くれんと

連載 | こといづ | 78 くれんと

 燃え立つほど暑すぎた夏の、ほんの一日、山全部を腹の底から笑わせるような大風がどっと吹いて、あっという間に秋の穏やかな気配に包まれた。虫の歌もゆるやかに落ち着いて、ほひゅい、ほひゅい、りりりり、まるで、伸び放題に、生き放題に生きた夏の魂たちが散り散りに放った元気な精たちを、再びかき集めて、縫い合わせて、これからやってくる寒い冬に備えて、山の上着を準備しているような、りりりり、ほいっつつつつ、ほいっつつつ、美しい透明な糸が幾重にも幾重にも、お山を包み込んでいくように、広い空が歌で満ちている。


 いつもは静かなこの小さな村に、晴れ晴れした賑やかな声がこだまする日がある。お正月とお盆。このちょうど一年を2つに折りたたんだような特別な数日に向けて、草刈りや掃除が盛大に行われて、あらためて村がぴしっと背筋を伸ばす。清々しい空気の中を車で通り抜けていると、みどりみどりした田んぼの中から、一等眩しい元気が飛び込んできた。大きな躰をしたクマさんが目いっぱい両の手を広げて汗びっしょりの笑顔を飛ばしている。自分の父親と同じくらいの歳のクマさんなのに、子どものように無邪気に手を振って笑っている。小学生の頃の、友達が笑いながら過ぎ去っていった。クマさんはもともとそんな純粋な心の持ち主だけれど、自分で育てた田んぼの中で、魂がさらにやわらかくやわらかくなっていったのだと思う。一瞬で景色が華やいだ。そんな時、もうすっかり大人になってしまった僕も、子どもに戻されて、頑なになってきた心もほどけて、ただ素直に目の前の光景がほんとうに美しいなあと、なんだろうなあと笑ってしまう。


 今年の夏は、不思議な時の流れで。海に行くでもなく、滝を浴びに行くでもなく、ひたすらに、これまで書いてきた文章を読み返したり、録音してきた演奏を聴き返していた。この数年は、文章にしても演奏にしても、何かを創作したいというよりは、ただただ日々の暮らしを記録したいと願っていたので、過ぎ去った日々が、そのまま文や音から蘇ってきたことに自分で一番びっくりした。すっかり忘れていた思い出や心を再び取り戻せたことに、自分で残しておいた文章や音楽だけれど、深々と感謝したくなった。あの時あの場所でないと、もう二度と同じ文章や演奏は生まれないのだなと、その時その場所でしか、もう二度と同じものごとは生まれないのだなとしみじみ感じた。村に引っ越して5年が経って、人も自然も少しずつ変化している。すうっと気がつけば、途絶えてしまう流れもあれば、新しくうまれた流れもあって、「この村」と言っても日々刻々と変わっていく。いったい何をどうをとらえれば「この村」と思えるのか、考えれば考えるほど答えはないようにも思えるけれど、確かにこの村で育まれた朗らかな心があって、通り過ぎる時のたった一瞬の、少し手を振ったり、少し微笑んだり、そういう健やかな一瞬のなんでもない魂の、くれん※っとひっくり返って出てしまったような瞬間に、やっぱり感じ取ってしまううれしさやしみじみした儚さが、なんとも言われず小さな村を優しく包んでいる。


※兵庫県の方言で、物がひっくり返るさま

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