「関係人口は転校生」理論
2026年の地方創生の大きな目玉として、どの地域やどの市町村にお伺いしても質問される制度があります。それは、総務省が2026年から試験的に取り組みを開始している「ふるさと住民登録制度」です。関係人口ととてもつながりの深い制度で、前首相の石破茂さんのときに関係人口を1000万人に広げるっていう「関係人口2.0」っていうキーワードが謳われましたが、じゃあ広げていくためにどういう仕組みを国がつくったらいいかっていうことになり、有識者を交えて会議を進めるなかでアイデアが出され、採用されたのがふるさと住民登録制度です。僕は総務省のその制度の検討委員会でもある「地域力創造推進に関する研究会」のメンバーのひとりを務めさせていただいています。
ふるさと住民登録制度をわかりやすく説明しましょうか。これまでに僕もいろいろな地域にご縁をいただいて関わってきました。同様に、地域に関わりたいと思う人たちは潜在的に多いんですが、どう関わっていいかがわからないっていう状態がおそらく関係人口を見えづらくしてるんだと思うんです。たとえば、「私は千葉県のいすみ市のことが大好きなんです」「事あるごとにいすみ市に足を運んだり、いすみ市のイベントがあったら行ったりもしてるんです」って言ってくださる方はいると思うんですけれど、それが継続的な関わりになるためには、おそらくそういった方々がいすみ市の情報や何かしら自分がきっかけとして地域に入っていくようなイベントだったり、そういったものを見つけやすくすることが大事だったりするのではないでしょうか。
ふるさと住民登録制度は、ベーシックプランとプレミアムプランの2種類があって、簡単に言うと、登録した市町村から、関係人口的に動きやすいサービスだったり、イベントの情報、地域で何か新しい物事が起きているとか、そういう情報が定期的、継続的に手に入れることができるサービスなんです。ベーシックプランとプレミアムプランの2種類がある大きな理由は、ベーシックプランっていうのは裾野の広い形で、まちや地域に興味がある人たちが登録しておくと、先ほど申し上げたような有益な情報が流れてくるプランです。アプリを通してかもしれませんし、メーリングリストかもしれませんが、要は登録した市町村から情報が届くような仕組みです。一方で、プレミアムプランっていうのは、年に3回その地域を訪れるっていうことを条件に、宿泊の便宜を図ってもらったり、いろいろな行政サービス、もしくは移動上のインセンティブみたいなものが得やすくなるっていうような、地域と関わるためのコストに関してもサービスを受けられるっていうのがプレミアムプランです。プレミアムプランは年に3回、その地域に足を運んで、農業の手伝いをするとか、祭りの神輿を担ぐサポートをするとか、いろんなやり方がまちによってあると思うんですが、いずれにしても、見えづらかった関係人口を年に3回は必ず足を運んでもらうことで、よりその具体的な行動として、国だけじゃなくて行政が把握しやすくするためのサービスとも言えるかもしれません。プランは自分で選ぶことができ、両プランとも無料です。ただし、プレミアムプランは最大3地域までが登録可能となります。
今ちょうどそのベータ版って言うんですか、オフィシャルサイト「ふるさと住民登録制度ナビ」がオープンし、全体としてはベータ版というかプロトタイプっていう形で進んでいて、総務省は今後、このふるさと住民登録制度のマッチングアプリを本格始動させていく予定です。アプリが始まると、そこからさまざまな地域の情報が手に入りやすくなるのと同時に、実際に何人くらいの人たちが、どんな世代が、どのくらいのスパンで、どの地域に移動しているかといったことが見えやすくなるので、関係人口っていう見えづらい人の動きみたいなものがわかりやすくなって、より政策に反映させることができるようになっていくのではないかというところも期待されています。
「ふるさと」ってつくと皆さん、ふるさと納税を思い出されますよね。ふるさと納税とふるさと住民登録制度は何が違うのかっていうのを、『ソトコト』編集長の僕が雑誌編集者的な考え方で言うとすると、お金が移動するのがふるさと納税です。ものが移動すると言ってもいいかもしれません。応援する地域に寄付をすると返礼品として名産の牛肉が届くとか。一方、ふるさと住民登録制度は何が移動するかと言うと、人とその心が移動します。実際にその人がその場所に現れますから。地域を応援したいという志は、ふるさと納税もふるさと住民登録制度も同じなんですが、移動っていうカテゴリーに当てはめてみると、お金とものの移動がふるさと納税だとすると、ふるさと住民登録制度は人とその人の心も移動し、行き来するので、こちらにも地方創生の可能性があると考えるとわかりやすいかもしれません。
実はふるさと住民登録制度に関しては、たくさんの質問を僕自身も受けています。市町村の担当者からも受けています。個人的な意見としては大変に期待を持って見ていて、ふるさと住民登録制度でどの地域に登録をしようかなといろんな方々が思っていて、自分の好きな地域をより応援しやすくなるっていうことには大賛成なので、とてもいい仕組みが生まれたなと喜んでいます。関係人口を迎え入れる市町村の側からは、「どういうふうに自分たちのまちに落とし込んだらいいのか?」みたいな質問や相談を受けるんですが、そういうときは、この8文字で答えるようにしています。「関係人口は転校生」。学生時代を思い出していただくと、皆さんのクラスに先生が転校生を案内して、黒板の前に立って、「今日から仲間になる何々さんです、みんな仲良くしてください」っていう紹介をしたという経験をされた方も多いのではないかと思うんですが、そのシーンを振り返ると、「あの七三分けの髪型はこの地域ではあんまり見ないな」とか、「あの靴はどこで買ったんだろう」とか、「あのイントネーションはここの地域の喋り方じゃないな」とかって耳目を集めるような感じで、転校生ってのはその一挙手一投足をみんながじろじろと見ますよね。だけど3週間もしたらもう昼休みはみんなでご飯食べた後にドッジボールをしたり、呼び捨てで名前を呼び合うような仲になったりして、3週間前の好奇心をまだ持ってる人はいなくなるんですよね。これが「関係人口は転校生」理論です。
要は、最初は物珍しいけれども、いつの間にか自分たちの隣の席に座っていて、もう昔のことはまったく気にならない感じで同じ地域で一緒に遊んだり、一緒に悩みを相談したり、一緒にワクワクする心を共有する仲間になっていくっていうのが実は関係人口のプロセスを説明するときにいちばん合ってるのではないかなという気がします。よく関係人口というのは地域を変革してくれるすごい人がやってくるのだっていうふうに考えられがちですが、いやいや、互いに人間なんで、空を飛べるわけでもないし、ときには失敗もするけれど、自分とは違うやり方で新しい視点を気づかせてくれたり、そういう自分にとっても経験や学びを増幅させてくれる相手として関係人口が目の前に現れたりするというのが正直なところです。それもあってか、最初から「この地域に奇跡を起こしてくれる人なのかもしれないから最大のおもてなしをしなければ失礼にあたる」みたいな考え方で受け入れた地域が、みんなの疲弊につながってしまったという例をかなり見ています。最初から最大のおもてなしをしようと迎え入れたら、互いの関係を良好に築き上げていくようにはなりにくいんじゃないかな。
だから、関係人口は転校生くらいの感じで、風のように現れて、そして一緒になんかやってくうちに好奇の目は意識のなかから薄れていって、当たり前のように「一緒に動く仲間だ」みたいに接した方がいいんじゃないかなと思います。この「関係人口は転校生」理論は大学1年生とか2年生のみんなに特別講義で話すと激しく頷いてくれるので、理解してくれていると思っています。
僕が考えている以上に、地域の皆さんは「来てくれるからにはこの地域を好きになってもらわないと」っていうプレッシャーがあるんじゃないかなと思うんです。告白して振られたらどうしようみたいな気持ちに限りなく近いかもしれないので、いきなりその関係じゃなくて、「転校生ぐらいの関係から始めてみてください」と言いたいです。そうすると少し安心してもらえるんじゃないでしょうか。地域の仲間が増えることはとても大事ですが、地域の課題を1人で解決できるスーパースターがやってくるわけではありません。同じように凹むこともあれば失敗することもあるし、でも地域のことに興味があるみたいな感じからスタートする自然なクラスメートみたいな出会いだといいかなっていうふうに思います。その上で、どういうふうに関係をつくっていったらいいのかっていうところは、人手が足らないとか、若い人たちが戻ってこないとか、女性の方が地域外に出ていってしまうとか共通の課題はあるにせよ、地域によって困りごとは微妙に異なったり、個々の理由はその地域に根付いたものだったりするので、そこは焦らず時間をかけて、関係性を深めていきながら、ともに解決の糸口を探っていけばいいと思います。ちなみに、僕が尊敬してやまない株式会社グランドレベル代表取締役の田中元子さんは、「関係人口は恋」と表現されています。僕もずっと通っている地域に対して好き以上の感情を抱いていることが多く、この元子さんの言葉にはハッとさせられました。恋はどんな環境をも唯一無二のものとして捉えてプラスにしてくれる美しい心のありようです。あの何とも言えない胸がキュンとする気持ち、まさに元子さん、さすがの形容だなと感じ入りました。
