秋の夜空と、リビングの小さなお月見
すっかり秋の空気が馴染んできた10月。夜風がひんやりと心地よく、ふと見上げる夜空がひときわ高く澄み渡る美しい季節です。日本では古くから、9月の中秋の名月だけでなく10月のこの「後の月(のちのつき)」にもふたたびお月見を楽しむ風習があります。完全な満月ではなく少し欠けた月の姿に趣を見出す、日本ならではの奥ゆかしい美意識です。2026年の「十三夜(じゅうさんや)」は、10月23日に巡ってきます。
東京の街角でも小さな秋は見つかります。3歳10か月になった息子は散歩道でどんぐりを見つけては「ママ、宝物!」と目を輝かせる小さな探検家です。彼と一緒に季節の草花を部屋へ招き入れるのが最近の私たちの楽しみ。長年向き合ってきた華道の教えを大切に、四季の草花が持つ本来の美しさを見つめ、静かにその表情と向き合う。かつては私一人で紡いでいたその穏やかな時間に、今は多少の賑やかさも加わり、小さな手が添えられています。彼も花の色や不思議な形にすっかり心を奪われているようで、柔らかな感性で植物との対話を楽しんでいます。今回は深い青紫が美しいリンドウを生け、秋風にそよぐススキの美しい線を活かし、そこにふっくらとした黄色い菊の花を添えました。「これ、お月様みたいだね」という息子の可愛らしい見立てのおかげで、我が家のリビングには後の月を待ちわびるような小さなお月見の風景が広がっています。
水と祈りの聖地、天川村・洞川温泉へ
そんな秋の深まりとともに、先日、私はえんがわ音楽祭2026に出演するために奈良県の天川村(てんかわむら)洞川(どろがわ)温泉を訪れました。大峰山の登山口に位置し、修験道の歴史に抱かれた静謐な空気が漂う聖地です。この地には、私たち音楽家にとって特別な場所があります。芸能と音楽の神様として古くから深く信仰を集める「天河大辨財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)」です。木々に囲まれた神聖な境内へ足を踏み入れると、風のざわめきすら清らかな調べのように聴こえ、五十鈴(いすず)が奏でる澄んだ響きに表現者として背筋がすっと伸びるような心地がします。また、真言宗醍醐派大本山であり、世界遺産大峯山寺護持院である「大峯山龍泉寺(おおみねさんりゅうせんじ)」は境内の「龍の口」からこんこんと湧き出る水が美しく、水行の場としても知られています。山々と水が織りなす圧倒的な清涼感、深く息を吸い込みたくなる場所です。
今回滞在したのは風情ある「観峯荘にしぎ」さんの「梅の間」。窓をいっぱいに開け放つとすぐ下を流れる川の音がずいぶんと大きく聞こえます。私がリハーサルに向かっている間、息子は父親と一緒に大人気の「面不動モノレールどろっこ」というトロッコ列車に乗って、面不動鍾乳洞を探検する大冒険へ。子どもと一緒にこの土地を歩くと、澄んだ空気や、水の冷たさ、ただ通り過ぎるだけでは気づけない自然の在り方にハッとさせられます。

お父さんと水の中に足を踏み入れて。思わず声を上げるほどの冷たさに自然のエネルギーを肌で感じたようです。

面不動鍾乳洞へ向かう小さなトロッコに揺られて。お父さんの隣で、緑深まる山々の景色を夢中になって見つめていました。
令和に息づく「鬼」の伝説
この洞川温泉には、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)に仕えた「後鬼(ごき)」という鬼の夫婦の伝説が残っています。驚くべきことに、この地には今もその後鬼の子孫とされる方々が暮らし、宿を営みながら訪れる旅人を温かく迎えてくださっているのです。さらに温泉街を歩くと「陀羅尼助(だらにすけ)」という和漢胃腸薬の看板をいくつも目にします。これも役行者が製法を教え、後鬼が人々に広め伝えたものなのだそうです。最近「神様ってなに?」と、目に見えない世界への好奇心を膨らませている息子ですが、最初は少し緊張気味でした。絵本で読む「鬼=怖いもの」というイメージがあったのでしょう。けれど、宿の方々の底抜けに優しい笑顔や、きめ細やかなおもてなしに触れるうち、彼の表情はふわりと解けていきました。「ママ、鬼さんって優しいの?」「お腹が痛い人を治すお薬を作ってくれたの?」。その小さな問いかけに、私は思わず微笑んでしまいました。伝説が歴史書のなかの遠い昔話ではなく、人々の胃腸を癒す身近な存在として今の暮らしに当たり前に息づいている天川村の懐の深さ。目に見えないものを恐れるのではなく、そこにある優しさを信じることを息子の素直な言葉から教わった気がします。
歴史の気配と重なるえんがわでのステージ。土地と溶け合うフルートの音

