創業123年、本格焼酎文化を築いてきた福岡の蔵元。次世代へ文化を残し繋ぐ五代目の挑戦。

創業123年、本格焼酎文化を築いてきた福岡の蔵元。次世代へ文化を残し繋ぐ五代目の挑戦。

2021.07.30

1898(明治31)年創業、福岡県朝倉郡にある麦焼酎専門の蔵元・株式会社天盃(てんぱい)。「世界に誇れる本格麦焼酎をつくる」という思いを後世に繋ぐため、五代目となる多田匠さんは、2021年春、東京の会社を辞めて福岡の実家に戻りました。匠さんに、家業を継ぐと決めたきっかけや今後描く未来を伺います。

多田
多田 匠(ただ たくみ)さん:株式会社天盃 五代目。1994年5月1日生まれ。幼少期から、蔵が遊び場の環境で育つ。高校までは福岡県内にて過ごし、大学進学を機に上京。上智大学に入学し、社会学・社会福祉を専攻。卒業後は、Webマーケティングの会社に入社。インサイドセールス、広告運用コンサル、企画設計、戦略プランナーの4領域を経験。2021年5月1日より天盃五代目に就任。

世界に誇れる本格麦焼酎づくり


天盃は、1898(明治31)年に創業した、今年で123年目の麦焼酎専門の蔵元です。代々の多田家が焼酎づくりを続けてきました。三代目の代に、今も続くこだわりの製法が生まれます。


匠さん「私の祖父である三代目から、自社で開発したオリジナルの蒸溜器と独自の理論で焼酎をつくっていますね。


昔、焼酎はお酒の中でも低くみられるような文化があったんです。日本酒のほうが上だ、とか、お米でつくられるお酒はいいけれど、それ以外はお米の代わりでつくっているからよくない、とか。でも、同じ蒸溜酒のウイスキーやブランデーは、世界でも高く評価されているんですよね。


だから三代目は、焼酎の価値を高めて、日本酒と同じように評価されるようにしたい、と考えたそうです。『焼酎は日本酒よりも安くて酔っぱらうためのお酒だ』というイメージを取り払い、文化的な価値もあるお酒にしよう、と。それで、何度もヨーロッパの蒸溜所に足を運び、日本の焼酎ではあり得なかった2回蒸溜の製法にたどり着いたそうです」


2回の蒸溜を重ねると捨てる部分が多くなり、原価は高くなってしまいます。しかし、原料の持ち味が深く味わえる焼酎になるそう。天盃の掲げる「世界に誇れる本格麦焼酎づくり」という大きな目標を実現するために、妥協は一切ありません。自分たちが胸を張って自信の持てる、世界基準の焼酎を生み出し続けています。


蒸溜


匠さん「焼酎の味を決める原料には、福岡県や佐賀県でつくられた二条大麦を100%使用しています。地元の素材でお酒づくりをすることで、昔から盛んな大麦生産という文化を守っていきたいと考えているからです。また、精麦工場に特別注文をして、外側を40%削った大麦を使っています」


昔、焼酎の法律の規定はざっくりとしたものしかなく、粗悪なものも多く流通していたそう。そこで三代目は国に対して、「焼酎(単式蒸留焼酎)」の中でもより価値を持った「本格焼酎」のカテゴリーを作り、法律で定義することを提言します。天盃は先頭に立って「本格焼酎」の歴史をつくってきた蔵元なのです。1970(昭和45)年には、それまで焼酎づくりで一般的だった薬品加工を一切排除し、完全無添加の焼酎の製品化にこぎつけます。


匠さん「実は焼酎(単式蒸溜焼酎)は、2%までなら糖分(砂糖)を加えてもいいんです。でも天盃では、砂糖などの糖類も入れず、完全無添加でつくっています。『まぜもの』ではなく、材料の特性が生きる焼酎をつくりたくて」


麦


四代目の新たな焼酎づくりへの挑戦


三代目が天盃こだわりの製法の基礎をつくりあげました。そして、四代目のお父さんが今力を入れているのが、「クラフトマン多田」という焼酎ブランドです。


匠さん「これまで、ものづくりのこだわりである『ハード』の部分を武器に、お客様に価値を届けてきました。しかし消費の変化に伴い、これからは、お客様にどんな幸せをもたらすことができるのか、という『ソフト』まで提案できるものが必要になってきたんです。


今まで培ってきた技術に加え、醸造や蒸溜の工程を改めて見直し、酒質も大幅にブラッシュアップしました。そして麦焼酎界では初めて、自社の蔵付き乳酸菌で『乳酸発酵』を行う技術を確立。名実ともに『究極の食中酒』として、『クラフトマン多田』をリリースすることができたんです。料理との相性に合わせて、本格焼酎をもっとたくさんの人に楽しんでもらいたいと思っています」


