「命を余すことなくおいしくいただくことで、自分も生きていく」という姿勢で魚醤をつくり販売する、『factory333』代表・吉岡美紀さん。紹介していただいたのは、「海と命について考える」5冊でした。
『カレー、醬油』は、魚醤をつくるようになって読んだ本です。さまざまな食べ物を原点に、そこからどんな文化が育まれてきたのかが書かれていて、魚醤はアジアの内陸に住む人たちが川魚を保存するために生み出された生活の知恵だと紹介されています。「魚醤を使う文化のなかった小値賀島で始めた魚醤づくりだけど、自分がつくった魚醤も、島の暮らしの中から生まれたもの。魚醤のはじまりと同じだ」と、励まされたような気がしました。食文化はその土地の暮らしと密接な結びつきから自然と生まれるものであり、小値賀島の魚醤もまさに、生まれるべくして生まれたものだったからです。
漁で獲った魚は基本的に市場に出されますが、量やサイズが揃わないものや魚種によって買い手がつかないものは、自分たちで消費します。それでも追いつかないと処分するしかない。売ることも食べることもできず捨てられていく魚を見て、移住者の私には「もったいない」と映りました。新鮮であるがゆえに足の速い魚を活かす方法はないかと考え、魚醤に行き着きました。魚醤づくりは「もったいない」の解決策でした。
『海うそ』は人文地理学者が主人公になっている小説で、フィールドワークで訪れた島が開発で様変わりする様子をていねいに描いているのですが、印象的なのは、カモシカが雪の中で立ったまま死んでいくシーン。カモシカの眼には何が映っていたのだろうと考えさせられます。というのも、私のもう一つの仕事・海士漁では、魚をモリで突きますが、海の生き物たちは一体何を思って死んでいくのだろうと、考えずにはいられないからです。海の中の自分は、呼吸もままならず不自由で魚は自由なのに、陸に上がると立場は逆転し、私の手によって魚の命は消えていく。さっきまであった命が消える感触は、強烈な事実として残り続けます。
海とその海に生きる命に向き合う毎日ですが、だからといって「海を守ろう」「命のやりとりをしている」ということを、四六時中意識しているわけではなく、海や魚にただ夢中になっている時間のほうが長い。でも、目の前にある命を余すことなく、おいしくいただくことで、命を最大限に活かすことにつながればと思っています。
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。