木の温もりに包まれた新たな交流の拠点。天川村の新しい挑戦とたくさんの笑顔に出会えた、感動のひとときでした。

フィナーレは出演者全員によるセッション。音楽を通してひとつになる、この音楽祭ならではのとっておきのひとときです。
(写真:株式会社キャピタルヴィレッジ)
えんがわ音楽祭2026の今回のメインステージはリニューアルされた日帰り温泉施設「洞川温泉ビジターセンター」。天川村の空と山と調和するような特設ステージが設置され、温泉街全体が豊かな音楽の響きに優しく包み込まれました。ScatRawさんのエネルギッシュな演奏から始まり、司会を務められたFM COCOLO DJの加美幸伸さんの温かなナビゲートのもと、魅力あふれるアーティストの方々が素晴らしい演奏を届けてくださいました。庄野真代さん、細坪基佳さん、アコーディオン奏者の桑山哲也さん、ウクレレ奏者の名渡山遼さん——皆の奏でる豊かな音色が心地よく重なり合い、集まった多くの方々の心を楽しませ、温かな笑顔で満たしていたのが深く心に残っています。「えんがわ音楽祭」という名前は、洞川温泉に連なる歴史あるお宿の「縁側」をステージに見立てたことに由来します。ありがたいことに今年で11回目の出演となる私ですが、今回の私自身のえんがわステージは風情あふれる老舗宿「紀の国屋甚八」さんでした。

創業数百年の歴史ある旅館の軒先で。川のせせらぎと秋風に包まれながら吹き込む音色は、自然と一つに溶けていくようでした。
(写真:株式会社キャピタルヴィレッジ)
ふと軒先を見上げると修験道で厳しい修行を積む「講(こう)」と呼ばれる団体名の提灯がずらりと掲げられています。そこには何百年にもわたりこの地を訪れ、祈りを捧げて山へ入っていった人々の重みと息遣いが確かに残っていました。その途方もない時間の蓄積を感じながらフルートに息を吹き込むと、私の音色そのものにまで、土地の歴史が深く響き渡っていくような不思議な感覚を覚えました。演奏したのは「Autumn in Tenkawa」。第1回の音楽祭でこの地を訪れた感動から生まれた、私にとって原点とも言える一曲です。そして平等院鳳凰堂の国宝のモチーフとしても知られる「飛天」。天への祈りとともに、修験の道を歩んだ人々、洞川温泉に生きる方々、そして訪れてくださった皆さまの健勝を願い、一音一音に心を込めました。屋根を抜けて空へと響く木管の音色は、歴史の気配や集う人々の温もりと完全にひとつになっていました。音楽は「聴く」だけでなく「その土地と溶け合う」ものなのだと教えてくれた特別な瞬間です。

日が暮れるにつれて提灯の灯りがひとつ、またひとつと浮かび上がり、鬼も潜んでいそうな幻想的な夜へ。
山あいに響く音楽に包まれながら、えんがわ音楽祭の夜は静かに深まっていきます。(写真:株式会社キャピタルヴィレッジ)
音の余韻を日常へ
旅を終えて東京の日常へ戻った今、私は主宰するフルート教室の「第19回発表会」に向けた準備に追われる日々を送っています。天川村でいただいた豊かなエネルギーと祈りの熱量をそのままレッスンに投入しているため、近頃の教室は少々熱を帯びているかもしれません。天川村の澄んだ風と提灯の灯りの余韻を胸に抱きながら、小さな探検家とともに、もうすぐ巡ってくる十三夜のお月見を楽しみに待ちたいと思います。そしてまた明日も、日常の中の美しい音色を探して。










