ブドウなどの果樹栽培が盛んな山梨県山梨市に移住し、一から無肥料・無農薬の自然栽培を始めた太田欽也さん・美保さん夫妻。もともと音楽の仕事などをしていた夫妻は、自ら立ち上げた農園『おととわ』で、農業と食、芸術の融合を目指しています。
樹や自然に寄り添い、農業が楽しくなった。
美しい里山の風景が広がる山梨県山梨市の八幡地区に『おととわ古民家カフェ』はある。経営するのは果樹(ブドウ、プラムなど)の自然栽培農家・太田欽也さん、美保さん夫妻だ。
欽也さんはもともと静岡県出身の舞台俳優、ロックシンガー。美保さんは福島県出身のピアニスト。夫妻は神奈川県川崎市に住んでいたが東日本大震災をきっかけに首都圏から近い山梨市に移住した。
「農業をしたい」という強い思いがあったわけではないが、知人の紹介で農業と出合い、有機栽培の畑を任されることに。そこで4年間勤めた後、2015年に独立。果樹の無肥料・無農薬栽培を主軸とする農園『おととわ』を立ち上げた。移住して初めて農業に携わり、独立にまで至った理由を、「一から作物を育てることで、まるで無から有ができるようなことに感動したんです。農業にはもっといろいろな可能性があるのではないかと、追求したくなりました」と夫妻は語る。
夫妻は独立前から無肥料・無農薬の自然栽培に切り替えたいと考えていた。「畑で子どもを自由に遊ばせたい」「子どもに安心して食べさせられるものを作りたい」などの思いからだ。夫妻にも子どもが2人いる。

青森県でリンゴの無農薬・無施肥栽培を成功させて有名になったリンゴ農家・木村秋則さんを知って感銘を受け、実際に会えたことも大きな理由だ。
「コントロールはせず、観察し、寄り添って、(リンゴの)樹の状態に応じて手をかけたり、時には放っておいたりすることが大事だと木村さんは言いました。固定概念に縛られず、子育てのようでもあり、地球にも人にもやさしい栽培方法に感動し、もっと勉強したいと思うようになりました」と、欽也さんは木村さんからの教えを振り返る。
果樹の無肥料・無農薬栽培は野菜や米に比べると圧倒的に難しい。実が生ったとしても、一般的な規格に沿った「優等生的」な果実にはならない。そこで一般の販売ルートに乗せるのではなく、ウェブサイトでの顧客開拓や第六次産業化、畑での収穫体験イベントなど、多角的に販売に取り組んだ。
しかし、無肥料・無農薬栽培は難しく、挑戦1年目の収入はほぼゼロだった。やめようと考えたこともあったが、「アレルギーがあるが、太田さんのブドウは食べられました」といった手紙や電話をもらうとやめられなかった。
夫妻は木村さんの教えを何度も思い返し、実践。果樹と対話するような気持ちで接していくうち、土や樹が年々、本来の生命力を取り戻し、農薬や肥料の力を借りずとも樹自身の力で立派な実をつけるようになっていた。「初めて無肥料・無農薬が叶った果実を食べた時の感動は忘れられません」と夫妻は語る。

「農・食・芸」で、個性を生み出す。
また、夫妻は自分たちらしさとして「農・食・芸」というコンセプトを意識し始めた。「農と食は人間が生きるのに欠かせないもの。芸=芸術は、人が自分らしく楽しくいられるためのもの。どれも人間には必要だと思います」と美保さん。大事だと思う順番は「農・食・芸」だ。東日本大震災も経て、大切なのはやはり食で、それを生み出すのが農、芸はそれらが十分にあってこそ真価を発揮するものだと考えている。

「でも、芸は農や食を知るための間口を広げてくれます。『自然栽培の果実を畑で味わって』では興味を持ってくれなくても、『畑で音楽会をするから来て』だと『楽しそう!』と来てくれる。その結果、『無農薬の果実って、おいしい』と思ってくれればいいですよね」。

「農・食・芸」の実現の幅をさらに広げてくれる古民家との出合いもあった。現在の『おととわ古民家カフェ』の建物だ。もとは美保さんの友人の義父の家で、友人から「活用したい」と相談されたのがきっかけだった。
最初はほとんど改築もせず、昔の生活の雰囲気が残る中で、知り合いのミュージシャンを呼んでの演奏会や、食育体験などのイベントを行った。

