日本酒の製造過程で産出される酒粕をリユースし、作られるエシカル・ジン「LAST」。SDGsへの関心も高まっているなか、今年3月に誕生したこの革新的なクラフトジンが目指すものとは。エシカル・スピリッツ株式会社の山本祐也さんに話を訊いた。
エシカル・ジン「LAST」の誕生。
エシカル・ジン「LAST」シリーズは、日本酒の製造過程で産出された酒粕を使い、それらに含まれるアルコールを再蒸留させて作られるクラフトジン。現在は、ジンらしいストレートで爽やかな香りの「EPISODE 0 -MODEST-」と、フローラルな中にスパイシーさも漂わせるまさに香水のような「EPISODE 0 -ELEGANT-」の2種類が販売され、近年盛り上がりつつあるクラフトジンのファンからも注目を集めている。
クラフトジンの製造は、ベースとなる蒸留酒(ベーススピリッツ)に、香りや味わいの基となるスパイスやハーブなどのボタニカルを浸け、それを再蒸留させることで作られる。何をベースにするか、どんなボタニカルを使用するかによってそのジンの個性が決まるのだ。

今回の「LAST」シリーズでは、長野県の代表的な日本酒蔵で、350年以上の歴史を誇る「真澄」の粕取り焼酎を使い、蒸留は、こちらも創業150年以上の歴史ある日本酒蔵、鳥取県・千代むすび酒造で行われるという豪華ぶり。通常のジン製造で使われる量よりもさらに多い量の多様なボタニカルが組み合わされていながらも、スッキリと飲みやすい味わいに仕上がっているのは、「LAST」に関わる2つの酒蔵の個性を尊重しつつ、細部まで計算されたレシピによるものだ。
そして、この「LAST」が革新的なのはその製造過程だけではない。「LAST」を購入すると、その同量の新米がエシカル・スピリッツ社から日本酒の酒蔵へ納品されるという循環型の仕組みを作り出しているという点にある。
また、酒蔵に納品される新米は、酒蔵と契約する米農家に協力してもらい、耕作放棄地を開墾して作られるエシカルな新米。「LAST」を飲むほど、耕作放棄地の解消や日本酒の原料となる新米を酒蔵へ提供できる仕組みになっている。「LAST」に関わる様々な物事が互いに関係しあい、そのサイクルの中で、持続可能な酒造りや米作りを目指していく。
廃棄されてしまう酒粕の価値を認めてあげたい。
この「エシカル・ジン・プロジェクト」の始まりは、日本酒製造の際に産出される酒粕の多くが廃棄されてしまう現状を心苦しく思う、酒蔵からの声だった。
日本酒の製造工程では、酒米を発酵させたあと、日本酒となる液体と、酒粕となる固体に分けられる。全体の3分の1くらいが酒粕として残り、残りの3分の2程の液体部分だけが日本酒として出荷されていく。かつては粕漬けや粕汁などで酒粕も活用されてきたが、時代とともにその量は減少している。近年はチョコレートや化粧品などに活用されることもあるが、産業廃棄物として廃棄されてしまう酒粕が多いのが現状だ。
山本さん「酒蔵さんも『酒は子どもみたいなもんだ』って言うんですよね。つまり、子どもが3人生まれたら、1人は山に捨てなきゃいけない、みたいな気持ちですよね。こういう状況でやってるから、酒粕を捨ててしまうのは心苦しいと感じている酒蔵さんも多いです」
しかし、捨てられてしまう酒粕にもアルコール成分は残っているし、そもそも作られている原料や工程も日本酒と変わらない。しかし、日本酒になる液体部分と分けられたことで、一気に価値が下がってしまう酒粕を見直してほしいと山本さんは語る。
山本さん「山田錦とか五百万石とか、農家さんが作っている最上級のお米を使って作っているにもかかわらず、酒粕は処分されてしまう。本来価値があるはずなのに、すごく低く評価されている。そういうことを解決したいと思ったんです。酒粕にもアルコールは含まれていますし、酒として価値を認めてあげたいと思ったことが『LAST』を作るきっかけになりました」
こうして、酒粕を活用するために生まれた「LAST」。活用方法として、クラフトジンへ生まれ変わらせることを決めたのは何故だったのか。
