京都府木津川市を拠点に、主に京阪神のローカルでデザイン活動を展開する、クリエイティブファーム『シェアローカル』代表のすみかずきさん。課題解決を前面に出さないデザインで、クライアントやお客の心を動かしている。
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エンブレムに込めた思いが、 デザイナーへの道を歩ませた。
3歳からサッカーを始め、プロ選手を目指していたすみかずきさん。高校3年で念願の全国大会出場を果たしたが、ベンチ入りメンバーから外れてしまった。「めっちゃ悔しかったです」と振り返るすみさん。ただ、全国大会出場を機にユニホームを新調することになり、そのエンブレムをデザインしてほしいと監督から声をかけられた。「エンブレムを描くのが好きで、休み時間に教室で描いて友達に見せたりしていたのですが、それを監督が知り、声をかけてくださったのです」。すみさんはエンブレムをデザインし、そこに込めた思いを手紙に書き、監督に渡した。全国大会の試合前夜、その手紙を読んだチームメートから、「このエンブレムで明日、戦うから」とメールが届いた。「すごくうれしくて、『何、この気持ち?』ってなりました。こんな感動する仕事ができるならと思い、デザイナーになろうと決意しました」。
そして、デザイン制作会社で2年半勤めて独立し、「デザインとは何か?」と悩みながら仕事をしていたある日、高知県を拠点に活躍するデザイナーの梅原真さんが登場するテレビ番組を見て、ローカルデザインの意義を知り、「こんな人になりたい」とローカルデザインにのめり込んでいった。
ローカルとの向き合い方が 5年経って変化した。
京阪神を中心にローカルデザインの仕事を手がけ、5年が経つ。初めの頃は、「地域の課題を解決するぞ」と意気込んで取り組んでいたが、最近は「無理に課題を解決しなくてもいいかも」と考えるようになったという。「僕から見たら明らかに課題なのに、地域の人たちは課題だと気づいていなかったり、課題として扱ってほしくなかったり。課題と共存しているというか……。無理に解決するのは押し付けがましいと思うようになりました」と、ローカルとの向き合い方が変化したと言う。
例えば、京都・笠置町の『RE-SOCIAL』が加工・販売するジビエ肉「YAMATOARU」のブランディングやパッケージデザインにすみさんが携わったが、社内でヒアリングを行ったとき、スタッフからこんな課題を聞いた。シカは田畑を荒らす害獣として駆除されているが、狩猟者の高齢化や利活用する手段が限られていることから、約9割が山に廃棄されている。実際、大量に埋設処分されている現場を目にして衝撃を受けた、と。「ただ、そうした課題をストレートに訴えても、ジビエに関心が薄い人には響きません。獣害の現状を知らない人にもジビエ肉に興味を示してもらえるデザインにすることが、約9割の廃棄を6割、3割と減らすことにつながると思うのです」と、すみさんは言う。
素材にこだわったパンづくりを行う奈良県奈良市の『bakery+ arinomamma』の店舗デザインでは、農薬の危険性や有機栽培の重要性を声高に訴えるよりも、ビジュアルや雰囲気でイメージ的に訴求するほうが伝わるのではないかと考え、「森で摘むパン屋さん」というコンセプトでナチュラルな店舗づくりを行った。
また、すみさんがデザインするうえで大事にしているのは、現地に行くことだ。その土地の歴史や文化を知り、肌で感じたことをデザインに生かす。兵庫県・市川町にある野菜の育苗業者『文化農場』のブランディングでも、現場での気づきをデザインに反映させた。「農場に残る史料や、地域に残る昔のロゴマークが描かれた看板などからインスピレーションを得ました」と、すみさん。「まちでは、おじさんが書くから『オジ書き』と呼ばれる看板文字を見つけました。重心が低く、一見ダサい印象の文字ですが、それがいい。オジ書きに今っぽいセンスを加えて『文化農場』の社名を書きました」。まさに、すみさんが信条とする土地に馴染むデザインだ。
『文化農場』の3代目を継ぐ小野未花子さんからはこんな話を聞いた。スーパーの催事に出店したとき、子どもが苗の土を触っていると、母親が「汚いから触ったらあかん」と叱った。「土は汚いもの……」と小野さんはショックを受けるも、家庭菜園の文化を取り戻したいと改めて誓った。「ならば、日本の農業文化を背負い、継承してほしい」と、すみさんは思いを込めてロゴマークに緑の日の丸をデザインし、作業着の背中にレイアウトした。小野さんはそれを着て日々、野菜の苗を育てている。
さらに、すみさんは、デザイン費を「物納」で支払ってもらうという取り組みも行っている。「例えば、『文化農場』の『文化の土』は、野菜1年分を送ってもらう契約でデザインしました。『YAMATOARU』は、一部を鹿肉で納品してもらったり、『bakery+ arinomamma』ではショップカードのデザイン費をパンで納品してもらったり。クライアントの思いに強く共感したときは、見積書にこっそり『物納可』と書いています」と笑顔で話す。
そんな、すみさんのデザインに対する熱い思いは、クライアントの向こうにいるお客の心も動かす。まるで、エンブレムをデザインし、その熱い思いに心を動かされたチームメイトのように。
かっこよくてインパクトのある、ローカルデザイン。
木津川特産のお茶を、 子どもたちに飲んでもらう!
