歌手、教師、どちらも私。柳春菜さんの“自分を生きる”生業

歌手、教師、どちらも私。柳春菜さんの“自分を生きる”生業

“ここらで本気出しちゃらん あんたの声ば聴きたかよ” のびやかで透明感のあるボーカルは、重厚なジャズアレンジのサウンドに負けない力強さもあわせ持つ。「そろそろ本気出して あなたの声が聴きたいよ」と、博多弁で伝える『福岡』は、柳春菜(ゆう はるな)さん率いるバンド『ハルナユ』の1曲だ。柳さんはシンガーソングライターであり、英語教員でもある。「今が1番心地よいサイクルで暮らせている」と話す、彼女の働き方、生き方とは。タイトル写真/撮影:御手洗智美(c)ハルナユ

柳春菜
●柳春菜(ゆう はるな)さん/1978年、佐賀県生まれ、福岡県北九州市育ち。3歳より高校卒業までピアノを下川睦美に師事。幼少期よりギターや歌に親しみ、九州大学在学中はバンドで活動。卒業後は自動車メーカーに就職し音楽活動から遠ざかるが、曲作りは続けシンガポールの劇団「北緯1度」へ演劇楽曲を提供。2014年より音楽活動を再開。2015年から英語教員として教壇に立つ。2017年に『ハルナユ』を結成、2018年4月に1stシングル「かかわり」をリリース。以降、福岡を拠点に楽曲制作や数多くのライブ・音楽イベントに出演。2019年には韓国でもライブを行う。写真提供:柳春菜さん

英語教員とバンド『ハルナユ』の活動


職員室のデスクで優しい眼差しを向ける、「英語の柳先生」。彼女のもうひとつの顔はシンガーソングライターで、福岡を拠点に活動する『ハルナユ』のボーカル&キーボードだ。柳さんのほか、ギターの高石純二さん、ベースの内田壮志さん、ドラムの乙藤健太さんによるバンドで、2018年の1stシングル「かかわり」のリリース以降、楽曲制作や様々なライブ、イベントに出演している。


柳さん「平日は、中高一貫校で非常勤講師として中学生と高校生に英語を教えています。教える範囲の幅広さはもちろんですが、子どもから大人になる思春期の世代に向き合うのは、難しいけど面白いです。バンドは春・夏・冬の長期休暇などを中心にライブ、それ以外で楽曲制作という感じですね。私の他にも音楽以外で仕事をもっているメンバーもいますが、みんな引く手数多のベテランのミュージシャンで、スケジュール調整が一番大変(笑)。無理せずゆっくりペースで活動しています」


2019年にリリースし大きな反響があった「カヂマヨ 〜가지나요〜」は、約80年前に山口県で起き、多くの朝鮮人労働者が犠牲となった長生炭鉱水没事故をテーマにした楽曲。この曲がきっかけで韓国でもライブを行った。


教員と音楽活動のダブルワークを、自由にしなやかに楽しんでいるように見える柳さん。


柳さん「フリーランスで教員とかバンドをしている今は、会社員をしていた20代の頃に比べると自由な時間はうまれました。でも収入は半分くらいに減りましたね。それでも自分にとって音楽はライフワークで必要不可欠なもの。以前は無理をしてしまうこともありましたが、最近は心地いいサイクルがつかめてきたと感じています」

柳さんが現在のライフスタイルを確立するまでの道のりを聞いた。


ハルナユ
2019年7月、韓国・ソウルでのライブ。(c)ハルナユ

自由に表現することへの憧れと渇望


佐賀県に生まれ、3歳から福岡県北九州市で育った柳さん。幼少期から様々な習い事をしていたが、中でも英語とピアノが好きで、大学進学で実家を離れるまで続けていたという。


柳さん「将来は何かになりたいというより、漠然と、英語でも音楽でもいいから、表現することが楽しいだろうなと思っていました」


大学ではバンド活動をはじめ、アメリカ留学中も現地の友人とバンドを組み、レコーディングやライブも経験した。


柳さん「私は在日韓国人3世なんですが、日本人とか韓国人とか在日とか、そんな窮屈な価値観が果たして普通なのか。世界を見て確かめたいとずっと思っていたんです。だからアメリカで暮らした1年は大きかったですね」


多様な価値観に触れた留学生活から帰国後、バンドメンバーの医学生と医療機器のベンチャーを創業する話を進めていたのだが、父に反対されたという。


柳さん「自営業で経営の難しさは誰よりわかっていましたから、同じ苦労はさせたくない、頼むから安定した仕事に就いてくれと泣かれまして。私も“100%自分がしたいこと“という自信があるかと言えばそうではなかったので、就職活動したんです」