山本さん「日本はまだ黎明期ですけれども、ジン自体はグローバルで極めて成長している酒類カテゴリです。しかも、音楽でいうと、ジンってジャズみたいな感じで、製造方法もフリースタイルなんですよね。酒造免許などの規制面においても、実現可能性があるというのも大きかったです。あと、共同創業者の1人で蒸留責任者の山口(歩夢)が、良い意味でそもそも日本でも有数のジンオタクで、様々な蒸溜所で実際に蒸留に携わっていたということもあります」
日本酒や焼酎などは、需要と供給のバランスを維持する「需給調整要件」により新規免許の取得が事実上不可能だ。しかし、ジンのようなスピリッツを製造する酒造免許にはそのような要件がなく、新たに参入するチャンスもある。そうした規制面での参入のしやすさとジン人気の高まりもあり、クラフトジンの製造を決めたのだった。
パートナーである酒蔵の日本酒造りを考える。
もともとは、廃棄されてしまう酒粕の有効活用を目的として始まった「エシカル・ジン・プロジェクト」。酒粕を有効活用するという課題解決だけを目的とするならば、「LAST」の製造、販売だけで完結しそうなところだが、さらにその先の課題を見つめている。
山本さん「ジンを作って販売して、消費者に受け入れられるようにしっかり生産していくというのは入り口なんですけど、そこだけやっていると完成しないというか。パートナーである、酒粕を作る蔵の人が作りやすい環境になるとか、実際に作れる量がしっかり担保できることを考えないといけないと思っています」
このような観点で考えたとき、日本酒の原料となる酒米の供給についての課題が浮かび上がってきた。

山本さん「もともと酒米を作っていたところが作らなくなったりっていう耕作放棄地については、私が酒蔵さんと話しているときに問題視されていた部分のひとつではあったんです。耕作放棄地ができてしまうと、人がいなくなるから獣害が発生して、近くの田んぼやそれ以外のところも荒れたりする。そうすると、酒蔵への酒米の供給にも影響が出てきます」
そうした耕作放棄地を減らすため、酒蔵と契約している周辺の米農家に耕作放棄地を開墾して酒米を作ってもらい、そこでできた新米を「LAST」の販売利益の中から購入し、酒蔵へ納品する。そうすることで、荒れていた耕作放棄地にも人の手が加えられ、田んぼとして蘇るとともに、そこで実った酒米を原料として日本酒を作り、その中で出た酒粕はエシカル・ジンとして活用されていく……。そんな循環が生まれる仕組みなのである。
耕作放棄地を開墾して酒米を作ることは米農家にとってコストのかかる生産になるが、そのぶん普段生産している酒米よりも高く買うことを事前に約束することで、互いにメリットのある状態で続けられる。こうした日本酒作りの原料となる米の安定供給や、それに関わる耕作放棄地の問題も含めて、酒造りに関する一連の問題を全体で解決しようとしたのが、エシカル・スピリッツが掲げる循環型経済の仕組みだった。
山本さん「酒蔵さんの基盤となる田んぼやお米、あるいは農家さんというインフラ全体が、より安定する、活性化されるっていうのは、当然いい粕も出てくるでしょうし、酒自体がしっかり消費されていくことに繋がると思います。日本酒の製造サイクル自体が循環的なものを含んでいる点で、我々としてはそこをちゃんと見ましょう、かつ、そこで積極的に今までにない取り組みを含めてやっていきましょうというふうに考えています」
ひとつの課題に対してだけでなく、さらに根本的な問題も含めて解決を目指すことで、すべてがより良い方向へ進んでいく。酒や日本の未来を見据えるからこそ、短絡的な解決だけではなく、全体を含めて考えられた取り組みに繋がっていったのだろう。
現在はこの「LAST」の製造・販売のみだが、今後はさらに多くの日本酒蔵ともこの取り組みを進め、全国へ広げていきたいと考えている。
規格外なジンレシピの実現。
では実際に、「LAST」の商品化までどのように作られてきたのか。このプロジェクトにおいては、ジンを製造する際のベースとなる蒸留酒を酒粕から製造することに意味があるが、普通は最も手間のかかるベーススピリッツの製造から着手するところは少ない。
