脱サラして埼玉県から北海道・美瑛町へ移住し就農。 40代半ばから、人生を“思い切れた”男性の話

脱サラして埼玉県から北海道・美瑛町へ移住し就農。 40代半ばから、人生を“思い切れた”男性の話

2022.10.14

東京の印刷会社でサラリーマンをしていた新井 聡(あらい さとし)さん(51歳)は、2014年に家族で北海道・美瑛へ移住し新規就農、「あらいふぁーむ」を立ち上げました。今では農薬や化学肥料を使わず、ニンニクやビーツを中心にさまざまな野菜を栽培し、評価を得ている新井さんですが、ここに至るまでは多くの苦労も経験されています。数多の困難を乗り越え、いかにして移住からの新規就農、野菜のブランド化や製品化に成功したのか、お話をうかがいました。

大好きなまちで、憧れの仕事で、 人のためになることがしたい

あらいふぁーむ

もともと東京にある印刷会社で働き、埼玉県で暮らしていた新井さんは、旅行で北海道を訪れ、その広大な大地に魅了されました。「いつかこの素晴らしいロケーションで、農業ができたら……」。これが、移住と就農という道を考え始めるきっかけだったといいます。

2014年に印刷会社を早期退職し、翌年の2015年に埼玉県から美瑛町へ移住。無農薬野菜の生産に取り組んでいた『百姓や』で2年間の研修を受け2017年に独立しました。

新井さん: 北海道で農家をやってみたいという思いは、会社員の頃からずっとありました。東日本大震災で原発の事故があり、生活する上で様々なことが心配だったので妻と子どもは先に移住させたんです。北海道で農家をすると決めていましたから。家族で北海道旅行をしたときに広大な土地と自然を目にし、農業をするなら美瑛町だと思っていました。」

北海道に親戚や友人、知人はいなかった新井さん。大好きな場所でありつつも、心細さや不安も感じるだろう土地で、それでも「農業を始めよう!」という情熱は、なぜ生まれたのでしょうか。

新井さん:東京でサラリーマンをしていた頃、周りに病気を抱えている方が何人もいたんです。彼らを見て、おいしくて健康的な野菜があれば、少しでも元気になってもらえるのはないか。だから、農薬や化学肥料を使わない野菜づくりができたら、と思ったんです。

移住後に直面した新規就農のむずかしさ

あらいふぁーむ

美瑛に移住した後、米を栽培していた土地を借り農家をスタート。農機具やトラクターを揃えるにはお金がかかるため、最初はスコップひとつで畑を耕したと言います。土や地形の影響で、すべての農作物が雨に浸かってしまうなど、困難に直面することも少なくなかったそう。農作物が生育せず、収穫がほとんどなかった時期もあったと言います。

それでも農薬や化学肥料を使わず、堆肥やボカシ肥料などを使った野菜づくりにこだわる新井さん。その一途な姿勢に惹かれたのか、近所の農家から使わなくなった道具を譲ってもらえたり、高価な中古機材を安い値段で売ってもらえたり、少しずつ農業がしやすい環境ができていったそうです。

経営が軌道に乗りつつある今では、ブランド野菜やコラボ商品の開発など、こだわりの野菜を知ってもらう活動も本格的にスタートさせています。

移住と就農で得た仕事、出会いと生きがい

広い農地でたくさんの野菜を育てている「あらいふぁーむ」。軌道に乗りつつあるとは言え、一人で管理するのは大変なはずです。実際、どのように運営管理をしているのか聞きました。

新井さん:妻は違う仕事をしているので、農作業は基本的には自分一人でしています。農業をやってみたい、学びたいという若者や、主婦の方に農業体験としてボランティアに来てもらい、助けも得ながらやっています。農法について知りたいから、という理由やニーズで来てくださる方も少なくないです。おいしく安全な野菜について関心を持つ人が増えている実感もあり、うれしい限りです。農薬や化学肥料を使わない農法で、北海道・美瑛町で育った野菜を、多くの人に知ってもらい、食べてもらい、元気になってもらうことが一番の目標です」