すみさんは、『木津川クリエイター部』という任意団体にも所属している。『木津川市農で頑張る協議会』が主宰している「農プロジェクト」という、市内のクリエイターと一緒に農業を振興させる取り組みで、活動はすでに終了したが、その後も任意団体として存続している。その『木津川クリエイター部』に、木津川特産のお茶を子どもたちに飲んでほしいとPRする仕事が舞い込んだ。「今の子どもに緑茶を飲んでもらうのはかなりハードルが高い」とすみさんは頭を捻ったが、絵本の形をしたチラシをつくり、表紙にお茶のパッケージを貼るというデザインを考案。しかも、パッケージの色は黄色で、一見、お茶であることがわからないようなデザインだ。「キャッチコピーも『どんなあじ?』と味から入り、子どもの興味を誘いました」とすみさん。
子どもたちにお茶を飲んでもらうという最大の課題を解決するには、無理に飲ませるのではなく、子どもたちが自分でお茶を淹れて飲みたくなるような「仕掛け」をつくることが大切なのだ。ストレートな言葉で訴求するのではなく、興味を惹く一捻りのある商品や空間をつくる。それが、すみさんのデザインの真骨頂なのだ。
一捻りのある商品や空間が、すみさんのデザインの真骨頂!
すみさんと『シェアローカル』のクリエイティブな作品例!(場所×デザイン)
すさみ夜市
和歌山県・すさみ町の『道の駅すさみ』の飲食店のファサードや装飾をデザイン。すさみ町は、古くは大阪に物資を運ぶ千石船の寄港地で、航海の安全を祈って神社に絵馬を奉納した。描かれた船の多くは横向きだが、「それはたぶん、立ち寄ってすぐ次に向かうから。これからはすさみ町が目的地になってほしいという願いを込め、船が向かってくる正面向きに描きました」。
文化農場
1000年先に向けた『文化農場』をリ・ブランディング。家庭菜園という日本の文化を育てたいという思いを、「自然カラーの日の丸」のシンボルマークに込めた。事業展開第1弾として、オリジナル商品の「文化の土」の開発をネーミングからデザインまで携わった。農場では益虫であり、天に向かって飛ぶことから「天道虫」と呼ばれるテントウムシをユニークなイラストで表現。日の丸にも見立てている。
ものがたり珈琲
シェアハウスを運営する会社が提供する「ものがたり珈琲」は、毎月、テーマに合わせてブレンドされたコーヒーと、書き下ろしの短編小説が届くサブスクリプションサービスで、そのパッケージをデザイン。文庫本の小説の表紙をイメージさせるビジュアルで、色を使わないモノクロのデザインにすることで想像が膨らみ、コーヒーを飲む前からワクワク感がかき立てられる。
黒壁プリン
滋賀県長浜市の黒壁スクエアにオープンしたプリン専門店『黒壁プリン』の内装ディレクションや商品開発、パッケージデザインなどを担当。「何回通ったか覚えていない」と言うほど何度も現地に足を運び、長浜になじむレトロモダンな内装と、女子ウケしそうなフォトスポットの仕掛けなど幅広くデザイン。プリン上部のジュレは、ガラスのまちの「黒壁ガラス」を表現。
1.17→(イッテンイチナナカラ)
阪神・淡路大震災を3歳のときに経験したすみさん。神戸復興への思いは強い。『1.17→(イッテンイチナナカラ)』は、神戸市耐震推進課が震災を知らない若い世代に耐震の大切さを伝えるプロジェクトで、その企画やイベントツールのデザインを担当。2022年は学生が震災・防災関係者に取材した内容をクイズにして答える「耐震検定」を実施。イベントで参加を呼びかけた。
YAMATOARU
京都府・笠置町を拠点に加工・販売されるジビエ肉「YAMATOARU」のパッケージなどをデザイン。おいしいジビエは血抜きが重要なため、シカを生きたまま血抜きする生体処理を実施。その工程を「活〆」と名づけ、パッケージに掲載。ブランドの「YAMATOARU」には人も動物も「山とともにある」という意味を込め、ロゴは「山」という字で木に墨をつけて書いた。
極楽寺
宮崎県・串間町にある『極楽寺』の納骨堂のリニューアル告知のための新聞折り込みチラシをデザイン。納骨堂のテーマが四季だったことから、イラストの左から春、夏、秋、冬を表現。その風景は寺院の方向から見たものであるとともに、納骨堂に納められた故人の見ている風景でもある。コピーも、故人の思いと家族の思いのどちらとも受け取れる書き方で書いている。
まなうどん