大学卒業後は自動車メーカーへ入社。仕事で英語は活かせたものの音楽活動からは遠ざかり、それでも曲作りだけは続けていたという。28歳の時にはシンガポールに駐在し、この時の経験が、教員を志すきっかけに。


柳さん「現地の会議では、シンガポールや他のアジア諸国出身のスタッフはみんな、英語が間違っていても気にせず意見をバンバン言うんです。日本から来た駐在員は当然英語を話せるんですが、意見を交わすというより、決まっていた事柄のシェアという印象がありました。でもそれって文化の違いで、受験用の文字が中心で会話の練習が少ない日本の英語教育を受けた私達は、表現するより、『英語を間違っちゃいけない』という気持ちが強い。英語を知っているのに使えないなんて、ハンディを背負ってるなと思ったんです。その課題の解決に1番近づけるのは、学校で英語を教えることだと思いました」


駐在時代
自動車メーカーに勤務しシンガポールに駐在していた頃。マレーシア人の友人宅にて。写真提供:柳春菜さん

教員と音楽活動の両立で得られるシナジー


2009年、自動車メーカーを退社し福岡へUターン。柳さんが31歳の時だ。


柳さん「両親が家業をたたんだのを機に家族のそばに住みたいというのもありましたが、大好きな福岡に戻りたいのが一番でしたね。そして次に働くときは、パッションの向く分野で自分のスキルを活かせたらなと思ってました」


帰福後はベンチャー企業の立ち上げを手伝ったりしながら、通信教育で教職課程を受講。35歳の時に、念願の中学・高校の教員免許を取得した。


柳さん「曲作りは趣味程度に続けていたけれど特に発表しようと考えてはいませんでした。大学を出してもらって会社員になり、どこかで音楽を一生懸命やっていくことに引け目を感じていたんだと思います。でも、退職して福岡に戻り、教員としてイチからスタートした時に、そういういろんな感情が剥がれていって、音楽が1番好きだなという気持ちが沸々と出てきたんです」


そんな時に、英語の仕事を通して出会ったのが、長年プロのミュージシャンとしても活躍してきたメンバーの内田壮志さんだった。


柳さん「私の作った歌を聴いた壮志さんに、『ぜひレコーディングしましょう!』と言われて。それで『ハルナユ』を結成したんです」


当初は英語教員とバンド活動の両立に体が悲鳴をあげそうになったこともあったが、非常勤講師へ働き方を変えたり、ライブや楽曲制作も無理せず行うようにして、心地いいバランスを見つけていったという。


柳さん「ライブと授業って似ているんです。力みすぎると美しい声にはならないし、『今日は絶対この文法を理解させるぞ!』と意気込んでやった授業は生徒の反応もイマイチ。どちらも相手に対して一方的に発信するとダメで、力を抜いてキャッチボールする感覚でいくと伝わります。特に子どもは嘘がないので、表情やレスポンスに出やすいんですよね。こういうことはライブをやっていて気づくこともあるし、授業で発見することもあって。私にとっては相互に良い効果があると感じています」


授業資料
中学1年生のアルファベットの授業で正しい書き方を教えるため、クリップにチョークを付けて作った、黒板に四罫線を引くための道具。写真提供:柳春菜さん

ダブルワークに必要なのは“暮らしの余白”


授業やライブで大切にしている、「力を抜く」こと。これはスケジュール面でも同じで、できるだけ余白を作るようにしていると柳さんは言う。


柳さん「あるとき母に言われたんです。『これから年を重ねていくと、何もしない時間が大切。1人じゃ寂しいから遊びたい、友達と出かけたいってやってると体壊すよ』って。今は学校以外は音楽活動やヨガ、それに最近はキムチを漬けたり、石鹸を手作りするのも楽しくなってきました」


そんなにいろいろこなしていると、逆に詰め込みすぎて忙しくなりそうだが…。


柳さん「週に最低半日は何もしない時間をもって、体を休めます。特に音楽やアイデアは、空白の時間にポッと生まれることが多いんですよ」


ヨガ
ヨガは柳さんの習慣のひとつ。「呼吸すると人って落ち着きますよね。ライブやレコーディングの前は歌の練習よりヨガをしっかりやります(笑)」。写真提供:柳春菜さん