ふるさと住民登録制度は2027年度から本格的に動き出す予定ですので、どういうふうになっていくかは楽しみなんですけど、ひとつ、研究会の委員の皆さんが懸念しているところが、ふるさと納税のときにもあったんですけど、納税額ランキングってよくニュースになるじゃないですか。なんとか町は何十億、前年比何パーセントアップみたいな。それで都道府県や市町村のランキングが出て、大きなニュースになって、「なんとか町はすごいな」みたいな印象で頭にインプットされることが多いんですけれど、ふるさと住民登録制度も本格的に施行された後に、メディアによってはより強く興味を引くために、その人数のランキングをニュースにする可能性がありそうなんですね。これはていねいにやっていただきたいなって同じメディアの人間としては思うところで、その人数がいっぱいいることがふるさと住民登録制度を通してその市町村に大変な利益をもたらしてるのかどうかはわからないわけです。人数っていうことだけで測るほど、人と人との交流から生まれる社会変容は簡単ではないので、地域に1人の人がやってくることで変わる地域ってのは本当に多いんです。だから、行政の方もメディアがそういうふうに書かれるときにうちのまちがランキングが下の方だとむしろマイナスイメージになるじゃないかって戦々恐々とされてることもあるかもしれないので、メディアの皆さんにもお願いしたいし、行政の皆さんにもお願いしたいのは、数の合戦みたいな考え方でエスカレートさせてほしくないですね。とてもいい制度なので。指標としても一人ひとりがどのくらい関与しているかみたいなことが、これに関わってきた国の制度づくりの方であったり、それを評価判断する研究会のメンバーの1人である僕も感じてるところなので、ふるさと住民登録制度が、住民登録数ランキングみたいな一元的な話でスタートしないことを願ってます。
ふるさと住民登録制度のシステム構築には令和7年度の補正予算で32.1億円がつけられています。関係人口の規模や地域との関係性を可視化して、地域の担い手確保や活性化につなげるっていうのがふるさと住民登録制度の大きな意義です。希望の自治体にふるさと住民登録をした人は各種情報提供や行政手続きの円滑化をはじめ、地域での活動に役立つ官民のさまざまなサポートが受けられる仕組みになっています。そのために今アプリがつくられていて、誰もがアプリで簡単に登録でき、担い手活動等を通じて地域との関わりを深められるようプラットフォームとなるシステムを構築しています。
情報を発信するのは各市町村ですが、もしかしたらその情報を発信するということが関与の1つの項目になる可能性ありますね。関係人口の皆さんにそれをやってもらうこともあるかもしれません。ベーシックプランとプレミアムプランの大きな違いは、まずベーシックプランっていうのは地域経済の活性化を狙っています。ふるさと納税とか特産品購入はこのベーシックプランのなかでも重なる部分が多いんです。年数回の帰省とか、観光のリピーターも。プレミアムプランになると、ボランティアだったり副業人材だったり、地元自治会への参画だったり、そういったことも含めてプレミアム登録の方には期待されています。
ベーシックプランは自治体からの情報提供が主な特典なんですけれども、プレミアムプランは自治体からの情報提供はベーシックプランと同じですが、さらに官民の各種サポート、もしくは滞在とか移動とかそういうサポートも受けられます。なかには、二拠点生活を始められた方であれば、プレミアムプランで年に3回以上来て、そのときに地域でゴミを出せるとか、そういう特典もあったりします。
ベーシックプランでは1人で何か所の自治体に登録しても大丈夫です。ただ、あんまりたくさん登録しすぎると実態を伴わない登録になるので、そこは考えておいた方がいいでしょうね。たとえば、僕が神戸を起点に考えて、お世話になっている山陰の地域の市町村にもしかしたらベーシック登録をして、東北の市町村にプレミアム登録をして、神戸からわりと行きやすい山陰の地域はベーシック登録のなかの情報を得て自発的に行ってみるみたいなふうにしたり。東北の場合はコストがかかるので、その分をサポートしてもらえるようなサービスがないかを探しながら、地域に足を運ぶ。そういうパターンの人も出てくるかもしれませんね。
ただ、各地域や行政の方も含めて、まちづくり、地域づくりに長年関わってこられた方からしてみると、ふるさと住民登録制度はいきなり現れた仕組みじゃないんですよね。たとえば、群馬県沼田市の「準市民制度」とか、福岡県うきは市や大牟田市もすでにそういうファンクラブの制度でいい形を実績として出したりしています。そんなふうに、ある自治体が取り組んできた制度とふるさと住民登録制度の違いだったり、合流のさせ方みたいなものはどういうふうにしていくのかなというのは僕も興味があるところではあります。ふるさと住民登録制度とうまく重ね合わせて考えていくっていう地域も出てくるでしょうね。 試験施行は2026年4月から始まっています。ただ、本格的にはまだ動いてはいなくて、モデル地域が採択されただけですので、皆さんが登録することはまだできません。興味がある方は、総務省の公式ウェブサイトをご覧になってください。
ふるさと住民登録制度を2027年度に本格施行するために、今年はモデル事業を進行させてどういうふうにしたらいいのか精査し、具体的にどういう人流が生まれるのかみたいなことを見ていくという段階です。僕も二拠点思考という考え方で二拠点生活を経験しながら、二地域居住の可能性みたいなものをこの5年間くらい考えてきたんですけど、このふるさと住民登録制度も二地域居住はかなり柱の1つになっているなという印象はあります。移住定住の政策はもちろんあるんですが、いきなり移住っていうのは難しいので、ふるさと住民登録制度の導入によって二地域居住の実践が1つ大きな目標、目的になるのかなっていうのは感じます。要は関係人口となる人たちがより地域っていうものを捉えて、その場所と今暮らしているところを行き来するような流れができていった方が、実態としては色濃い。関係人口がふわっとしたものではなくなっていくという意味では、二地域居住がプレミアムプランから広がっていく、進展していくことはすごく期待されているのではないかと思います。
赤いラジカセと未来に運ぶ力
ちょっと気分を変えて、赤いラジカセの話をします。最近、いい買い物をしました。2380円で福岡から届いたんですが、何かと言うと、ピカピカのソニー製の赤いダブルデッキのラジカセです。ラジカセを手に入れるのは何十年ぶりでしょうか。以前にも話しましたが、僕の白いミニ1000のなかには、当時大事にしていた35年間くらい寝かせたカセットテープがいっぱい入っています。エヴリシング・バット・ザ・ガールから始まって、小沢健二さんのファーストアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』、今は違うタイトルになってますが、その販促用のカセットをなぜか僕が持ってて、これはすごいお宝ではないかと思うのですが、これを聴きながらミニを運転したら最高にいかしてるだろうからすぐに実践しようとしたら、なんとラジカセがなかったんです。当時、980円くらいで買ったアイワのラジカセ、小さいスピーカーが2個ついていて、単三電池4本くらいでテープを3本回すともう電池が切れそうみたいなやつを好きで持ってたんですけど、それがどっかに消えてしまっていたので、メルカリで買うことにしました。メルカリってすごいですよね。メルカリを見てると「こんなものまで持っている人がいるんだ」って驚くくらい検索するとおもしろいものが出てきて、買う、買わないは置いておいて、世の中の人はタンス預金じゃないけど家のなかに信じられないくらい昔のものをいっぱい放ったらかしてるんだなって。ある意味で考古学みたいでおもしろいです。だったら僕がほしいラジカセもあるだろうとラジカセ、ダブルデッキ、オートリバースみたいなワードで検索したら、パーンと出てきたのが超かっこいいソニーの赤いラジカセでした。で、金額を見たらなんと送料込み2380円で、「これなら買えるな」と嬉しくなって早速、購入手続きを取ったら、福岡からていねいに梱包されたピカピカの赤いラジカセが家に届きました。福岡の方、ありがとうございました。
なんでそんな安かったか。本当にピカピカなんですよ、すごく綺麗な状態なんですが、当時のプラスチックがたぶん弱まってたんでしょうね、ラジカセの底部の一角が穴のように割れていて、そこから内部構造が見えてるんです。この内部構造が見える、配線が見える状態で動くのかなと不安になりながら単1電池を6本セットして電源を入れたら、見事に再生して、FMもAMも聴きたい放題。しかも憧れのダブルデッキ、オートリバースですから、1回ボタンを押すだけでしばらくの間このテープが動くんです。とにかく早く再生しようと、ミニのなかにあるカセットテープは高崎の実家に車ごとあるので、今、東京の世田谷に聴けるカセットテープがないかなと自分の頭のなかでリサーチをかけたところ、そういえば本棚に佐野元春さんの『ELECTRIC GARDEN』というカセットブックを持ってることを思い出しました。これがまたかっこよくって、本というよりもアートブックなんですよ。1985年くらいのものだと思うんですけど、そのカセットブックを開くと、佐野元春のフレーズが詩集みたいに入ってるのと、あと小分けのパーテーションのなかに白いカセットテープが入っていて、カセットテープには、佐野さんもかなりビートに影響を受けた方でスカラ、詩の朗読がお好きなんでしょうね、佐野さんの詩の朗読がいっぱい入っていました。「これは今、俺が聴かずして誰が聴くんだ」と思いながら早速カセットを入れて、スイッチを押して回転させたところ、佐野さんの「リアルな現実、本気の現実」というフレーズが流れだして、なんか中学か高校時代にフラッシュバックして、「これはすごいタイムマシンを手に入れたな」と、オートリバース再生を楽しんでいるところです。

ラジオもいいですね。窓を開けて、アンテナをぐっと伸ばして、僕の部屋は元々トイレだったところをリノベーションした部屋なので2畳くらいしかないんですが、その窓を開けてチューニングすると、家は世田谷の西の方にあるので神奈川県のラジオ放送であるFMヨコハマがバリバリ入るんですよ。週末の夕方4時から5時くらいは、僕はFMヨコハマを聴きながら本を読んだり、アウトドア用具の手入れをしたりして楽しい時間を過ごしています。