クラフトマン多田
Instagram(@tenpai_distillery)では、最新の蔵元の様子や商品の情報を届ける。

2020年には、とある焙煎所とコラボして、クラウドファンディングに挑戦します。


匠さん「家族みんな、愛媛にある『カトラッチャ珈琲焙煎所』のコーヒーが好きで、取り寄せて毎朝のように飲んでいました。この焙煎所では、中南米のホンジュラスという国から最高品質のコーヒー豆を仕入れています。


ホンジュラスは、コーヒー豆の生産量が世界で5位。輸出量は、アメリカの次に日本が多いそうです。でも、日本でホンジュラスのコーヒー豆はブレンドコーヒーに混ぜられるので、品質が全く評価されていなくて。生産者である農家への還元も小さかったんですよね。そういった農家の方から、カトラッチャ珈琲焙煎所の今井さんは、市場価格の4~5倍の適正な値段で買い付けて日本で売っていました」


しかしコロナ禍で、ホンジュラスには国内全域の外出禁止令が発令され、輸出はストップ。コーヒー豆の生産者は、収入が得られず、農園を維持できなくなってしまう状況に追い込まれてしまいました。そんなとき、今井さんが自身のSNSで、ホンジュラスの危機的な状況とカトラッチャ珈琲焙煎所の想いを発信したところ、大きな反響を受けたそうです 。


匠さん「カトラッチャ珈琲焙煎所の『おいしいコーヒーの秘訣は生産者が笑顔であること』という信念に私たちも強く共感していて。生産者のためにできることをしたい、と考えていました。


私たち天盃にできるのは、蒸溜酒で人を幸せにすること。そこで、ホンジュラスのコーヒー豆と蒸溜酒を掛け合わせたお酒をつくりました。『コーヒースペシャリテ』は、お客様の声を受けて商品化されています」


シンプルに、自分たちにできることで社会にいいことがしたい。自分たちが好きで飲んでいるコーヒーを守りたい。そんな天盃の真っ直ぐな想いから、『コーヒースペシャリテ』は生まれました。


匠さん「コーヒーは、焼酎と同じで嗜好品であり、自分たちの生活を豊かにしてくれるもの。『コーヒースペシャリテ』を通して、コーヒー豆の価値をたくさんの人に届けられていると思います」


クラウドファンディング
クラウドファンディングは、およそ2週間で150万円を達成。

文化を残し繋ぐために「家業を継ぐ」という選択


幼い頃から蔵が遊び場で、仕事を手伝うのも生活の一部だったという匠さん。大学進学を機に上京し、デジタルマーケティングのベンチャー企業に就職します。そして2021年5月、会社を辞めて福岡の実家に戻りました。


匠さん「高校生の頃から、ぼんやりと継ぐことを考えていた気がします。将来は実家に戻る。だったら、大学では違うことを学びたいと思い東京の大学に進学し、社会のことを広く学びました。


就職活動では、マーケティング系の会社を中心にみていましたね。ものは、人と人とのつながりで広がります。焼酎も、問屋さんや酒屋さんなど、人とのつながりがあって、多くの人に届けることができてきました。それをさらに広めていくために、マーケティングの力を使って、人とつながる「きっかけ」を作りたい、と考えたんです。


また、お酒の業界はまだまだアナログな世界です。だから、インターネットを使ったマーケティングを学びたい、とも考え、デジタルマーケティングのベンチャー企業に入社を決めました」


就職してからは、ぼんやりと、30歳までには会社を辞めて家業を継ごうと考えていたという匠さん。お父さんとは日常的に、これからどんな世の中になるだろうか、だったら天盃ではどんなことをしようか、という会話をしていたそうです。


匠さん「2020年に、コロナ禍で緊急事態宣言が出されたときには、福岡の実家でリモートワークをしていました。そのときから毎朝30分ほど、父とミーティングをするようになって。東京に戻ったあとも、途切れるのが嫌で、会社の始業前に電話でミーティングをしていたんです」


コロナ禍をきっかけに、3年後、5年後に予想していた未来が、半年後にやってきました。30歳までには、と考えていた匠さんの人生プランも早まったといいます。そしてある朝のミーティングで、お父さんから、実家に戻る決め手になった言葉を受け取ります。


匠さん「天盃の数字は、コロナ禍をきっかけにかなり下がってきていたんですよね。世の中の変化についていけてなくて、人々から必要とされなくなっている、と思いました。


みんなが焼酎を飲んでおいしいと言ってくれること、人々の生活に根ざすこと、そういった文化が途絶えてしまうのではないか。自分の次の世代に繋いでいけなくなるのではないか。危機感を覚えましたね。


それで、これは戻ったほうがいいかもしれない、と考えるようになりました。父とは、具体的に戻る時期の話をしたことはなかったんですが、ある日『いつ戻ろうか』と聞いたんです。すると、『今、帰ってきてほしい』と一言言われて」