イベントの積み重ねは、『おととわ』ならではの個性を外に発信することにもなった。仲間が制作してくれたプロモーション動画の効果などでファンが増え、収入にもつながった。
今年に入ってからは新たな展開があった。地元銀行が行う地方創生の助成事業の一つに選ばれ、古民家を民泊やカフェとして経営するための助成金を得られた。仲間や賛同者、地域の協力でリノベーションし、4月には民泊ができるようになった。

夫妻は宿泊体験を通し、山梨や山梨の農業や食に興味を持ってもらいたいとも考えている。「縁があってこの場所で活動をするからには、自分たちが楽しむだけでなく、古民家再生や、移住・定住促進などで少しでも地域に貢献できたら」と美保さんは目標を語る。

そして7月には冒頭の『おととわ古民家カフェ』が、同じ建物の1階でオープン。安心して食べられるおいしい果実を、その朝採れた新鮮な状態で提供できるようになった。『おととわ』の果実の主な販売手法は通販で、最大限気を使って発送しているとはいえ、より新鮮なものを食べてもらいたい気持ちがあるだけに、朝採れの果実を使えるのはうれしい。

楽しいことを掘り下げ、ほかとの差別化に。
太田さん夫妻が独立して農業に挑戦してから5年目。「稼ぐ」ポイントは「多角的、複合的に収入を得ること」にあるようだが、その発想はどうやって生まれてくるのだろうか。欽也さんに尋ねてみた。
「自分が楽しいと思うこと、得意なことを掘り下げたりつなげたりしていく。そうするとその人ならではの個性が出て、差別化にもなります。僕たちの場合は、『農・食・芸』の融合でした。紆余曲折の中で出会いや別れもありましたが、私たちとつながってくれたすべての方のおかげで今があります。人の輪が広がり、民泊やカフェもできました。感謝しかありません」
得意なことを活かし、つながりを大切に自分たちの農業の着地点を探していったという。
「僕はいくつかの収入源を持つ方法が性格的にも合っていますが、アイデア次第で農業一本でもやっていけると思います。子どもと向き合う時間も取りやすく、農閑期には思いつき、行き当たり“ばっちり”で旅行に出かけたりもできます。季節や天候に合わせて生活を自由にデザインできることも、農業の大きな魅力です」
Connection with local people & place.
『おととわ』流・農+食+芸の楽しみ方。人と人とがつながっていきます。
食育イベント
体にやさしい食材でお菓子などをつくり、食育を行うイベント。この日はパフェをみんなでつくった。
浴衣でぶどう狩り
「ただのブドウ狩りじゃ物足りない!」と、普段着ない浴衣を着る楽しみも組み合わせたイベント。
『おととわ古民家カフェ』オープン
『おととわ』の果物をふんだんに使ったこだわりの料理やスイーツを揃える。左写真は果物を隠し味にした「フルーツスパイスカレー・ランチセット(1350円)」。会場としての貸し出しも行い、親子イベントなどでにぎわうことも。
蔵プラネタリウム
カフェ敷地内の蔵の屋根を利用して、プラネタリウムを楽しむ。昼も蔵の中は真っ暗になるのを利用。
野焼き
『おととわ古民家カフェ』の庭で、剪定した枝を利用し、みんなで素朴な素焼きを焼いてつくった。
Under the same sky project
毎年3月に音楽や映像、写真などを通して、当たり前じゃない日常や「今、ここ、生きる」を考えるイベントを山梨県内で開催。宙先案内人・高橋真理子さんをはじめ、美保さん・欽也さんのアーティスト仲間が多数参加。
ぬくとい祭り
ヨーヨーパフォーマーやアーティスト、整体師など、長野の仲間と行った縁日のようなイベント。
蛍見ナイト
カフェの前を流れる兄川で、蛍が飛び交うのを観賞したイベント。その後は民泊した人もいる。
太田欽也さん 『おととわ』主宰
稼働日のスケジュール
繁忙期
5月〜9月
冬も樹の剪定などがある。カフェができたので今後は変わるかも。
収入は?
民泊やカフェも始めたので今年から上向きそう。農業やイベントも含め、今後は月50万円の利益を目指していきます。
農業の楽しさって?
自然という計り知れない可能性に触れられることと、そこからおいしいものをつくって人に喜んでもらえること。