なんでそんな話をしたかというと、カセットテープってまだ聴けるんだっていうことに気がついたんですね。40年前のカセットテープがミニの車内のあんな劣悪な環境のなかで(佐野元春さんのテープは本棚にずっと仕舞われていたのですが)、何一つ当時と変わらない状態で、固着もしてないでちゃんと回って聴けるので、驚きました。あの時代のメディアも、そしてハードもそうです。僕のソニーのラジカセはCFS-W90というカラフルなモデルで、そのルーツは他社の製品にあります。1970年代の終わりに三洋電機のU4っていう爆発的に売れたラジカセがデビューしました。真っ赤で細長く、スピーカーが2つついて、おしゃれで、当時の若者、特に女性の心を捉えて流行ったんですよ。これが大ヒット商品になったこともあり、そこから各社が意識して開発が進んだのでしょう。このCFS-W90もソニーらしいおしゃれな広告展開をしていました。1985年くらいの商品ですね。2380円で、『ELECTRIC GARDEN』も大体そのくらいの時期なんで、ぴったり合ってました。『ELECTRIC GARDEN』の中の写真は大御所の三浦憲治さんによるものです。電子時代のストリートキッズのための新曲「リアルな現実 本気の現実」から始まる佐野元春ワールド、まるでオン・ザ・ロードな感じでいいじゃないですか。 この赤いラジカセは大変に僕のお気に入りで、ミニに乗せて昔の音楽を聴くという新しい人生を歩み始めてるんですけど、それでつくづく思ったのは、80年代の懐かしさ、昔は良かった話ではないふうに伝えたいんですが、40年前のメディアがまだこんなに使えるっていうことに驚いたんです。今みたいなエレクトロニクスの世界に比べると、もっと図式が簡略化された機械である可能性があるから単純だったとあえていいますが、だからこそボディが壊れていても、穴が開いててもそのまま使えるみたいな、信じられないと思うんですけど、これはすごいなっていうのと同時にソフトとしてのカセットテープも多少伸びていたらゆっくり再生されて、ちょっとおかしいなっていうところもあるかもしれないけど、メッセージを発するとか、その声を届けるとか、カセットテープっていうものがまだちゃんと機能できるっていう意味での頑丈さとか、へこたれなさみたいな、そういうものづくりって素敵だなと思いました。長い間、雑誌をつくったり、本をつくらせてもらったりしてますが、本っていうのもやっぱ100年、さらには1000年持つメディアです。いくら天変地異があろうとも、そのもの自体の賞味期限がとても長いメディアとして1000 年の歴史を誇っていたりするのであれば、やっぱり紙が今、メディアとしては劣勢になっていると言っても、未来まで運ぶ力っていう意味では負けてないんじゃないのかな。なので、独立書店という形で若い世代の皆さんが本というものをまた新しい解釈で大事にしてくれている姿を見ると、本が未来に運べるものっていうのは強いなって思います。カセットテープやレコードもそうですけど。なので、メディアって何がいいんだろうって考えるとき、月に1回アップデートが求められて、4年くらいでもうバージョンが変わるのでそれが終了するみたいなことの繰り返しのなか、自分の大切な思いや、自分の仲間と一緒に過ごした月日みたいなものを格納しておいて、それが未来に持っていけるのかっていうことに対してちょっと不安が残ります。だからこそ、美術館であったり、資料館であったり、図書館みたいなものは、昔は良かったっていう単なるノスタルジアではなくて、おそらくシードバンクみたいなもので、未来に発芽できるものとしての価値っていうものは揺るぎないんじゃないのかなって、この2380円のラジカセを買って、「はがき職人ってまだいるんだな」とFM横浜の番組に感心しながら、自分の持ってる改めて発掘した十数本のカセットテープをリバースさせて聴いている日々です。
ウェルビーイングならぬウレルビーイング
今、興味を持っているキーワードがあります。それは、「付加価値額の向上」という言葉です。農林水産業とか中山間地域を擁した地域における付加価値額の向上みたいな言葉がよく使われますが、今、農林水産省の地域資源活用にかかる検証委員を務めさせてもらっているなかで、この付加価値額の向上っていう言葉がこの1年半か2年間くらいは自分のなかでとても大きな使命っていうか、自分のなかでも考えていきたい言葉だなっていう気持ちになっています。たとえば、畑で採れたおいしい野菜や、六次化でつくったジャムだったり、農家レストランをはじめとしたサービスみたいなものが地域では自然資本の元に生まれ、それが人を魅了することになり、地域の豊かさにつながったりしていると思うんですが、付加価値額の向上っていう言葉は硬いかもしれないんですが、まったくその通りだなって思いながら委員の1人に名を連ねています。
地域資源というのは先ほど申し上げたように、おいしい野菜だったり、目の前に海があるとか、400年保たれている林用地があるとか、いろんなものがあったりすると思うんですけれども、その活用が進むなかで地域資源の価値の向上っていうものをとても重点的に捉えていて、今、日本の各地でそういったプロジェクトが進んでいて、それらの検証委員を務めています。地域のなかで、いかに地域が潤っていくかとか、儲かっていくかとか、稼いでいけるかっていうことは喫緊の大きなテーマです。叙情的な部分では「ローカルっていいよね」っていうのは言いやすいんですけど、ローカルの良さみたいなものはその地域の皆さんが連綿と地元の経済だったり、文化だったり、そこにあるものを維持し続けてきた結果として保たれていることが多く、ものすごいコストをかけてそれをつくっているのは確かです。そのコストがしっかりと工面できるように、地域のなかの経済を活況にしていくことは大事なこと。地域にいる人たちだけで支えきれないような状態になっている場所も今、数多く出てきていることを考えると、そういった場所を支えていくためにも地域の付加価値額を向上させるわけです。「レストランで食事をすることで1コースが数万円。でも、その価値をしっかりと味わえる」みたいなことも含めて、地域の経済が安定して回っていけるような社会の政策をつくっていくことはとても必要だなと思います。
ある日、その検証委員会での面談のときだったか、委員会の皆さんとの懇談のときだったか、とにかくみんなで意見をオンラインや対面で交わしているなかで、「売れる」っていう言葉をすごくやっぱりみんなが大事にしていることに気がついたんです。確かに売れるのは大事だよなと思って。売れるっていうのをカタカナで頭のなかで着想したときに、売れるとビーイングをつなげて「ウレルビーイング」という言葉を思いつきました。ウェルビーイングについては僕もよく引用していて、スーパーウェルビーイングとか、地域の幸せや、ご機嫌な状態とか、国連の大きな次の指針はウェルビーイングだとか、そのニュアンスや背景を広く書かせてもらったりもしています。一般的にウェルビーイングは個人のありようを指しています。「幸せな状態」とか「心が開かれる状態」といった感じで、ウェルビーイングは人の内面だったり心理だったり、生き物としての状況の変化のなかでよく語られるのですが、もしも経済におけるウェルビーイングを言語化するなら、「売れている状態」っていうのは大事ですよね。常に売れている状態。ビーイングはingの現在進行形ですから「売れた」じゃなくて、「売れる」でもなくて、「売れている」。これは強い言葉ですよね。「指出さん、また思いつきで考えたんじゃないですか」って皆さんに笑われそうなんですが、はい、ひらめきと思いつきで着想しました(笑)。だけど、トークイベントや国の会議でこの言葉を発したりすると、みんなが手を叩いて喜んでくれたり、どよめいたりしてくれるので、これはみんなが待ってた言葉じゃないかなと考えたりもしています。
楽しくないと物事が前に進まないのであれば、お金を稼ぐっていうことが苦労だったり、ドライなことだったりっていうよりは、そこで売れるものが生まれたりとか、その地域で売れるものを育てていったりしていることを、「ウレルビーイングな状態」みたいなふうに言えると、みんなは「それダジャレですよね」ってニヤニヤしながらも、その意味や良さがなんとなくわかってくれそうな気がしています。これは日本じゃないと生み出せない言葉です。日本の落語的な感覚、ダジャレ的な感覚から生まれた言葉と捉えてくれれば嬉しいんですが、要は目の前にいる人がちょっと楽しくなってくれればいいくらいの感じの言葉だと思ってください。世界に通用する言葉じゃないんだけど、「ウレルビーイング、いいよね」って、「なんかわかるその気持ち」って言ってくれる人に、波のように広がっていきやすい言葉かなと思ったので、最近は「ウレルビーイング」っていう言葉をウェルビーイングと二本立てで捉えています。
言葉って、おもしろいですよね。自分のなかでひとり受けする言葉も楽しいんですけど、その言葉を僕はありがたいことに週に4、 5回くらい日本の全然違う地域に行って、ときには100名くらいの方や、ときには20 名くらいの方にお話をするということをずっと続けているので、その場ですぐに反応がわかるんです。関西で笑ってもらえたら、「関西に通用するって、これは世界レベルだな」と自信になりますし、東北でみんながクスクスっと笑い始めてくれたら、「ついに東北のはにかみ屋さんたちも笑ってくれたな」とうれしくなる。そういう意味で、この「ウレルビーイング」っていうのはかなり高評価なんです。なので「ウレルビーイング」、言葉だけでは何も動かないのは当然わかっていますが、いい言葉なので、何かしらの運動っていうのかな、その地域の価値が上がっていったり、そのなかでビジネスが生まれたり、もしくは農産物の単価が上がっていったりするような流れのなかで、この言葉がブースター役で皆さんに使っていただけるといいかなって思っているので、関係人口協会としてなのか、『ソトコト』としてなのか、何か仕組みをつくりたいと考えています。「ウレルビーイング大賞」なんかいいと思うんですけど。 実はこのウレルビーイングについては、言葉のつむぎ方のお手本になっている人がいるんです。それは僕の好きな辻まことさんです。山の世界でたいへん愛された文筆家で、作家の串田孫一さんが創刊した『アルプ』っていう登山の雑誌でもイラストを描いたりしていて、僕は辻まことさんの文章もイラストも、画文集とかも大好きでたくさん持っているんですけど、その辻さんが山登りをするときに、「ヒマラヤよりもウラヤマ」ってよく言ってたんです。辻さんは、世界の高峰を目指すアルピニズムっていうよりも、それこそ自分の家の近くにあるとか、名も知れない山だったり、低山の豊かさとか愛しさみたいなことを発信していた人です。「ヒマラヤよりもウラヤマ」は、山登りの好きな人たちのなかではかなり有名なフレーズなんですけど、「ウレルビーイング」もこの「ウラヤマ」というワーディングにとても近いのではないのかなと思います。辻さんは別にヒマラヤのことを否定していたわけじゃなくて、裏山にも良さがあるよみたいなことを言っていたのです。作家の西木正明さんが辻さんの人生を描いた『夢幻の山旅』という本を書いていて、これはとってもいい本です。辻さんがある山を登っているところからエピソードが始まるんですが、それは秋田と青森にまたがる、僕もよく足を運んでいる白神山地です。白神山地は標高が3000メートル級の山があるわけではなく、だいたい1000メートル前後の山々が連なっているんですけど、そこには広大なブナ林が広がっていて、まさに辻さんの裏山を歩くっていう感覚にぴったり来たのではないでしょうか。たとえばアルピニズムが日本で流行ったときには、日本のアルプスとかはすごく注目されていましたが、その状況の中で白神山地はきっと山登りが好きな人たちのなかでも、辻さんをはじめとした山そのものを愛している人たちがいち早くその存在に気づき、静かに登っていたんだと思います。僕は白神山地が世界遺産になってメジャーになる前から、辻さんが愛着を持ってその場所を歩いていたという意味でも白神のエリアが好きなのです。「ウェルビーイングとウレルビーイング」と、「ヒマラヤよりもウラヤマ」の関係、わかっていただけたでしょうか。言葉遊びかもしれないけど、辻さんがすごく優しい視点で日本のさまざまなランキングや標高だけでは得られない、数字だけでは得られない地域の美しさみたいなものを、「ヒマラヤよりもウラヤマ」という言葉遣いで表現された。狂言回しじゃないけど、そういうところに僕もすごくシンパシーを感じ、共鳴して「ウレルビーイング」を思いついたわけです。ぜひ皆さん、愛してやってください。

