農泊が田舎暮らしを守る活力に。編集する地域おこし協力隊を訪ねる

農泊が田舎暮らしを守る活力に。編集する地域おこし協力隊を訪ねる

農泊を推進させるため、地域おこし協力隊となって長崎県西海市に移住した橋本ゆうきさん。体験を通じて伝える半自給自足な暮らしと、地域に根付いた住民の生きる知恵に触れる。

山と海の間で、昔ながらの暮らしが体験できる町・西海


長崎県の西に位置する海と農村の町、西海市。長崎市中心部から車で海沿いの道を辿って行くこと1時間半、訪れる人をゆったりと迎え入れてくれる自然豊かな町である。この地域に今も流れ続ける、半自給自足的な暮らしの日々。世代を渡って受け継がれてきた営みは、便利な生活に慣れた私たちにとっては新鮮なもの。今回は、そんな西海の昔ながらの暮らしを価値ある“体験”へと変えるべく活動する、西海市地域おこし協力隊の橋本ゆうきさんにお話を伺った。


事務局内観


2018年1月より長崎県西海市の地域おこし協力隊となり、現在任期3年目となる橋本さん。主なミッションは、この地域における「農林漁業体験民宿(体験型民泊)事業」の推進だ。
具体的な業務内容は多岐に渡る。そもそも、橋本さんが地域おこし協力隊に就任した当初は、農泊の受け入れ体制や仕組みなどが何もない、ほぼゼロの状態からのスタートだった。主に農泊の対象としているのが、修学旅行生。旅行会社への営業のために関西方面まで出張したり、西海で農泊の受け入れ家庭を増やすべく区長会に出向いたり。いざ旅行会社からの受注が決まれば、クライアントと地域側との調整役に回る。現在では約40件の家庭が農泊民家として登録されており、およそ120名程度の規模の学校を受け入れ可能な体制になっている。
(2020年8月現在、新型コロナウイルスの影響を考慮して受け入れを自粛中)


事務局HP 山と海の郷さいかい事務局


どうして西海に移住したのですか?


平成17年の規制緩和以降、実は長崎県内で西海の動き出しが最も早かったという。しかし、その後の体制整備やPRなどがうまくいかず、受け入れ民家は10件にも満たなかった。そうするうちに、他の市は登録件数を増やし、盛り上がりを見せる中、西海は数件の登録物件がただあるだけ。お客さんも来ないし、PRもしていない。そんな状況が続いていた。


もう一度仕切り直しで頑張っていこう。


2016年に再び市としての方針を固め、助成金などを活用しながら取り組んでいくことになった。また同じ年に、有志で農泊を推進していくための任意団体の会も立ち上がる。ここで、フリーランスで編集・デザインを仕事にする橋本さんに、西海の農泊をPRするパンフレット制作の依頼が来た。橋本さんが西海に移住するまでの物語の始まりである。


西海の自然の恵みや土地の魅力はもちろん、住民を尋ねてこの地域での暮らしぶりを丁寧に取材。橋本さんは以前、長崎県のタウン情報誌の編集長を務めていた経歴も。雑誌に掲載するお店の取材で西海まで来ることはあっても、一般の市民にお話を聴く作業は新鮮だった。また、農泊に登録する人たちを一件一件取材していくうちに見えてきた、小さなコミュニティで当たり前のように残り続ける自給自足な生活は、橋本さんの理想に近いものを感じたという。


各種パンフレット
フリーランス時に制作した一番最初のパンフレット(右下)。移住後も様々なツールを制作している

西海と農泊の魅力が詰まった素敵なパンフレットができあがり、旅行会社への営業活動も本格的に。そうして次第に予約が増え、西海の農泊事業は軌道に乗り始めた。すると、事業が拡大していくにつれて、有志の市民団体だけでは回らない部分が出てくる。
「これからも農泊を推し進めるためには、継続的に力を貸してくれる存在が必要だ」
住民の皆さんは、市役所に地域おこし協力隊の導入を要望。応募の話は、橋本さんの耳にも届いた。


実は、以前より移住先を探していたという橋本さん。パンフレット作りの取材を通して、「もっと西海の暮らしを知りたい」と心が惹かれていた。自分で考えて進む道を決めることもあれば、ご縁が導いてくれることだってある。小さなコミュニティに根差す暮らしを“実践”するため、橋本さんは西海への移住を決意、流れに身を任せて飛び込んだ。



農泊が地域にもたらすものとは?

橋本さんの目に映る、農泊が地域にもたらすモノ


地域おこし協力隊として農泊事業を進めてきた橋本さんは、地域や社会に与えるメリットをどのように捉えているのか。橋本さん曰く、ただ民家への宿泊を通じて地域の交流人口が増える、という単純な話ではないらしい。編集者の目には、もっと多くの側面が見えていた。


囲炉裏にて


冊子制作や農泊事業をPRするために、地域住民の何気ない毎日の暮らしをわざわざインタビューし、撮影して写真に収める。畑仕事や、味噌の手作り、拾ってきた竹の皮で作るちまき。その“何気ない暮らし”は、一世代降ったら無くなってしまう瀬戸際にあるものだって少なくない。受け継がれてきた地域住民の営みを、記録として残す・次世代に向けてアーカイブしていくことは、きっとこの先何年か後に、かけがえのないものとなって活きてくる。


