MENU

仕事・働き方

特集 | 人が集まるプレイスメイキング術

農と食で広がる心地いい関係、「トラキルート野菜市」。

  • URLをコピーしました!

福岡県糸島市で自然に優しい農法で野菜を育て販売する『野菜やトラキ』の山本誠さんと和佳さん。彼らが2020年11月に「食を発信する場」としてスタートとしたのが『トラキルート』であり、「トラキルート野菜市」。農と食でつながる場づくりについて学びます。

最近は移住地としても注目されることも多い福岡県糸島市。市内志摩岐志地区にある岐志漁港に近い場所に『トラキルート』はある。2014年に新規就農した『野菜やトラキ』の山本誠さんと和佳さんが開設した場だ。今回、そこで毎月第1・3土曜に開催される「トラキルート野菜市」を訪ねた。
 
午前11時の開場前からすでに大勢の買い物客の姿が。その人気ぶりにも驚かされるが、興味を覚えたのが、『トラキルート』の建物。事前に「作業小屋」と聞いていたそれは、外観は一軒家のレストランと見まがう瀟洒な外観。内部も天井が高く、キッチンがあったり、薪ストーブが置かれていたり。

「トラキルート野菜市」では、『野菜やトラキ』の野菜だけでなく、二人が「同志」と呼ぶ、近隣の仲間の農家さんの野菜も一緒に販売している。無農薬や有機栽培など、自然との関わりや共存を意識した農法で育てられたものばかり。野菜はどれも瑞々しく、見るからにおいしそう(実際おいしい)。

出店する農家さんもただ野菜を置いておくだけでなく、店頭に立ち、率先してお客さんと話す。常連も多く、お客さんと農家さんの関係も近い。「この前とだいぶ野菜が変わりましたね〜」という、会話も聞こえてくる。農家さん同士もまた同様に、栽培や経営に関して気になっていることなどを共有したりする場になっているよう。場に居合わせる人の多くが笑顔で、あちこちで笑い声の絶えない、心地よい空間だった。

 (145467)

「トラキルート野菜市」の開催を伝える手書きの看板。サインなどはあえて控えめにしている。
 (145465)

『野菜やトラキ』の採れたての新鮮なナスなどの野菜。年間50アイテム、300種類ほどの野菜を少量多品目で生産する。
 (145466)

家族で野菜市に参加する農家さんも。イベントであり、自分が楽しむ場でもある。
目次

「畑とお客さんを結ぶ」 場所として。

山本誠さんと和佳さんが『野菜やトラキ』を始めたのは2014年のこと。誠さんは勤めていた造園の会社を辞め、和佳さんの実家のある糸島市で新規就農の道を選んだ。ちなみに「トラキ」とは、和佳さんの曾祖父・虎喜さんの名に由来する。「知識はあまりなかったけど、勤めながら家庭菜園で野菜をつくっていました。そのときから農薬を使わず、有機肥料だけでやっていたので、それを広げ、職業にしていこうかなあって、そうしただけ」と誠さん。育てている野菜はあっという間に著名なシェフから指名が入るほど人気になったが、誠さんは冷静だった。「有機でも、農薬を使う慣行農業でも、一生懸命やる人は大勢いる。僕の場合は、自分の性格が合っていたんでしょうね」。

生来の研究熱心さ、几帳面さが生かされたのだろう。膨大な労力がかかるといわれる有機・無農薬による栽培も、誠さんは日々淡々とこなす。ただ、そんな中でも、ある思いがよぎったことが『トラキルート』の着工に至った。

「そこは販売する場でもあり、みんなと集える居場所でもあったり。イベントもできるようにしたいねって思って、つくったのが、ここ。『畑とお客さんを結ぶ』場所になればいいなあって。名前にルートと付けたのは、根っこが伸びてつながりが広がっていってほしいという想いから。やっぱりモチベーションが下がったら、それが野菜に移るから。なるべく気持ちを高くしながら、野菜に向き合うためにはどうしたらいいかと考え抜いたうえでの一つの形でした。過酷で大変という、農家のイメージを変えたいという気持ちもありました。そして、私たちが就農したあと『移住して、有機農業をやりたいけどどうしたらいいでしょうか?』と、若い方たちから相談をたくさん受けました。今、『トラキルート野菜市』で一緒にやっているのは、ずっと一緒にやってきた同志。野菜市も、その”つながり“を大事にしています」。

 (145469)

「トラキルート野菜市」当日朝。開店を待つ行列が。
 (145468)

「トラキルート野菜市」の開催日の様子。

「トラキルート野菜市」という場が持つ意味。

時代とともに認知度の上がる有機農業ではあるが、作業に手間がかかるぶん、金額的には当然割高になる。それをどこでどう販売するかは大きな課題だ。「有機の農家さんがぎゅっと集まって場をつくったら、それを必要としているお客さんが来るんじゃないか。それに多品目を栽培しているけど、それだけじゃ野菜は足りない。だったら集まってやろうかとスタートしたのが『トラキルート野菜市』でした」と誠さん。和佳さんも、「有機の農家さんには職人みたいな人が多くて、結構畑に籠もっちゃうんです。だから、月2回くらいはみんなで集まると、農家同士の情報交換をする場にもなったりと、いろんなことを兼ねることができるのです」と続ける。

「トラキルート野菜市」という場づくりには、さまざまな工夫が施されている。まず開催を2週間に1度という頻度にしたこと。「月2回、第一・三土曜日って覚えやすいですしね。2週間おきくらいだとお客さんも季節の変化を感じられますし、農家さんも楽しみになる。あとは、毎回ゲストを呼んでいるんです。うちを含めた農家さん8軒に加え、毎回異なるゲストの人を招き、野菜を使った加工品などを販売してもらっています。毎回、同じだったら飽きてしまいますから(笑)」と和佳さん。