「オペレーションとクリエーション」理論
みなさんは突然、言葉が空目、空耳みたいに入ってくることってありませんか(『タモリ倶楽部』内で放送されていたタモリさんと安斎肇さんの「空耳アワー」が大好きでした)。僕はあまりにも毎日、仕事でいろんな人と話をしたり、文章を読んだりすることで、それがエコーみたいになって自分が思いもよらない言葉面、言葉の羅列になったりすることが多いんです。最近、特にそれがひどくて、たぶん空目になっているんだと思うんですが、ただ、ふっとこの言葉のつながりはいいなと気づくことがあって、そこからちゃんと論考を肉付けしていって、誰かに話をする機会を得られたときにはその言葉について語るということを繰り返しています。それはたぶん関係人口という言葉から始まる地域創生のなかで自分が駆使するワーディングの端々にも現れていると思います。
皆さんご存知のように、『ソトコト』というメディアは、日本各地の新しい取り組みをしている方々とか、挑戦をしている若い方々とか、伝統のなかでさらに革新を行おうとしている方々のお話を伺いに行って、食だったり、教育だったり、まちづくりだったり、その方々の生き方を含めて記事にさせてもらって発信し、販売をし続けてきたメディアなんですが、特に『ソトコト』に掲載をさせてもらったもののなかで、その後大変に躍進されて、地域創生のお手本になっていくものは割合的に高いんです。僕たちが先見の明があるとかそういうことを言いたいのではなく、これはもう止まることなくご自身の取り組みと発信を続けてこられた方の努力のたまもので、また、それらのひとつひとつの取り組みが重なって実績や信頼の厚さにつながることが増えてきているんじゃないかなというふうに思います。地域おこし協力隊の制度を使って、地域でおいしいパン屋さんをつくったり、協力隊が終わった後にまちをプロモーションする会社をつくって話題のプロジェクトを連発している方とか、本当にいらっしゃるんですけど、そういったところで必ず一緒にくっついてくる言葉が「横展開」なんです。
横展開って一体どういうことかというと、たとえば、まちにあるブルワリーが生まれたとします。そのブルワリーは世界的にも大変に有名な賞を獲られるくらいに成長され、地域の皆さんと一緒に盛り上がりをつくっています。このような僕の言葉を聞いただけでも、これが地域創生のお手本のようなモデルだと思われるはずです。そのモデルのように思ってくださっている個々人のプロジェクトを横展開することで、他の地域も同様の盛り上がりがつくれたらいいなっていうのが、まちづくりや地域創生や国の戦略のなかでは期待されていることです。なので、横展開、横展開って言葉を周りの皆さんがよく使うので、僕も知らないうちに日常会話の1つの要素になってるんですけど、一般の方からしてみると横展開って何なんだろうと思われるかもしれません。要は、ある場所で地域創生の成功事例があると、そのノウハウを他の場所に持ち込んで同じように展開すること。地域創生の例を重ねていくっていう考え方と捉えていただくといいんですが、この横展開っていうのは必ず成功するかっていうと、なかなか難しい場合が多いのです。当たり前のことだと思うんですけど、たとえば「今夜、満月が出ていて美しかった」というエピソードを400字で書くお題を出すとしましょう。「満月が出ていて美しかった」っていう骨子の横展開はできるかもしれません。けれど、その400字の文章にするためのサイドストーリーやロケーションだったりっていうのは、あの地域とこの地域の人たちでは見ているものが違ったりするので、結果的には最初の成功モデルといわれている満月が美しかったっていう400字の文章とは違うものになるんです。登場人物も当然変わってくるし、もしかしたら「美しかったけど、悲しかった」って話になるかもしれないし。
こういった差異が横展開のなかで起きないようにするためにどうしているかというと、複雑なプロセスをなるべく削ぎ落としてシンプルにして、それを横展開するみたいな、いわゆるノウハウの共有になっているのです。実はこの削ぎ落としたノウハウの共有は、オペレーションではないかと僕は思っています。オペレーションっていうのは、たとえばフランチャイズの店が間違いなくおいしいご飯を熱々で提供するために、レトルトのパックのなかにそのソースを入れていたりとか、ご飯もある分量が決められた形になっていたりとか。このようなフローからその商品ができあがるのはオペレーションだと思うんです。オペレーションでつくられるものは、誰がやっても間違いが起こらない、わかりやすい形で生まれていきます。そのわかりやすいものが生まれていくことにも大切な価値はあるんですけど、地域性であったり、人間性であったり、その地域の色に染まるっていうことはなかなか生まれづらい。なので、ローカルのそれぞれの豊かさを生み出していくという狙いには必ずしも当てはまらないのではないかなというのが僕の考えです。
つまり、地域の横展開を進めていくと、結果的には誰がやってもうまくいくオペレーションのようなものになります。オペレーションは求められている部分はもちろんありますが、そのまちの個性を広げていくとか、そのまちのアイデンティティを膨らませていくときには、もう1つ違うものが必要でしょう。そこでたどり着いたのが、オペレーションは大事だけど、クリエーションをしっかりと持たないといけないのではないかという考え方です。クリエーションとはご存知の通り、クリエイターやクリエイティブって言葉があるように、皆さんなんとなくかっこよかったり、おしゃれだったり、「そう来たか」みたいな人の右脳や感覚的なところを喜ばせてくれるものを想像されると思いますが、このクリエーションを横展開するのはなかなか難しいのです。なので、思いもよらないプロジェクトが生まれ、それを実践している人がノウハウを自分のなかでしっかりと導き出したものを他の地域で行う場合、それに通ずるものは生まれるとは思うんですけど、完全にそのときの温度感や匂いみたいなものが表現できるかというとそうでもない可能性があります。横展開をオペレーションだけにするのはもったいないなと思っている人間として言わせていただくと、クリエーションをどうそこに持ち込むか、もしくはオペレーションとクリエーションを渾然一体としたものをどうつくったらいいのか、あるいはオペレーションだけに終始しないためにクリエーションをどこに忍ばせておくとその土地らしさやそのローカルらしさが生まれるのかといったことも含めてプロセスを横展開するほうが大事かなと思ったりもします。
でも、最近はやっぱりオペレーションとしての横展開が多く見られます。このくらいの規模感の空間に、これだけの厨房を入れて、こういう休憩スペースをつくることでコミュニティが生まれます。ワークショップができるスペースもあります、と。言いたいことはわかりますが、成功モデルの場所に生まれた時間の蓄積や、それをつくり上げた機微みたいなものは展開できません。ただの横展開に終わらせないためのスパイスというと軽いかもしれませんが、アクセントなのか、何かそういうものが一緒に動いていくほうがオリジナリティ溢れる地域ならではのものが生まれるんじゃないでしょうか。
というのも、各地に行って、「新しくできた場所です」って紹介され、拝見するスペースやサービスは数多くありますが、必ずどこかにルーツがあるんですね。元ネタみたいなものが。ただ、「そのルーツのようにはうまくいっていないんです」っていう言葉もよく聞かれて、人が根付かないとか、その場所に人が現れないみたいなことを聞くと、やっぱりオペレーションだけだと人が現れづらいんだなって確信します。クリエーションっていう考え方は、それぞれの蔵に付いている麹菌と同じようなもので、その場所にあるものがないと根付かないんです。オペレーションだけだと新しいものが生まれにくいっていうのは、昔からの日本の発酵文化にも通ずるものだなって思いながら、最近は、「ネイチャーかカルチャーか理論」と、「オペレーションとクリエーション理論」についてよく話しています。
たとえば、成功事例でいうと、島根県の「しまコトアカデミー」や秋田県鹿角市の「かづコトアカデミー」など、僕たちがご一緒させてもらっている各地の関係人口の講座があります。地域に新しい人たちがやってくる流れをつくって、そこから関係人口が生まれ育っていくみたいなことを講座仕立てにして行っていますが、この講座に関してもオペレーションとしての設計と、クリエーションとしての肉付けみたいなものは意識しています。なので、たとえば年にどのくらいのスパンでやると人は集まりやすいかとか、どのタイミングで告知をするとどんな世代の人たちに響きやすいかみたいなことはオペレーションです。横展開って意味では。それはそれでいいんですけど、本来そのまちに現れて欲しい関係人口はそれぞれ違うはずです。担い手不足解消とか、農業に興味がある方とか、子育てを地域で行いたいと思っている方とか、教育に余念のない方とかさまざまでしょう。そういうときにオペレーションだけだと、おそらくパチッとしたビジョンが生まれづらく、大体このくらいでも人が現れますよみたいな感じで終わっちゃうので、それだと本当に関与が期待される運命的な出会いとか、こういう人に来てもらいたいという想像のその先を行く人たちが現れづらかったりします。そういうことを含めて、クリエーションの気持ちみたいなものがあることが大事かなって思います。