そうやって取材を繰り返し、農泊の体験プログラムを作っていく。すると地域住民の皆さんは、自分たちにとってはごく普通で当たり前な暮らしを、お金を払ってまで体験したい人がいることに衝撃を受けるのだ。初めは「こんなの普通だよ?珍しいことじゃないのに…」と抵抗感を抱くのだが、聞けば聞くほど、あれやこれやと魅力的なコンテンツがどんどんと出てくる。次第に、本人もその気になってくるというもの。自分たちの暮らしに対価が支払われ、宿泊する都会の子どもたちが喜んでくれる度に、自然と“誇り”みたいなものが芽生えてくるのだ。


それは地域住民の心の中だけじゃなく、西海の町の風景を守ることにも繋がる。いつ辞めてしまうかも分からない畑仕事だけど、月に1回修学旅行生が来るなら、まだ続けてみようかな。何かを継続するモチベーションとは、そんなものだ。町の風景は、住民の営みが集積してできあがる。その町並みが耕作放棄地ばかりになってしまわないように、あなたの暮らしはただの日常の繰り返しではない、誰かが喜んでくれる体験になるのだと肯定することだって無駄ではない。


お客さんのために、より良いおもてなしのために、住民同士で料理の作り方を教え合うなどのコミュニケーションが生まれる。都会の生活しか知らない子供たちに、自然に寄り添うライフスタイルを体験してもらえる。農泊の魅力を、西海とそこに住む人々をすぐ近くで見つめ続けたきた橋本さんの目には、何重にも輝いて映っていた。


「ひこばえ」の店主と、お店の畑で


小さなコミュニティで持続可能な暮らしをする。橋本さんこれまでも、このような価値観を紙媒体で伝えてきたつもりだった。伝えたいことは今も変わらないが、伝え方が変わった。その魅力を“体験”を通して伝えることが、今の橋本さんのテーマである。


田舎暮らしの「貸し借り」の概念


最後に、橋本さんの今の西海での暮らしぶりについて尋ねてみた。


巣木さん宅にて
橋本さんと一緒に、ご近所さんのお宅へ

お話に挙がったのは、特にお世話になっている近所の巣木さん。橋本さんが西海に関わる前から任意団体の会を立ち上げた中心メンバーの一人だ。橋本さんが地域おこし協力隊に就任し、いざ西海に移住するとなった時、多くの農泊メンバーが暮らす中浦集落に空き家を借りることになった。その住居となる空き家も巣木さんらが手配をしてくれたのだ。橋本さんが長崎市から西海市に引っ越しをする当日には、なんと団体のメンバーが1tトラックで家財を運びにやってきくれた。


始まりのエピソードから衝撃的だが、挙げたらキリがない。巣木さんに限らず、この集落の人たちにはとてもお世話になっているそう。お宅にお邪魔すれば、美味しい食べ物が次々と出される。取材時にも手作りのところてんを頂いた。これが本当に美味しいから困ったものだ。


巣木さん手作りのところてん
ところてんの原料・テングサから取ってくることもあるそう。

橋本さんは、特に印象深い出来事を教えてくれた。それは、住居となる古民家の空き家を改装するため、大きな木材を巣木さんと一緒にホームセンターまで買い出しに行った時のこと。「これで買わんね」と言いながら、巣木さんはポケットから見覚えのある封筒を取り出した。その封筒は、橋本さんが引っ越しの時に手伝ってくれた巣木さんへ、菓子折りを添えてほんの少しだけガソリン代をお返ししたもの。そっくりそのまま使わずに、いつか橋本さんのためになる日が来たら、その足しに使ってもらおうと思って大事に取っておいたらしい。衝撃的だった。


このエピソードを含め、この集落の住人たちと生活を共にする中で気付いたこと。どうやら「貸し借り」の概念が私たちとは異なるものを持っているらしい。受け取った借りに対して、すぐにお返しをして精算を済ませたつもりでいたが、それでもどんどん借りを受け取ってしまう。相手は見返りなんて求めていないのだ。


等価交換に慣れてしまい、染み付いている私たち。お金で返さなきゃ、受け取ったものと同等以上のもので返さなきゃ、という衝動に駆られ、それが果たせないでいると気持ち悪く感じてしまう。しかし、すぐその場で精算するのではなく、あえて“精算しない”という選択肢があることを知った。小さなコミュニティで生きていく中で、このような貸し借りの連続は、共同生活における繋がりを緩やかに担保するコミュニケーションの在り方。住みながらにして、橋本さんは身をもって体感した。


巣木さんにはいつもよくしてもらっていて、いわば沢山借りがある状態。しかしながら、それをすぐに返す必要はない。借りをほどよく感じながら、いつもありがたいなと感じながら生きる中で、いつか相手が困ったときには手を貸せばいい。そんな長くて緩やかな、その場面だけで切り取れば必ずしも等価交換と言えない貸し借りの循環の中で物事が進んでいる。


山と海の郷さいかいの看板


西海のとある集落が育んできたのは、豊かな自然と、人々がその中で生き抜く知恵、そして住民同士でギフトを贈り合う関係性だった。農家民泊を通じて、今も息づく昔ながらの西海のライフスタイルに触れてみてはいかがだろう。

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