福岡県糸島市で自然に優しい農法で野菜を育て販売する『野菜やトラキ』の山本誠さんと和佳さん。彼らが2020年11月に「食を発信する場」としてスタートとしたのが『トラキルート』であり、「トラキルート野菜市」。農と食でつながる場づくりについて学びます。
午前11時の開場前からすでに大勢の買い物客の姿が。その人気ぶりにも驚かされるが、興味を覚えたのが、『トラキルート』の建物。事前に「作業小屋」と聞いていたそれは、外観は一軒家のレストランと見まがう瀟洒な外観。内部も天井が高く、キッチンがあったり、薪ストーブが置かれていたり。
「トラキルート野菜市」では、『野菜やトラキ』の野菜だけでなく、二人が「同志」と呼ぶ、近隣の仲間の農家さんの野菜も一緒に販売している。無農薬や有機栽培など、自然との関わりや共存を意識した農法で育てられたものばかり。野菜はどれも瑞々しく、見るからにおいしそう(実際おいしい)。
出店する農家さんもただ野菜を置いておくだけでなく、店頭に立ち、率先してお客さんと話す。常連も多く、お客さんと農家さんの関係も近い。「この前とだいぶ野菜が変わりましたね〜」という、会話も聞こえてくる。農家さん同士もまた同様に、栽培や経営に関して気になっていることなどを共有したりする場になっているよう。場に居合わせる人の多くが笑顔で、あちこちで笑い声の絶えない、心地よい空間だった。
「畑とお客さんを結ぶ」 場所として。
生来の研究熱心さ、几帳面さが生かされたのだろう。膨大な労力がかかるといわれる有機・無農薬による栽培も、誠さんは日々淡々とこなす。ただ、そんな中でも、ある思いがよぎったことが『トラキルート』の着工に至った。
「そこは販売する場でもあり、みんなと集える居場所でもあったり。イベントもできるようにしたいねって思って、つくったのが、ここ。『畑とお客さんを結ぶ』場所になればいいなあって。名前にルートと付けたのは、根っこが伸びてつながりが広がっていってほしいという想いから。やっぱりモチベーションが下がったら、それが野菜に移るから。なるべく気持ちを高くしながら、野菜に向き合うためにはどうしたらいいかと考え抜いたうえでの一つの形でした。過酷で大変という、農家のイメージを変えたいという気持ちもありました。そして、私たちが就農したあと『移住して、有機農業をやりたいけどどうしたらいいでしょうか?』と、若い方たちから相談をたくさん受けました。今、『トラキルート野菜市』で一緒にやっているのは、ずっと一緒にやってきた同志。野菜市も、その”つながり“を大事にしています」。
「トラキルート野菜市」という場が持つ意味。
「トラキルート野菜市」という場づくりには、さまざまな工夫が施されている。まず開催を2週間に1度という頻度にしたこと。「月2回、第一・三土曜日って覚えやすいですしね。2週間おきくらいだとお客さんも季節の変化を感じられますし、農家さんも楽しみになる。あとは、毎回ゲストを呼んでいるんです。うちを含めた農家さん8軒に加え、毎回異なるゲストの人を招き、野菜を使った加工品などを販売してもらっています。毎回、同じだったら飽きてしまいますから(笑)」と和佳さん。
「トラキルート野菜市」の特徴はなんといっても、集う人たちのマインドだろう。『TomatoFarm 西農園』の西正剛さんは「勉強の場であり、自分たちが磨かれる場。売り方、育て方、みなさんのすべてが勉強になります。恩恵ばかりいただいているので、のちのち恩返しできたらいいなあって思っています」。『かやのこ農園』の篠原優子さんは仕事への向き合い方を学べる場所だと話してくれた。「売れればいいやではなく、価値を高めるということを、ここに来て、すごく意識するようになりました。自分がきちんとやっている仕事に対しての評価を、自分でちゃんとしてあげられるようになったかな」。
農園作業のお手伝いなどを担う浦田朝夏さんは、「ここは大きな家族みたいな感じ。和佳さんはお母さんみたいでいつもあったかい。うれしいことやしんどいことを共有できる場所。そんな感覚を持っています」。
農業を軸につながる 小さなコミュニティの可能性。
取材の日、ゲストに呼ばれていたのが、フランス料理レストラン『TERROIR』のオーナーシェフ・日下部誠さんだ。ハウステンボスのメインダイニング総料理長、『ホテルマリノアリゾート福岡』の総料理長を歴任した。2020年秋に現在の店をオープンしたのだが、なんと日下部さん、誠さんのつくる野菜に惚れ込み、店を農園の近くに建ててしまったのだ!「僕ら料理人は、食卓と生産者さんをつなぐ仕事ですが、ここ糸島には気持ちのある生産者さんが多い。そんな方々の食材を扱えることが、僕の料理のモチベーションです。いわゆる有機・無農薬栽培をしていますが、そこが重要なわけではないです。作物は人がつくるもの。結局は人なんですよ」と日下部さん。
自然に優しい農業を軸に、軽やかにつながる小さなコミュニティの可能性。おいしい野菜は人々の心を一つにするのだろう。ここは、いい風をまとった、安心できる人たちが営んでいる。
「トラキルート野菜市」をつくる楽しい仲間たち。
『TomatoFarm 西農園』西正剛さん
『ペケレ自然農舎』井手裕一さん
『かやのこ農園』篠原優子さん
『鍛冶農園』鍜冶邦之さん
『ザニン農園』ジャンルカ・ザニンさん、河津望さん
『野菜やトラキ』サポートスタッフ 浦田朝夏さん、山西裕香さん
野菜市販売リーダー 三好聡子さん
『わかまつ農園』若松潤哉さん
記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。