地域づくりでよくいわれる横展開は、成功事例を各地に広げようとするものだと僕は認識しています。成功した取り組みはやっぱり成功しやすいだろうから広げたいって皆さん思うので、それは大変素晴らしいなと感じつつ、ただ横展開は失敗をしないための成功事例を元にしたオペレーションのような作業になっていないかと心配しているわけです。心配っていうか、横展開っていうとどうも失敗しない作業のオペレーションのような響きがあるので、ただそこで起きたことをそのまま持ってきてもうまく展開できないだろうなっていうのと、なるべく人は失敗したくないので失敗しないためのシステムをつくりすぎてしまうことが多い気がするんです。なので、失敗しない作業のオペレーションのように横展開って言葉を捉えられないようにしていきたいのです。地域にはクリエーションが必要です。一人ひとりが持っている新たな視点が最上のクリエーションですから、オペレーションとクリエーションの両方をどう立てていったらいいのか。クリエーションが起こったプロセスを学ぶことで、横展開はもっと膨らみを増すのではないかとも考えています。
ニュートンの法則は、アイザック・ニュートンがりんごが落ちたときにハッと気がついたことから生まれました。それと同じで、偶然の失敗や偶然の何かがクリエーションを生み出しているのであれば、そういうことが起きたプロセスを知らないでオペレーションのような横展開のノウハウだけを学んでも、クリエーションは起きづらいのでしょう。そのプロセスが起きたことが最大のクリエイティビティなので、そのプロセスを学ぶことが大事だっていうことです。たとえば、岩手県普代村は東日本大震災よりも以前の1984年に巨大な防潮堤をつくってたんです。「そんな大きな防潮堤をつくってどうするんだ」「こんな予算をかけて」っていう意見が出ていたんですが、3.11が起きたときにその防潮堤が機能して死者は0人と言いたいところですが、津波の状態がどうか見に行って1人だけ流されてしまったそうです。でも、その人が津波の受動的な被害者というよりは、自分でそこに行ったということも含めて行方不明になってしまったことを考えると、限りない生存確率の高さです。事前にみんながびっくりするような防潮堤をいち早くつくっていたっていうことで先見の明があったと言われている普代村。今はその防潮堤の話をしたいわけではなく、ビートルズが日本に来日して60年が経つのですが、あのビートルズのアルバムで有名な『アビイ・ロード』がありますよね、メンバー4人が一列になって横断歩道を渡っている写真で知られる。全世界で3200万枚以上販売されたっていう画期的なアルバムですが、実は普代村にはアビイ・ロードと名づけられた横断歩道があるんですよ。このアビイ・ロードという名前は誰がつけたかというと、その横断歩道を挟んだ街道筋の商店の店主たち、肉屋さんだったり、菓子屋さんであったり、お土産屋さんとか、4人くらいの商店主の男性たちがスナックに飲みに行って、うちの地域にも名物をつくりたいねってお酒を飲みながら楽しそうに話をしているなかで、「そうだ。家の前にあるあの横断歩道をアビイ・ロードって名前にしよう」って言って名づけた瞬間に、地域を訪れる人たち、そしてメディアが現れて、欧米からバックパックを背負った女子たちも来て、横断歩道を歩くようになったんです。それは元々、彼たちがお酒を飲んだときにおもしろいと思って語ったことなんですけど、これは実はリフレーミングって手法なのです。これまであるもののフレームを変えるってこと。えっと、アビイ・ロードを新たにつくったわけではなくて、元々あった横断歩道に名前をつけて少し角度を変えた形でその場所をとらまえて発信されるようになった結果、「普代村のアビイ・ロード、いいね」って新聞やニュースやラジオで取り上げられるようになり、そこを訪れる人たちが現れるようになったのです。地域のなかで盛り上がる場所を1つつくったんですが、同じように、「じゃあ、うちのまちの商店街にある横断歩道も店主たちと相談してアビイ・ロードって名前にしてみよう」ってやったら横展開かもしれないけれど、それはクリエーションではありません。でもそうではなく、「そっか、自分たちの日常にあるものに世界レベルの名前をつけたらおもしろいことが起きるんだな」っていうふうにプロセスの話をすれば、たとえば、もう人が訪れることもなくなった昔の野城が家の近くにあったら、「じゃあこれをバッキンガム宮殿って名前にして売り出してみよう」って言ってみたらいい。これにはオペレーションの要素もあるかもしれないけど、リフレーミングという手法によるクリエーションの要素も入っています。もちろんタージ・マハルという名前でもいいと思いますが、そういう名前をつけることも横展開になってしまいがち。どこもかしこもアビイ・ロードにするよりはリスクは減るかもしれないけれど、最初のインパクトがどんどん分散していくので、新しい地域づくりにとってはこういうものが増えれば増えるほど弱くなるだけだとも思います。
最近わかったのは、対象が大きければ大きいほど、文句を言われないんじゃないかなということ。昔のお城にバッキンガム宮殿って名前をつけてアピールしても、たぶん英国政府やバッキンガム宮殿は訴えてこないでしょう。タージ・マハルも。それじゃなくてもカレー屋さんがいっぱいあるわけですから、誰も訴えてこないでしょう。ネーミングの対象が人類全体の宝物みたいなところの名前だと誰も文句を言ってこないだろうから、ピラミッドとかつけてみてはいかがでしょうか? 皇居とかつけたら怒られるかもしれませんが。
愛用する移動のアイテムと直帰力
僕の仕事は移動を伴うものが多く、これはもう『Outdoor』っていう雑誌の編集部でアルバイトをしていた大学4年生の時から変わらない状況です。元々僕のなかでつくってみたいと思っていたメディアが、どちらかというと移動が伴うものが多かったんです。たとえば、『Outdoor』ではキャンプの取材をするときでも東京から風光明媚な地域に移動することになりますし、登山の取材では0メートルから3000メートルくらいまで、人によっては7000メートルという高い地点まで移動することになり、それを記事にする、発信するっていうことは、そこに同行する編集者も必然的に移動が多くなります。ですので、仕事の効率化を考えたとき、作業の効率化と同時に移動中の環境をいかに快適にするかということは、20代の頃からかなり意識してきました。僕の暮らしのなかで、移動っていうものをいかに自分らしく行っていくかとか、自分のモチベーションを上げながら、ストレスを貯めることなく快適に移動時間を過ごすために必要な、自分が大事にしている移動に伴う仕事道具の話をします。
たとえば、ベネズエラのオリノコ川で釣りのビデオ映像を撮影したことがあります。カラカスのホテルに到着して、翌日からセスナでオリノコ川の中・上流域に行くというときに、ホテルの人から「今日はホテルから出ない方がいい。クーデターが起きてるから」って言われて、最初は聞き違いかな、でもクーデターって言ったよなと思いながらホテルの部屋に入ったら、窓の向こうからものすごい音量でのクラクションの多重奏が聞こえてきたのです。何かと思ったら、ホテルの下に高速道路が川の流れのように通っていたんですが、そこを何百台っていう車が走り、箱乗りをした人たちが「おー!」って大声で叫びながら逆走してクラクションを鳴らし、ゆっくりと走っていました。その様子を目にしたとき、「あ、これクーデターだな」と確信しました。2000年前後のウゴ・チャベス大統領のときです。それは命の危険に関わる移動でした。
それから、登山家の野口健さんと一緒にケニアのナイロビにあるアフリカ最大級のキベラスラムというスラムに行ったこともありました。カメラマンは阿部雄介さんで、ニコンの黒々した大きなレンズつけたカメラを構えて、ゴミ拾いをしている野口さんとかをガシャガシャ撮影してました。すると、キベラスラムのマフィアみたいな若者が集まってきて、「俺も撮れ」みたいな感じになって、だんだんみんな興奮し始め、ついに暴動が起きたんです。けれども僕らには屈強な2人の用心棒がついていたので、暴動が起きた瞬間にストレートパンチで収めてくれて助かりました。
その後、スラムには一体どんなゴミが落ちているのかを調べようとゴミのデータを取って、ゴミランキングにしました。ちなみに、そのとき落ちていたゴミランキングのトップ3は、清涼飲料水の瓶と、UNEP(国連環境計画)が配ったコンドーム、しかも未使用の。もう1つは、フライングトイレ。それはどういうものかというと、スラムの内側は外とは違う機能で物語が動いていて、みんな自分で家を建てているんですが、家のなかにはテレビがあったりします。日本人は珍しい時代だったので、僕らは「見に来いよ、俺の家」って誘われました。「じゃあ、お邪魔します」って伺ったら、4畳半くらいのスペースの家でした。このくらいの家がいっぱいあるんです。入れてもらうと、高級な、日本をはじめとしたアジア製のテレビが大事に置いてあって、家族みんなで見てました。「どうだ、このテレビすごいだろう」って自慢げに言われて、「日本製ですね。いいですね」と受け答えをしたのですが、「これ、電気はどこから引っ張ってきてるんですか?」と尋ねると、「電気はここだ」って指を差すところを見ると、ケニアのオフィシャルの電線が走ってるんですけど、その電線から蜘蛛の糸みたいにみんな勝手に盗電して、その電気でテレビを見ていたのです。家にはテレビはあったのですが、トイレはありませんでした。なので、フライングトイレといって、コンビニのレジ袋で用を済まして、袋を閉じて、家の外に捨てているんです。周辺には結んだ白い袋がいっぱい落ちている。それがフライングトイレ。「あの白い袋は何ですか?」って、そのときガイドをしてくれていたオリンピックのメダリストのダグラス・ワキウリさんに聞いたところ「トイレだよ」と、そう教えてくれたのです。僕と野口さんがご一緒させてもらったキベラスラムのゴミ拾いは2005年のことなので、もう21年くらい前。今は生活環境やトイレの問題も解決されてるのかなと思ったりしますが、どうでしょう。
