身ですが、受講するまでは「地域」というと学術的で難しいものという印象がありました。スペシャルデイで、海士町からのゲスト・奥田和司さんが、ご自身の原動力は「島が好き」であること、とおっしゃているのが印象的でした。暮らしと「好き」が密接していると感じました。
マイプロジェクトは、「一年間大学を休学して様々な人のすきをめぐる旅をする」としました。「しまコト」は、自分の好きなものをあたらめて考えて、「自分ってこんな人ではないか」と見つめ直す時間だと思います。「もっと知りたい」という思いが得られ、それがプランにつながりました。

島根講座・浅見みゅうさん
昨年度に受講した夫から「すごく良いから、とりあえず受講してみて」と言われ、私の夢にいろんな方からアドバイスがもらえそうだと思い、受講を決めました。 受講前は「学ぶ場」という印象が強く、最初の方もメモを取るのに必死でした。ですが、回を重ねるにつれて色んな方とつながり、楽しさも増し、「よし!これからだ」というタイミングで修了してしまいました。でもそれが却って今もつながるきっかけになっています。
最終発表の数日前に子どもが熱を出してしまい、資料を仕上げたのが当日の朝方でした。初めはただ作った資料を読み上げる予定でしたが、トップバッターで発表された方が自分らしさ全開だったことに刺激を受け、急いでカンペを作り、悔いの残らない自分らしい発表ができました。 一緒に受講した仲間とはSNS上でつながっているので、現在も刺激を受け続けています! 島根にいない東京講座や関西講座の方がどうやって島根と関わるのかを聞けるのもすごくおもしろいです!

島根講座メンター・田中りえ氏
今年初めて「しまコトアカデミー」に関わって印象的だったのは、卒業生の関わりと、場のあたたかさでした。卒業生の皆さんが、ゲストやナビゲーターとして講座運営に関わっておられることで、年度をまたいだネットワークが広がることは受講生にとって島根を再発見できたり、道しるべとなる人がみつけられたりといい流れだなと感じました。また、マイプロジェクトの大小を問わないことや、互いを受容する空気感は、肩の力を抜いて参加できる場につながっていると思います。
しまコトで取り組んでいるようなマイプロジェクトは、全国各地の高校の授業でも取り組まれているものです。大人も子どももみんなで取り組む世界はワクワクしますね。島根に縁のある大学生向けには「ルーツしまね」というコミュニティもあります。世代や地域も越えて「島根」をキーワードに、コラボイベントや地域交流会などができたらいいですよね。出会いによって、新たな刺激やワクワクが生まれることを楽しみにしています。

メイン講師・指出一正氏
今年度の講座は、10年目を迎える形で「しまコト」のコミュニティが積み重なっていく勢いを感じました。受講生の表現の幅も広がったと思います。「しまコト」は島根という場所やその課題を「学ぶ」講座から、島根を「楽しむ」講座に変わってきていますね。みんながおもしろいと思うことが学びの中心になっていく。意識してではなく、自然にウェーブがかかっているような感じで、それが恒常的につくられていくと社会はよくなっていきます。
「しまコト」は誰がつくったということではなく、みんなでつくってきた講座。「らしさ」は後から振り返ったときに着いてくるものであって、「こうあるべきだ」とか10か条があるわけではありません。これからも、しまコトらしさを保ちながら、その先を目指していくことが大事です。

東京講座メンター・三浦大紀氏
しまコトアカデミーは、関係人口という言葉がそこまで浸透していなかった頃に始まりました。「移住を前提としなくても地域に関わっていい」というコンセプトは画期的だったと思いますが、受講生として直接的に関わっている人に始まり、その友人など2次、3次的な広がりを見せ、ここまで大きなコミュニティになるとは当時は思っていませんでした。
この講座を通して、「しまコト」受講生たちのアクションが地域の至るところで変化をもたらしています。島根に関わりたいと思う人たちの気持ちをそのままにしておかず、「どうやったらいいだろう」と現実に目を向けながら当事者の声をしっかり聞き、チャレンジを続けてきたことが「しまコト」の強みだと思います。
持続可能なコミュニティであるために
これまで関わった人々が挑戦してきたこと、その思い、つないできたものが全て「しまコトらしさ」になっている。講座の形やそこに関わる人たちが少しずつ変わりながらも、これまで「しまコト」を築いてきた人々の思いを受け継ぎ、社会や時代の変化に合わせてしなやかに、新しい形をつくっていくことが、持続可能なコミュニティのあり方なのかもしれない。
地域に関わる一人ひとりが自分の未来をしっかりと描けることが、地域の未来につながっていく。
しまコトアカデミーは、主催『公益財団法人ふるさと島根定住財団』、事務局『シーズ総合政策研究所』(代表:藤原 啓)により運営されています。
「しまコトアカデミー」の雰囲気を知りたい方におすすめ!「しまコトナイト」のアーカイブを公開中です。
【しまコトナイト2022】ソトコト編集長指出さんが見たしまコトの10年
島根の地域づくり活動が気になったら、しまね関係人口マッチング・交流サイト「しまっち!」へ