匠さんは戻ることを心の中では決めていたものの、お父さんの一言が最後の一押しになりました。そして、2021年春、会社を辞めて家業を継ぐため、実家に戻ります。


イベント
東京都内で開かれた試飲会の様子。

東京のベンチャー企業から、福岡の家業に入る


ベンチャー企業から家業に入った匠さん。真逆にあると思われる二つの会社ですが、共通点もあると言います。


匠さん「大手企業にはできないこと、自分たちにしかできないことを、スピード感をもってやる、というところは似ているかな、と感じています。


大手企業がやっていることを、私たちのような小さい規模の企業が真似しても、利益を出すことはできません。大手のように、ネームバリューがあるわけでもなく、大量生産をして安く売って見合う利益が出るわけでもない。効率的に利益を最大化する考え方ではなく、非効率でも、価値のあるものをつくることが大事なんです」


似たところを感じている一方、会社の成長という点においては、価値観の違いを感じたようです。


匠さん「ベンチャー企業では、毎年売上を伸ばし成長していくことが『正』です。世の中の人々に求められている証でもあると考えています。しかし、天盃のような家族経営(ファミリービジネス)においては、次の世代に想いをつないでいくこと、文化や価値を残すことが最も大切なんですよね。


場合によっては、120年後も残る会社にするために120%成長させることが必要なフェーズもあります。ですが今私たちが最も大事にしている価値観は、文化や価値を受け継いでいくことなんです」


そして振り返ってみると、ベンチャー企業でデジタルマーケティングを学んだことが、今に活きていると言います。


匠さん「ものを買う側の視点が得られました。そして、インターネット上のマーケティングについて学んできたので、『じゃあどうやって売ればいいんだっけ?』というとき、どの手法を使えば適切か判断できていると思います」


ベンチャー企業から家業に入るという、大きな決断。しかし匠さん自身、「家業で働く」ではなく「生活する」という自然な気持ちで毎日を過ごしているそうです。


匠さん「働いていて楽しい、とか、自分がやってやるぞ、とか、そんな感覚はないですね。蔵は私たち家族の生活の一部でなんです。蔵にいるときも、晩酌するときも、家族の会話は天盃の話。『働く』と『生活する』は同じことであり、私たちにとっては当たり前なんです」


イベント
東京ではたびたび、飲食店さんを貸し切りにしてイベントを開催していた。

たくさんの人に焼酎を楽しんでもらいたい


実家に戻ってからは、焼酎をより多くの人に飲んでもらうための活動をしているそうです。


匠さん「『コーヒースペシャリテ』をつくったとき、普段焼酎を飲まない人にも手に取ってもらうことができて、とても嬉しかったんですよね。焼酎に対して、ネガティブな印象を持っている人がまだまだ多いのが現状で。だからもっと、焼酎をいろんな人に楽しんでもらえるきっかけづくりをしていきたい。例えば、営業活動を通して新しいお取引先さまを見つけてきたり、広報PRや広告宣伝活動を通して認知を広げたりといった活動もしています」


『クラフトマン多田』や『コーヒースペシャリテ』をつくったことで、手応えを感じていることも多いといいます。


匠さん「誰かとコラボすると、広がりは5倍にも10倍にもなることを実感しました。


蔵元は、焼酎づくりをとことん突き詰めて焼酎の可能性を広げていくのが仕事。その中でさらに、超一流の方と組んで超一流の素材を使って、焼酎の新しい可能性を広げていきたい」


五代目の匠さんは、代々の想いを大切に紡いでいきます。


匠さん「父からは『好きなようにやりなさい、自分で決めなさい』と言われているんです。嬉しかったですね。まだまだ分からないことはたくさんありますが、父が信頼してくれていることをすごく感じています」


五代目
2020年ビンテージコレクション「今年のスター」。匠さん自身が酒質設計、蒸溜を考えた。甘さもありつつ、ビターな味わいで余韻もかすかに残るのが特長。リアルタイムにお酒の変化を楽しめる。

自分にしかできない文化の継承を


これからも、『世界に誇れる本格麦焼酎づくり』を続けていきたいと語る匠さん。たくさんの人に知ってもらって手に取ってもらうため、どういった価値を届けていくべきか、深く考えているそう。


匠さん「やりたいことはたくさんあります。でも私たち天盃は、焼酎づくりが一丁目一番地。だから、まず絶対にやるのは、焼酎の品質を高めること。そのあとは世界中に届けるための方法を考えたいです」


届けたいのは、ただ儲かる焼酎ではなく、文化的に価値のあるもの。想いや文化を残し、次の世代に繋いでいきたい、と将来を見据えます。


匠さん「受け取ったバトンを、ちゃんと次に渡したいと思っています。


実家に戻る時期をまだ決めかねていたときです。お世話になっている大先輩から『焼酎屋は、誰でもできることじゃない。想いを分かっている人、継ごうと思っている人だけができること』と言われて。私にしかできないし、絶対やってやろう、と思いました」


「残す」という言葉の重み。変わりゆく世界で、ありつづけることができたのは、そこに本気で向き合った人たちの営みがあったから。五代目がつくる天盃の物語がどんな形で六代目に繋がっていくのか、とても楽しみです。


 


株式会社天盃
住所:福岡県朝倉郡筑前町森山978
連絡先:0946-22-1717
HP:https://www.tenpai.co.jp/