移動のアイテムの話に戻ります。今の時代に当時の道具の話をしても、ヴィンテージ自慢みたいな話にしかならないので、実際によく使っているものの話をしましょう。どのくらいの移動を僕がいつもしているのかというと、多いときは週に9回移動してます。つまり1日1回というのは当たり前の移動で、神戸から東京みたいな生活のなかのルーティンの移動は別として、たとえばプロジェクトの依頼があって、その打ち合わせや実践で行く場合もありますし、取材という形でオーセンティックに地域に足を運ぶこともあります。最近は、取材はそこまで多くないので、むしろ事業としてとか、地域創生とか関係人口のワークショップや講演で移動するケースが多かったりするんですけど、いずれにしても1日に2つの地域に行くこともあるので、多いときには週9回くらい移動しているということです。移動は主に国内です。かつては南半球やアフリカなど海外の国まで足を運ぶ移動も多かったんですが、この頃は日本の地域に携わる仕事のほうがメインになっています。海外に行く移動と日本の地域に行く移動は距離こそ違えど、僕のなかではとても近い形の装備で行っていることも確かなので、そこも踏まえて話します。
まず、必ず持っていくのは、モレスキンのノートブックです。モレスキンの黒いウィークリーノートブックを毎年買い替えて使っています。もう20冊以上溜まっていますが、なぜこのモレスキンのノートブックを愛用しているかというと、ひと言で言うと軽くて使いやすいからです。軽いことは大事です。僕は雨具も何種類か持っていて、移動の内容によって使い分けています。重さに250グラムくらいの差があったりするんですよね。訪れる土地や天候に合わせて、その重さ分で生地が厚くて頑丈な雨具を選ぶ場合もあるし、季節的に軽いものでよければ、薄手の雨具を携行して浮いた250グラムは他のものを持っていく分に充てるみたいなアウトドアの考え方で装備を用意しています。60リットルのザックにどれだけ入るかみたいなことを基本にしながら、車に頼らないで移動するときには、ノート1冊を選ぶのにも軽さを大事にしています。
使いやすさでいうと、フィンセント・ファン・ゴッホも愛したと言われるモレスキンの、特にウィークリーノートブックがいちばん使いやすいです。ノートを開くと、左側に1週間7日分のマスがあって、右側はメモを取れるようになっています。1週間全体の流れがひと目で見ることができて、「ここで、この時間が取れそうだな」っていうことがわかりやすく、ページのなかで自分の行動を完結させられる。移動をカテゴライズしやすいっていうんですかね。果てしなくいつまでも移動する場合にはマンスリー型のダイアリーの方がいいと思うんですけど、僕は意識的に自分の移動のスパンを1週間くらいの単位で区切って捉えるようにしています。その方が疲れにくいのもありますし、また、一日一日の頭が働く環境を確保しやすいなとも感じているからです。ですので、移動が自分の主目的だったらもっと違うノートでいいんですが、1週間のなかで自分の仕事であったり、人に会ったり、何か次につなげる移動の調整とかをするときには、1週間単位で見られるこのノートは大変に気に入っています。種類で言うとラージサイズのソフトカバーを使ってます。で、意外とこれ高いんですよ。4000円くらいするんです。だんだん高くなっちゃったんですけど。ただ、ここに書き込んでいくことで自分が前に進んでいるっていう気持ちがとても強くなるので、この習慣は僕のライフルーティーンとして欠かせないものになっています。Googleカレンダーも併用していますが、このノートは外せません。

ちなみに、僕のノートをチラっと見たことのある方はおわかりでしょうけれど、ドイツのスタビロの蛍光マーカー「スイングクール」を20年以上愛用していて、この人はサイケデリックなのかっていうぐらいに蛍光オレンジや蛍光ピンクや蛍光グリーンや蛍光イエローで予定が書き込まれています。それは、色の作用っていうのが僕のなかではあって、ピンクやオレンジ色で囲んだ予定は自分の気持ちを上げながら行こうとか、少し場を盛り上げる役みたいにやろうっていう予定で、グリーンで囲んでいるのは、丁寧に、静かなポジショニングで、穏やかに行こうみたいな予定。そういうふうに、色分けしてその日の行事を決めています。その色分けの割合を見ることで、今週はバランスが取れてるなと考えたりもしています。予定はもちろん先に決まるので、そのときにその気分とぴったり合うかどうかわからないんですが、若い皆さんが場を盛り上げてやっていきたいって気持ちがありそうだなと思った予定はピンク色で囲むとか、首長の皆さん相手に僕が進行役をするときは、僕がうわずっても仕方がないので水色とか落ち着いたグリーンで囲んだり。僕のなかで、「今週はこういうイベントがあるな」「明日はこれだな」って、色で判断しているところはあります。
iPhoneとMacBook Airは仕事の必需品です。オリンパスやキヤノンなどのガラスレンズのいいカメラも持ってるんですけど、写真はほとんどiPhoneでしか撮りません。自分が投稿するインスタグラムやフェイスブックの風景写真や、釣った魚の写真や、ラーメンの写真とかはすべてiPhone で撮っています。拡大してみると、そこまでクオリティが高いものじゃないかもしれませんが、どちらかというとリアルな時間っていうのを優先して写真を上げていった方が僕としてはいいかなと。リアリズムの移動ですから、リアリズムを優先して、丁寧にレタッチしてみんなが感嘆するような写真に仕上げるっていうよりは、今ここで起きていることをそのまま上げられるような状態で、そのなかでも最大限見栄えがいい形で撮るときにiPhoneは描写力が長けているのでよく使っています。
僕、マクロレンズを多用するんです。小さな花とか、小さな魚とか、ラーメンのチャーシューとか、寄るのが好きなんです。引きの写真が好きってのを前に書いたことがありましたが、最近、リアルなものを見せるときに目の前にあるものを寄りの写真で撮っているので、そういうときにはiPhoneが便利です。パソコンはずっとMacBook Proを使ってたんですが、もうちょっと軽いほうがいいなと思うようになって、MacBook Airに変えました。3年目くらいになります。MacBook Airは大変に気に入っていて、会社にいるときも、東京じゃない場所にいるときも、神戸で家族と一緒にいるときも、MacBook Airが1台あれば自分の仕事に関してはすべて事足りるので、企画書をつくったり、講演のスライドをつくったり、文章を紡いでいったりとか、さまざまなパワーポイントの資料であったり、行政の皆さんに提案する事業計画書みたいなものもみんなここでつくっているので、どこかにいなくても仕事ができるっていうことが広がっていったのはMacBook Airのおかげかなと。ちなみに、MacBook AirのケースはIncaseですが、神戸の「ミント神戸」っていう商業施設のオリジナルカラーでパステルグリーンのものを使っていて、これがいいんですよ。ちょっと大きいのでぴったり収まるわけじゃないんですが、それが幸いしてなかに必要な紙の書類とかも一緒に入れられるので、あと自分が読んでいる本なんかも入れて持ち運びしています。
以前に僕と編集者の徳谷柿次郎さん、そして『Re:S』や『のんびり』の編集長の藤本智士さんと高崎のイベントでご一緒する機会がありました。その夜、お二人は高崎に泊まるということでしたが、僕はちょっと用があって東京に戻らないといけなかったので、打ち上げには参加せずに帰ったんです。ただ、その前に徳谷さん、藤本さんと少しだけ晩御飯に行きました。僕が誘って。そこで話をして盛り上がったのですが、時間が来たら僕はマフラーを巻いて、お暇しました。その帰り方が素晴らしい「直帰力」だと藤本さんがnoteに書いてくれました。その文章が地域づくりをやってるみんなにかなりおもしろがってもらえたみたいなんです。いきなり「今日は帰ります」って言わないで、帰ることは帰るんですけど、「まだみんなと一緒にいたいんで、ちょっと早めに違う店で飲んだりしませんか」みたいなことを言ったりして、いざ自分が帰る時間になると、首にマフラーを巻き始めて帰る素振りを見せるみたいな、その様子を藤本さんが愉快に書いてくれました。「僕はこんなふうに見られてるんだ」と楽しく思いましたが、直帰力っていうのは装備にも現れています。僕は普段は薄っぺらいトートバッグでしか移動しないんです。日帰りで那覇に行くとかでもトートバッグだけ。そのトートバッグも、ノートパソコンを仕舞い込んだうえに各地でいただいたお土産や、自分で買ったものをあれもこれもパンパンに入れていると結構すぐに傷んできます。けれども捨てるに忍びなくて、二子玉川に直してくれるリペアショップがあるのでそこに持っていって補強してもらいます。ショルダーにかける取っ手の部分の糸がほつれて取れたりすると直してもらったり。今、使っているトートバッグは最近のお気に入りで、神戸の『横尾忠則現代美術館』で買った、横尾さんの「現代の妖怪」と言う怖い絵がプリントされている、ナイロンでできた縦長の薄いモデル。それを愛用しています。

トートバッグ選びで僕が大事にしているのは、重いものを入れてもへこたれない強さがあって、でも軽いということ。ギリギリのバランスのものをいつも探しています。地域を訪れた際、お土産屋さんとかでこれはいいなと思うものがあると買ったりします。この前、滋賀県立琵琶湖博物館に行ったとき、琵琶湖に棲んでいる淡水魚がとてもきれいなイラストで図鑑のように描かれているトートバッグを見つけて、あまりにも美しかったので買いました。また、北海道標津町の標津サーモン科学館で買った薄くて小さなエコバッグがあって、それをサブバッグとしていつもトートバッグに入れています。そのエコバッグも気に入っているんですが、琵琶湖博物館で入手したトートバッグは横尾さんのそれと同じくらいの大きさなので、横尾さんの絵がプリントされているトートバッグがあまりにもボロボロになったら、次はそれを使おうかなと思っています。いずれにせよ、トートバッグがいちばんいいですね。これはたぶん、批評家の浅田彰さんが「憂国呆談」という田中康夫さんとの対談を『ソトコト』で連載していたときに、いつも80年代テイストのカセットテープかラジカセっぽいイラストのトートバッグを持っておられたんですが、それを肩にかけて軽やかに現れる姿がかっこよかったのでその影響です。僕は浅田さんの大ファンでスキゾ・キッズかもしれませんが、トートバッグをそんな気持ちで使っています。トートバッグ選びのもう一つの基準は、マチがあるかどうか。マチがあればサイズのわりにたくさん入りますから。さらに軽くて丈夫なら言うことなしです。カリフォルニアのスタンフォード大学の生協で買ったトートバッグも愛用していますね。丈夫です。大学生だからバンバン何でも入れるんじゃないですか。