特に、その後のジンの製造過程でスパイスやハーブを入れて香り付けすることを考えると、ベーススピリッツ自体の個性は強くないほうが好ましいとされている。したがって世界各国のジン蒸溜所においても、ベーススピリッツの製造によって個性を出すより、安定した品質のベーススピリッツを外部から購入し、その後に追加されるボタニカルによってジンとしての個性を出すところが大半だ。しかし、この「LAST」のように日本酒の粕を用いてベーススピリッツを製造するということは、その日本酒の個性も出やすいため、ジンとして完成させる難易度もより高くなる。国内でもジンを製造している日本酒蔵はあるが、そのような酒蔵でも、ジンを造る際には自社で作った酒を用いることはなく、ベーススピリッツを購入して造るところが多いという。
山本さん「我々の場合、ベーススピリッツに個性があるものを必然的に使うというのが特徴なので、日本酒が持っている香りがバンバン出てくるわけですね。だから複雑になるし、難易度は極めて高いんです。でも、レシピをちゃんと作ればすごくクオリティが高いものに仕上がるはずで、そういう香りの努力を含めたコストが極めて高いものになっていると思います」
そんな複雑なレシピは、共同創業者である山口さんによって作られている。ベーススピリッツ自体の強い香りを含めて複雑な香りの調整を行いながらレシピを考案しているため、使われているボタニカルの量も普通のジン製造よりはるかに多い量を使っているそうだ。
そんなレシピを見て、今回「LAST」の蒸留を行った千代むすび酒造の職人たちは、驚いた様子だったと、山本さんは話す。
山本さん「パートナーの酒蔵さんもコンセプトには共感してくれましたが、『本当にできるの?』という感じでした。千代むすびさんは、もともとジンを作っていたので蒸留をお願いしたんですが、僕らのレシピ見たときに『うちの数倍の量のボタニカルを使うけど、これまとまるの?』みたいなことを最初は言われましたね」

通常のジン製造では考えられないレシピに困惑しながらも、このプロジェクトに込められたエシカルな思想に共感し、製造に協力してくれた。こうして製造を進める中で、どんどん職人たちの反応が変わっていったという。
山本さん「きっと職人さんとしては、『こんな作り方、うちの基準からしたら邪道じゃないのか』みたいな感覚もあったはずですが、蒸留を進める中で徐々に打ち解けていくうちに、目が少年のようにキラキラして、すごく楽しそうになってきていたのが印象的でしたね」
蒸留を終えて出来上がったジンを飲んだとき、最初は懐疑的だった職人たちも「美味しい」と感動した様子だったそう。それまで長い伝統を守り続けてきた日本酒蔵において、未体験のチャレンジングな取り組みは刺激的だったに違いない。こうした思いも寄らない外からの新しい風が、今後の酒蔵の製造にも良い影響を与えるのかもしれない。
“エシカル”を社会の主流にする。
この「LAST」シリーズとしては、今年3月に「MODEST」、6月に「ELEGANT」がそれぞれ発売された。現状は、すでに酒造免許を持っている酒蔵2社とともに製造しているが、ゆくゆくは会社独自の蒸留所を持つ構想もある。
そして今後は、「LAST」の販売を通じて、エシカルなものや循環型経済のような仕組みが主流になっていくことを目指したい、と山本さんは考えている。
山本さん「エシカルなものが、通常の経済活動の代替(オルタナティブ)のひとつとかじゃなくて、それがメインになれるように、まずはジンのメーカーの中でちゃんと市場をリードするプレーヤーとして、ビジネスで勝てるようにしたいですね。そのうえで、しっかり商品のクオリティを常に高めていく。きちんと実力で勝負していくことで、消費者に『エシカルのほうが美味しいから食べようよ、しかも世の中にもいいじゃん』と思って頂けるようなことをやっていきたいです」
近ごろはSDGsなどへの関心が高まりつつも、全面的に環境に配慮した商品や社会的な課題を解決することを目的にした商品は、まだまだ少ない。だからこそ、そうした商品やサービスが発表されたときには世の中の注目を集めるが、もはやそうした珍しさすらなくなるような、“エシカル”を選ぶことが主流の社会になっていくことを願いたい。新たに生まれたエシカル・ジン「LAST」は、そんな新しい社会の在り方を提案するプロダクトなのだ。