福岡が好きだから。音楽で自分ができること

今この時だからこそ、「福岡」を歌いたい 


『ハルナユ』のライブ活動は、最近ではオンライン配信なども行っているが、公演は主に福岡が中心。これからも拠点は変えずに活動を続けていくという。


柳さん「地元というのもありますが、これまで東京・名古屋・海外に住んでみて、改めて福岡の素晴らしさを感じました。自然も多いし力の抜け具合が大好きです」


ライブで盛り上がるのは、そんな地元への思いを歌った『福岡』。



キラキラ水面に船のって
初恋おもいで能古島
コスモス包まれて我が子
あなたと行ったわ、なつかしや


どんだけうまくかっこつけても
人情なければさびしかろ
ここらで本気だしちゃらん?
あんたの声ば聴きたかよ


いつもシャキッと会社勤めも
夏が近づきゃお登りさん
仕事やないとよ真面目にやらんね
あんたの歌ば聴きたかよ

祝いめでたの若松様よ
かっこつけてもボロが出るだけ、嗚呼
博多の夏はうだる暑さで
てんてこ舞い でもたのしかろ


    ーハルナユ『福岡』より抜粋




(「ハルナユ」Instagram公式アカウント@harunayu_songs より)
耳に心地いい優しくポップな曲調から、リズミカルなジャズアレンジへの転調がアグレッシブな1曲だ。柳さんの透明感のある歌声と、後半、博多の伝統歌『祝いめでた』を大胆に取り入れた力強いシャウトに、心が揺さぶられる。


柳さん「もともとは東京に住む弟や大学時代の友人に向けて、『いつでも福岡に戻っておいで』という思いをこめて作った曲です。でも今、戻りたいけど戻れない、会いたい人に会えない気持ちは、多くの人が抱えていると思います。そんなとき、ふるさとを思い出しながら聴いてほしいですね」
 


子どもからお年寄りまで楽しめる音楽空間を


福岡を音楽で盛り上げるべく、『ハルナユ』は町の小さなサンドイッチ店を会場にさまざまなバンドが出演する「ハルナユ旅館」を企画したり、町おこしイベントなどにも積極的に出演している。


柳さん「小さい頃、祖母や親戚が集まって楽しくなると太鼓をたたいてみんなで歌い踊っていました。韓国の文化ですね。音楽ってもともと、庶民の暮らしにあるものというか、子どもからお年寄りまで、世代の壁を越えて楽しめるものだと思うんです。『ハルナユ』の音楽も特別なものではなく身近なものとして、福岡の人たちの日常に届けることができたらいいなと思っています」


ハルナユ
障がいのある子ども達が集う放課後等デイサービス「こっしーらんど」で行っているクリスマスライブ。2020年はオンラインで開催した。(c)ハルナユ

自分の声と心に向き合える出会いを大事に


英語教員と歌手という好きなことを生業に、自分らしく自然に生きる柳さん。でも、好きなことができるのは、「自分の足で立っている」からだと話す。


柳さん「自立するのは簡単ではないし、何が得意でどんなことにパッションを向けられるか、私もいろいろなことをやってきて、今やっと分かってきたところです。価値観は人それぞれ違っていいけれど、迷った時にこそ自分の声と心に向き合うことが大事だと思います」


学校で生徒に進路を相談された時にも、柳さんは必ず尋ねるという。


柳さん『生徒が『友達が○○大学に行くから、私も行きたいんです」と言ったら、『ホント?』と聞き返すようにしています。“自分軸”で考えて決断して欲しいから。自分に向き合うってすごく孤独だしきついことだけど、1人で悩まなくても誰かに気づかされることもある。私自身も、音楽を発信すべきか迷ったときに、内田さんに背中を押してもらいました。そういう“気づきを与えてくれる人”と出会うためにも、いろいろな場に出ていって経験を積んで欲しいですね」


人と直に会うことが難しい今だが、逆にオンラインのコミュニケーションは格段に進化し、世界中誰とでも気軽に出会うことができる。


ハルナユ
2020年8月、アメリカのアーティスト、カリス・スミスさんと繋いで行ったインスタグラムでのライブ配信。画像:「ハルナユ」Instagram公式アカウント@harunayu_songs より

人生の岐路に立ったとき、自分の心の声に気づかせてくれる出会いをどれだけ重ねられるか。
生き方の多様化や情報過多で、迷うことが多い時代だからこそ。
“あんたの声ば聴きたかよ”
そう言ってくれる存在を大事に、本心と素直に向き合って、心地良い働き方を考えてみてはどうだろう。


 


『ハルナユ』公式サイト

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