さて、「直帰力」の示すようになるべく日帰りで仕事をこなしたいっていうのは、家族との時間を持ちたいからでもあります。息子が小さいときとかは特にそうでしたが、あまり家を出ている時間が長いのはどうなのかなっていうこともあって、朝、必ず息子をぎゅっと抱きしめて、「おとうは今から出かけてくるけど、夜帰ってくるからな」みたいに、あんまり一緒にいる時間がないにしても、思いっきり自分の圧力をかけて「おとうはうざい」って思わせることによって印象深くさせておきました。自分のことを記憶に留めてもらいたいから、朝、「じゃあ行ってくるぞ」って、ぎゅっと抱きしめていた時代が4歳、5歳のときでした。でも、日帰りで帰ってくれば、「おとうが帰ってきた」みたいな感じでいてくれるので、やっぱり顔を合わせることは大事だなと思って、意識的に帰れるところは日帰りで行こうということで、沖縄や北海道の仕事なども日帰りで行ったりしていました。
この日帰りの出張に勇気を与えてくれたのは、建築家の隈研吾さんです。隈さんは『ソトコト』でも大変お世話になっているのですが、あの多忙な隈さんが打ち合わせで「ベトナムは日帰りで行っている」って話をされていたときに、隈さんほど忙しい方はベトナムまでは日帰りなんだなって驚きました。それは隈研吾建築都市設計事務所の方からの言葉でそういうフレーズがあったんで隈さんから直接聞いたわけではないのですが、きっとそうなんでしょう。なので、僕も沖縄や北海道であれば日帰りだなと思って、そうしていました。
そうは言っても連泊しないといけない仕事ももちろん存在します。日帰りにすることだけが美徳ではない場合もありますので。やっぱりちゃんと向き合ってお話をして、しっかり課題を解決したり、記事にしたりすることも大事ですからね。そういう意味でも折衷案的に僕のなかでは「必ず2泊3日以内で家に戻る」というルールを以前から決めています。なので、どこか遠出をするにしても、もしくは東北のあるエリアを2か所移動するっていう場合も、2泊分しか着替えを持って行かないようにしています。実際、出張の集中力が続くのって2泊3日くらいまでなんです。人によっては違うかもしれませんが。魚釣りで、フライフィッシングとかルアーフィッシングで渓流を歩いていて、1日に1万5000歩ほど歩きます(この渓流歩きにはまた違う別の移動の原理があって、グラグラの石が続く急流を歩いたりすると体幹が鍛えられるので、僕の健康法の1つにもしています)。集中力っていう意味では、たとえば仕事をする集中力と、魚を1匹釣るまでの集中力っていうのは結構似てるんです。この人はどんなクライアントさんなんだろうとか、どんな話の運びをしたら皆さんは乗り気になったり、喜んでくれたりするんだろうみたいなことは、集中力が続く間に分析して考えないといけないので、そういうものって僕の経験上で言うと、だいたい1時間くらいしか続きません。そこで組み立てられたものから関係性や話が進んでいくので、1時間の集中力をどう生かすかということが結構大事なんです。それを考えると、さらにそれを包括した滞在の時間は、長くいることでいい結果が生まれることもあるんでしょうけれど、僕のなかでいいアイデアが出たり、それが仕事として地域の皆さんやクライアントの皆さんに役立つものであるという意味での「鮮度の高さ」で言うと、やっぱり滞在2泊3日くらいがマックスかなっていう感じはします。
1回戻ってまた翌日来るっていうのが可能であれば、帰ることもありますが、なんとなく2泊3日くらいを僕のなかでは連続で移動に充てられる最大の時間としています。72 時間ですね。人の生存が確保できる72 時間っていうのと、依頼を受けて動いている僕という人間の賞味期限も同じく72時間じゃないかなと思って、2泊3日専用のバッグを持つようにしています。それはアメリカ・サンフランシスコのAerのリュック。妻が買ってくれたものでとても気に入っています。そこに2泊分の着替えと、先ほどのトートバッグに入っていたものを入れて、本を読む時間がありそうだなとか、気になる本を手に入れたので読みたいなっていうときはそこに本を1冊入れてくらいの感じで使っています。実はそのバッグは、パソコンを入れるコンパートメントがあるのと、下部に靴を一足入れられるスペースがあるんです。ただ、これが難しくって。何が難しいかというと、地域に伺って、たとえば首長との打ち合わせ、挨拶であったり、講演をする機会を与えられて登壇するとか、いわゆる要人の皆さんとパーティーで会うっていう時間と、昼間は「うちの地域でやっているミョウガ畑を見てください」と誘われたり、「牡蠣の養殖の現場を案内するので船に乗って見ましょう」と言われたときが悩ましいですね。やはり僕のなかでは人に会うときにはきれいな靴で行くべきだなという思いがあり(神戸の「履き倒れ」でしょうか)、スニーカーが多いんですけど、でもきれいな靴、ほぼ新品に等しい、あるいは新品の靴を履いていくんですが、新品を下ろした靴を作業が伴う現場に履いていくと、あっという間に汚れてしまうので、濡れてもいい全天候型の靴としてオンのクラウド6ウォータープルーフと、晴れの日用のニューバランスの1500とか997、990とか1400などから好きな靴を1足持っていくようにしています。イギリス製とアメリカ製のニューバランスは高価なんですが、ドレッシーな革靴を何足も買うよりは自分に合っているなと思い、これらをローテーションしています。僕は1日平均、東京にいるときでだいたい8000歩から1万歩歩いていて、地域に伺うと1万5000歩くらい歩いています。ひどいぎっくり腰になったときもニューバランスのそのシリーズたちを履いていると体への負担が少なかったので、そのときの信頼感から今も愛用しています。
神戸と東京の2拠点生活をやっていて何がいちばん頭を悩ませたかというと、雨なんです。神戸は晴れていて東京が雨、ということは結構あったりするので、どっちに靴を合わせたらいいかは悩むところです。神戸にいるときはなるべく軽やかで通気性のいい、見栄えもいい靴を履いていた方がリフレッシュした感じで仕事もできるし、話もできるのでいいなと思う反面、いざ東京に行ったら線状降水帯が発生したりしていて、雨のなかを何千歩も歩いて移動しなきゃいけないこともあります。できれば防水の靴がいいんですが、両方持っていくと重くなります。軽さを取るか、便利さを取るか、靴のつば迫り合いが起こるので、天気予報はかなり丁寧に見ていますね。天気予報も外れる場合があるし、「これは2足持っていくしかないな」ってのが2泊3日のときには結構あります。東京から北海道に移動して、翌日は福島に行くみたいなときには、3か所が全く同じ天気の日はない。そういうことも考慮しながら靴は選んでいます。
シーズンを通して、上着は嵩張るのであんまり持っていかないんですけど、代わりに首に巻くショールを持っていくようにしています。首元さえ寒くなければ案外大丈夫なので。tamaki niimeのショールをかっこつけているつもりで巻いてるように思われているかもしれませんが、あれはいちばん軽くて、どこでも暖を取れる最高のアイテムなのです。夏場でもエアコンの冷たい風よけになりますし、少しの雨のときには、真知子巻きみたいにすると雨よけにもなるので、ショールとかストールの軽いのを1枚持っていくのはおすすめです。一緒に登壇する人たちがおしゃれだったとき、大体僕が誰よりもドレスダウンしていて申し訳ないなっていう気持ちになるんですが、首にちょっとかけるだけで少し雰囲気が変わるので、その場に合わせることもできます。軽いショールの色違いのものを2枚持っておくと使い分けられて便利です。
仕事の移動は2泊3日までを基本としているので、バッグが大きくなる理由がありません。それ以上の3泊4日とか4泊5日の行程で行く場所は海外か、僕の好きな魚釣りで地域に遠征するときなんですけど、地域に遠征するときはパタゴニアのブラックホール・ウィールド・ダッフルの40リットルと100リットルのバッグのどちらかで行きます。パタゴニアはもう20代の頃から愛用しているブランドで、企業の理念も大好きですし、発信するワードセンスも大好きです。15年着ても使ってもへこたれないし、傷んだら直してくれる。パタゴニアはサステナビリティという言葉を用いませんが、ものを大事にする思想、地球に負荷を与えないという考え方のもとにプロダクトをつくって、販売しています。そんなプロダクトに対して、フライフィッシングや山登りといったアウトドアアクティビティを楽しむ僕は絶大な信頼を置いています。なかでも、ブラックホールというバッグのシリーズは移動のお供としてとても気に入っているアイテムです。
この前、島根県の石見地方を拠点にして魚釣りに行きました。中国山地を行ったり来たりするんですけど、そのときにたまたま山中にあるスーパーに立ち寄ったんです。そこに畳一畳と言うと大げさかな、大きな隠岐産の乾燥ワカメのシートが売ってあったんです。それが最高にイカしていたので買って帰りたいと思ったんですが、これを東京まで無事に持ち帰るためにはどういうふうにしたらいいだろうと考えました。そのときは10年ほど愛用しているパタゴニアの巨大なブラックホール・ウィールド・ダッフルの100リットルで出かけていたので、「このワカメをバッグの底敷にすれば持って帰れるな」と思いつき、実際に入れてみたらぴったりの大きさでした。そのワカメのシートを家に折れることなく持ち帰ったら、妻が「どこで買ってきたの?」とびっくりしていました。地元の方はたぶんあのワカメをラーメンに入れたりして食べているのかな、僕も家でさぬきうどんを食べるときとか、ラーメンをつくって食べるときに、この隠岐産の乾燥ワカメをたっぷりとお湯で戻して添えています。大物で薄くて折れると大変なことになるものさえ持ち帰れるという意味でも、ブラックホール・ウィールド・ダッフルの100リットルはすごく重宝しています。渓流を歩くときに必要なウェーディングシューズとウェーダー、そしてフィッシングベストや釣りの小物類をまとめると10キログラム近い結構な重さになります。さらに防寒の衣類など他のものを全部入れても20キログラム内に収まる形で整えて、1週間程度の釣行のときに使っています。

