しあわせ

連載 | こといづ | 93 しあわせ

 「あのなあ、かっちゃん、みかちゃん。おかしなこと言うじょ。でもな、ほんとの話や」。秋祭りが終わったあと、一杯飲んでほっこりしたユキさんが穏やかな口調で話してくれた。「最近は、歳を取ったんか、いろんなもんがもの言うじょ。もの言うんは人だけやないじょ。この前は、野菜が『ご主人、ご主人』言うてきたじょ。笑うな。夢ん中やじょ。『ご主人、追肥の種類が違いやしませんか』って野菜が言うてきよるんや。もの言うじょ、野菜は。ほんでなあ、朝起きて畑行ったら、ほんまに間違うとったわ。こりゃいかんってなあ、追肥をやり直したんや。笑うとるじょ。ほんとの話や」。


 大根、白菜、人参、春菊、にんにく、玉ねぎ。もりもり育ってきた畑に立つと、それだけで幸せな気持ちになる。なんでだろう。全部食べられるからなのか、どれもおいしいからなのか、やっぱり自分で育てた畑は特別なんだろうか。と言っても、何をもって「育てた」のか分からなくなっている。


 毎朝、葉についた虫を取って、水を撒いて、大きくなってきたら間引いて。手を出したのはそういうささやかなことで、それよりも野菜は勝手に、はじまりの種から、すくっと芽を出して、何度も消えてなくなりそうになりながらも、ある日、ぐんと大きくなる。野菜たちに囲まれると、そうやな、ずっと一緒にただけやなあ、一緒にらしてもらっただけやなあと、それだけで幸せな気持ちになる。


 ユキさんは毎朝、村の入り口にあるお地蔵さんの周りを綺麗にして、手を合わせる。子どもの頃から、今年で86歳。心を込めて毎日話しかけていると、不思議なことも起きる。「お地蔵さんの前でな、目をって手を合わせとったら、ぶわあぁぁといろんな色が流れていくんじょ。オーロラは見たことないけど、あれはオーロラみたいなもんかのう。綺麗な、すごいもんじゃれ」。


 寝ぼけをうっすら開けると、明るくなりかけた空に、いかにも秋らしいぽわぽわした雲が浮かんでいて、桃色や藤色に染まっていく。雲がなければ気づかない色だなぁ。今度は反対側にぐるっと寝返りを打つと、紅葉した山の樹々に色がぱあっと移って輝き出した。黄色と橙色。きんきんきんきん、ててててて。幸せな色だなあと思う。


 「最近はなあ、柚子味噌つくってもなあ、においがせえへん」とは、88歳になったハマちゃん。「よごみもや。よごみ。あんれも、においがせんなった」。よごみは、春のよもぎのことで、柚子もよもぎも、僕たちには脳がスッとするほど芳潤な香りに満ちているけれど、昔の植物はもっと豊かだったのだろうか。「昔はなあ、家ん中に柚子を置いとったら、外までにおいよったで。あの家ん中には柚子があるってわかるんや。そこらの木のな、もう誰ももがへん思うて、こっそりもいでもな、ひどうにおうてバレてしまうんや。かなんかったで」、ニカッと笑うハマちゃんはそう言うけれど、柚子味噌も柚子ジャムも、くらっとするくらいよい香りで、秋が家中に満ちている。


 こぉけっうこっこー。烏骨鶏が4羽、うちに再びやってきた。前のウコちゃんたちは次々とテンに襲われて全滅させてしまったけれど、今度はできる限り対策を練って、悲しい繰り返しにはさせまい。ひと晩経って落ち着いた雌鶏がさっそく卵を産んだ。「たまに虫をあげると、ほんと喜ぶよ。カメムシなんて飛びつくぜ」と、烏骨鶏を譲ってくれた大地くんが言うので、早速、カメムシを与えてみると、あっという間に食べ切った。ううう、うれしい。毎年大量に発生するカメムシ、捕獲するのは簡単だけど、取っても取っても何処かから家に入ってくるカメムシが餌になるなんて。烏骨鶏が食べて、卵を産んで。僕たちのは、カメムシは食べないけど、卵は食べられる。ああ、こういうのが、始まりから終わりまでつながってて、なんやしらんおいしくて、幸せ。

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