奈良県・下北山村の「まなうどん」。村特産の「下北春まな」という生命力の強い葉物野菜を練り込んだうどんのパッケージデザインを担当。食べ終えた後も使える巾着袋型のパッケージが特徴で、その巾着袋の縫製から印刷までを村民が自分たちで行う「地域循環型パッケージ」として制作。印刷費として村外の企業に支払っていたお金を村内で還元させている。
サン城陽テニスクラブ
京都府城陽市にある会員制テニスクラブ、テニススクール、トーナメント運営を行う『サン城陽テニスクラブ』のリ・ブランディングを担当。33年間使われてきた「テニ坊くん」というテニスボールのキャラクターがあり、そのキャラクターが勢いよく飛んでいる様子をロゴマークにデザイン。気軽にテニスを楽しんでもらえる親しみやすいデザインを心がけた。
生き博しまね
島根県で開催された「生き博しまね」というイベントのツールデザインを担当し、さらに登壇も。生き方の選択肢を増やしてもらおうというイベントだが、「生き博」というタイトルだけを聞くと、いわゆる意識高い系なハードルの高い印象を持たれそうだと考え、フライヤーでは誰でも参加できる、温もりと包容力を感じるイベントであることを表現した。
西町や かかん
三重県伊賀市の複合施設『西町や かかん』のプロデュースとデザインを担当。すみさんのモットーである「地域の異物にならず、異彩を放つ」建物になるようなデザインに注力した。地元の人にも愛される食べ物をと、地元の米粉を使った5種類の揚げパンを1個200円からで販売。店舗の一つ『HANAMORI COFFEE STAND』の1周年記念コラボ缶もデザイン。
オンラインコミュニティ『SHARELOCAL』
コロナ禍で県外移動がしづらくなっていたとき、ローカルとローカルをオンラインでつなぎ交流を図ろうと、すみさんが立ち上げ、運営しているオンラインコミュニティ。オンライン上で旅をするイメージで、ロゴは雲。ローカルの住民が雲に乗って別のローカルを訪れ、互いに情報交換し、自身のローカルに持ち帰って還元するというコミュニティの概念をイラストで表現している。
きねや
『西町や かかん』のクライアント『きねや』は、法人向け宅配弁当事業や高齢者向け配食事業など地域に根ざした業務を行っている会社。そのロゴマークを考案。代表者の名字である「木根」の「木」という字の下半分は、地面の下に根を張っている様子を表現。会社の歴史に敬意を払い、「根」は古代文字の一種である篆書体で表した。
すみさんと『シェアローカル』のクリエイティブな作品例!(思い×デザイン)
bakery+ arinomamma
奈良県奈良市のパン屋『bakery+ arinomamma』の店舗プロデュースとデザインを担当。無添加、無農薬、天然酵母にこだわる店主の「パンづくりを通して自然との共生を伝えたい」との思いを受け、「森で摘むパン屋さん」というコンセプトを提案。店内に配置した樹齢200年のオリーブの木から落ちたパンを摘み取るというストーリーで「自然との共生」を伝えている。
おばちゃんこんにゃく
京都府・南山城村で30年以上もこんにゃくをつくり続けている『田山深みどり会』の、商品ネーミングやパッケージデザインを担当。ラベルにはこんにゃくをつくるおばちゃんたちの笑顔の写真や名前の落款をレイアウトし、信頼感を与えている。畑で芋を育てるところから丹精込めてつくるこんにゃくは素朴な味わいで、年間1万個以上売れるヒット商品に。
かづろうものがたり
福島県・葛尾村の移住定住促進のためのウェブサイトを制作。「葛尾村は原発事故で全村避難した地域。村が描く未来に共感した方に来てほしいので、あえて移住のハードルを上げました」とすみさん。村で開催されるイベントやプロジェクトに参加した人にだけ知らされる秘密の言葉を入力すれば、移住に関する問い合わせができる設定になっている。
すみ・かずき●1991年兵庫県生まれ。大阪デザイナー専門学校卒業。デザイン制作会社を経て、2015年に独立。22年にクリエイティブファーム『シェアローカル』を設立。日本的な「土臭いデザイン」を好む。1児の父親でもある。
photographs by Hiroshi Takaoka
text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2022年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。