「トラキルート野菜市」の特徴はなんといっても、集う人たちのマインドだろう。『TomatoFarm 西農園』の西正剛さんは「勉強の場であり、自分たちが磨かれる場。売り方、育て方、みなさんのすべてが勉強になります。恩恵ばかりいただいているので、のちのち恩返しできたらいいなあって思っています」。『かやのこ農園』の篠原優子さんは仕事への向き合い方を学べる場所だと話してくれた。「売れればいいやではなく、価値を高めるということを、ここに来て、すごく意識するようになりました。自分がきちんとやっている仕事に対しての評価を、自分でちゃんとしてあげられるようになったかな」。

農園作業のお手伝いなどを担う浦田朝夏さんは、「ここは大きな家族みたいな感じ。和佳さんはお母さんみたいでいつもあったかい。うれしいことやしんどいことを共有できる場所。そんな感覚を持っています」。

 (145470)

「トラキルート野菜市」では毎回ゲストとコラボするのも特徴。取材時は人気フレンチレストラン『TERROIR』による、加工品が並んだ
 (145471)

『トラキルート』の内観。ディスプレイの随所にセンスが感じられる。
 (145472)

「トラキルート野菜市」で販売リーダーを担う三好聡子さん。

農業を軸につながる 小さなコミュニティの可能性。

自分たちが一緒にいて心地いい人たちによる、小さなコミュニティ。それが『トラキルート』であり、「トラキルート野菜市」なのだろう。一見、排他的になってしまいそうにも思えるが、そこには和佳さんの哲学がある。「目指しているところは一緒だけど、それぞれ個性はある。野菜も一緒でしょ。同じ野菜をつくっても、農家さんそれぞれで味が違う。そして、やっぱり『この人!』ってお互いが思える人を、第六感じゃないけど、感覚が自然と働いて、人を集めていることも大きいかも(笑)。でも、集まってくれる、お客さん含め、“みんなが宝”と思って接しているから、いい空気感が生まれているのかもしれないですね」。

取材の日、ゲストに呼ばれていたのが、フランス料理レストラン『TERROIR』のオーナーシェフ・日下部誠さんだ。ハウステンボスのメインダイニング総料理長、『ホテルマリノアリゾート福岡』の総料理長を歴任した。2020年秋に現在の店をオープンしたのだが、なんと日下部さん、誠さんのつくる野菜に惚れ込み、店を農園の近くに建ててしまったのだ!「僕ら料理人は、食卓と生産者さんをつなぐ仕事ですが、ここ糸島には気持ちのある生産者さんが多い。そんな方々の食材を扱えることが、僕の料理のモチベーションです。いわゆる有機・無農薬栽培をしていますが、そこが重要なわけではないです。作物は人がつくるもの。結局は人なんですよ」と日下部さん。

自然に優しい農業を軸に、軽やかにつながる小さなコミュニティの可能性。おいしい野菜は人々の心を一つにするのだろう。ここは、いい風をまとった、安心できる人たちが営んでいる。

 (145473)

『野菜やトラキ』の野菜をはじめ、糸島産野菜を使った『TERROIR』の料理。
 (145474)

オーナーシェフの日下部誠さん。
 (145475)

『野菜やトラキ』の山本誠さんと和佳さん。自宅近くにある畑にて。

「トラキルート野菜市」をつくる楽しい仲間たち。

『TomatoFarm 西農園』西正剛さん

 (145480)

ここに参加する農家さんは、みんな野菜に対して真摯に向き合っていて、そういうところが非常に勉強になります。売り方や育て方、見せ方など、さまざまな勉強の場です。

『ペケレ自然農舎』井手裕一さん

 (145496)

自然農でつくった野菜は個人宅配がほとんど。店舗にはほぼ卸していません。「トラキルート野菜市」は和佳さんが呼んでくれたから。みんな人柄もすばらしいし、ありがたいです。

『かやのこ農園』篠原優子さん

 (145497)

『野菜やトラキ』で1年間研修を受け就農しました。出荷して終わりではなく、お客さんの顔を見ながら販売できるこういう場所は、たくさんのヒントをもらえますね。

『鍛冶農園』鍜冶邦之さん

 (145498)

畑がおもしろすぎて、畑からほとんど出ない生活をしていました(笑)。でも、ここに来ると病害虫の共有もできるし、お互いがブラッシュアップしていける。これ以上ない、最高の関係です。

『ザニン農園』ジャンルカ・ザニンさん、河津望さん

 (145499)

イタリア野菜を中心に育てています。お客さんが実際に買い求める姿を見られたり、私たち自身の情報交換の場という意味でも、ここは大きな存在。ここに来ると安心します。

『野菜やトラキ』サポートスタッフ 浦田朝夏さん、山西裕香さん

 (145500)

さまざまな野菜の成長を感じたり、小さな生き物に触れられるこの環境が好きです。そして人がみんなおもしろい! そんな場に関われることに感謝しています(浦田さん)。誠さん、和佳さんのお手伝い、農家さんのサポートをするのが楽しい!最初は週1だったけど、野菜と関わるのが楽しくて、今では週3で通っています(山西さん)。

野菜市販売リーダー 三好聡子さん

 (145501)

夫婦で糸島市に移住。農家さんのお手伝いをしています。顔や人柄が伝わってくる農家さんの野菜を食べれるってとても豊か! こんな場所が全国にいっぱいできたらいいなあって思います。

『わかまつ農園』若松潤哉さん

 (145502)

誠さん、和佳さんとはちょうど同じ時期に新規就農をしました。お互い有機農業ということもあり、いい意味でライバル。協力したり情報交換し合える大事な仲間です。
photographs & text by Yuki Inui

記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね
  • URLをコピーしました!

関連記事