同時に「あらいふぁーむ」では、生産物を使った加工品のプロデュースや販路開拓も進めています。

おいしく身体にいい「ダイヤモンドにんにく」のブランド化

あらいふぁーむ

「あらいふぁーむ」で生産している数多の野菜のなかでも、特に注目したいのが無農薬で育てるニンニク。取材当日も収穫の様子を見せてくださいました。

新井さん:うちで作っているニンニクは、苦味や舌がざらざらする”えぐみ”がなくて、香りが強いんです。手間と時間をかけて、しっかりとした粒に育てた希少性の高いダイヤモンドのようなニンニクです。

これを2週間かけて熟成させたのが「ブラックダイヤモンドにんにく」です。アルギニン・ポリフェノールなどをはじめとした栄養を豊富に含んだスーパーフードで、ゆっくりと日数をかけて熟成させたため、生のにんにくとは全く別物。そのまま食べられます。にんにく独特の匂いがありません。匂わないのでデートの前に食べても大丈夫です(笑)

この「ブラックダイヤモンドにんにく」、筆者も食べてみました。

ドライフルーツに似たフルーティーな味わいが食べやすく、ブドウのような甘酸っぱさを感じます。ニンニク特有の気になる匂いはありません。

このニンニクに着目したのが札幌市にある『にんにく専門店 にんにく種蔵(しゅぞう)』。イタリアで修業したオーナーが美瑛町で新井さんと出会い、おいしいニンニクと出合いました。これがきっかけで、ニンニクのブランド化プロジェクトがスタート。「ダイヤモンドにんにく」という名前は、手間暇かけて小ロッドでしか作れない希少なニンニクという特性に由来しています。

札幌市内の狸小路にある店舗では、「ダイヤモンドにんにく」を使った加工品の販売や立吞みでのおつまみ提供、ネット販売をしています。プロの料理人にも見染められる「ダイヤモンドにんにく」を通して、今も多くの出会いが生まれていると新井さんは話します。

ビーツと米糀のコラボにも注目

あらいふぁーむ

ニンニク以外にも、さまざまな野菜を作る新井さん。西洋野菜「ビーツ」も自慢の逸品だそうです。新井さんが作った「ビーツ」でドリンクを作っているお店もあります。

旭川市内西神楽にある米糀生甘酒の専門店『COZY JUICE STAND(コージージューススタンド)』。オーナーの畠尾司さんは、自家製の米糀を店内の糀製造室で50時間かけて製造する「醸(かも)しにすと」。地元旭川産の米を使い、クセのない生の糀ジュースを製造・販売しています。

カラフルなフルーツや野菜を使ったメニューのなかで、ひときわ鮮やかで目を惹くのが新井さんのビーツを使った「レッドコージー」。米糀甘酒、ビーツ、リンゴ、パイン、ニンジンをスロージューサーにかけます。熱に弱い酵素や栄養価を損なわずに摂取できるスーパーフードドリンクです。(※提供時期はビーツがあるときだけです)

移住して、農家になって、思うことは?

あらいふぁーむ

埼玉県から北海道美瑛町へ移住し農家を始めた新井さんに、移住と新規就農してみた感想を聞きました。

新井さん:北海道はいいところですね。気の合う人、理解してくれる人が集まって、話して、新しいことを始める。楽しいなと思います。大変なことももちろんありますけれど、自分がしたいことを長くゆっくりとやっていきたいです。サラリーマン時代は仕事が忙しく、仕事の付き合いでお酒を飲むこともありましたが、今は朝から晩まで、時には夜中遅くまで農作業をすることもあります。だからお酒はさほど飲まなくなりました。大変だけれど、多くの人に喜んでもらえる野菜を作れていて充実しています。」

話を聞いてみて、新井さんのエネルギー源は、人との出会いや関わりから生まれる「誰かの喜び」だと感じられました。

取材協力:あらいふぁーむ
オンラインショップ「うれしな便」

文:炭本まみ

■ライタープロフィール
炭本まみ:北海道旭川市出身。保育士として10年勤務後、様々な仕事を経験し、フリーライターに。子育て・発達障害など保育士経験と子育て経験を基にした記事と、地元旭川、北海道の魅力をもっと地元民や道外の人に知ってもらえる記事を執筆中。