また別のバッグですが、ブラックホール・ダッフルの55リットルは、今いちばん愛用しています。普通のスクエアなバッグに見えるんですけど、バックパックとして肩にもかけられるので便利です。車輪のついたキャリーバッグって楽なんですけど、手が空かないんですよ。キャリーバッグを持っている手が空かないことは僕にとってはかなり不便なのです。できれば両方の腕が使えた方が移動って楽じゃないですか。キャリーバッグも確かに便利だけど、日本ではまだまだキャリーバッグの移動が適さないシチュエーションも多そうです。僕はキャリーバッグをある場所に、たとえば連泊するホテルの部屋に置いて、そこから必要なものをトートバッグに小分けにしてピストンするような感じで使用しています。長期滞在型としてはキャリーバッグは便利なのですが、もうちょっと両手を空けて移動もできる大型のバッグとしていいものはないかなと探したときに、ブラックホール・ダッフルの55リットルを見つけました。これが、ぴったりだったんです。昨日もそのバッグを担いで島根県の益田市から戻ってきました。仕事道具も釣り道具も詰め込んでいますし、お土産も入れていますけど、形がスクエアなので何でも整理しやすいんです。しかも丈夫なリサイクル素材を使っていて、とてもいいです。そんな感じで、バッグはパタゴニアのブラックホール・シリーズが相棒というか、僕が勝手にお世話になっているっていうか、そういう存在です。
次は、筆記用具です。僕が愛用しているペンは、編集者の多くはこれを持ってると思うんですけど、パイロットのフリクションボールノック。消せるボールペンです。その黒と赤と青の0.5ミリを使っています。普通に何か書くときは、どちらかというと黒じゃなくて僕は青いペンで書いていますね。もう 1つ、パイロットのスーパープチっていうリーズナブルなサインペンがあります。細字と中字、太字があって、これは何かメッセージを書いてくださいとか、本にサインをしてくださいっていうご依頼を受けることがトークイベントのときにはあるので、そのときにこのペンの黒の細字を使っています。僕は元々が環境のメディアの編集者がルーツです。これはエコなペンで再生された樹脂ばかりでできていて、長持ちしてしかも安いので、何本も持って愛用しています。イラストを描くときもこれで描いています。『オン・ザ・ロード 二拠点思考』『オン・ザ・ロード2 スーパーウェルビーイング』の表紙のゴギやイワナ、タナゴの絵などもスーパープチで描きました。気に入っています。耐水性なので水で滲まないのもいいですね。他にも、奈良ホテルで買った高級な筆ペンや万年筆とかあるんですけど、そんなに使う場面がないので一応持ってはいるっていう感じです。
無印良品の「吊るして使える着脱ポーチ付ケース」も愛用しています。これ、便利なんです。常備薬と、日本酒由来の化粧水と、洗顔料とかそういうものを入れています。僕は良品計画ファンなので、最近は2990円くらいの綿100パーセントのジーンズっぽいけど緩いタイプのイージーパンツ4種類くらいをローテーションしていて、「これは楽だな。移動のときはすごくいいな」と思いながら穿いています。ビジネスホテル内のコインランドリーも、早くチェックインするとその時間は大体空いていたりするので洗濯もできます。今、コインランドリーの性能がすごくよくなっていますね。何百円か入れると全自動でやってくれるので、夕方から洗濯を始めて、Wi-Fi も使いたい放題ですから部屋でオンラインミーティングを行って、終わったら洗濯も乾燥もできているという。そういう意味では、コワーキングスペースを借りるのと同じくらいの状態で、ビジネスホテルもオフィス代わりに使えて便利です。という感じで、洗濯もしやすく、人前に穿いて出ても失礼でないパンツとして、無印良品のイージーパンツを愛用してます。
シャツはパタゴニアばかりです。オーガニックコットンや、リジェネラティブ・オーガニックコットンのTシャツに、リサイクル・ポリエステルを使ったセルフガイデッド・サン・シャツなど襟の付いている明るい色のシャツを何枚か着回しています。軽くてすぐに乾きやすいのがいいですね。フォーマルなジャケットで行くべきところにはジャケットで行きます。それはやっぱりパタゴニア同様に社会環境とか社会認識に一定した概念を持っているマーガレット・ハウエルのジャケットとシャツを色違いで何枚か持っていて、それらを繰り返し使っている感じです。市長との対談とか、公式な格好が求められているときはそのスタイルで行きますが、キャラクター的にはパタゴニアのシャツを着ていって軽やかに話すみたいな気取らない感じを皆さんが認めてくれているので、最近はそういうふうにしています。なるべく、レスポンシブルとか、エシカルみたいな考えのところは僕のなかではぶれないようにしたくて、素材としてもそこに通じた道具を選んでいますね。よくかけているシニアグラスはフランスのレスカ・ルネティエのクラウンパントで、1940年代の利用されなかった樹脂をアップサイクルしたモデルです。このメガネは神戸・三宮にある『マイスター大学堂』というお店でつくっていただきました。店主は厳しいドイツマイスター制度を取得されていて、店内には僕の憧れの画家・鴨居玲さんの絵が飾ってあります。神戸に行くときは、こちらでメガネのフレームを調整してもらっています。そういう個店とのお付き合いも物によっては大事にしています。
2泊3日のバッグのなかに、必ずしのばせているものがあります。何かと言うと、小さなおつまみです。僕は日本酒をはじめとしてお酒を飲むのが好きなんですが、仕事が遅くなってしまった後にビジネスホテルにたどり着いたとき、まわりにコンビニがないことも結構多いんです。でも、眠る前には自分の好きなものをちょっと口にしてから眠りたいなと思うのですが、そういうときのために、出張に行くときには好きなおつまみを必ずバッグにしのばせています。なるべく薄くて軽いもの。お気に入りは、神戸の『伍魚福』というブランド。なかでも九州産のウルメイワシが最高です。僕は元々、山登りの人間なので、なるべく軽くて、栄養化が高くて、何かあったときにも日持ちがして、生き延びられるものを選びがちです。そうすると、このウルメイワシだったり、秋田の空港でよく売っているしょっつる味のナッツだったりが最高にうまいんです。もう1つは秋田県鹿角市で売っている短角牛のビーフジャーキー。薄い味のりみたいな薄さの袋に入っていて、重さがたぶん3グラムくらいしかないんですけど、噛めば噛むほどおいしさが増していくので、行動食として申し分ない。鹿角に行くたびに買ってストックしています。
この3つのどれかを入れておくと、地元で買ったワンカップ酒(最近はワンカップ酒もおしゃれなものが多くなりました)、そういうものと合わせるだけで幸せな気持ちになれます。仕事が終わった後、1人になったときにその日のことを振り返る時間が好きなんですが、そのときにおいしいおつまみとお酒があればいいですね。同じホテルに泊まっている仲間と、「じゃあ少しみんなで飲みましょうか」と、夜の時間にホテルのオープンスペースをちょっと借りて、話したり、飲んだりするひとときも好きです。おつまみを開けて、缶チューハイを飲んだりするときに「これもありますよ」って出すと、「なんでそんないいもの持ってるんですか」って、みんなびっくりします。「そんなの常備してるんですか?」って。そういうの、楽しいですね。予測不能な旅の出会いも大事だけど、自分が好きなものを1個しのばせておくことで楽しい旅のひとときをつくることができるというのも嬉しいことです。夜の行動食ですね(笑)。

冒頭、「週9回移動してる」って言いましたが、そんなに何度も移動するのは大変じゃないかって皆さん思われるかもしれません。たとえば、朝は霞ヶ関で打ち合わせや議員の方々とお話をして、午後には長野県塩尻市で行政の職員の皆さんとの勉強会に参加して、夜には辰野のまちで若い人たちと一緒に関係人口について学ぶ会でお話をして、ギリギリの最終のあずさで東京に帰ってくるみたいなこともあります。「移動って大変じゃないですか」って聞かれるのは、週9日移動するためのリチャージみたいなものをどこで取っているのかっていうことだと思うんですね。移動の疲れをどう回復させているのか。それは先ほど申し上げたように基本は日帰りで行くということに尽きます。自分の家の慣れたベッドで休み、出張は長くても2泊3日までにとどめることで、リセットができる時間を毎日つくるのです。人によってはずっと旅先にいる方が気分が上がっていいという方もいるかもしれませんが、僕は要所要所では1回帰ってくるほうが、仕事の移動のスタイルに合っていると思います。なので、週9回の移動をこなせる大きな理由はその2つです。
さっきも言いましたが、僕は日本酒が大好きです。新潟県の村上市に行ったら、「大洋盛の紫雲をめちゃめちゃ飲みたいです」というと、みんながその素晴らしくおいしいお酒の席をご一緒してくれたりして、とても楽しいのですが、もしかしたら人によってはそれがアルコールハラスメントになったりもします。夜遅くまでみんなと騒いでいることが毎日続く人もいたりしますよね。そのまちでは懇親会は1回だけだけど、次のまちでも同じようにみんなと一緒に夜遅くまでご飯を食べたりっていうことを繰り返していると、かなり疲弊すると思うんです。だけど、せっかく皆さんにとっては初めてお酒の席が設けられた、だからこそみんなで振り返りを兼ねて懇親会をやりましょうみたいなときに、「いやいや、昨日僕は違うまちでそれをやってきたので、今日は遠慮します」っていうのは冷たいですよね。だからこそ僕はその会に喜んで参加しますが(そもそもがお酒好きなので。笑)、なるべく日帰りにして、翌日の会も想定しながら、自分のなかで寝る時間とか、自分のルーティンをちゃんと守るように経験的に心がけているのかもしれません。















